J-175 導水管の爆破
工房からドワーフ族の男性が俺達の部屋に運んでくれた背嚢は、かつて王国軍が使っていた物らしい。その中に半ブロスの炸薬を詰め込んだ爆弾が入っているそうだ。
「これを水道管の上に載せて、しっかりと針金で固定するにゃ。配管サポートを利用すれば、それほど苦労はしないにゃ。でも、作業するときに落ちないようにしないといけないにゃ。倉庫にあるベルトを着けて、橋から下に下りる時に橋梁の鉄骨にロープを結んでおくにゃ」
「リトネン達を下ろしたら、上空で待機するよ。300程高度を上げておけば十分だろう」
うんうんとリトネンさんが頷いているから、それで良いってことなんだろう。
あまり上げると発見されやすくなるからなぁ。作業時間は30分ほどなんだろうけど、その間は皆で周囲を監視しているに違いない。
「しかし、反乱軍もえげつないことを考えるなぁ。鉄を扱う工房は、一度止めると再開に時間がかかると聞いたことがあるぞ」
「鉄が固まってしまうそうだ。場合によっては溶鉱炉を破壊して新たに作ることになるかもしれん。そうなると、帝国軍との戦に影響が出るぞ」
確か3カ月ぐらい止まるような話をしていたなぁ。イオニアさんの話では、もっと伸びる事もありえるってことかな?
その辺りの事は上の連中が考えれば良いことだ。俺達は指示の通りに爆破すれば良い。
砦近くの橋を使って、何度か爆薬の取り付け方を練習したんだが、最後に夜間訓練を行った時には、危うく落ちるところだった。
やはりベルトにしっかりとロープを取り付けておかないといけないな。面倒だけど、落ちたらそれっきりになりそうだ。
決行日は、15時に夕食を済ませて夕暮れが始まる前に出発することになった。
16時に出発しても、橋に到着するのは20時頃になるらしい。
第2巡航速度より少し速度を上げて毎時50ミラルを越えて飛空艇は南南東に向かって飛んでいく。
夜間工作ということで、少しだぶついた黒のツナギを着こんでいる。中にセーターを着ているからそれなりに暖かいが、季節は秋だからなぁ。
風が強いと結構冷えそうだ。
「装備ベルトにはリボルバーだけか。予備の銃弾も持ったんだろう?」
「30発と手榴弾が1つ。小さなバッグにクッキーが入っています。万が一回収に支障が出ても、一晩は過ごせると思います」
「確かに何が起こるか分からない。王都近くだから場合によっては帝国軍が出てきそうだ。夜間だから灯火管制をしているなら気付かれるとは思わないが、場合によっては一時退避することもあり得るからな」
時刻は既に19時を過ぎている。俺達の後にイオニアさん達が休憩に入るのだが、その後はいよいよ破壊工作作業に取り掛かることになる。
休憩を終えてブリッジに戻ると、銃座のガラス越しに見えるのは上弦の三日月に照らされた黒々とした森の風景だった。
だいぶ傾いてはいるけど、月が沈むまでは3時間ほど掛かりそうだな。
真っ暗闇の中で作業をすることになるかと思っていたけど、少しは足元が見えるに違いない。一応懐中電灯のガラスに赤いフィルターを付けてはいるが、橋の上で明かりを灯すのは考えてしまうからなぁ。
「リトネン達には十分な明りだろうが、リーディルは人間族なんだから手元が見えない時には懐中電灯を使うんだぞ。赤い光なら遠くからでは見えないからな」
「了解です。でもだいぶ暗がりに慣れましたよ。ブリッジも灯火管制状態ですからね」
ファイネルさんの話では、もう直ぐ右手に王都の明かりが見える頃らしい。
やがて遠くにぼんやりとした明りが広がっているのが見えて来た。あれが王都だとすれば、もう直ぐ目的地だな。
飛空艇が西に方向を変える。
20分ほど飛ぶと、暗闇の中に線路が走っているのが見えた。
ファイネルさんに線路が見えたと教えると、飛空艇の速度を緩めて線路沿いに飛空艇を飛行させ始めた。
ブリッジの扉が開き、休憩を終えたミザリー達がブリッジに戻って来た。
ファイネルさんがリトネンさんに状況を伝えると、直ぐに俺の後ろにやって来た線路を確認している。
「もうすぐにゃ。橋の手前で下ろして欲しいにゃ。回収は橋の向こう側にするにゃ」
「了解。テレーザに操縦を任せるぞ。俺は倉庫で降下の補助をする」
「ライネルは上空の監視を頼むにゃ。エミルは銃座で待機にゃ。緊急時は手榴弾を投げてくれれば良いにゃ。でも私達に投げてはダメにゃ」
「橋の少し西側で待機すれば、手榴弾を落としても谷底だ。通常の奴で良いだろう。焼夷手榴弾は目立つからなぁ」
「それで良いにゃ。リーディル、そろそろ準備するにゃ」
「了解です!」と言いながら銃座から降りる。
準備と言っても、背中に爆弾を詰め込んだ背嚢を背負うだけだからなぁ。
とりあえず倉庫に行って一服でもするか。
4人でブリッジを出ると、先ずは腰にカラビナが付いたベルトを着ける。20ユーデほどの長さのロープを肩に掛けて最後に背嚢を背負った。
峠の砦で何度も爆弾の操作を教え込まれたから、俺にでも簡単にセット出来る。
安全装置を解除してスイッチを回すだけだからね。作動し始めると小さな赤いランプが点滅するということだから、その点滅を確認したところで回収場所に向えば良いはずだ。
爆破か所は3か所。橋の北端を俺が担当し、中間地点がリトネンさんで橋の南端がイオニアさんだ。
降下順は遠い場所からということでイオニアさんとリトネンさんが最初で俺が最後になる。
一服をしていると、腰にベルトを着けたファイネルさんが扉を開いて下の確認を始めた。
降下用のホイストのアームを開口部から出し終えると、前方を見ている。
「見えて来たぞ。もう少しで降下地点だ」
慌ててタバコを消すと、携帯灰皿に吸殻を捨てる。
腰のリボルバーをポンポンと叩いて、そこにあることを再確認する。
ブザーが鳴り、ファイネルさんが伝声管に顔を近付けた。
「了解だ! ……こっちの準備は出来てるぞ。橋の手前で停止したらもう1度ブザーを鳴らしてくれ。それを合図に降下させる。終わったら、俺の方でブザーを鳴らす。高度300まで上昇して橋の西で待機だ。……ああ、それで問題ない」
テレーザさんと再確認しているみたいだな。
飛空艇の速度がどんどん遅くなってきた。橋の手前20ユーデほどの地点に差し掛かった時、ブザーが鳴った。
「状況開始にゃ!」
「慌てずにゆっくりとやれよ。時間はたっぷりあるんだからな!」
リトネンさん達がホイストで降下していくのを眺めていると、ファイネルさんが俺の方をポン! と叩いて激励してくれた。
「だいじょうぶですよ。教会の屋根に上よりは安全に思えます」
俺の答えが面白かったのか、俺を振り返って笑み浮かべながらもう1度肩を叩いてくれた。
「リトネン達が走って行った。次はリーディルだ」
ホイストが上がって来たところで、鐙に片足を入れてワイヤーを両手で掴む。
床を蹴るようにして外に出ると、ファイネルさんがワイヤーを伸ばしてくれた。
どんどん飛空艇が上になっていく。
飛空艇の高度は数十ユーデ程あるから、かなり長く降ろされた感じがしてくる。
片足が地面に着くと鐙から足を抜いて、懐中電灯を素早く上空に2度点滅させた。
するするとロープが上って行くのを確認したところで橋に目を向ける。
早足で橋に接近すると下りる場所を探す。良い場所がない時にはロープで下りることになるんだが……。
橋梁を支える橋脚部に鉄のハシゴがあるぞ!
直ぐにハシゴを下りると、目の前に導水管があった。
直径1ユーデを越えていそうだ。ゴォォォっと水が流れている音が聞こえてくる。
橋から鉄の四角い枠が一定間隔で導水管を支えているのがサポートと呼ばれる代物だ。その枠を使って爆弾を固定しないといけない。
ハシゴを少し上って導水管の上に上ると、鉄の枠に針金で背嚢を縛り着ける。
導水管の上になるよう左右の枠に針金で固く結び付けたから、簡単に外れるようなことはないだろう。
最後に安全装置を解除して、爆弾の時限装置のスイッチを回した。スイッチの上に取り付けられた小さな赤いランプが点滅を始める。
これで終了だ。
ゆっくりと橋脚部のハシゴに戻り、橋の上に出る。
リトネンさん達は既に終わっているんじゃないかな? 急いで橋を南に向かって走っていくと、橋の向こう側で手を振っている2人の姿が見えた。
「リーディルの方も完了したにゃ。それじゃあ、飛空艇に連絡するにゃ!」
それほど遠くにはいないはずだ。飛空艇の主機のエンジン音が聞こえる。だけど星空に上手く隠れているみたいだ。
リトネンさんが懐中電灯を何度か点滅させると、先端に懐中電灯が結ばれたホイストのロープが伸びて来た。
下りた順番で、今度は飛空艇へと戻る。
飛空艇の倉庫に俺が飛び込むように戻ると、直ぐにホイストの腕が引き込まれ、扉が閉ざされた。
肩に掛けたロープやベルトを棚に戻していると、ミザリーが俺達にコーヒーを運んで来てくれた。
「少し南に移動して結果を確認するにゃ。時間的には10分ほど間があるにゃ」
「了解。……テレーザ、南に移動してくれ。もう10分ほどで爆発するらしい」
ここでコーヒーを飲みながら待つとするか。リトネンさんは直にブリッジに戻って行ったけど、先ずは一服を楽しんでからにしよう。10分も時間があるんだからね。
ブリッジに戻り、俺の指定席に座る。前方にもうすぐ沈もうとしている三日月に照らされた橋が見える。距離は1ミラル程だから、安心して状況を見ることが出来る。
口の中で飴玉を転がしていると、橋の右手で爆発が起こった。続いて橋の中央で爆発が起こったのだが、俺の担当した右手はまだなんだよなぁ。
ちゃんと安全装置を解除して、爆破スイッチを回して赤い点滅を確認したはずなんだが……。
失敗したかな? そんな思いが沸き上がって来た時だった。橋の左手に爆発が起こる。
「ちゃんと爆発したにゃ。リーディルはやれば出来る子にゃ!」
「それって、誉め言葉なの? でも、これで目的の1つは完了ってことかしら」
「ファイネル。最後に偽装を上手くやるにゃ!」
「翼に懸架した爆弾を投下して、中央の橋脚に砲弾を撃ち込めば良いな……。始めるぞ! テレーザ、高度150。ゆっくりと橋脚中央に向かってくれ!」
「了解! 高度このまま。東に進むわよ……。橋の中央橋脚に軸線固定」
ファイネルさんが潜望鏡のような照準器に顔を押しつけてハンドルを操作し始めた。
直径3イルムの砲弾を放つ大砲は、帝国軍の蒸気戦車や蒸機人相手に使う対戦車砲と呼ばれる大砲だ。砲身は左右に動かせず、仰角だけを変えることが出来る。
飛空艇の軸線を合わせれば高度差と距離を大砲の仰角で調整すれば良いらしいが、たまに外れるんだよね……。
「リトネン、発射するぞ!」
「了解にゃ!」
リトネンさんの返事と同時に、轟音と共に車がブレーキを掛けたようなショックが体に伝わる。
前方に爆炎が上がると同時に飛空艇が高度を上げる。
2ミラル程離れた場所で回頭すると、再び端に向かって飛空艇が進む。今度は爆弾の投下だ。
高度500からなら橋を直接狙えると思うんだが、リトネンさんは橋の端を狙うらしい。山崩れが起きれば橋の修理にも時間が掛かりそうだ。
3カ月どころか、半年は工房が止まるんじゃないかな?




