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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
199/225

J-170 目標には当たらなかったけど


 生憎と飛行船格納庫には着弾していなかったようだ。

 爆撃照準器があるわけでもなく、飛空艇の扉から投下しただけだからなぁ。それでも格納庫近くに火の手が上がっている。兵士達が懸命に消火している中、飛行船を自走車が引き出しているのが見えた。上空に待機させようとしているのかな?

 飛行船は良く燃えるからなぁ。リトネンさんにとっては嫌がらせかもしれないが、格納庫を管理している兵士達にとっては、とんだ災難に違いない。


「このまま帰投するにゃ。少し速度を上げて、日が昇る前に峠に砦に到着できるようにするにゃ」


「了解。……主機だけでは無理だな。テレーザ、補機を起動するぞ!」


「了解……。補機1番起動……、続いて2番起動……。補機の機動を確認、暖機を開始します」


 主機の冷却水を補機のエンジンに循環させているから、補機の起動は容易だとファイネルさんが言っていた。それでも補機を駆動した後は10分程度の暖機をする。

 さすがに緊急時はそんなことはしないだろうが、長くエンジンを保つには暖機をすることが必要になるらしい。


 主機を使って第2巡航速度の毎時50ミラルまで速度を上げる。

 この状態で補機を使うと、毎時100ミラルを越える速度を得ることが出来るのだが、ファイネルさんがリトネンさんに報告したところでは80ミラルまでにするらしい。さすがに戦闘時の速度まで上げることはないと言うことなんだろう。

 峠の砦に朝帰りが出来れば良いんだからね。


「簡単な照準器を作って貰うにゃ」


「そもそも手榴弾だからなぁ。あまり凝るのも問題だと思うぞ」


「それもそうにゃ……。でもちょっと残念にゃ」


「次は爆弾を落とせば良いだろうに。焼夷手榴弾は、あの作戦には向いてないぞ。だが、かなり広範囲を焼くことが出来たんじゃないか? まだ火の手が見えているからな」


 既に20ミラル程離れているんだが、操縦席にある潜望鏡のような監視鏡で火事が見えるらしい。

 前部銃座で見えるのは、王都周辺に点在する町の明かりだけだ。それも直ぐに見えなくなってしまうだろう。


 ファイネルさんがテレーザさんと操縦を交代したところで、俺も休憩に入ることにした。

 ブリッジに入ってきたエミルさんが前部銃座に座る。

 ミザリーは動きだした自動記録装置のテープを眺めているけど、どこの通信なんだろう?

 火事の原因を探ろうと王国軍が動きだしたのかもしれないな。


 テーブルと椅子を引き出したところで、ファイネルさんとコーヒーカップで乾杯する。


「先ずは無事に終わったな。リトネンは残念がっていたが、案外使えるんじゃないか? 少なくとも低空から今までの焼夷手榴弾を落とすよりは安全だし効果もあるからな」


「要は使いかた次第という事なんでしょうね。精密に落とすなんてことは出来そうにありませんけど、12個を連続して落とせばあの通りなんですから」


「そういう事だな。イオニアはどうなんだ?」


「出来れば1人で落とせるようにしたいところだ。どうやって落とそうかと考えているんだが……」


1、2個なら1人で落とせるが、12個を連続してとなると補助者がいるということなんだろう。

峠の砦までには時間があるからなぁ。少し皆で考えてみるか。


「バスケットに入れておくという方法もありそうだが、きちんと並べておくことは出来ないからなぁ。バスケットから手に取って、発火装置に紐を引く、その後に投げることになるから面倒といえば面倒だ」


「今回はまさにそれだ。エミルがバスケットから1個ずつ取り出してくれた。エミルがいなければもっと時間が掛かったに違いない」


 それでも500ユーデ近い炎の帯が出来ていた。

 エミルさんがいなければ、もっと帯が長くなっていたということか……。


「今回は、主機を停止しても東に向かって飛んでいましたよね。どれぐらいの速度が出てたんですか?」


「惰性で飛んでいたんだ。空中で停止するときにはブレーキが無いから、補機をギヤを切換えてプロペラを逆に回すことになる。それをしなければ今回みたいに滑るような感じで進むんだが……、あの時は毎時10ミラル程度じゃなかったかな」


「その状態で手榴弾を落とすとなれば……、10ユーデ近くズレてしまいますよね?」


「そういう事だな。爆弾の照準器は、高度と速度を一定にしなければ使えんからな。それを嘆いてリトネンが照準器と言っていたのかもしれないぞ」


「正確に落とすのなら、照準器も良さそうだが……。それだと使い方が固定しそうだ。状況に応じて使えるようにしておきたいところだな」


 場合によっては、後方から追って来る空中軍艦に落とすということも考えられそうだな。遅延時間や落下速度を遅くする方法があれば、空中軍艦の鼻先で物騒な花火を炸裂させることも出来るだろう。相手が飛空艇を一時でも見失うことがあれば、その間に態勢を変えることだってできるはずだ。


 タバコとコーヒーを楽しみながら、俺達はしばらくどんな方法があるかを考えることになった。

 とはいえ、直ぐに結論が出るわけでもない。時間はたっぷりあるからね。

 休憩を終えて、再び銃座に収まると監視をしながら、方法を考えることにした。


 ミザリーと交代して通信席に座っていたエミルさんが席を立った。ブリッジ後方にに歩いていくから、ベンチで居眠りしているリトネンさんを起こすのかな?


「何にゃ? もう着いたのかにゃ?」


「まだ真夜中よ。それより、王国軍が動きだしたわよ。やはり飛行船の格納庫近くで火事が起きたことがショックだったんでしょうね。2個中隊を動員して付近の不審人物の発見をしているみたい」


「空からの攻撃だとは、まだ思っていないという事にゃ?」


「この色で、しかも主機を切っての飛行だったからかもしれないわね。しばらくは騒ぎが続くんじゃないかしら」


「次も落とせば良いにゃ。目標選定に苦労しそうにゃ」


継続するってことかな? アデレイ王国としても、さすがに看過できないことになりそうだ。

 帝国軍の特殊部隊による攻撃ぐらいに思われているのかもしれないな。

 大陸を渡って同じような事をしてきたんだから、帝国に出来ないわけはないぐらいに考えているのかもしれない。

 そうなると、次は空の監視も強化されるだろう。

 リトネンさんが狙う次の目標が楽しみになってきた。

               ・

               ・

               ・

 補機を使う事で、峠の砦には朝焼けが始まる頃に帰投することが出来た。

 最大速度を試したところ、130ミラルまで出すことが出来たから補機についてもドワーフ族の連中が改造をしてくれたに違いない。プロペラは小さくなったんだけどなぁ。


「やはり2枚羽根でなく4枚羽根の違いってことか。羽根をもっと増やせば更に上がるかもしれないな」


「それにしても変わった形ですね。停止すると畳まれてしまうのも……」


 鳥の羽のように、現在は後方に折りたたまれている。回転すると自動的に立ち上がるみたいだな。

 プロペラの形も板を捩じったような形は同じなんだが、先端部分が鎌のように回転方向と反対側に曲がっているんだよなぁ。

 ファイネルさんによると、回転音を小さくするとともに推力を増す形だと教えてくれたんだが、ファイネルさんも詳しくは分からないみたいだ。

 いろんなプロペラの形を作って試した結果なんだろうけどね。


 飛空艇から荷物を下ろして俺達の部屋に持っていく。

 先ずはシャワーを浴びてからになるようだ。帰ってきたらすぐにお茶が飲めるように、ストーブに火を入れてポットを乗せておく。


 熱いシャワーを浴びると、無事に帰って来れたと実感できる。

 さっぱりしたところで部屋に戻ると、すでにファイネルさんがタバコを咥えて寛いでいた。


「飛空艇の唯一の欠点がシャワーが無いことだな。エミルが文句を言っているけど、さすがにシャワーを付けると水タンクが大きくなってしまうからなぁ。それも、8人なら飛行中1回だけになりそうだ」


「飛行船や、空中軍艦なら何とかなりそうですね?」


 カップにお茶を注ぎ、ファイネルさんの前に置く。俺もカップを持ってファイネルさんの向かい側に腰を下ろした。

 タバコを取り出すと、ファイネルさんが火を点けてくれた。軽く頭を下げて感謝を伝える。


「さすがに大きいからなぁ。だが士官ならともかく、一般兵士なら3日に1回というところじゃないか? しかも水量の制限はあると思うぞ。飛空艇の設計上の作戦行動時間は3日程度ということだから、シャワーぐらいは我慢しろということなんだろうな」


 一服を終える頃、ミザリー達がさっぱりした表情で部屋に入ってきた。

 エミルさんが報告書をまとめているのだろう、たまにリトネンさんに問いかけて確認している。

 ミザリーがお茶を配り始めると、テレーザさんが棚からお菓子を入れた器を取り出した。

 

「相変わらずだな。それで、少しは考えてくれたのか?」


 イオニアさんが俺の隣に腰を下ろして、一服を始めた。俺達は思わず顔を見合わせてしまったけど、直ぐに何のことか思い出した。

 例の、手榴弾の投下についての話だ。


「色々考えたんだが、良い案が浮かばなかったな。リーディルはどうなんだ?」


「こんな仕掛けを考えてみたんです……」


 手榴弾にはベルトのフックに引っ掛けられるよう本体に小さなリングが付いている。それを鉄の棒に入れて並べるという簡単な仕掛けだ。

 メモを取り出して、どんな形になるか描いてみた。


「なるほど、それならあらかじめ置いておけるし、あちこちに転がることもないな」


「もう1本棒を付けると良いぞ。そっちには起爆用の紐の先端を輪にして引っ掛けておくんだ。手榴弾を棒から引き出せば、同時に遅延信管を作動させることが出来る」


 問題があるとすれば、棒の強度だろう。通常の手榴弾と違って2倍以上の重さがあるからなぁ。


「おもしろそうだ。これは貰っておくぞ。後でドワーフ族の連中に相談してみよう。変わった仕掛けなら積極的に作ってくれるからなぁ」


「次の作戦が楽しみだな」


 気に入ったのかな? イオニアさんが笑みを浮かべている。

 なら、もう1つ……。


「ファイネルさん。ついでにもう1つ、頼んでくれませんか?」


 そう言いながら、メモに新たな形を描く。

 布の4隅に紐をつけて、手榴弾のリングに取り付けるだけなんだが、これなら落下時間を遅く出来るはずだ。


「なんだ? 子供の玩具を付けるのか」


「空中軍艦に攻撃を加えた後でこれを落としたら、と考えたんですけど……」


「ゆっくり手榴弾が落ちるだろうな……。なるほど、上手く行けば空中軍艦の鼻先で炸裂するということか! ファイネル、案外使えるかもしれないぞ。それと遅延時間が30秒を越える物も欲しいところだ。巡航速度で落としたなら、飛空艇の攻撃とは思えんだろうな」


 そういう事か。爆発する時には遥か彼方という事らしい。

 ファイネルさんも笑みを浮かべて、俺のメモをポケットに収めてくれたから次の出撃が楽しみだな。

 それほど凝った改造ではないから、直ぐに形になるだろう。

 


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