J-159 やはりリトネンさんはリトネンさんだった
予定通り、深夜0時に飛空艇は拠点を離れた。
出撃するとの連絡に、『攻撃成功を祈る!』との返事があったとミザリーが教えてくれたけど、俺達は苦笑いを浮かべるだけだ。
「高度1000ユーデ、進路は北北西にゃ!」
「了解。高度を少し下げるぞ……。軸線変更、北北西に回頭だ」
ファイネルさんの操縦で、ゆっくりと飛行船が拠点を離れる。
それにしても高度1000ユーデ以上の山の上だからなぁ。いったん上昇したんだが、拠点を離れると今度は高度を下げ始めた。
「イオニア。小型飛行船は発進したかにゃ? ……付いて来ないならそれでも良いにゃ。ファイネル飛空艇の識別ランプは2時間後に消灯にゃ」
「ここからは俺達だけの行動ということだな。了解だ。それで進路はしばらくこのままで良いのか?」
「アドレイ王国軍が見てるかもしれないにゃ。2時間後に進路を変えるにゃ」
いったいどこに行くんだろう?
方向的には、指揮所の指示通り鉄道分岐点への攻撃に見えるんだけど……。
拠点を飛び立って1時間後、最初の休憩をファイネルさん、イオニアさんと一緒に取ることになった。
焚火で沸かしていたコーヒーを給湯室の電熱器で温めて、コーヒーとタバコを楽しむ。
「船尾銃座は退屈だろう?」
「だいぶ慣れたよ。やはり小型飛行船は付いてこないようだな。アドレイ王国も引っ越しで忙しいということかな」
そんな話で盛り上がっていると、エミルさんがやってきた。
椅子代わりの木箱に腰を下ろさないところを見ると、何かあったのかな?
「ミザリーがアドレイ王国の暗号通信を傍受したわ。『予定時刻にポイント通過を確認』と解読できたけど、これってこの飛空艇の事でしょうね。拠点に係留してある飛行船はまだ離陸できないはずだから」
「飛行船で俺達の後を追うんじゃなくて、あらかじめ飛行ルートに監視者を配置してたということか!」
ご苦労様としか言いようがないな。
となるとこの先にもいるんじゃないかな?
「今の動きはそんなところね。まだゆっくりしていても良いわよ」
エミルさんがブリッジに向かうと、再び3人でこれからの対応案を考え始めることになった。
しばらく色々と話し合ったんだが、結局は出発して2時間後の進路変更を少し先に延ばすと言うぐらいしか考えが纏まらないんだよなぁ。
1時間ほど休んだところでブリッジに戻る。
今度はミザリー達になるんだが、ファネルさんがリトネンさんに俺達の考えを話しているぞ。
「少しこのまま進むってことにゃ? 仕方ないにゃ。無線機が動きだしたら連絡して欲しいにゃ」
どうやら俺達の案を飲んでくれたらしい。
というよりも、リトネンさんもこの先にもう1つぐらい監視部隊が潜んでいると考えたのかもしれないな。
ブリッジに残ったのは、俺とファイネルさんだけだ。帝都に近づくんだから識別ライトを消しておきたいところだが、俺達の存在を示すという目的もあるようだ。空中軍艦と会わないようにと、祈らずにはいられないな。
「仕掛けられた時限爆弾の爆発時間が分からないのが一番いやだな」
「予定時刻と言ってましたから、アデレイ王国軍は俺達の飛行時間をある程度把握しているということなんでしょうね。海上で爆発させるとすれば、予定時間は何時頃になるんでしょうか?」
「そうだなぁ……。海上に出て直ぐということも無いだろうから、今日の15時というところじゃないか。増槽1つで20時間は飛べるんだ。本来なら増槽の切り離しは夕暮れ時だろう。それまで数時間あるから、増槽に小さな区画を作って爆弾を仕掛けるぐらいは出来るということか……。まったく頭の回る連中だな」
そんな思惑の裏をかこうと言うんだから、これから面白くなりそうだ。
眠気覚ましに口の中で飴玉を転がしていたら、カタカタと通信機の自動記録装置が動きだした。
直ぐにファイネルさんが近くの伝声管を取ると、「通信機が動きだした」と連絡を入れる。
「俺達には、何の通信か分からないからなぁ。いろんな通信が飛び交っているんだろうが、良くあれを言葉に直せると感心してしまうよ」
「若い人ほど覚えられると母さんが言ってましたよ。俺には無理ですね」
そんな会話をしているところに、エミルさんとミザリーがブリッジに現れた。
「これね……。あら! もう1つあるわね。こっちはミザリーに任せるわ」
「これは帝国軍の暗号ですね。直ぐに始めます……」
しばらく2人で作業をしていたが、やがてメモを持ってブリッジを出て行ってしまった。
てっきり俺達にも教えてくれると思ってたんだけどなぁ。
「まあ、休憩が終わったなら教えてくれるだろう。たぶんアドレイ王国軍の監視部隊からの報告だろうな」
「もう1つは帝国軍と言ってましたね。帝都に戦力を集めているようでしたけど、新たな作戦が始まるんでしょうか」
「あれだけの被害だ。早々に回復できるとも思えないんだよなぁ」
帝都は壊滅とも言って良いほどの被害だ。いったいどれほどの住民が亡くなったのだろう。
兵器はこれからも開発されていくんだろうけど、それは軍隊同士で使って欲しいとと思う。
後方で日々の暮らしをしている庶民を巻き込まないで欲しい。
通路から話声が聞こえてきた。
休憩時間を終えたのかな? 各自所定の場所に腰を下ろしたところで、リトネンさんがファイネルさんに進路変更を告げた。
「進路変更、北東に向かうにゃ。リーディル、立派な道路が見えたらファイネルに知らせるにゃ。その道路に沿って東に向かうにゃ。ファイネル、識別ライトを消すにゃ。さすがにこの辺りまでアデレイ王国軍の監視部隊がいるとは思えないにゃ」
「立派な道路というと……。帝国軍の拠点に爆弾を適当に落とすってことか?」
「爆弾はその途中で落とすにゃ。爆弾にも仕掛けがあるかもしれないにゃ」
疑わしきものは早めに処置するってことだな。
一番の問題は、増槽だと思うんだけどなぁ。
東の空が白んでくるころに、東にまっすぐ伸びる道路を見付けた。
リトネンさんの言う道路はあれに違いない。
「ファイネルさん。前方20ミラルほどに東に延びる道路があります」
「あれか……。リトネンあれに沿って飛べば良いんだな?」
「そうにゃ! そこなら下りれるにゃ」
ポン! と手を打ったのはエミリさんだった。
「そういう事ね。あそこなら見つからないでしょうね。ファイネル、増槽を切り離せるわよ」
「良く分からんが……」
「前に廟を見付けたでしょう? あの廟に大きな穴が開いていたわよね。そこなら飛空艇で下りられるわ」
あの廟か!
確かに直径100ユーデを越える穴が開いていたな。爆弾を落としてそれっきりになっていたけど、その後どうなってるんだろう?
お墓ってことなんだろうから、爆弾で破壊しても修理するのは後になってしまうに違いない。
修理しているとしても、それほど職人が多いということはないだろう。
爆弾4発を道路に落とす。これもある意味迷惑な話だろうな。人的被害はないけれど、元に戻すのに時間が掛かりそうだ。
1時間ほど飛行すると前方に廟が見えてきた。
道路側はかなり立派な彫刻が掘られているようだから、歴代皇帝が眠っているのかもしれない。
廟を越えると、大きな穴が見える。爆撃跡がそのままになっている感じだ。やはり誰もいないのかもしれない。
「あの穴だな。早めに下りるか……」
下部を確認できる潜望鏡のようなものを覗きながら、ファイネルさんが慎重に飛空艇を降下させる。すぐ目の前が垂直の崖になっているから、ちょっと怖くなってきた。
ガクンという軽いショックが伝わり、飛空艇は穴の中に無事に着陸できたようだ。
飛空艇が降りてきたんだから、様子を見に誰かが飛び出してくるかと思ったけど、静かなものだ。
「誰もやってこないわね……」
「なら今の内に……。ファイネル。テレーザと一緒に増槽を切り離せるかにゃ?」
「ああ、2人いれば簡単だ。リトネン達は何をするんだ?」
「偵察にゃ! イオニアとリーディルを連れて行くにゃ。背嚢の中身を取り出して、背嚢だけを背負っていくにゃ!」
「銃は?」
「フェンリルを私とイオニアが持って、リーディルはゴブリンにゃ!」
しばらくここに居るんだから周辺の偵察は必要だろう。
エミルさんとミザリーも銃を手に飛空艇の周辺を監視するようだ。
俺達3人は、リトネンさんに率いられて飛空艇から出ると、ライトを照らして横穴を探す。
穴の底だけど、ここは庭園だったんじゃないかな? 噴水のある池の残骸が残っているし、それを取り巻く花壇には、綺麗な花がまばらに咲いていた。
「廟では無さそうだな?」
「人の暮らした様子がありますよ。……あそこに扉があります。入ってみましょうか?」
「ライトは持ってるにゃ? それじゃあ、偵察に向かうにゃ」
扉を開けると、真っ暗だと思っていたんだが、ところどころに明かりが点いている。
使われなくなったから、明かりを減らしているのだろうが、これならライトを使う事もない。
足音を立てずに素早い動きでリトネンさんが先を行くから、俺とイオニアさんは早歩きで付いて行くのがやっとの有様だ。
「案内版があるにゃ。……ここは隠匿待避所だったにゃ!」
「帝国の高官や皇帝が一時的に避難する場所だと?」
「そうにゃ。『玉座の間』と書かれているにゃ。こっちは会議室、向こうに行けば使用人達の部屋があるにゃ」
あの時に避難していた人物がいたんだろうか?
でも、庭に出ていなければ助かったはずだ。
案内板をひとしきり見ていたリトネンさんが、通路の方角を確認している。
どうやら目当ての部屋を見付けたのかな?
「こっちにゃ!」
再びリトネンさんを追いかけることになってしまった。
回廊をしばらく走ったところで、突然リトネンさんが立ち止まった。
そこは大きなホールになっていた。
「どうしたんだ?」
「床を見るにゃ……。血の跡にゃ。穴にあったなら私達の爆撃の犠牲者になるにゃ。でもここは穴から大分遠いにゃ」
「ここで射殺して、あの部屋に運んだらしいな。血の跡が続いているぞ」
イオニアさんがライトを持って、その扉を開けた。
恐る恐るイオニアさんの後ろから中に入ったんだけど、ライトが映し出した光景を見た途端、目を逸らしてしまった。
「服装から見ると高位貴族の侍女、そして帝国軍の兵士達だ。殺す理由が分からんな」
「口封じってことにゃ。知ってはいけないことを此処で知ったということにゃ」
「それは……?」
「分からないにゃ。でもその事実が明らかになったなら、帝国が瓦解するほどのことに違いないにゃ。侍女なら過去にも例がないわけでは無いにゃ。でも自軍の兵士までも殺めたということが事の大きさを物語っている気がするにゃ」
侍女を調べていたリトネンさんが呟いた。
帝国の闇ということになるんだろうか。そんなことなら、俺達も早く出た方が良いように思うんだけどなぁ。
「こっちにゃ!」
再びリトネンさんが駆け出した。
イオニアさんと一緒に後を追う。まったくリトネンさんは身軽だよなぁ。
ネコ族の人達は、皆がリトネンさんみたいな人なのかな?
今度は大きな扉の前で立ち止まった。
開けようとしているんだけど、鍵が掛かっているのかもしれないな。
イオニアさんが頑張ってみたけど、やはり開けることが出来なかった。
「鍵が掛かっているようだぞ」
「少し下がるにゃ。これを仕掛けるにゃ」
リトネンさんが背嚢から取り出したのはかなり大きな鉄の箱だった。
ひょっとして爆弾ってことか?
鍵穴付近に接着剤を使って取り付けようとしているから、イオニアさんが手伝ってあげている。
どこで拾ってきたんだろう? あんな物は俺達の部屋に置いてなかったはずなんだが……。
「これで良いにゃ……。時間は30秒にゃ。あの角を曲がって待つにゃ!」
リトネンさんがスイッチを押すと、ランプが点滅を始めた。
急いで曲がり角に退避すると、壁に背を押し当てて、身を屈める。
ドドオォォン! という轟音と振動それに爆風が一度に襲って来る。
ファイネルさん達にも聞こえたんじゃないかな。ミザリーが心配していないと良いんだけど……。
リトネンさんが角から顔を出して、回廊の先を眺めている。
俺達に顔を見せた時には笑みを浮かべていた。
「開いたにゃ! でも明かりが消えてるからライトを持つにゃ」
いったい、あの先に何があるというんだろう?
首を傾げながらリトネンさんに付いて部屋に入った……。
「宝物庫……」
「そうにゃ。ここは廟も兼ねているみたいにゃ。それなら絶対に宝物庫があるはずにゃ。背嚢を下ろしてお宝を集めるにゃ!」
やはりリトネンさんは現在でも現役の盗賊だった。
俺達も墓泥棒の片棒を担ぐことになってしまったけど、このお宝をどうしようというんだろう?
「戦には資金が必要にゃ。これは反乱軍の軍資金にゃ!」
しっかりと理論武装が出来てるみたいだ。
でも、俺達に散々被害を与えた帝国なんだから、これは保証金の一部として頂くという事なら罪悪感も生じないで済みそうだ。
「重いものより、宝石が良いにゃ。金貨は間に詰めれば沢山持っていけるにゃ。少しポケットに詰め込んでも見ないふりをしてあげるにゃ」
ネコ撫で声で言われてもねぇ……。思わずイオニアさんと顔を見合わせて、互いに首を振る。
やはりリトネンさんは、どこまでもリトネンさんだとお互いに理解できてしまった。




