J-176 群れを狩る時の基本
導水管の爆破を終えたところで、高度を上げる。王都の南東50ミラル付近に待機して帝国の空中軍艦が王都周辺の爆撃に来るのを待ち構えるのだ。
時刻は21時を過ぎているんだが、本当にやってくるんだろうか?
30分ほど前の前線からの通信を傍受した内容では、空中軍艦による激しい空爆を受けたとのことだった。6隻が全て前線の爆撃に投入されたかもしれない思っているのは、俺だけなんだろうか?
「本当にやってくるんでしょうか?」
「クラウスは2手に分かれて空爆すると考えているようだ。前線を爆撃するのは短期的には効果的だが、相手の戦力を削ぐなら工房や兵士を生む都市部を爆撃するのが効果的だろう。ジワジワと戦力が低下するはずだ」
倉庫で防寒服を着ながらコーヒーとタバコを楽しみながら待つのも、結構疲れるものだ。
俺達が休憩している時は、全部銃座にエミルさんが上部の監視座席にライネルさんが座って周囲を監視している。
空中軍艦はその威容を相手に見せつけるようにして艦隊を組んでやってくるとのことだ。煌々と明りを灯してくるならすぐに発見できると思うんだけどなぁ……。
「待つことも仕事だと思えば諦めも付く。地上ではこのようにコーヒーを飲むことも出来ないだろう。それだけ飛空艇勤務は贅沢だと思うぞ」
「それはそうなんだがなぁ……。今思えば藪に隠れてジッと待っていた時代を懐かしく思える時もあるよ。またそんな時代が来るかもしれないぞ。互いに工廟を破壊しあってるんだからなぁ」
イオニアさんの言う通りだけど、ファイネルさんの言葉も少し気になるなぁ。
再び海を渡って帝国本土を爆撃しようなんてアドレイ王国は考えているのだろうか?
休憩を終えてブリッジに戻ると、今度はエミルさん達が休憩に入る。
ミザリーも一緒だから、通信機の自動記録装置が動き出したら倉庫に連絡してあげよう。
銃座に着くと、先ずは前方を見据える。
空中軍艦の飛行高度は1000ユーデ付近だから、飛空艇の高度を考えると下に見えるはずだ。
たまに上空を見ながら、月の消えた星空の中を動く光点を探す。
飴玉を口の中で転がして注意力を維持していると、カタカタと自動記録装置が動き出した音が聞こえて来た。
ファイネルさんが伝声間で倉庫に連絡を入れると、すぐにエミルさんがやってくる。
自動記録装置のテープを読みだす他ところで、操縦席の伝声管を手に倉庫に状況を説明し始めた。
「やってくるわよ! アドレイ王都の西にある監視所から上空を東に向かう空中軍艦を見つけたらしいわ」
いよいよだな。
通路を走る音が聞こえたかと思ったら扉が乱暴に開かれて女性達がブリッジに駆け込んできた。
「まだ見えないかにゃ?」
「全く見えませんが、監視所は王都から離れているんでしょうか?」
「数十ミラルは離れているはずだ。監視所と王都の間に対空砲の陣があるはずだから、その内に上空で爆炎見えるだろう。リトネン、少し王都に近づいた方が良いんじゃないか?」
「私達の出番は爆撃後にゃ。あまり近づくと、爆撃前の空中軍艦と鉢合わせする可能性もあるにゃ。空中軍艦の位置が分かるまではここでジッと待つにゃ」
王都周辺の監視所や対空砲陣地の位置を正確に知りたいところだが、さすがに俺達反乱軍には意味のない情報ということなんだろうな。
あまり詮索するとなぜそれが必要なのかと疑われかねない。
状況を見ながら概略位置を推定するしかなさそうだ。
んっ! あれは……。
「リトネンさん、かなり遠くですけど光の帯が移動しています……。小さな光が連なったものが3つ……。空中軍艦です! 位置は軸線より左30度、上下角マイナス10度」
「あれにゃ! 確かに3隻でやって来たにゃ。ライネル、小型飛行船が上空にいるかもしれないにゃ。引き続き監視を頼むにゃ!」
後ろの方からライネルさんの「了解にゃ!」の声が聞こえて来た。
まだだいぶ遠そうだな。
「そろそろアドレイ王国軍の歓迎が始まりそうだな。どうにか空中軍艦の位置が分かるほど離れているならこっちへの被害はないだろう。リーデルじっくり観察しといてくれよ」
何を監察すれば良いのか教えて欲しいところだけど、歓迎というのは対空砲火ということなんだろうな
対空砲火の精度を見とけばいいのかもしれない。
双眼鏡はすでに手に持っておるから、始まったなら詳しく監察してみよう。
「ファイネル、空中軍艦の南に位置するにゃ。高度はこのままにゃ」
「了解! 移動ついでに補機の暖機をするぞ!」
「任せるにゃ!」
空中軍艦を追い打ちすることになるからなぁ。今の内に暖機を終えておくってことかな。
少しずつ空中軍艦の光点が大きくなるのが分かる。
だんだんと光点が右に逸れていくけど、双眼鏡で見ると舷側の窓が1個ずつはっきりと分かるようになってきた。
「この辺りで良いだろう。空中軍艦はまだ東に進んでいるな」
ファイネルさんの言葉が終わったと同時に、空中軍艦の周囲に炸裂光がいくつも広がっていく。
見ている分には綺麗な眺めだけど、全て砲弾の炸裂だからなぁ。近くで見たいとは思わないな。
「かなり近い位置で炸裂してるにゃ。空中軍艦の高さをきちんと測定しているってことにゃ」
「夜間でも使える距離計があるってことね。少なくとも2000ユーデ以上の距離を測れないと、あんなに上手く砲弾を炸裂させられないわ」
エミルさんの感心した口調が背中から聞こえて来た。
ここは眺めが良いから移動してきたのだろう。
「地上の砲炎は王都から20ミラル程離れているみたいね。位置的にはこの辺りになるのか……」
俺達も気を付けないといけないからか、しっかりとエミルさんが地図に高射砲陣地の位置を落とし込んでいるみたいだ。
「あれ? 終わってしまいましたよ!」
「高射砲で放つ砲弾の届く範囲を超えたということなんだろうな。次はお返しとばかり空中軍艦が爆弾を投下するはずだ」
「被害は受けたんでしょうか?」
「さすがに無傷とはいかないだろうが、作戦に影響なしということなんだろう。空中軍艦の底部は2イルム近い装甲板らしいからな。側面や上面も1イルムはあるだろうし、枢要区画には装甲板を更に追加しているはずだ」
軍艦と言うだけあって撃たれ強いということか。
ヒドラⅡの1イルム半も太さがある弾丸でも、貫通しない場所があるからなぁ。
狙い目は、やはり爆弾の炸裂孔になるのかな。
どこに爆弾を落とすんだろうと前方を見ていると、空中軍艦の上部から曳光弾が上空に発射され始めた。
「飛行機が迎撃に来たに違いない。当たるとも思えないが、飛行機から爆弾を落とすのが難しくなるなぁ。飛行機に搭載している銃はヒドラと同じ口径だ。だが銃身が短いから1イルムの装甲板を射ち抜けるとは思えないな」
上手く当てれば……、そう思って飛行機の操縦手は空中軍艦に向かって行くに違いない。出来れば上部甲板の銃手を何とかして欲しいところだ。
俺達に気付くとは思えないけど、居ない方が良いに決まっている。
「んっ! 飛行機は銃撃だけみたいですね。小型の爆弾を搭載していると聞いたんですが?」
「王都に近すぎるにゃ。爆弾が外れたら王都近郊の町や村に落ちると考えて搭載していないにゃ。おかげで空中軍艦からの銃撃も回避出来てるにゃ」
「小型爆弾と言っても、飛行機にとっては重いと言うことなんだろうな。軽快な機動が取れなくなるらしいぞ」
そういうことか……。納得して前を見た時だった。
地上に爆炎が帯状になって連なり始めた。
爆弾を投下したということなんだろう。かなり王都に近いように思えるんだが、あの辺りに軍の工房があるってことなのかな。
「空中軍艦の進路が変わっています。大きく左旋回を始めたようです!」
「いよいよ私達の出番にゃ! ファイネル、高度このまま空中軍艦の後方30ミラル付近まで近づくにゃ!」
「了解! 補機の暖機は済んでいる。いつでも戦闘機動に移れる」
飛空艇が空中軍艦に向けて速度を上げていく。
空中軍艦の速度は最大でも毎時50ミラルほどだ。主機で距離を保ち、ある程度王都から離れたところで攻撃に移るのだろう。
やがて空中軍艦飛空艇の軸線がピタリと合った。
高度差はおよそ500ユーデ、しかも後方30ミラルとなれば、俺達の飛空艇を視認することは難しいだろう。
再び高射砲の砲弾が空中軍艦近くで炸裂したが、前回より炸裂位置がかなりズレている。
それだけ高射砲陣地から離れた位置を飛んでいるのだろう。
眠気覚ましに口の中で飴玉を転がしていた時だった。
前方を飛んでいる空中軍艦の様子が少しおかしいことに気が付いた。
舷側から左右に4つ程伸ばしたアームの先にある推進用エンジンの1つから煙が出ている。
「リトネンさん、あれって煙りですよね?」
「たぶん高射砲で破損したに違いないにゃ。船体は頑丈でもエンジンを覆う鋼板は薄かった、ってことにゃ」
「あれね……、かなり出てるわね。それに火がたまに見えるわよ」
最初に見つけた時より煙の量が増えてる感じだ。それに火なんて見えなかったからなぁ。
あのままでは止まってしまうんじゃないか? それに火を消すための措置があるんだろうか?
襲撃はまだまだ先になるのかな?
俺の肩越しにリトネンさんが双眼鏡でジッと艦隊を眺めている。
エンジンが煙りを上げているのは真ん中の空中軍艦だが、攻撃計画では最後尾の空中軍艦を狙うことになっていたはずだ。
この場で獲物を変えるつもりなんだろうか?
「もう1つエンジンが不調のようにゃ。火災を起こしたエンジンは燃料を止めたみたいにゃ。下火になってきているにゃ」
「前のエンジンも確かに煙を出してるわねぇ……。艦隊から脱落するかもしれないわ」
左右のエンジンじゃなくて、片舷のエンジンが2つとも被弾したということか。
ちょっとバランスが悪そうだな。
「片舷の2つが残っているなら帰投は出来るだろうが、速度は出せないだろうな。片舷だけの推力なら軸線が反対側にズレてしまう。方向舵で修正は出来るだろうが速度はあまり出せないはずだ」
「艦隊に随伴できなくなるという事かしら?」
「そうなるだろうな。早い話が落伍するってことだ」
「それなら都合が良いにゃ。もうしばらく様子を見るにゃ。まだまだ夜は続くにゃ」
群れから落伍した獣を狩るようなことになるのかな?
群れると危険な獣でも単体なら危険性は大幅に減るだろうし、何といっても手負いの獣でもある。
しばらくこのまま後を付けて、襲撃のチャンスを待つことになりそうだ。




