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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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★ 25 帝国の闇 【 帝国の瓦解を防がねば 】


 帝都にロゲルトが着弾して数時間後。早くも帝国軍によって指揮系統の復旧作業が始まっているようだ。

 クリンゲン卿の元に、次々と状況報告の電話が届く。

 こんな状態で帝国軍の優秀さを実感できるとは思わなかったな。


 私はメリンダ達と共に、民生上の課題を列挙して、その対策を考える。

 さすがに軍政を布くとなれば、住民の不満が募るに違いない。それが暴動にならぬよう、民衆の不満を帝国に害なす敵に向けなければなるまい。

 今こそ、帝国人民が一丸となって行動を取るべき時なのだ。


「ケイランド卿、もうしばらくすれば右宮の地下壕に空きが出来る。私と一緒に移動できないか?」


「確かに此処は手狭だな。小さな会議室を1つ提供してくれるとありがたいのだが」


「小会議室2つに、中会議室を1つ提供できるぞ。半月は地下暮らしを続けることになりそうだが、卿の仕事も大事だからな」


 ありがたい申し出だ。思わず卿に手を差し出して握手をする。

 まだふら付く体だが、ハイデマンに肩を借りれば何とか歩ける。明日にはちゃんと歩けるに違いないが、やはり頭を打った後遺症が残っているのかもしれないな。


 クリンゲン卿の臨時副官が、私達の足元をライトで照らしてくれる。

 地下室の頑丈な扉を開いて階段に出ると、崩れた石材があちこちに転がっている。

 直撃は避けられたようだが、王宮は使い物にならないかもしれないな。


「これは……」


 地上に出て周囲を見渡すと、惨状が私達の前に広がっていた。

 南東地区の火災はいまだに消火できずにいるようだ。焼け出された住民もかなりの数になるだろう。

 治安が優先されるが、住民の命も考えずにはいられない。


「こちらです。奥宮に落ちたロゲルトのガスがどんなものか分かりませんから、早めに地下壕に入ってください」


 若い士官に声を掛けられ、私達は案内に従って前庭を東に横切って行った。

 地下壕の入り口は植栽で隠されていた。警備兵がクリンゲン卿に騎士の礼を取ると、鉄の扉を開いてくれる。

 階段室は明かりが灯っていた。何より階段に瓦礫が全く落ちていない。

 籠城戦を考慮して堅固に作ったのだろうが、王宮とこれほど頑丈さに差があるとはなぁ……。


「ケイランド卿、私はこのまま総指揮所に向かうつもりだ。卿は、確保した会議室に向かってくれ。電話もあるが、場合によっては使えんこともあるだろう。この2人をそのまま使って欲しい」


「色々と考えねばならん。明日の朝に再び会えないか?」


「そうだな。私の方から卿の元に向おう。10時を過ぎてこない場合は電話を頼む」


 階段室を下りると左右に廊下が伸びている。

 クリンゲン卿は右手に進み、残った私達は案内の士官の後に続いて左手に進む。

 いくつか扉が廊下の左右に並んでいたが、1つの扉の前で士官が歩みを止めた。


「ここが小会議室です。一つ先の扉も小会議室ですが、中で2つの会議室は扉で繋がっています。左が中会議室になります」


「ありがとう。だが目印が欲しいところだな」


「表示板を用意します。表記はどのように?」


「『民政局』で良いだろう。3つあるからその後ろ番号を書いてくれれば十分だ」


「了解しました。室内の確認をお願いします。不足している物をリストにして頂けたら明日中に準備します」


 私達に騎士の礼を取って、案内してくれた士官が踵を返し廊下を進んでいった。

 さすがは総指揮所にいるだけのことはある。中々の好青年だったな。

 さて、先ずは部屋に入ってみるか。

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「あの町がそうかな?」


 前方にまだ煙を上げている場所を見付けて、ケニーに問い掛けた。


「エルマインという町ですね。石炭を産出する鉱山町でしたが、未だにあれだけの煙を出しているというのは、ボタ山に火が点いたのかもしれません」


 頻度の低い石炭が、長い採掘作業で山になったという事らしい。品位は低くとも石炭だからなぁ。長く燃え続けるに違いない。


 やがて町の惨状が見えてきた。高度1000ユーデから眺めると、ロゲルトの威力が良く分かる。

 飛行船の速度を緩めると、町の上空を旋回しながら観察を始める。

 建物は殆ど吹き飛んでしまったようだ。石造りの建物は壁が少し残っているようだ。屋根は吹き飛んでいるし、建物の中は瓦礫がいっぱいでどんな仕事をする建物なのか判断することは困難だ。


「生存者はおりませんね。資料によると1万人を超える町だったようですが」


「いや、やはり生存者はいるよ。向こうの林を見てごらん。固まって町を見ているようだ。さすがに空を見上げる者はいないようだけどね」


「爆弾を投下したいところですが……」


 目撃者になるからなぁ。やはり大きな町では住民もろとも消し去ることが出来ないということになる。数千人なら実績もあるのだが。


「弾頭は広域焼夷弾ではなく、ガス弾にした方が効果が高そうだね。まあ、警告ということでは、この弾頭も使えそうだけど」


 弾頭はいくつかの種類を作ることで、作戦の幅を持たせることが出来るだろう。

 監察結果をメモに残したところで、次の着弾点に飛行船を動かす。

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 頑丈なテーブルは武骨な作りだが、広いのが唯一の長所だな。卓上ランプが手元の書類を照らす。

 王都に残された資材のリストだが、案外早く出来上がった。

 これで、今後の対応を計画できるだろう。

 それにしても……。この種類の山は問題だな。

 メリンダに私の確認を必要とするものを厳選させたはずなのだが、増える一方に思える。

 事務局の権益を一度整理した方が良いのかも知れない。

 最高会議の顔ぶれも変わるだろうから、あえて最高会議を作らないということも考えるべきかもしれない。

 帝國軍を統括する部局と、帝国内の民衆を導く施政局で十分に思える。

 その2つの部局に帝国内に作られた各種の機関を統括させれば風通しの良い国政を作れるかもしれない。


「お悩み事ですか? お体を大切にしてください。今、お茶をご用意いたします」


「ありがとう。それにしても書類が多すぎる。一旦この書類をメリンダに戻すから、私の指示に対する報告書だけを選んでくれないかな。貴族の嘆願書は全て燃やしても構わん。この国難時に援助を乞うような貴族は帝国に必要ないからね」


「反対に援助を申し出る貴族については?」


「丁寧に対応して欲しい。私の名を冠しても構わんよ。援助物資の提供先と品物についてはリストを作って欲しい。そんな貴族が大勢いて欲しいところだな」


「了解しました。事務局の職員については3割程登庁しております。ハイデマンの方は2班が帝都内の調査に向かったと教えて頂きました」


 メリンダが私に頭を下げて隣の小会議室に下がって行った。

 メリンダの仕事場になっているようだ。数人の職員を使って対応しているのだろうが、メリンダ達にも休息が必要だろう。

 あの惨事から、1日が過ぎ去ろうとしている。

 食事が済んだなら、数時間の睡眠をとらせるべきかもしれないな。


 クリンゲン卿が3人の副官を連れて、私の事務所を訪れた。

 事務局の全員に数時間の睡眠を命じたから、お茶を出すことも出来ない。

 備え付けの棚から、ワインのボトルとグラスを人数分トレイに載せて、ソファーセットに持っていく。


「全員に休養を取らせているのだ。脳は適度な睡眠を必要とするからね」


「ワシとのところも三分の一ずつ休ませているよ。1日が過ぎたな……。地下室でワインを飲んだのが昔に思えてならない。それで、これが現在の状況だ。まだ連絡が取れない町がいくつかある。飛行船で状況確認を行っているから明日には帝国内の惨状が明確になるだろう」


 クリンゲン卿に視線を向けて、私の視線に気が付いたところで後ろの副官に視線を移す。

 

「心配ない。私の領内から志願した士官達だ。彼らは先祖代々クリンゲン家に使えてくれている」


 何が起きるか予想できん状況だ。副官というより護衛なのだろう。


「私の方でも被害を調査しているところだが、卿と異なるのは資材調査を主としているところだろう。備蓄資材、食料とも酷い有様だ。だが帝都の住民を飢えさせるわけにはいかんし、春とはいえ朝晩は冷えるからな」


「対応措置を行う時には遠慮なく行ってくれ。帝国内に駐屯している兵士が集結しつつある。何時でも大隊規模で卿に協力させることが出来るぞ」


「なら、早速やって欲しいことがある……」


 軍のテントの供出と、食事の提供だ。

 神殿も動いてはいるようだが、何といっても被災者の数が多すぎる。食料を求めて被害の少なかった住民の家を襲う事態が何件か報告されていた。


「比較的被害の少なかった区域の巡視頻度を上げねばならんな。それは何とでもなる。それで、卿は今後どのように帝国を動かすつもりなのだ?」


「まだ私案の段階だ。一番の悩みが皇帝の不在になる。幼帝が2人とも奥宮の惨劇で亡くなったと私は考えている。あの毒ガスだからなぁ。瓦礫の中から見つけ出すのは難しいだろう」


「たとえ幼帝であっても、それは我等がお助けすれば済むことではあったのだが、さすがに遺体すら残らぬ被害であったことも確かだ。瓦礫撤去を始めた兵士に毒ガスの被害が出たので慌てて中断したぐらいだからな。現在は奥宮を火炎放射器で焼き払っているよ」


「派閥貴族にも動きが出てきた。早めに統治手段を考えねばならんが、しばらくは戒厳令を続けてくれると助かる」


 戒厳令下であれば貴族の動きを押えられるし、それでも集団を作ろうとするなら弾圧も可能だろう。


「戦を知らぬ私だが、卿に1つ具申したい」


 私の言葉に、興味を覚えたのだろうクリンゲン卿がワインのグラスをテーブルに戻して私に視線を向けた。


「聞かせてくれ」


「イグリアン大陸の戦を継続して欲しい」


 私の言葉が意外だったのか、卿が大きく目を見開いた。


「停戦ではなく継続か……。それは?」


「帝国の惨状をイグリアン達の飛行船なら見ることが出来るだろう。我等がイグリアンから兵を引けば、今度はイグリアンが帝国本土に牙を剥くのは確実。こちらからの停戦交渉では向こうの言いなりだ」


「攻勢ではなく現状での継戦ということだな。防衛戦で無いなら士気を維持するのも容易だろう。それに資材の消費を少なくできそうだ」


 帝國は頂点を過ぎたのかもしれない。

 これから坂を転がり落ちるとしても、坂は緩やかにしたいし、最後まで転がり落ちるのではなく、途中で留めたいところでもある。

 帝國の版図は広大だ。周辺の王国は我等の手を離れるかもしれんな。


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