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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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J-189 俺だって操縦は出来る


 隠匿格納庫の前方が火の海だ。

 高度500で巡航速度を維持しつつ接近すると、ガクン! と飛空艇に小さなショックが伝わり飛空艇が速度を上げて上昇を始めた。

 上昇角度が半端じゃないな。それに左回答を伴っている。俺は銃座に付いているから良いようなものの、銃座の下でピクトグラフを手にしたエミリさんは「キャー!」と声を出したぐらいだ。

 数分も経たぬ内に、かなり高度を上げたのだろう。今度はゆっくりした上昇に変わった。


「もう少しで後ろにひっくりかえるとこだったわよ!」


「戦闘行動だから、非難しないで頂戴。あれをしなかったら延焼している飛行船の上に飛び込んだのよ」


「問題ないにゃ。もう少し上昇したところで、再度隠匿格納庫の上を飛ぶにゃ。ピクトグラフで撮影すれば結果が良く分かるにゃ」


 数ミラル南に移動したところで、再び北上する。高度は2000だけど、だいぶ空が明るくなってきた。

 早めにこの場を去った方が良いのかもしれないな。


 高速巡航で炎を上げている隠匿空間の上空を通過し、尾根を2つ越えたところで今度は低空飛行に移る。

 森の上空を100ユーデ以下で飛ぶのは、いつもハラハラしどうしだ。たまに樹高のある大木が森から突き出しているんだよなぁ。ぶつかるんじゃないかと目を瞑ってしまう時もあるぐらいだ。


「とりあえず作戦は完了にゃ。イオニア達が落とした焼夷弾も、周囲の森を焼いてたにゃ」


「高度がもう少し低ければ隠匿倉庫内にも落とせたのですが……」


「あれで十分にゃ。山火事は消すのが面倒にゃ。周囲が焼けたら隠匿しようがないにゃ」


「そうなるだろうな。せっかく隠してたんだが帝国軍の偵察飛行船でも容易に見つけれれそうだ。それに天井が崩れていたか空中軍艦の修理をする前に、格納庫の復旧をしないといけなくなるぞ。早くて3か月、通常なら半年は掛かりそうだ」


 うんうんと頷きながら、操縦席を下りて俺を手招きしている。

 倉庫で一服ということなんだろう。リトネンさんに視線を向けると、小さく頷いてくれたから、すぐに銃座を下りてファイネルさんの後を追うことにした。


 途中でコーヒーをカップに注いで倉庫に行くと、イオニアさんとファイネルさんがさっそくチェスを始めている。

 勝負の結果は見えてるんだけど、そこは言わないでおこう。窓から朝日が照らす森を眺めながら煙草に火を点けた。


「焼夷手榴弾の遅延時間をもう少し長くしてもらおう。手榴弾の集束は効果があったぞ。3個を束ねたんだが、かなり広範囲に火炎が広がった。森の上空だったから、それほど火災を起こせなかったんだが……」


「それでも結構広がっていたぞ。前に王宮に落とした時よりも範囲が広がっていたのはそういうことか。だが、森林火災はあまり起こしたくない気もするなぁ」


 森を焼けば森の恵みを周辺住民が受けられなくなるからなぁ。狩りや木の実、キノコの採取、それに落ち葉は畑の肥料としても使える。

 貴族や軍が困るのは良いことに思えるけど、住民が困るような作戦は少し考えたほうが良いのかもしれない。


「場所を選べば住民も困ることはないはずだ。さすがに国境地帯の山麓部を開墾しようなんていう酔狂な連中はいないだろう。町や村近くの森には、さすがに私も落とすのに躊躇するよ」


「だな。俺達は王国軍ではない。住民の支援の上で活動している反乱軍だからな」


 だいぶ上昇下降を頻繁に行うと思い窓の外を眺めたら、さらに高度が下がっている。森の上空50ユーデ辺りじゃないか?


「ファイネルさん! かなり高度を落としてるんですけど……」


 呼びかけたんだけど、ファイネルさんの視線はチェス盤の上から動かない。

 イオニアさんがどれどれという感じでちらりと窓に視線を動かしたぐらいなんだよなぁ。


「テレーザの操船なら問題ないさ。それに少し高い木があっても、根本じゃないんだから幹の太さは知れている。飛空艇にぶつかって向こうが折れるんじゃないかな」


 それって推測だよね? ちょっと考え込んでしまう返答だった。

 結構な頻度で飛空艇が上昇下降をしてるんだが、その高さは10ユーデもないのだろう。念の為の操船ということに違いないけど、俺の心臓に良くないことは確かだ。

 ミザリーはだいじょうぶなんだろうか?

 ちょっと心配になって来たな。


 30分ほど経ったところで、ファイネルさんが頭を上げた。煙草を取り出して火を点けると溜息をもらしている。今日もいつもの通りということなんだろう。


「1回ぐらい待ってくれても良いんじゃないか? 知らぬ仲じゃないと思うんだけどなぁ」


「勝負に待ったなし! 戦と同じだ。それに1回が2回に直ぐに増えると思うんだけど?」


 イオニアさんの返事に、ファイネルさんが苦笑いを浮かべながら頭を掻いている。

 お見通し、ってやつだな。


「今どの辺りなんだろう?」


「エミルなら分かると思うが、だいぶ南に来ているからね。峠の砦に戻るにはまだまだ時間が掛りそうだ」


「どこかで夜まで待機しよう、なんてこともあるんじゃないですか?」


「攻撃前ならあり得るが、リトネンだからなぁ。さっさと逃げだすつもりだと思うぞ」


 元盗賊だからねぇ。慎重に侵入して、獲物を手にしたらさっさと逃げ出す。なるほど定石通りなわけだ。

 俺達の指揮官がリトネンさんだからだろうな。これが軍の指揮官だったら、また違った行動になるんだろう。

 俺達が今まで作戦を上手く遂行できたのは、軍の教典で学ぶ作戦を取らずに、リトネンさんが盗賊時代に得た知識で行動しているからかもしれないな。


 休憩を終えてブリッジに近付いた時だ。ブリッジ内から「キャー、キャー!」という悲鳴が聞こえてくる、でも恐怖で叫んでいるんじゃなくて、嬉しそうな悲鳴だな。


 思わずファイネルさんと顔を見あわせて首を傾げる。

 ゆっくりと扉を開けると、銃座に座ったリトネンさの後ろにエミルさんとミザリーが立っていた。

 操縦席にはテレーザさんとライネルさんが座って操船をしているんだが、ほとんど森の直上と言っていいほどの低空飛行を行いながら樹高のある木を避けるようにして上昇下降を繰り返している。

 それで、あの悲鳴なんだな。

 楽しそうだけど、操船をちょっと間違えたら接待に木にぶつかること間違いなしだ。


「戻ったのかにゃ? ライネルの操船訓練をしてたにゃ。今度は私達が休憩にゃ。ライネル、少し高度を上げてファイネルに返すにゃ」


「了解にゃ。結構反応が良いにゃ。また練習するにゃ」


 再びファイネルさんと顔を見合わせた。

 たぶん俺もファイネルさんと同じように呆れた表情をしてるに違いない。


 森から100ユーデほど高度を上げたところで、ファイネルさんが操船を替わる。テレーザさんも席を外したので俺が代わりに座ることにした。銃座にはイオニアさんが納まったから、今度は3人でしばらく飛行することになる。


「あの低さは問題だろう。だが敵に見つからないのは確実だ。少し高度を落とすから、今度はリーディルがやってみろ」


「だいじょうぶでしょうか? あまり自信がないんですが……」


「だいじょうぶだって。先ずは森の上50ユーデだ。これなら飛び出ている木はあまりないぞ」


 そうは言っても、尾根の起伏だってあるんだよなぁ。

 言われるままに操縦桿を握り、前方を見る。

 ちょっとした上昇下降は飛空艇後方の十字に着けられた翼の水平翼後方を上下させることで行えるらしい。

 その動きは操縦桿を手前に引くか、押しやるかで出来るそうだ。

 先ずは練習ということで、操縦桿の動きと飛空艇の動きを何度か行うことになった。


 操縦に慣れたところで少しずつ硬度を下げる。それでも、森の上30ユーデが良いところだ。ファイネルさんは更に低く飛ぶんだけど、俺にはそこまで思い切ることは出来ないんだよなぁ。


「慣れればチーディルだって低く飛べるさ。この飛空艇は前よりも動きが良いからな」


「動きが良いのは認めますが、やはりこの飛空艇でアドレイ王国の空中軍艦を落とすのは無理がありますよ。帝国軍の空中軍艦でさえ、爆弾を降らせて手負いにしただけですからね」


「そうだな……。その辺りの判断はクラウス達に任せることになりそうだ。飛空艇にこれ以上の大砲は搭載できないぞ」


 ヒドラⅡなら空中軍艦の窓を狙撃するぐらいは出来そうだけど、さすがに大砲での狙撃は無理だろう。それに撃ち込んだとしても、そこは居住区画だからなぁ。枢要区画の分厚い装甲を撃つ抜かない限り、空中軍艦を落とすことは不可能だ。


「確かに考えても、良い案は浮かびませんね。俺達は今まで通り、アドレイ王国の継戦能力を低下させて行けば良さそうです」


「それで十分にも思えるな。空中軍艦を直接叩かなくとも、その隠匿格納庫を破壊すればしばらくは戦場に出られなくなるんだからな。あれだけ大きな火事を起こせば帝国の偵察飛行船に発見されるのは時間の問題だろう。後は帝国軍に任せれば良いのさ」


 この場合、敵の敵は味方ということになるのかな?

 帝国軍を味方扱いするのもどうかと思うけどね。


リトネンさん達が休憩を終えて戻ってくると、俺達のところで足を止めた。


「やはりリーディルが操縦してたにゃ。倉庫で転げそうになったにゃ」


 リトネンさんの後ろでミザリーが俺に冷ややかな目を向けて頷いている。

 そんなに酷かったかな?


「ほらほら、代わって! やはり若いと操縦が荒いわね」


 テレーザさんの言葉に、渋々操縦席を下りる。

 ファイネルさんが今にも吹き出しそうな顔で俺を見送ってくれたけど、操縦していたのは俺だけではないんだけどなぁ。


「後2時間も掛からないわよ。倉庫でのんびりしてなさい」


 エミルさんの言葉に頷いて、倉庫で一服することにしよう。

 峠の砦に着いたら、直ぐにシャワーだな。この時間なら昼食を取れそうだ。

 報告書の作成は明日になるに違いない。


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