J-160 アデレイ王国軍は俺達の敵だ
背嚢に詰め込めるだけ詰め込んで、飛空艇に戻る。
小さな焚火を囲んでミザリー達が待っていてくれた。どうやら物騒な増槽は上手く取り外せたらしい。
運んできたお宝は、ブリッジの後部にあるベンチの前に古いブランケットを広げて山積みにした。
「もう1度向かうにゃ! 他の拠点だって軍資金が足りないにゃ」
そう言われたら頷くしかないよなぁ。
イオニアさんと溜息を吐きながら、リトネンさんの後に続く。
「もう1度、行ってくるにゃ。直ぐに飛び立てる準備をしておくにゃ」
「了解だ。ところで何をしてるんだ?」
「後で分けてあげるにゃ!」
ファイネルさん達が首を傾げている。
まさか墓泥棒に行ってるとは、思ってもいないだろう……。
再び背嚢とポケットにお宝を詰め込んでいると、リトネンさんが扉を破壊した時と同じような箱を、まだ沢山残っているお宝の山の中に設置した。
部屋の外に背嚢を一旦下ろして、1人で部屋の中に入るとスイッチを押して逃げるように戻ってきた。
「今度は5分にゃ。もっと欲しかったけど、欲張らないのが秘訣にゃ」
それって泥棒の極意ってことかな?
何事をするにも、欲張らないということは、泥棒だけに限らないとは思うんだけど、何かねぇ……。
しばらく歩いていくと、背後で爆弾の炸裂音が聞こえてきた。
あれを破壊したのかと思うと、ちょっと残念な気がしないでもない。彫像や絵画も沢山あったんだよなぁ。
穴に出ると、焚火の傍には誰もいない。
全員が飛空艇に搭乗しているのだろう。俺達も急いで乗り込みブリッジに入った時だった。
「リトネン! これはなに? ちゃんと説明して頂戴」
リトネンさんがエミルさんに捕まってしまった。
とりあえず、背嚢の中身をブランケットに積み上げて、ゆっくりと倉庫に移動しることにした。
出入口は開いたままだ。椅子を倒してタバコを取り出すと、後ろから火の付いたライターが伸びてきた。
振り返ると、ファイネルさんが面白そうな顔をして立っていた。
タバコに火を点けると、ファイネルさんもタバコの箱から1本抜き出して火を点ける。
「だいぶ運んできたな。あれを売ったらかなりの金額になりそうだ」
「リトネンさんは拠点の軍資金だと言ってましたよ。それなら少しは協力しませんと」
「クラウス殿の驚く顔が楽しみだよ。それで中はどうだったんだ?」
ファイネルさんが持って来てくれたコーヒーカップを受け取ると、この施設で見てきた状況を話し始める。
「……そうか。侍女だけでなく帝国軍の兵士の死体もあったということだな。帝国の闇はかなり深いと思わねばならないだろう。口封じなんだろうが、兵士までも殺したとなればかなり重要な案件に違いない」
「リトネンさんは宝物庫の一直線でしたが、この施設は高官の避難所としても機能していたようです。それに食料保管庫や兵士達の待機所までありましたからね。建設当初は廟だったんでしょうが、その後に施設を拡張したんじゃないでしょうか」
「そうでもないと宝物庫は無いだろうからなぁ。だが俺達の国から盗んだんでなければ問題はないんじゃないか? それに俺達がやったという痕跡は残して無いんだからな」
「1つありますよ。増槽です。本当に爆弾なんでしょうか?」
「間違いなく爆弾だ。後ろ四分の一に燃料が入っていない。耳を押し当てたら、時計の音が聞こえたよ。まったく、リーディルがいなかったら、俺達は帰れなかったはずだ」
「ありがとう」とファイネルさんが頭を下げてくれた。
そんなつもりで叩いたわけでは無いんだよなぁ。頭を掻きながら笑顔を返した。
「さて、そろそろエミルの説教も済んだに違いない。物騒な代物からは早めに遠ざかるに限るからな」
席を立って、ブリッジに戻る。
銃座に着こうとしたら、エミルさんに呼び止められてしまった。
「全く、何をしてるんだか……。上着のポケットの一つをあの山に載せてくれない。それで、見ないふりをしてあげるわ」
全部とは言わないんだな。リトネンさんが頑張って交渉してくれたに違いない。
本人は煤けた表情をしているから、結構長く説教を受けたんだろう。
バックスキンの上着の右ポケットに入っているのは、金貨と宝石だ。
リトネンさんは宝石の方が価値があると言っていたけど、直ぐに換金できるなら金貨の方が間違いと思って入れておいた。
「それで、リトネン。この中から好きな代物を3点で良いのね?」
「それぐらいなら余禄と言えるにゃ。でも、あまり皆に見せないようにするにゃ」
「それじゃあ、出発するか。リトネン真っ直ぐに帰るんだろう?」
「アデレイ王国から貰った焼夷弾を早めに始末するにゃ。北に向かって飛びながら山火事を作れば、この大陸での私達の仕事は、全て終わりにゃ」
ファイネルさんとテレーザさんが飛空艇の発進準備を再度確認し終えると、ゆっくりと飛空艇は穴から上昇を始めた。
穴を出ると素早く俺とイオニアさんが、飛空艇の前後に飛行船がいないことを確認する。
「前方上空異常なし!」
「後部銃座でも、問題ないと言ってるにゃ! 森の上空100ユーデを飛行するにゃ!」
「了解、北に向かって巡航を維持するぞ」
10分も経てば、イオニアさんが焼夷手榴弾を落とし始めるに違いない。
森すれすれに飛んでいるから、飛行船が近付いても発見されないんじゃないかな?
伝声管でイオニアさんが投下を始めると伝えてきた。ここからでは結果が見えないんだよなぁ。
直ぐにリトネンさんが、「ちゃんと燃えてるにゃ!」と潜望鏡を覗きながら教えてくれた。
30個渡されたらしいから、山裾に長く伸びた山火事になるに違いない。
風が強ければかなり大きな山火事になりそうだ。
20分ほど経って、「投下完了」との知らせが入ったらしい。
リトネンさんが廟近くに戻って、森の一角に着地するよう指示を出した。
「やはりちゃんと爆発するのを確認しないといけないにゃ」
「見込みではダメってこと? 確かに説得力は増すわね」
廟の穴から1ミラル付近の森の外れに飛空艇が降りる。
山側だから発見されることはないだろう。直ぐ北の森では山火事が拡大しているようだが、ここは風上だからね。燃え広がるにしてもかなりの時間が掛かるだろう。
「しばらくは待機だな。たまに上空を見れば大丈夫だろう。リーディル、一服するぞ!」
「少し遅れたけど、昼食を作るわ。それぐらいの時間はあるんじゃない」
テレーザさんとミザリーはスープを作り始めるようだ。
彼女達が始める前に、カップにコーヒーを注いで貰う。
倉庫に向かうと、イオニアさんとファイネルさんが一服を始めていた。
端に寄せた木箱を引き出して俺も腰を下ろす。
「お宝を3つか……。やはり宝石だろうな」
「ポケットにまだ入っているんだが、それは黙認ということか?」
「皆にも分けてあげれば良いですよ。俺はそうしようと考えてました。それでもまだあるんですからね」
「そう言えば、ポケット1つと言ってたな。確かに上着にはポケットがたくさんあるなぁ」
「これがファイネルさんへのプレゼントです。宝箱から転がり出てたんですよね。ファイネルさんなら気に入ってくれると思いまして」
ポケットから取り出したのは、チェスの駒だ。3イルムほどの大きさなんだが、金細工で目には宝石が埋まっている」
「ナイトじゃないか! これは、かなりの値打ちだぞ。セットならどんな値段になるか分からんが、家宝にしても良さそうだ」
「私からはこれになる」
そう言ってイオニアさんが差し出した手の中には緑色の2つの宝石と赤い宝石が1つあった。
「将来は身を固めるのだな。花嫁の指輪には丁度良いだろう。1つを売れば良い台が作れるはずだ」
「ありがたく頂くよ。そうなると、相手を探さないといけなくなるんだが……」
「砦で良く一緒に散歩している女性がいると聞いたぞ。あちこちで評判になっているぐらいだ」
途端にファイネルさんの顔が赤くなった。
本人は誰にも知られていないと思っていたのかな? 俺でも知ってるぐらいなんだけど……。
「まさか……。リーデル、お前も知っているのか?」
「ミザリーだって知ってますよ。砦で知らない人物はいないと思いますけど」
赤い顔が青くなっている。やはり誰にも知られていないと思っていたようだ。
何を思ったのか、コーヒーを急いで飲み干すと、バッグからワインのボトルを取り出した。並々と注いで、グイっと飲んでいる。
とりあえず酔うことで、この状況下から逃れようなんて考えてるんじゃないだろうな。
「これから出発ですよ。あまり飲むと……」
「それは分かってるんだが……。リーディル、男は無性に飲みたくなる時があるんだ。まさに今がその時だ」
ファイネルさんの大声が終わったと同時に、爆発音が聞こえてきた。
急いでブリッジに戻ると、リトネンさん達が銃座越しに前方を見ている。
「帝国軍か?」
「嫌、違う。あの爆煙は廟にあった穴の位置だ」
「増槽が爆発したと!」
「これで決まりにゃ。アデレイ王国軍は私達の敵にゃ! ファイネル、飛空艇を発進させるにゃ。山脈に沿って北上し海上に出たら東に向きを変えるにゃ。エミル、天測を頼むにゃ。場合によっては王国を飛び過ぎてしまうかもしれないにゃ」
「了解。基本はコンパス通りで良いはずよ。毎夜天測をすれば現在位置を確認できるわ」
全員が所定の席に着いたことをファイネルさんが確認したところで飛空艇が上昇を始める。
長い飛行だから巡航速度で進むらしい。一番燃費が良い飛行らしいから、砦に帰投しても最後の燃料タンクに半分ほど残るはずだと教えてくれた。
前回は帆を張って帰ったんだよなぁ。
今回はそんなことをしなくとも帰れるみたいだ。
「ミザリー、これを砦に送って欲しいにゃ」
リトネンさんがメモをミザリーに手渡している。ちょっと首を傾げているんだが、心配してくれたのか、エミリさんがメモを覗き込んでいる。
「『HEより連絡。AABA』これで分かるの?」
「クラウスなら分かるにゃ。無線機の1台を11.01に合わせて、待てば良いにゃ」
「数字を文字に直すのは古い暗号だと思ってたけど?」
「今では誰も使わないにゃ。この裏にコード表があるにゃ。連絡が着いたら、これを送って欲しいにゃ」
「わぁ……、長文ですね。了解です。エミリさん。コード変換をしてみますから、確認してくれませんか?」
「良いわよ。でもその前に、この短い文を送りましょう」
リトネンさんが無の内ポケットから取り出したのは、古びた手帳だった。軍隊時代から使ってたのかな?
カタカタと電鍵を叩く音が聞こえてきたから、早速ミザリーが通信を送り始めたようだ。




