J-184 ちゃんと映っていた
皆が揃ったところで早めの朝食を頂き、報告書の作成は一眠りしてからと言うことになった。
自室に帰ってベッドに入ると直ぐに睡魔が襲って来る。
夕食前には、ミザリーが起こしてくれるに違いない。安心して眠りに入った。
デコピンの痛さで目が覚める。
まったく、ちゃんと起こしてくれても良いのになぁ。将来の旦那さんが気の毒に思える。
「なによ! ちゃんと起こしてあげたのに」
不機嫌そうな俺の顔を見たんだろう。機嫌を悪くしたようだ。
「ありがとう。でも、もう少し優しく起こしてくれても良いんじゃないかな?」
「そんなことしてたら、何時まで経っても起きないでしょ!」
まぁ、それも確かだからこのまま口を閉じておこう。
身支度を整えて自室を出ると、母さんが笑みを浮かべて俺達を見ていた。
何時まで経っても、変わらないと思っているんだろうな。
「無事に帰って来たのね。次もあるんでしょうから、慢心することはないようにするのよ」
母さんの言葉に黙って頷く。慢心はしてないつもりだが、知らず知らずにそんな心境になってしまうとも限らない。
常に初心を心掛けておこう。
食堂で夕食を食べながら、いつも通りミザリーが母さんに今回の作戦を話している。これもいつもの事だけど、母さんは通信局で帝国やアドレイ王国の通信を傍受しているはずだから、ミザリーの話と通信記録を思い出しながら全体の状況を思い浮かべているに違いない。
「それで、あの通信が平文で送られたのね。かなり焦っていたのかもしれないわ」
「このまま攻撃を続ければ、案外早くに帝国がこの大陸から去るかもしれないね」
「それは無いんじゃないかな? それよりもアドレイ王国だ。同盟を続けるなら、その内にアドレイ王国に飲み込まれかねないと思うんだけど……」
母さんは俺達の話を聞いて頷くばかりだ。
自分の考えもあるんだろうけど、やはり誰が聞いているか分からないということかな? この砦には名目上の戦死者ばかりだから、気にしないでも良さそうに思えるんだけどなぁ。
「今夜は報告書を纏めないといけないの。明日はのんびりできそうよ」
「私も明日は休みだから、一緒に過ごしましょう。リーディルはどうするの?」
「昼寝を楽しみます。それに射撃の練習もしないと」
そろそろ親離れしないとなぁ。母さんのことはミザリーに任せておこう。
食事を終えると、まだお茶を楽しみながら話をしている母さん達に手を振って、俺達の部屋へと向かった。
「おや? リーディルだけか」
「妹は母さんと一緒です。女性の話に付き合うと長くなりそうですからね」
「まぁ、そんなもんだから、あまり妹さんに当たるんじゃないぞ」
ファイネルさんがストーブ傍のベンチから手招きしている。
小さなテーブルを挟んで反対側のベンチに腰を下ろすと、タバコを取り出して火を点けた。
「まだ、ほかの連中は来ないんですか?」
「色々とあるんだろう。リトネンはまだ寝てるかもしれないぞ」
そう言って笑い声をあげる。何となくそんな気がするなぁ。きっとエミルさんに叩き起こされて最後にやってくるはずだ。
イオニアさんとライネルさんが部屋に入って来る。少し遅れてミザリーがテレーザさんと一緒にやって来た。
やはりエミルさんとリトネンさんが最後だと思っていたら、リトネンさんだけが入って来る。
思わずファイネルさんと顔を見合わせて首を捻ってしまった。
テーブルに移動して、さて報告書に取り掛かろうとしても肝心のエミルさんが来ないんだよなぁ。
「リトネン、エミルがまだ来ないんだが?」
「工房に行ったにゃ。例のピクトグラフがどんな感じか直ぐに分かるにゃ」
ピクトグラフで写したフィルムの現像を工房にお願いしたのかな?
ちゃんと映っていると良いんだけどなぁ。
ミザリーとライネルさんがお茶のカップを俺達に配ってくれた。リトネンさんの隣の席にもカップを置いているから、冷めるまでにはやってくると考えているようだ。
バタン! と乱暴に扉が開き、エミルさんがリトネンさんの隣に腰を下ろす。これで全員揃ったわけだ。
「……で、どうなんだ? ちゃんと映ってのか?」
「もちろん! やはり腕が良いのかしら。しっかり映っているわよ。これがアドレイ王国の王都襲撃時に移したものね。……こっちが自走砲攻撃時のもの。最後が蒸機人攻撃時に移したものよ」
テーブルに数枚ずつの写真が3つに区分されて乗せられた。リトネンさんが1枚ずつジッと眺めて、隣のテレーザさんに渡している。1枚ずつ隣に渡しているなら、俺のところにももう直ぐやって来るな。
タバコを取り出して、一服しながら待つことにした。
ファイネルさんが渡してくれた写真は、6イルム四方の大きさだ。上空から王宮を移したものだが、これって攻撃前のものじゃないのか? それでも高い塔や急こう配の屋根の銅葺き板がはっきりと確認できる。
次の写真は攻撃後のものだ。屋根の一部から炎が上がっている。上空から焼夷手榴弾を投下したから、落下時の衝撃で屋根の銅板を破壊して中で炸裂したのだろう。10個近く落としたはずだが、その外の手榴弾は建物の周囲に落下したみたいだな。
次に回ってきた写真は自走砲に爆弾を投下した後の写真だ。数台が破壊されているし、この向きだとすれば、俺が射撃を加えた自走砲はこの右上の自走砲になるんだが……。あった! しっかりと装甲板に穴が開いている。煙りが少し見えるけど、破壊の程度までは分からないな。
最後の蒸機人の写真は背中にヒドラⅡの貫通孔がしっかりと見えている。
高圧蒸気の発生装置だから、交換しない限り動かせないんじゃないかな。蒸機人の背中部分に小さな穴が数個開いているものもあった。イオニアさんもかなりの腕だ。これも蒸気発生装置を交換せねばなるまい。
「結構、良く映るものだな。こんなに大きく映るのか?」
「拡大しているの。標準では、10機ほどまとめて映ってるのよ。それを虫メガネで見て、損害を受けた物を大きくしているのよ。こっちが標準の写真ね」
ファイネルさんに数枚の写真を渡してくれたから、横から眺めると確かにはっきり見えないな。ドワーフ族の人達が虫眼鏡で1機ずつじっくりと確認して、損害を与えた機体を拡大して写真にしてくれたのだろう。
「結構使えるにゃ。これなら夜間でも戦果の確認が出来そうにゃ」
「さて、報告書を作るわよ。時系列で纏めれば良いわね。通信記録は持ってきたかしら?」
「ここにあります。今回はあまり通信を傍受できませんでしたね」
「少ない通信でも、報告書に入れときましょう。もっとも通信傍受は向こうの方がしっかりと行っているでしょうけどね」
エミルさん達が報告書をまとめ始めたところで、俺達は今回の攻撃で気付いた事を確認することにした。
「私からは、もう少し大型の手榴弾が欲しいところだ。今でも大きいのだろうが、それよりも大きい方が効果があるのではないか?」
「あまり大きいと爆弾になってしまうぞ。それなら、今の手榴弾を集束して使えば良いんじゃないか? 3個を針金で縛ればかなりの威力になりそうだ」
あまり重くすると、投げるのに苦労しそうだ。
だけど手榴弾を束ねるという方法は、案外使えるんじゃないかな。
「リーディルは何かないのか?」
「強いて言えば、ヒドラⅡの半自動化ですかねぇ。次弾装弾は足でレバーを操作する形なんですけど、銃座から立ち上がった時には苦労するんです」
「元々が空中軍艦を相手に考えられた兵器だからだろうな。口径の小さなヒドラは半自動化が出来たんだから、案外可能かもしれないぞ」
さすがにマガジンの装弾数をあげるのは無理だろう。今でも十分重いからなぁ。5発が6発になるぐらいだろう。
「大砲の方は問題ないな。今のままで十分だ。爆弾は相手次第で艇内の爆弾を替えられるのも都合が良い。もっとも翼下の爆弾の数を増やしたい希望はあるが、あまり爆弾を搭載すると他の作戦に参加させられそうだ」
飛空艇の能力としては、榴弾砲の砲弾を改造した爆弾を翼下に2発追加して搭載が可能らしい。前の飛空艇も4発搭載していたからね。
俺達が使っていた前の飛空艇は、倉庫内にも同様の爆弾を更に6発搭載しているそうだ。
小型飛行船を越える爆弾だから、戦場の火消に活躍しているらしい。おかげで俺達の存在に帝国やアドレイ王国はもちろんのこと、反乱軍にさえ知られていない。
「あまり多用途に使われるのは避けるべきだろうな。帝国の空中軍艦に対する切り札としての存在が、私達の飛空艇なのだから」
「俺もそう思う。他の作戦は本来の作戦を保管するぐらいの役割で十分なんじゃないかな。今回の攻撃も本来ならアドレイ王国軍の大型飛行船が行う爆撃の補完だったはずだ」
「その飛行船がだいぶ損傷を受けているという事でしたね。アドレイ王国は反撃能力を失いつつあるんじゃないですか?」
俺の言葉に、2人が俺に顔を向ける。
真顔だから、結構迫力があるんだよなぁ。特にイオニアさんは美人だからちょっとこわい感じがする。
「たしかにそうだ……。このままでは、帝国に押し切られる可能性も出てくるんだが」
「さすがに前線が大幅に後退することはないだろう。あまり後退すると反乱軍としても支援ができなくなるだろうし、それは上層部も避けたいところに違いない」
「現状は何とか前線を維持している。士気は高いと言うことになるんだろうな。士気を維持できるということは……」
「新兵器の投入。もしくは大規模な戦力の増強というところか」
新兵器なんて簡単にできるものなのだろうか? そうでないなら既存兵器で帝国に対して効果のある兵器の増産が行われているということになるんだが……。
まさかと思うけど、アドレイ王国も空中軍艦を作っているなんてことはないだろうな。
ジュピテル機関の小型化に成功したのは反乱軍の工房だけらしいが、通常型であるならアドレイ王国軍も飛行船の積載能力を上げるために使っていたはずだ。
ジュピテル機関を数基使えば、飛行船の外壁を装甲板で覆うことも可能だろう。
高射砲を何門か搭載すれば、帝国の空中軍艦に対抗できる新たな空中軍艦を作れるかもしれない。
可能性としては無くは無いか……。しかも飛行船が製作できる工房があれば、その工房を使って作れるはずだ。
ファイネルさんがジュピテル機関の同調を取るのは難しいと話してくれたけど、俺達の飛空艇の同調機関の大きさは背嚢を3つ重ねたほどの大きさらしい。
一番初めの飛空艇ではドワーフ族の若者が乗り込んでジュピテル機関の同調を行ってくれた事を考えると、同調機関が完成できなくとも人の手で同調させることは可能だということになる。
面倒なことにならなければ良いんだが……。




