表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
28/225

★ 02 帝国の闇 【3人の宰相】


 白亜の王宮は白鳥宮とも呼ばれている。

 中央宮殿と中央宮殿から東西に長く伸びた宮殿の尖塔の位置が、正門付近から眺めると、まるで白鳥が羽を広げた姿に見えるように作られたらしい。

 名を残さなかった建築家の作品らしいが、これを越える宮殿を作るのは難しいのではなかろうか……。

 

 何時ものように、10時前に中央宮殿のエントランス前で蒸気自動車を降り、西の宮殿にある私の事務局に向かうと、私に気が付いた秘書が足早に近付いてくる。


「宰相閣下がお待ちになっております」


「はて? 事前連絡は無かったと思うが……」


「3人が揃っておいでになりました。副官を伴っておりませんから、ある意味記録に残さない訪問という事ではないかと」


 王宮内の会議は全て記録を残すことになっている。専用部局もあるぐらいだ。


「書記局には知らせていないんだな?」


「コートの襟を立てて帽子を深くかぶっていらっしゃいました」


 なるほど、ここに来たことは公式には知られていないということになる。

 緊張している秘書の肩をポン! と叩いて、飲み物を用意するように伝えた。

 

 おおよその状況は分かったつもりだが、3人でやってくるというのは少し驚いてしまう。

 帝国の政策に何か不都合が起こったということか?

 それなら、私の部局にも何らかの情報が入っているはずなのだが……。


 とりあえず、3人の待つ応接室へと向かうことにした。

 あまり待たせて、私を敵視するようになっては問題だ。


 応接室の扉を、軽く叩いて扉を開ける。

 コートを脱いだ3宰相が一斉に私に顔を向ける。赤ら顔のグラハム卿、太った体に窮屈そうな礼服を着こんだベテオル卿、長い白髪を娘のようにポニーテールにしたユリアス卿……。この3人が同じ部屋にいるのは最高会議の席以外では滅多にみられないはずだ。


「朝早くの来訪に驚いております。閣下方にあっては、時間は貴重な物であるはず。私の仕事上のミスであるなら副官でも十分と思っておりますが、閣下自らがいらしたとなれば、私にどのような瑕疵があったかと自問自答しております」


「そうではない。先ずは座ってくれ。ここは卿の応接室。本来ならば、我等が席を立たねばならん」

「確かに時間は貴重だが、今日に限っては問題あるまい。次の上程の打ち合わせでもある。我等にとってもここで仕事ができるということだ」


 言われるままに腰を下ろすと、中の様子を見計らったように秘書がワインを運んできた。

 紅茶のカップを回収して応接室を出ていく。


「先の最高会議は、見事であった。我等一同、積年のシコリが取れて少しは先を見通せる」

「まだ卿の知らぬ情報を伝えよう。デイシュタインは占領地におらぬ。占領地に停泊した軍船の中で震えておるそうじゃ。グレイドスはデイシュタインの嘆願を聞いて全権を委任しておる。この意味は理解できるかな?」


 自分の能力を過信して、上官から指揮権を手に入れたという事か……。だが、その本人が占領地の王宮ではなく、軍船で震えているとはどういうことだ?


「負け戦……、ということでしょうか?」


 私の言葉に3人が笑みを浮かべる。


「必ずしも負けてはいない。未だにエンデリアは我等帝国の版図じゃよ。少し問題はあるが、まぁ制御できない状況下ではない」


「卿の計画通りになっておる。デイシュタインが何度も配置転換の嘆願を寄越しておるが、あれだけ大見えを切って最高会議の場を騒がしたのじゃ。嘆願を披露して笑いものにしてもおもしろそうじゃが、陛下の手前もある。しばらくは無視しても良かろう」


 なるほど、計画通りということか。だが、それだけではないはずだ。

 今までの話だけなら、会議の終了後に耳打ちするだけで十分のはず……。


「新たな相談役と陛下との関係も良好だ。我等に異を唱えることが無いのが何より、文官貴族ではあるが中々使える奴だ」

「卿の願いについては、思い通りで構わぬ。やはり無派閥であることが一番だ、と我らの意見が一致した」


「ありがとうございます。これで、クリンゲン卿を通して軍との調整も楽になります」


 3人が笑みを浮かべて頷いている。これでウェルダーの婚礼を進められそうだ。領地に戻ったならクリンゲン卿と上手いワインを飲みかわせるに違いない。


「兵器工廟の予算増額は、そのまま通そうと思う。その意味を理解できるな?」


「停滞した戦線を一気に押し出す……。ということでしょうか?」


「飛行船の活躍は目を見張るところがある。だが、エンデリアで1隻を失った。事故との報告が入っているが、我等はそうは思わぬ。反乱軍により撃墜されたと考えるべきだろう。他の方面軍の飛行船は、爆発炎上などしておらぬからな」


 飛行船を浮かべるには、空気よりも軽い気体を気嚢に充填して浮かせている。そのために外形が150ユーデ(134m)を超えるものになっている。

 5イルム(12.5cm)の砲弾を加工した爆弾を20発以上搭載した空飛ぶ砲台のような代物だ。

 それを撃墜するとは……、どのような兵器を反乱軍は開発したのだろうか?

 空気より軽い気体は、燃えやすいとは聞いてはいたのだが……。


「兵士からの聞き取り調査では、突然爆発したということだ。予算増額はその対応でもある。空中軍艦は何時頃実戦投入が出来そうかね?」


「先の報告では、重力中和装置『ジュピテル』の試験が成功したとのことです。規模を拡大した戦闘艦は2年後には完成することができるでしょう。戦艦となると……、更に先になるでしょうね」


「戦闘艦の装備は?」


「口径3イルム連装砲塔が1基、単装砲塔が両舷に1基ずつ。搭載する爆弾は5イルム砲弾改良型を12発の予定です」


「2隻を1年で作れ。必要な予算は何とかする」


 人員を倍増することになりそうだが、工廟からは感謝されるに違いない。

 だが、それを早くということは……。


「デイシュタイン卿の後任に託すということでしょうか?」


「うむ。デイシュタインを更迭した後の反攻作戦に使用したい。デイシュタインが逃げ帰った後の反攻で彼の就任以前にまで、反攻勢力を駆逐できれば、彼の無能を十分に陛下に教えることができる」


「了解しました。宰相閣下の御助力があれば、1年後に御引き渡しができると思います。とはいえ、何分にも試作兵器であることをご了解ください」


「予算よりも資金が足りぬ場合は、財務長官のヨーマハインに申し出るが良い。帝国の機密費より金貨2千枚までは出せるようにしてある。卿がそのまま懐に入れても誰も気にせぬぞ。予算の報告書は、最高会議で分配された分だけで良い」


 3人が笑みを浮かべているのが、怖くなってくる。

 余れば自分の物にできるということなんだろうが、それならこの部局の機密費にしても良さそうだ。

 個人的に使ったりしたら、後に貴族内の争いに巻き込まれないとも限らない。


「ありがたく使わせて頂きます。場合によっては、新たな技術の調査費用として使わせて頂きますことをご了承願います」


「食えん奴だな。そのまま使っても構わんぞ。卿はそれだけ帝国の為に努力しておるのだ。我等としてもそれなりの褒賞を与えねばならない」


「褒賞は2隻を軍に引き渡した際に頂きたいものです。先払いされてしまうと碌なことに使ってしまいそうです」


 ベテオル卿が慢心の笑みを浮かべ、身を乗りだして腕を伸ばす。

 私も同じように身を乗り出してベテオル卿の腕を両手で握った。


「期待しておるぞ。卿は派閥に属することなく帝国の為に努力を惜しまん。我等は貴族内の争いを押さえるべく派閥を作ってはおるが、その心は卿と同じ。

 何かあれば、我等を頼って欲しい。卿の為とあらば、参内可能な貴族を動かすことができると約束しよう」


 ベテオル卿の言葉に、両側の宰相も頷いている。

 今回の計画で、表面上は派閥の垣根が少し低くなったに違いない。

 

 宰相達が席を立ち、コートを羽織ると襟を立てて帽子を被る。

 特徴のある方々だから、近づけば直ぐに分かるに違いない。とはいえ、それを公言することはないはずだ。

 今までの話は全て記録に残らない。

 まして、最高会議事務局に3人の宰相が訪れた記録も残らない。


 宰相達が1人ずつ応接室を出て行くと、急いで長官室に移動して秘書を呼んだ。

 長官室の応接セットに腰を下ろすと、秘書が運んでくれたコーヒーを飲んで心を落ち着かせる。


「ケニー、座ってくれ。かなりの予算が通るようだ」


「何か瑕疵があったかと思っておりましたが、そうではなかったと?」


「ああ、工廟にかなりの予算が付く。その代わりに空中戦闘艦2隻を1年で作らねばならん。工廟の責任者と調整して、必要な予算額と不足する人員を算出して欲しい。

 それと、学府の研究室の最新の研究課題の一覧とその状況が欲しい」


「研究は、軍で使用可能かで判断してよろしいでしょうか?」


「それで良い。文系は必要ないし、農業も対象外で良いだろう。だが、医学は別だ。戦場での医療行為は戦力の維持に必要だからね」


「民間の研究所はいかが致しましょうか?」


「君の知る範囲で調査して欲しいな。何か面白そうな研究はあるのかい?」


 秘書の顏が赤くなる……。

 なるほど、お相手の研究を世に出したいのかな?

 この場で思いつくのであれば、彼女は使えると思ったに違いない。


「一度、彼を紹介して欲しいね。場合によっては力になるよ」


 さらに顔を赤くして小さく頷いている。


「強化兵の実現を目指しているのですが……」


 学会を追われた科学者か……。だが、実用化できるなら帝国に多大な貢献をもたらすだろう。


「冷遇されているに違いない。実は、秘密工廟を作ろうかと考えている。その資金に目途が付いたからね。君の報告書を元にそれを詰めようかと考えている。

 その前に、彼に会わせて貰えるとありがたいね」


 彼女の目が大きく開かれる。

 まるで輝いているように見えるのは、私をパトロンにできると考えているのかもしれないな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ