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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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J-167 識別マークは海賊の旗印


 広場の偽装が撤去され、自走車が飛空艇をブンカーから引き出してきた。

飛空艇を覆っていた布が取り払われた時、思わず咥えていたタバコが落ちたのは、仕方のないことだろう。何せ、飛空艇の塗装が真っ黒なんだからなぁ。


「目立ちませんか?」


「昼なら目立つだろうなぁ。だけど森近くに着地したなら、案外目立たないかもな。俺達の任務が夜を主体にしているのかもしれんぞ。増員のライネルだってネコ族だ」


 昼でも夜でも出来る事をするだけだ。

 色はとりあえず置いといて、形はまるで別ものだ。前部銃座の窓が三角錐から半球に変わっているし、後部銃座が無くなって、紡錘系のとんがり部分にプロペラが付いている。根元が大きく膨らんでいた尾翼はかなり薄くなったし、矢羽根のように上部と左右の斜め横に羽が付いている。尾翼は進路変更に使うんだろうが、あの左右の羽にもラダーのようなものが付いている。

 ブリッジ近くの翼はだいぶ短くなったし、主機も一回り小さくなったようだ。だけどプロペラは前と同じ大きさだ。大丈夫なんだろうか。


「ここからだと少ししか見えないが、ブリッジ後方にある半球状の窓が、上部観測用の窓だ。船倉では側面銃座の邪魔になるらしい」


「反対側に設けたようですね。でも入り口扉付近にも新たな窓が付いてますよ」


 直径半ユーデほどの窓だが、窓の下に丸い穴のようなものが見える。あれは銃眼ということなんだろう。狙撃するんなら扉を開いて覆射で十分に思えるんだけどなぁ。


「それよりだ、あの尾翼をよく見てみろ」


「あれって、識別マークということになるんですよね。とはいえ……」


 髑髏の下に交差する骨だからなぁ……。どう見ても海賊だ。空の上だから空賊になるのかな?

 絶対に、リトネンさんの仕業に違いない。

 廟からお宝を奪ったことで、かつての本業に食指が動いてるわけでは無いんだろうけどねぇ……。


「リトネン! あのマークはどういう事?」


 さっそくエミルさんに怒られている。


「あれにゃ? あれなら反乱軍とは思われないにゃ。クラウス許可してくれたにゃ」


 きっと疲れてたんだろうな。反乱軍と分からなければどうでも良いと思ったに違いない。


「夕食を早めに食べて出発にゃ。期間は3日を予定してるけど、予備の携帯食料も3日分搭載するにゃ」


「各自の武装は?」


「帝国領に向かった時と同じで良いにゃ。地上戦闘は考えていないけど、場合に寄るにゃ」


 広場で解散したところで、ファイネルさんと一緒に携帯食料を運ぶことにした。都合6食分だし、予備の水も用意しておかないといけないだろう。

 食堂の小母さんから食料を受け取り、水の運搬容器に水を補給する。大きなバッグに携帯食料を詰め込んで、ファイネルさんが背負ってくれた。ショルダーバッグのような袋に、入りきれない食料を詰めて水の運搬容器と共に俺が運ぶ。

 飛空艇の扉の前で荷物を下ろし、搭乗用のラダーを登って扉を開ける。後はしたからファイネルさんが手渡してくれた荷物を受け取り倉庫の片隅に並べるだけだ。


 倉庫はファイネルさんが言った通り、船尾に向かって広くなった感じだ。

 これならゆったりとタバコが楽しめるな。付き率家のテーブルと椅子はそのままだけど、撤去してベンチとテーブル代わりの木箱の方が良いように思える。

 銃座に付いていたのは、ヒドラⅡより口径の小さな銃だった。銃身がかなり短いし、鉄の箱のような機関部が付いている。

 口径が小さいと炸裂弾を使えないんだよなぁ。これでだいじょうぶなんだろうか?


「リーディル、これは初めて見るだろう?」


「そうなんです。ちょっと変わった銃ですね。だいぶ銃身が短いですが、これでは命中率が悪くなりそうです」


「これは、機関銃というんだ。トリガーを引き続けるだけで、マガジンの入れた銃弾の数だけ銃弾が飛び出すぞ。塹壕戦ではこれを使って敵の突撃を食い止めると聞いたな」


 しっかりと狙うのではなく弾幕を張るのか……。

 空中軍艦の上部甲板で飛空艇に銃弾を浴びせて連中を、これでなぎ倒せるんじゃないか?

 

「欠点もあるぞ。そうだな、マガジン2個は連続して使えるが3個は無理らしい。銃身が銃弾の摩擦で加熱してしまうそうだ」


 マガジン1つに30発の銃弾が入るらしいから、銃撃の最中にマガジン交換は出来ないんじゃないかな。

 とはいえ、かなり強力な壁には違いない。


 俺達の部屋に戻ったところで、コーヒーを飲みながら、ファイネルさんの話を聞く。

 あの機関銃は飛行機の翼にも搭載されているそうだ。弾種は銃弾の後部に穴を開けて焼夷弾の火薬を詰め込んだ物らしい。


「光の尾を引くように見えるそうだ。飛行船なら気嚢のガスに引火するから都合が良いらしい。問題は空中軍艦だな。上空から投下する爆弾で何とかしようと考えているらしいが、飛行機の防弾は薄いからなぁ。このトレイよりも薄いと聞いたことがあるぞ」


 灰皿を乗せている薄い鉄板にトレイを指差して教えてくれた。

 これなら拳銃弾でも穴が開きそうだ。

 素早い機動で空中軍歌ら放たれる銃弾を交わしているそうだが、そうなると爆撃はかなり難しくなるだろう。

 やはり俺達が相手をすることになりそうだ。


「しかし、あの王女様も難しい場所を選んで逃走したようだ。この場所は山岳地帯だから、見つけるには苦労するだろう。それに、先回りをしようとしても、峠を抜けるか、尾根沿いにこっちに向かうかで王国軍の連中は悩むんじゃないかな」


「こちらにやってきたら保護するんでしょうか?


「そうなるだろうな」と言ってファイネルさんが小さく頷く。

 まるっきり知らない人物ではないからなぁ。無事にこちらを目指して逃げてくれればいいんだけどね。


 昼食は母さんと一緒に取った。

 夕暮れ前に出撃すると告げると、「どんなことがあってもちゃんと戻ってくるのよ」と言って笑みを浮かべてくれた。

 お茶を飲み終えて、食堂から出る時に、俺とミザリーをハグしてくれたけど、ちょっと人目が気になるんだよなぁ。いつまでも子供じゃないんだからね。


 俺達の部屋に入ると、イオニアさんがゴブリンの手入れをしている。

 使う機会がほとんどないんだが、いざという時には頼りになる小銃だ。ボルトアクションで5発を撃てるからね。照準器の倍率は5倍ではあるんだが、昼間なら200ユーデ先を確実に狙えるからなぁ。


「リーディルの銃の整備も終えたぞ。場合によっては飛空艇からの狙撃もあり得るだろう」


「ヒドラⅡで焼夷弾を放てば炙り出せるかもしれません。その時は頼みますよ」


 俺の答えに、笑みを浮かべて頷いてくれた。

 トラ族の女性は皆美人だ。ネコ族の女性が可愛らしく感じるのとはちょっと異なるんだよね。

 先祖を辿れば同じになるんだろうけど、種族が分かれると結構感じが違うんだよね。

 ファイネルさん達イヌ族は、どちらかと言うと精悍な顔つきだ。テレーザさんも美人に違いないけど、野性味あふれる感じがする。

 

 さて、背嚢に着替えと予備の銃弾を入れて、共通棚から携帯食料を詰め込んでおく。夜の見張りで重宝する飴玉の紙袋と、予備のタバコを2箱……。これで十分だろう。


 クラウスさんからだいぶ前に貰った懐中時計を取り出すと、まだ2時にもなっていない。

 コーヒーをカップに入れてテーブルに戻ると、イオニアさんの向かい側の席でリボルバーの手入れを始めた。

 これは練習射撃でしか使っていないんだが、万が一ってこともあるからなぁ。銃身内の掃除とシリンダー周りの注油で十分だろう。


「リボルバーは部品が少ないから、それだけ信頼性が高いんだ。最後まで実戦で使うことはないかもしれないが、いざという時にはゴブリンよりも頼りになるぞ」


「イオニアさんはリボルバーで戦ったことがあるんですか?」


「何回かある。砲兵部隊は全員が持っているからな。前線が崩壊すると敵軍が砲兵部隊にまで雪崩れ込む。その時に頼りになるのがリボルバーとスコップだ」


 次弾発射が容易だということが一番らしい。6発撃ってしまうと銃弾の補給が面倒ではあるんだが、その時には白兵戦状態だったらしい。スコップで相手を殴り倒したというんだから、イオニアさんにはあまり逆らわないでおこう。


 ミザリーがエミルさんと一緒に入ってきて、その後は五月雨的に仲間が部屋に入って来た。

 ファイネルさんが入って来たのは、リボルバーの手入れを終えて一服を始めたころだった。

 俺を手招きしているから、ファイネルさんのところに向かい腰を下ろす。


「いよいよだな。少し形が変わってしまったが、俺達の飛空艇だ。今回もうまく任務はこなせると思うんだが……」


「何か、気掛かりでも?」


「リトネンの事だからなぁ。ついでに……、というやつがありそうだよな」


 思わず顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 絶対にあるだろう。それが何かということなんだが、俺達の想像も付かないようなことをするからなぁ。


 ミザリー達はライネルさんを誘っておしゃべりに興じている。

 よくもあれほど話題に事欠かないものだと感心してしまうほどだ。

 ファイネルさんとストーブ近くのベンチに移動して、コーヒーを飲みながらのんびりしていると、やおらリトネンさんが立ちあがった。


「16時にゃ。食堂に行って夕食を取るにゃ。イオニア、夕食が終わった小母さんかお弁当を受け取って欲しいにゃ」


 イオニアさんが頷きながら席を立つ。さて俺達も食堂に向かうか。

 あまりお腹が空いてはいないけど、食べとかないと夜中にお腹が空きそうだ。

 イオニアさんが受け取るお弁当は、そんなときに食べる夜食ということなんだろう。


 夕食はそれほど凝ったものではないが、黒パンにはたっぷりとバターが塗ってあった。干し杏の代わりに小さなトマトが2つ。トマトは久ぶりだ。


 夕食を終えたところで、ポット1つコーヒーを入れて貰う。

 給湯室のフックに下げておけば零れることもないだろうし、安定飛行に移れば温めて飲むことも出来る。


 食堂からブンカーに向かい広場へと足を運ぶと、飛空艇が広場の中央に引き出されていた。

 それにしても尾翼の髑髏マークが目立っている。

 これだと反乱軍の飛行機からも銃弾を浴びるんじゃないか?


 飛空艇の扉が開いているから、そのままタラップを上がり内部に入っていく。

 給湯室にポットを置いてブリッジに入り、背負ってきた背嚢をブリッジ後方の棚に入れた。ゴブリンも銃架に収めバンドで固定する。

 前部銃座に腰を下ろすと、足元は昔と同じくガラス窓だ。やはりここが一番眺めが良いな。

 双眼鏡を取り出して銃座のフックに掛けると、座席のベルトで体を固定した。

 後ろを見ると、皆持ち場に着いたらしい。

 イオニアさんとライネルさんはブリッジ後方にあるベンチシートに座っている。


「皆、席に着いたにゃ? ファイネル、出発にゃ!」


「了解……。テレーザ、主機の暖機を始めてくれ。ジュピテル機関を始動するぞ……。一番機関始動……、続いて2番始動」


 ファイネルさんとテレーザさんの声だけが聞こえてくる。飛空艇が小さな振動を始めると飛空艇の下部が赤く2度光った。

 識別用のライトを使って待機しているドワーフ族の連中に出発の合図を送ったのだろう。

 正面から2度懐中電灯が光ると、ファイネルさんがリトネンさんに顔を向ける。


「出発準備完了! いつでも飛べるぞ」


「了解にゃ。進路140、高度1000ユーデ、巡航速度でアデレイ王国軍を叩きに行くにゃ!」


「飛空艇発進!」


 ファイネルさんの声と同時にフワリと体が一瞬軽くなる。みるみる俺達を見上げるドワーフ族の姿が小さくなっていった。


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