J-165 暗号が長文になる理由
1つ飛ばしでもダメだし、2つや3つも試したらしい。
マスを横にいくつか用意して、縦や反対にも読んでみたらしい。
「やはり、今までとは異なるという事かしら? 出現頻度も調べてみたんだけど……」
「解くのに面倒な暗号は使わないと思うんだけどなぁ。拠点や砦間なら少し難解な暗号になるかもしれないけどね」
「母さんは信号強度から見ると、小隊に随行した通信兵かもしれないと言ってたわ」
なら尚更面倒な暗号にするわけがない。
何気に、暗号を見ていた時だ。
2、3、5番目の文字を読むとフタリと読めるぞ。
そうなると、次は7番目と11番目だな。
7番目が「ヲ」で11番目が「サ」になる。次は13番目の「ガ」と17番目の「セ」となる。
続けると、フタリヲサガセになるのか……。
「ミザリー、分かったよ。ちょっと面倒な暗号だけど、解読は現在のアドレイ王国軍のコードが使えるぞ」
「でもコードを使ってこれなのよ? まるで分からないよ」
「これならわかるだろう?」
ミザリーの手元にあった赤鉛筆で、2、3、5、7、11、13、17番目の文字に印を付ける。
「これって!」
「ちゃんと文になるだろう? それ以外でないと割れない数字を使ってるんだ。眠れないときに頭の中でこの数字を考えてるんだけど、50近くなると寝てしまうんだよなぁ」
ミザリーが驚いているのを見て、エミリさんがタバコを咥えてやってきた。
少し頭を冷やしてたのかな?
ミザリーの手元の通信文を見た途端、口元からタバコが落ちた。
慌ててテーブルから拾っていたけど、咥えタバコは良くないと思うんだよなぁ。
「さすがね……。道理で長文になるわけだわ。この数字は、この後どうなるのかしら?」
「それはですね……」
ミザリーからメモ用紙を受け取って、数字を羅列していく。20番目で71になるからなぁ。これ以上は覚えていないから、ミザリー達に考えて貰おう。
「20文字の文でも、文字数は71個必要ってこと? なるほど長文になるわけね。こっちも調べてみましょうか」
エミリさんとミザリーが再び作業を始める。
後は任せておこう。ミザリーは母さんと一緒の部屋だから、母さんに今夜教えてあげるに違いない。
だけど、誰を探すんだろう? 俺としてはそっちの方が気になるけどなぁ。
翌日。母さんが砦に通信を送り、傍受した解読不能の長文暗号の記録が大量に運ばれてきた。
クラウスさん自らが大きな箱に入れて運んできたところを見ると、あの暗号の内容がかなり気になっていたに違いない。
事務室(1)に籠って、エミルさんとミザリーまでも動員しての解読作業をしているようだ。
記録係は、副官のオルバンが務めているのだが、たまに俺達の部屋にやってきて一緒にお茶を飲んで行く。
「どんな状況なんだい?」
「通信士が3人いるんですから、捗ってますよ。そうそう、これを渡すように頼まれたんでした」
オルバンが取り出したのは小さな紙包みだった。なんだろうと開けてみると小さな双眼鏡が出てきた。
「アドレイ王国よりさらに東の王国の製品だと言ってましたよ。小さいけど性能は良いとの事です」
俺の持っている双眼鏡は帝国からの鹵獲品だ。ファイネルさんの持っている双眼鏡より小型なんだがポケットに入れるには結構重いんだよなぁ。
ありがたく頂いて、今ある双眼鏡はミザリーにあげよう。たまに飛空艇の窓から周りを眺めていることもあるようだからね。
「ありがたく頂いておくよ。それでどんな内容なんだい?」
「あの通信文の内容ってことか? それなら是非とも聞きたいところだ」
ファイネルさんとイオニアさんが、チェスを止めて俺達のところにやってきた。
俺達を見て、ちょっと考え込んでいたオルバンだったが、小さく頷くと通信内容の概要を話し始める。
どうやら、アドレイ王国内のかなり限定された範囲で使われている暗号らしい。
「帝国による無差別爆撃が昨年行われました。当然アドレイ王国もそれに対して同じような事を帝国内で行ったはずです。それがさらに帝国の無差別爆撃を呼ぶこととなり、アドレイ王国の王都や主要都市に大きな被害が出ました。これは御存じのはずです……」
王都に対して数度の爆撃が行われたらしい。その責任を追及する形で王宮内での争いが起こるのは仕方のないことかもしれないな。
だが、実力で国王を退位させるとなれば大きな問題になるだろう。それが強引な手段であればそれだけ争いが大きくなる。
「新たな国王は第3王子です。第1王子と第2王子ともに幽閉との事ですが、あの通信文の内容では殺害されている可能性が高そうです」
「すると、あの通信文は第3王子とその手先となった王国軍との間で交わされた通信文ということか?」
「クラウス殿はそう考えています。その1派の士官が第2回目の帝国領遠征の指揮官になったようです。アドレイ王国軍の動きがおかしいという話は、それが原因でしょう」
「あぁ……。俺達を遠ざけて何かしていたようだからな」
「今回の遠征目的は、帝国軍の兵器開発の調査を目的としていたようですね。帝国軍の駐屯地矢工廟を爆撃した後、陸戦隊を投入していたようです。それだけなら、我等の戦を有利に展開できるとも思えるのですが……」
俺達反乱軍に対しては、奪取した兵器や図面の話は全くなかったらしい。名目上は帝国領内の効果的爆撃をすることによって、帝国の継戦能力を低下させるということだった。
俺達だけがそれを行っていたんじゃないかな? 主に物流システムの破壊をしていたからね。
「クラウス殿も、アドレイ王国がかなり危険だと言ってましたよ。問題は反乱軍の上層部が、その認識を持っていないという事でした」
「何時になっても苦労するのは、俺達下っ端だからなぁ。その内に理解できるんだろうが、それでは遅いということになりかねないか……」
「互いに利用できると思っているんでしょうね。そう思っているから同盟関係を続けているんでしょうけど」
オルバンも言うようになってきたな。
だがそれが真相でもあるんだろう。危険性を理解できない状態で相手を利用することを考えているということだ。
アドレイ王国は俺達を危険視しているのだろうか?
飛空艇を落とした状態なら、俺達の持つ切り札は小型の飛行船ぐらいだからなぁ。飛行機もあるけど、数は多くはない。
反乱軍は、アドレイ王国軍の大型飛行船に対抗する手段を持っていないんじゃないか?
「……とまぁ、そんなことが分かった次第です。まだまだ通信文がありますから、詳しくはエミリさんに聞くと良いですよ」
そう言い残して、オルバンは俺達に騎士の礼を取ると部屋を出て行った。
あまり長く話をしていると、ボロが出るのを嫌がったのかな?
「要するに第3王子が政権を握ったということなんだろうな。まだ若いらしいから、過激な行動に繋がっているということだ。となると……、帝国の反撃が俺達に向いて来来ないとも限らないぞ」
困った話だ。場合によっては帝国とアドレイ王国との2つと敵対することになりかねない。
「いつまでも続くんですかねぇ……」
「ますます複雑になって来るなぁ。だが帝国内の反乱組織は、今回やけにおとなしかった気がするな。通信も2度しか受けられなかったようだし、その内容も取引だけだったらしい」
頑張っているようだけど、無差別攻撃をするのは問題だ。
あれでは、帝国軍と帝国住民の両者から反発を受けるだろう。理想の世界を目指しているというよりは混乱を煽っているようにしか見えないんだよなぁ。
「俺達も今思えば案外楽な仕事でしたよ。線路や橋の爆破でしたからね。大きな橋は除外して破壊していましたから、今頃は復旧が始まっているかもしれません」
互いの顔を見合わせて苦笑い。
しっかりと指示を受けて、関係ない場所ばかりを狙ったようなものだ。ピクトグラフのピントをぼかして遠くから撮影したから、橋のような残骸が移っているだけだ。
それを堂々と指揮所に持ち込むんだから、リトネンさんも困った人だ。
「ひょっとして、俺達の仕事はどうでも良かったのかもしれんぞ。最後に俺達の飛空艇に爆弾を仕掛けた増槽を取り付けるのが目的だったのかもな。それまでは使えるだけ使ってやろうということだったのかもしれん」
なら、仕返しはきっちりとしないといけないだろう。
クラウスさんが俺達にどんな命令を出してくるのか、ちょっと楽しみだな。
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暗号が解けて2日目。夕食を終えた俺達は、リトネンさんの指示で部屋に集まった。
あの暗号の解析結果を教えてくれるらしい。少しは手伝ったんだから、俺も気にはなっていたんだよね。
「長くなるかもしれないから、飲み物とタバコは自由にゃ。準備出来たら、エミルが説明してくれるにゃ」
いつも通りだから、とりあえずコーヒーをカップに注いで、俺の前に灰皿を置く。隣がファイネルさんとイオニアさんだからね。同じ愛煙家同士で席に着く。
エミルさんが数枚の報告書を書類カバンから取り出すと、俺達に顔を向ける。
さて、どんな話を聞かせてくれるのだろう。
「皆に解読できた通信記録を聞かせても理解できないと思うから、通信記録からどんな出来事が推測できるかを話すわね……」
アドレイ王国で政変が起こったというのは、本当らしい。オルバンの言う通り、第3王子が王宮内を牛耳ったということだ。
国王を退位させ、第1、第2王子の家族と家人を誅殺したらしいのだが、第2王子の娘さんは偶々外出していて難を逃れたということだ。
俺達の飛空艇に乗り込んだお嬢さんだろうな。飛空艇に乗り込んでくるぐらいだから普段からあまり家にはいないに違いない。
「未だに発見できないそうよ。見つけたなら金貨20枚の賞金が掛かっているわ。第3王子の統治に反感を持った人たちが匿ってくれているのかもしれないけど、賞金に目が眩む人だっているかもしれない。一緒に過ごしたこともあるから何とか逃げられればいいんだけど……」
「要するに、王位継承権を第3王子以外に持っているということが問題なわけだ。こりゃぁ、新しい国王も枕を高く出来そうもないな」
「奪った地位なら、奪い返されても文句は言えないにゃ。それに私等を殺そうとしたことは忘れてはならないにゃ」
「勝手な行動は取れないわよ。上の方はアデレイ王国との同盟関係を維持して資材の援助を願っているようだけど、それが無くなったらどうするのかしら」
さすがに表面上は敵対出来ないだろう。その裏で暗躍することになるのかな?
俺達の出番は、案外早いかもしれない。




