J-024 貨車に乗る
小隊の部屋に入ると何時ものテーブルに揃っていないのは俺とリトネンさんだけだった。
「皆早いんですね?」
「少し前に来ただけさ。後は班長だけだ」
修業を告げる鐘が鳴ると同時に、リトネンさんが飛び込んできた。
寝過ごしたのかな? 朝食は取っていないに違いない。
「どうにか間に合ったにゃ。最終確認をもう1度しておくにゃ。格好は問題なさそうにゃ。リボルバーは持ってるにゃ?」
リトネンさんがお茶を飲みながら、リストで確認している。チェックを入れているのはイオニアさんだ。リトネンさんの片手には、俺が上げた丸いパンが握られている。
「これで問題ないにゃ。見に出掛けるのが目的にゃ。1晩見張って、何も無ければ薄明前に引き上げるにゃ」
「もし見付けたら?」
「しっかりと目に焼き付けるにゃ。後で忘れないように描いておけばクラウスに説明しやすくなるにゃ」
さすがに王都は厳しい場所なんだろう。見付けるまで、ではないようだ。
小銃を入れた板を1つに纏めて紐で括っておく。纏めるとかなりの重さだから、谷の出口までは、ドワーフ族が運んでくれるとのことだ。
リトネンさんがお茶を飲み終えたところで、荷物を背負い小銃を入れた板をファイネルさんと運ぶ。
何度も立ち止まる俺達をみかねて、イオニアさん達が変わりに運んでくれたんだけど、軽々と運んでるんだよなぁ。
俺とファイネルさんは、そんな2人を後ろから見てため息を吐くだけだった。
階段を下りて洞窟の出口で待つ。
ドワーフ族の工房はかなり奥にあるらしい。ドワーフ族以外の連中は余り出入りしないらしいから興味はあるけど、行かない方が良さそうだ。
しばらく待っていると、俺達が背負っているハシゴと同じようなものを担いだドワーフ族の若者が5人やって来た。2人は既に荷を担いでいるのだが3人は空荷だ。俺達の背負ってきた荷物をそのままハシゴに結わえ付けると、小銃を入れた板まで乗せている。あれだけでかなりの重さなんだけどなぁ。
「準備は出来たぞ。先導を頼む」
「了解にゃ。明日の昼までに、麓の道にゃ」
背中に荷物がないだけで、こんなに山道が歩きやすいと思わなかった。
谷に沿ってどんどん下る。
途中の邪魔な滝や大岩は迂回することになるんだが、それ程苦ではない。干ばつ気味だったから水の流れも無い。
唯一問題なのは、雪があることだ。深くはないが、地面の状態が分からないから足を取られることが度々だ。
リトネンさんはぴょんぴょんと跳ねるように進んでいるんだけど、よくもあんな歩き方で転ばないものだと感心してしまう。
途中で昼食を取り、日が傾く前に野営の場所を探す。
野営個所は、何度か利用した痕跡がある。大きな岩が3つほど重なって谷に向かって広場が出来ていた。
焚き火を作り、スープの鍋をドワーフ族の若者が火に掛けていた。
「かなり速いにゃ。ここからなら、昼過ぎには十分間に合うにゃ」
「結構ふもとに近付てますが、堂々と焚き火を作ってもだいじょうぶなんですか?」
「この辺りは猟師も活動してるにゃ。でも、この谷には近づかないから安心にゃ」
猟師ギルドの連中なんだろうか?
数日山で猟をするときもあると話してくれたんだよなぁ。元気で暮らしていれば良いんだけどねぇ。
焚き火の番はドワーフ族に任せて、早めにツアルトに包まって横になる。
下にたっぷりと着ているから、寒くとも何とか寝られそうだ。
翌日は薄明の中で朝食を取り、再び麓を目指して歩く。
麓の森から南に広がる荒れ地が見えてきたところで、ドワーフ族と別れた。
これからは俺達だけになる。
「もうちょっと東に向かうにゃ。あの道標が目印にゃ」
道標は2ミラル(3.2km)km毎に設けられている。歩兵が更新する目安になるらしい。ここで休憩して、次の道標まで歩きまた休憩する。
そのような行軍を行うことで1日に12ミラル(19.2km)を歩くらしい。
「荷台の付いた蒸気自動車に乗れば、1日に100ミラル(160km)を移動できる。もっとも中隊程度になってしまうのだがな」
イオニアさんは元砲兵隊。軍馬が引く大砲は、歩兵の速度と同じだったらしい。
そんな軍隊に、速度が段違いな蒸気機人や装甲蒸気自動車が襲いかかったのだから、一方的にやられてしまったのだろう。
王宮の連中が慌てて降伏文書に調印したのも理解できるが、自分達の保身が条件だとしたら、戦死した連中は浮かばれないだろうな。
保身の対象から外れた軍人が中心になって反乱軍を組織したのは必然的な流れだったに違いない。
単なる王国の復興ではなく、自分達の幸せを願ったに違いない。
再び似たような体制となるなら、同じことの繰り返しであることは誰もが知っているに違いない。
本部と呼ばれる組織は無く、各拠点の連合化によって組織が運営されているのもおもしろい。
森の外れで目の前の道路を監視する。俺達を乗せてくれる馬車は西から来るらしいのだがまだ来ないようだ。
時計を見ていたリトネンさんが道路に歩いて行くと、道標の上に小石を2個乗せた。合図と言うことかな?
直ぐ戻ってきたんだが、やがて西から3台の荷馬車が近付いてきた。
のんびりした速度だ。幌を掛けているけど荷は何なんだろう?
荷馬車が道標の横にピタリと止まった。
トコトコと道に出て行ったリトネンさんが先頭の御者と何やら話をしている。
直ぐに話を終えて、俺達を手招きすると最後尾の荷馬車を指差した。
「一番後ろにゃ。今からなら丁度良いにゃ」
荷物を荷馬車に乗せて、急いで俺達も乗り込んだ。身を乗り出したリトネンさんが手を振ると、何事も無かったように荷馬車が進みだした。
「今の時間なら日が暮れてから停車している列車に近付くにゃ。私達が乗る貨車とこの荷車の向かう貨車は違うからその前に下りるにゃ」
「ところで、この樽は何を運んでるんですか?」
「魚の燻製にゃ。この荷馬車の荷が少ないのは反乱軍に奪われたにゃ」
なるほど、それで荷が少ない理由になるのか。反乱軍は運べるだけ奪ったってことかな?
「そんな理由が通用するんですか?」
「案外通用するにゃ。拠点に運べない荷は、奪わないのが流儀にゃ」
山賊みたいだな。
確かに今までの襲撃でも運べるだけは運んでいる。
帝国としても取り締まれないなら、途中の荷を抜くぐらいは黙認してるのだろうか?
そんないい加減なことをしていると、後々困ると思うんだけどねぇ。
かなり揺れるけど、歩くより楽だな。
馬車の後ろに腰を下ろしていたファイネルさんがタバコを咥えている。
やはり喫煙者だったのか。でも初めて見たな。
「ファイネルさんはやらないんだと思ってましたけど?」
「やらない男達を探す方が難しいぞ。もっとも、あまり吸わないことは確かだが、ここは天下の大通りだ。一服していた方が自然だと思うよ。
それより、1本どうだ?」
「持ってはいるんです。咥えてるだけでも様になりますかねぇ」
シガレット・ケースから1本抜き取ると口に加える。
途端にハッカの味が口に広がってきた。
「女性用だな。入門には良いかもな」
俺に顏を向けて笑っている。確かに売店のお姉さんから貰ったから女性用ってことになるんだろうな。
「あまりキツイタバコを吸うと、息切れするぞ。それぐらいで止めておくんだな。それと、作戦中は注意が必要だ。タバコの火は遠くからでも見える」
イオニアさんから注意されてしまった。
ほどほどってことかな。
しばらく咥えていたんだが、隣にやって来たイオニアさんにヒョイッと取り上げられてしまった。俺の隣に腰を下ろして、マッチでタバコに火を点ける。
「懐かしい味だな。軍隊時代を思い出す。……やってみるか?」
俺に戻してくれたから、一息吸ってみた……、途端に席が止まらなくなる。
慌てて、イオニアさんに帰したんだけど、こんな危険な代物だったとは思わなかったぞ。
「初心者そのものだな。ハハハ、その内に病みつきになるぞ」
「あまり誘っちゃダメにゃ。出来れば吸わない方が良いにゃ」
どうなるんだろう? とりあえずしばらくは様子を見よう。
イオニアさんが上品に吸っているんだよね。
ファイネルさんは、猟師のおじさん達と同じだったけど……。
「男の子は酒とタバコは教えなくても覚えてしまうと、聞いたことがあるにゃ。リーディルを見てると、間違ってないように思えるにゃ」
呆れた口調でリトネンさんが呟いている。
とりあえず男の子の通過儀礼の1つだと納得しておこう。後は意志の問題に違いない。
「ところで、全員リボルバーは持ってるにゃ?」
リトネンさんの言葉に全員が頷いた。やはり危険だということなんだろう。
「しばらくは、これが頼りにゃ」
リトネンさんがオーバーの上からお腹を叩いている。そこにリボルバーがあるってことなんだろう。
ホルスターではなくリボルバーをそのままベルトに差し込んでいるから、結構存在感を感じるんだよなぁ。
できれば使うことが無いようにして貰いたいものだ。
どれぐらいの速度で馬車は進んでいるんだろう?
リトネンさんの話では歩くよりは速いということだが、そろそろ日が暮れてきた。
周囲が薄暗くなるとともに寒さがやってくる。
歩くと結構温かくなるんだが、馬車の中ではねぇ……。
5人で団子になって寒さを乗りくるしかなさそうだ。
「左手に線路にゃ。もう少しで到着にゃ」
到着しても堂々と乗り込むわけにはいかないだろう。
どうなるかと思っていると、リトネンさんが降りる準備を俺達に告げる。
幌の隙間から左手を見ると、少し先に貨車が停まっている。
貨車の影になったところで、俺達葉次々と馬車から飛び降りた。
「後ろの貨車にゃ。まだ木材の積み込みが続いているから、今なら乗れるにゃ」
線路横の土手を、身を屈めながら移動する。
警戒に当たる兵士がいないとも限らないし、臨時の一斉検査もあるらしい。
最後尾の貨車3両は周囲が板壁で覆われていた。ここに炭や焚き木の束を入れていくようだな。
リトネンさんとイオニアさんが先行して土手から出ると、線路に入り貨車の下を探っている。やがて貨車の下にいたが垂れさがった。
貨車の床に穴があるようだ。上手く蓋を外せたということだろう。
イオニアさんの手招きを合図に、1人ずつ貨車の下へと潜り貨車の中に入っていく。
最後はリトネンさんが貨車の下を覗いて周囲を確認したところで、蓋をしっかりと閉じた。




