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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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★ 27 帝国の闇 【 神皇帝 】


「それで彼女は同意してくれたのかね?」


「夢を追いかけることは止めるそうだ。皮肉なことに、彼女の夢はかなり現実味を帯びているよ。派閥貴族の根絶、その上での帝国の崩壊ということだったようだからね」


「現実味というより、実現できたということになりそうだな。生かしておいて、禍根を残すことはないのか?」


「彼女一人では何もできんさ。しばらくは車椅子での生活だ。侍女2人が付いているなら身辺の世話にも問題はあるまい。あの侍女達も中々使えそうだ。私の片腕として一生涯働いて貰うよ」


「卿を信じよう。ところで、今の話は本当なのか?」


「彼女が教えてくれたよ。南に向かってどこかの王国で暮らすつもりだったようだ。設計図は皆無らしいが、改良型の兵器がいくつか搭載されているらしい。強化兵も積んでいるとのことだぞ」


「1隻とは言え、戦力増強にはなるだろう。今日中にも空中軍艦を派遣するつもりだ。ところで、新たな仕事場に満足してくれたかな?」


「卿に感謝するしかないな。以前より環境が良くなった感じだ。部下の鑑札については感謝する。色々と不満が上がっていたからなぁ」


 私の言葉に、クリンゲン卿が苦笑いを浮かべる。

 軍の駐屯地に私服の男女が出入りするのだから、駐屯地の入り口はいつも大渋滞になっていたようだ。

 駐屯地への出入りがメダル型の鑑札を提示することで簡略化された。その為か私への報告も増えたように思える。


「さすがに彼女達には鑑札は出せんぞ」


「今の状況で問題ないだろう。壁の中ではあるが外に出ることも可能だ。とはいえ問題が無いでもない。イグリアンの連中だ」


 私の言葉に、卿が小さく頷いた。

 地上施設に対して、イグリアン大陸から侵攻してきた部隊が爆撃を繰り返している。

 現在は軍の施設と物流機構に対して攻撃を行っているようだが、何時無差別攻撃に出るか予断を許さない状況だ。


「小型飛行船を使った攻撃で何隻か沈めてはいるんだが、相変わらずやってくれている。やはりイグリアン大陸の軍需施設攻撃を早めることに越したことは無さそうだ」


「戦力はあるのか?」


「空中軍艦を全て向かわせる。今までは単艦での作戦行動だったが、数隻での攻撃ならば敵の飛行機にも対応できるだろう。側面と上甲板に銃座を増設したぞ。艦隊を陽動に使って、飛行船で軍需施設を爆撃するつもりだ」


 継戦能力を削ぐということだな。出来れば早くにイグリアンの連中の飛行船を全て落として欲しいところだ。

 復旧計画を作っても直ぐに手直しが必要になっているのが現状だからな。


「実は卿に1つお願いがある」


 単なるケニーの事後確認ということではなかったようだ。

 卿の話をしばらく相槌を打って聞いていたのだが……。


「北部と南部の鉄道を閉鎖すると!」


「3カ月ほどで良い。それによって物流に大きな影響が出ることは承知している」


 どうやら新興王国の動きが怪しいという事らしい。

 私のところにもかなりの数の援助依頼が舞い込んできているのだが、いったいどんな治政を行えば生産力を越える浪費が行えるのだろうか?

 私腹を肥やすぐらいは大目に見ていたのだが、かつての王国の国力を越える浪費が行われているとは思わなかった。


「あまりにも目に余る人物を何人か暗殺してはいるのだが、一向に悔い改めることが無い。傀儡王国であることを忘れているのだから困った連中だ」


「手を入れたくても、現状では無理ということか……」


「やって出来ぬことはないだろうが、そうなると対イグリアン戦略に影響が出る。帝国内を荒らされぬよう、早めに対処したいところだ」


「場合によっては実力で資材を調達に来るということか……。線路を閉鎖する戦力はあるのだろう?」


「それぐらいは何とでもなるさ。3カ月だ。何とか住民の不満が出ぬよう対処して貰いたい」


 ここは飲むしかないだろう。ケニー達の対処を私の一存にしてくれた事もあるからな。

 それに新興王国への物流についてはそれほど多くはない。

 困るのは一部の商人達だろうから、他の仕事を宛がえば十分満足してくれるはずだ。

 住民達にしても、新興王国に出掛ける者より、向こうからやって来る方が多いらしい。多くは仕事を求めての事だろうから、往来を停止して困るのは新興王国の方だろう。


「了解した。だが、場合によっては盗賊団が現れないとも限らないぞ」


「装甲列車を何列か卿の指揮下に送るよ。1つの列車に2個小隊の兵士が乗っている。運用は卿に任せるぞ」


 私の戦力ということかな?

 纏めれば中隊を越える戦力だ。盗賊団とはいえ新興王国の兵士だろう。どれほどの戦力を用意してくるか分からんが、何とかせねばならないな。

               ・

               ・

               ・

「奥様、お茶のご用意が出来ました」


 私室の扉を小さく叩いた侍女が、トレイに載せたお茶のセットを持って入ってきた。

 テーブルの書類から目を離し、窓の外を見る。


 小さな窓から見えるのは白樺の木々だ。その向こうに高さ5ユーデほどの壁が無ければ別荘暮らしに思えてくる。

 ここが軍の駐屯地であるなど、よほど詳細に調べない限り分からないだろう。

 駐屯地とは名ばかりで、兵士の数は1個中隊程度らしい。

 新たな総指揮所がこの駐屯地になるとのことだ。


「ありがとう。ところで頼んでいた計算は出来たかしら?」


「算板を使えますから、何とかできました。互いに再度計算して同じ答えであることを確認しています」


 足し算と引き算なら侍女達も出来るようだ。教会で孤児として暮らしていたらしいが、最低限の教育は施してくれたらしい。

 口述筆記をさせると、中々綺麗な字で筆記してくれる。清書せずともそのまま使えるほどだ。


「次の計算もして欲しいわ。あの棚の一番下の右端の書類よ。支出の項目を大まかに分類して集計して欲しいの」


「了解しました。いくつぐらいに分類しますか?」


「貴方達に任せるわ」


 どのような分類にしたかで、彼女達の感性も分かるだろう。不足なら再度分類を提示してやり直させれば済むことだ。


 それにしても……。

 私が最初に始めたのは、私達が逃走してからの帝国内の様子を、公式記録の写しで確認することだった。

 裏の様子は推測することしかできないが、それでもかなり役立つ。

 帝國は瓦解する一歩手前で踏みとどまっているようだ。

 ケイランド卿達が始めた帝国の改革が全て頓挫している。

 私達が行った結果だと言えばそれまでだが、帝国が姿を消した時に残った帝国住民達の暮らしはどうなるのだろう。

 私の夢は、一時的に叶ったともいえるし、夫は最後まで自分の夢を追い続けることが出来た。不幸にして亡くなってはしまったが、自分の歩みを振り返った時に幸せを感じたかもしれない。

 学院を追い出されて、自分のやりたかった研究が出来ずに沈んでいた時に、ケイランド卿達が彼に資材と研究場所を提供してくれたのだから。結果も残してはいるのだが、彼が亡くなった今ではそれを再現することは不可能だ。

 全ての研究成果は彼の頭の中に記憶されていたのだから……。

 私からその話を聞いた時に、2人が小さく頷いていた。あのような兵器が2度と作れないことに対して安心できたからに違いない。

 戦に関わらない住民にも死が訪れたことについて、いまさら悔やむことはすまい。

 それは既に起こってしまった事。

 ケイランド卿の言われる通り、瓦解しようとしている帝国の立て直しが私に与えられた使命であり罰なのだから。


 それにしても王国を作ってその上に皇帝を据えるという考えは、さすがケイランド卿の思惑は斬新なものだ。

 栄枯盛衰を王国に負わせて、帝国はその存在を長期に亘って維持できる。しかも、貴族の派閥闘争を、この政策で無効化することも出来ただろう。

 帝國の統治集団は小規模精鋭になるだろうし、帝国軍は強大な戦力を中央に維持できる。

 その結果は……。

 やはり卿の思惑通り進んでいたようだ。

 私腹を肥やし、任された王国軍の強兵化を図ろうとは……。反乱を起こせば連なる貴族もろとも粛清されるに違いない。

 その政策に大きな外乱が2つ入ってしまった。

 私達とイグリアン大陸からやってきたアドレイ王国と反乱組織の同盟軍。この2つ外乱で帝国内が大きく揺らいでしまった。

 現在の状況は、この内の1つである私達の影響が取り除かれたということになるのだろう。それに1日1回私の部屋を訪れる王国軍の士官の話では、アデレイ王国軍の飛行船を何隻か撃墜できたということだ。

 アデレイ王国軍による帝国への外乱も、少しは緩和されるということになるのだろう。


 現在は戒厳令が帝国領内に布かれているとのことだが、戒厳令の期間は限定されるものだ。長期に渡る戒厳令は帝国内の経済活動に影響が出てくる。

 2つの外乱が無くなりつつある状況であるなら、早期に戒厳令を解除すべきなのだが……。


 そうね……。たぶんそれが一番の理由。

 皇帝が亡くなり、後継者となる人物が帝国にいないのだ。

 戒厳令を解除するためには帝国の新たな秩序を作らねばならない。


 一番簡単なのは、新たな皇帝を帝国の重鎮である人物が名乗れば良い。

 宰相であるケイランド卿、軍の最高指揮官であるクリンゲン卿、神殿の高位神官を束ねる神官長……。脳裏に数名の姿が浮かび上がる。

 彼らなら帝国を背負う事も可能だろうが、ケイランド卿の話では彼らにその意思は無いらしい。

 皇帝の孤独を直ぐ傍で見てきたからなのだろう。

 巨大な帝国の最高権力者である皇帝は孤独な存在であるらしい。

 初代皇帝には12人もの友人が彼の仕事を手助けしてくれたらしいが、帝国の長い歴史の中で手助けしてくれた友人達は皇帝陛下の臣下である貴族集団の中に埋没していったようだ。

 皇帝の直ぐ傍で仕えていたケイランド卿の話を思い出すと、皇帝陛下に友人がいないことが今さらのように思い出される。相談相手はいたのだろうが、喜怒哀楽を楽しめる人物はいなかったようだ。

 帝国という存在に対する人身御供が皇帝という存在であるのかもしれない。

 それなら皇帝は誰でも良いということになるのだろうが、さすがに平民を皇帝にするような暴挙を行うようでは帝国の内乱に繋がるだろう。

 それを考えると業績と知名度から選択するという事になるのだろうが、未だにケイランド卿達が悩んでいるのは、卿達が思い浮かぶ人物が皇帝になることを拒んだからに違いない。


 ひょっとして……、卿達は全く新しい国の統治システムを検討しているのだろうか?

 皇帝の存在しない新たな帝国。

 皇帝が存在しないのなら帝国とも言えないのだが……。

 いや、もう少し掘り下げてみよう……。

皇帝が孤独であり、皇帝と会える人物が限定されているとしたなら……。

皇帝という存在自体を誰もが信じることが出来るなら……。

神殿の祭る神とそれほど違わない。

我々が神を見ることなどありはしないが、誰もがその存在を肯定するはずだ。

生憎と私は信じる神を持っていないけど、他人に神は存在しないと大声を出すことはない。

それは異端であり、他者から退けられることに繋がる。

疑うことは個人の問題だ。それを口外しなければ集団は安定するだろう。

 存在すれど我々に姿を現すことはない。それが新たな皇帝の姿となるはずだ。

「神皇帝……。名前も考えないといけないのでしょうね」


 思わず、小さな呟きが漏れた。


 頭を動かさず目だけで周囲を素早く確認する。良かった……。誰にも聞かれなかった。


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