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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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★ 23 帝国の闇 【 3島への爆撃 】


 今日は雨でも降りだすんじゃないか?

 珍しいことに、クリンゲン卿が午前中に私の執務室を訪れた。

 思わず、「雨にはしないでくれよ」と冗談を言う私に、笑みを浮かべて頷いている。本人も少し自覚しているようだな。

 

 いつもなら表情を硬くしてソファーに座る私達だが、今日は互いに笑みが零れる。

 良い知らせを持って来てくれたに違いない。

 エバリンが私達に紅茶を運び終えると、私の隣に座る。筆記用具を取り出したのはこれからの会見内容を簡単にメモに残すためだろう。


「ブランケルの過去を調査していたが、彼の一族は絶えていたよ。大学は奨学金を使って通っていたらしい。没落した原因は、文官貴族のいつもの例にすぎん。借金の督促で気がふれたようだな。使用人を殺して館に火を放っての自殺だ。小さな領地は召し上げられ彼は孤児院で育った。友人というものが全くいないんだから困ったものだ」


「研究だけに没頭した人生だったということになるのかな? そんな人物を好きになったのだからケニーも変わった女性だったということになりそうだ」


「そうでもないぞ。前に没落貴族だと話したことを覚えているか? 貴族同士の争いは昔からあった様だが、互いに足を取り合うのだから困ったものだ。派閥争いの犠牲者ということになるのだろう。ということは、貴族社会を憎んでいたことは確かじゃないか?」


 そんな様子はまるで無かったのだが、心の奥底まで知ることはできないからなぁ。

 能力があるだけに、今でも惜しいと思っていることは確かだ。


「ブランケルのように、突然貴族社会から放り出されたということでは無いんだ。収入が先細りになり先祖伝来の領地を彼女の父親の代まで維持していたらしい。最後は小さな屋敷まで失ってしまったんだが……。まったく領地が無くなったわけでもないぞ」


「まだ残っていると!」


 私の言葉に頷くと、帝国の地図を取り出した。

 小さなテーブルに広げるから、カップを一時ヱヴァリンが回収している。


「領地と言っても、小島がいくつかだな。かつては漁業を奨励していたらしい。その為に荒天時の避難や真水の補給などの目的で小島を所有していたのだ。ここと、ここ。後はここだな」


 3か所か……。大陸から離れているし、島の大きさも小さなものだ。

 これは売ろうとしても、売れることが無かったということじゃないのか?

 だが、隠れ家としては最適に思える。小さな島だが、麻薬を作る植物は野草の一種らしいから島で栽培することも出来そうだ。


「卿の事だ。既に偵察部隊を送ったのだろう?」


「今朝、出発させた。3か所同時にだ。ここに居なかったなら、かなり面倒になりそうだが、私の勘ではどれかに潜んでいる気がしてならない」


 イグリアン大陸との戦争はいまだに続いているし、昨年は彼らも我が帝国に侵入して帝都の爆撃を行っている。

 だが、脅威のレベルとしては、ブランケル達の方が遥かに上だ。早めに処置して、東の大陸の征服に努めねばなるまい。

 さすがは帝国軍の重鎮だ。素早い行動は昔から変わらんな。

 笑みを浮かべて、卿に顔を向けようとした時だ。

 ふと疑問が浮かんでくる。表情を変えると卿に顔を向ける。


「上空からの監視で分かるのだろうか?」


「全て空中軍艦だ。島を爆撃すれば何らかの反応があるに違いない。無ければただの爆撃訓練ということになる。東の大陸での戦に投入する新たな部隊だからな。これで練度も計れれば申し分ない」


 さすがはクリンゲン卿だ。彼が帝国軍を統率しているなら、帝国の将来は明るいと今さらながら感じてしまう。

 一石二鳥という考えは悪くないな。

 島への攻撃を終えたところで、兵站基地で補給を行いそのまま東へと向かうのだろう。

 1度に3隻の空中軍艦の投入は、東の戦を有利に進められるに違いない。

              ・

              ・

              ・

「空中軍艦ですって!」


 侍女の知らせにケニーが驚いてソファーから腰を上げた。

 帝国軍は巨大な戦力を持っている。近頃征服した土地に貴族を王として送り込んだと聞いたことがあるから、彼らに対する示威行動だろう。

 まったくご苦労な事だ。

 帝國の拡大に伴う領土統治と維持を初心に戻って考えれば良いのに、未だに貴族社会を引き摺っている。

 私が思うに、皇帝と平民だけで十分に思えてならない。


「しばらく見なかったが、どこぞの王国が問題でも起こしたに違いない。まだ島に接近しているというわけでは無いんだろう? 監視船の報告に一々反応するようでは、部下達に不安を煽るのでは?」


「そうですね。ロゲルトの一斉発射が目前に迫ってましたから、少し過敏になっていたかもしれません」


 空になった私のグラスにケニーがワインを注いでくれた。

 少し急ぎ過ぎたかな? ケニーも苦労していたに違いない。海賊たちの取り締まりが強化されたことで、補給物資が枯渇しかけた時もあったからなぁ。

 改めて組織を見直して補給体制を短時間に整えてくれたのだから、ケニーの経営手腕は帝国一に違いない。

 おかげで12基のロゲルトの液体燃料は合成できたし、弾頭のいくつかには炸薬以外に薬液を詰めたシリンダーを計画通りに取り付けることが出来た。島のサンプルでは効果を確認できたが、広範囲の薬液散布がどれほどの効果を持つかについては推定のみだ。時間経過と効果の広がりについては実際に試してみる必要がある。

 実証できれば、大幅な兵力削減に繋がるだろう。それでいて戦力自体は大幅に拡大するのだからなぁ。

 小さな王国に亡命して研究三昧の日々を送ることが出来るだろう。

 その為にも、帝国には恩を返さねばなるまい。

 我等を亡き者にしようとした以上、それぐらいの報復は許されるはずだ。


 再び侍女がリビングに入ってきた。

 やはり慌てている。ケニーの耳元で囁くように要件を伝えると、その場に立ってケニーの指示を待っている。


「貴方。どうやら真っ直ぐに此処を目指しているようです。偵察用の飛行船ではなく、空中軍艦とのことですが……」


「アジトが露見したということかな? やはり新たな海賊を雇ったのは間違いだったのかもしれないな」


「どうします?」


「空中軍艦ならば、沢山の爆弾を運んできたに違いない。攻撃を受ける前に、ロゲルトを撃ちだすか……。脱出は、弾着観測用の飛行船がある。空中軍艦よりも速度は上だから逃走は可能だろう」


「どこに行きます?」


「12発のロゲルトの着弾で、帝国に未来はない。王都に別れを告げて、隠匿した海中軍艦で他国に向おう。たっぷりと宝石と金を積み込んでいるし、強化兵2個分隊がカプセルで眠っている。他国に亡命すれば、新たな研究所は直ぐにも出来るだろう」


 私に顔を向けたケニーが笑みを浮かべる。小さく頷くと侍女を連れてリビングを出て行った。

 私も早めに仕事を済ませてしまおう。

 ケニーが教えてくれた猶予時間は2時間も無いらしい。


 島の地下に向かい、隠匿したロゲルトの発射装置を手動から自動に切り替え、発射時刻を1時間後に設定した。

 この島を攻撃する直前にロゲルトが発射されれば、かなり驚くんじゃないかな。

 発射時の噴射ガスはかなりのものだから、島全体が白煙に包まれるだろう。

 その白煙を利用して海上すれすれに飛行船を飛ばせば、島からの脱出は容易に思える。

 

 発射装置から離れて感慨に耽っていると、ケニーが侍女達を連れて後ろを通り過ぎようとしていた。


「貴方、早くしないと……」


「まだ余裕があるよ。強化兵にも最後の指示をしなければならない。それに、脱出はロゲルトの発射煙に合わせて行う。とはいえ、先に乗って直ぐに発進できるだけの準備は整えておいてくれないか? 私も直ぐに向かうよ。……そうだね、15分は掛からないはずだ」


 悲壮感を浮かべたケニーだけど、無理に笑顔を作って私に頷いてくれた。

 さて、もう一仕事だ。

                ・

                ・

                ・

「艦長殿。本当にあの島で良いのですか?」


 副官が、前方に見える小島を見据えながら私に問いかけてきた。

 確かに小さな島だ。中央に小さな森が見えるが、起伏は殆どない。小さな入り江が1つあるが、望遠鏡で見る限り桟橋らしきものすら見当たらない。


「総司令部の指示は絶対だ。私も意味が無さそうに思えるが、案外反乱組織があの森に物資を隠匿しているのかもしれんな」


「爆弾数発で足りる気がするのですが……」


「指令では、『24発、全てを投下せよ』とある。全て重巡の砲弾を転用したものだ。さすがに砲弾のような分厚い鉄で周囲を覆ってはいないが、1発の炸薬量が300パイン(150kg)あるのだからなぁ。島が無くなってしまうかもしれんぞ」


 暗礁になってしまったなら、将来の航行の妨げになるかもしれない。海図にはしっかりと位置が示されているから、海図を理解できるなら問題もあるまい。


「島まで15ミラルです。高度800ユーデ、速度は第一巡航速度。25分後に爆弾を投下します」


「了解だ。爆撃後に反転して効果を確認する。動きがあれば陸戦隊を下ろす。出撃待機状態としてくれ。まぁ、出撃は爆撃次第だが」


 副官の復唱を聞きながら、双眼鏡で島を眺める。

 まったく何もない島に見えるのだが……。


 ふと、異変に気が付いた。森の木々が揺れている。

 風ではないな。木々の先端が風になびく姿ではない。

 

「ヨーレル、何か起こっているぞ!」


 私の言葉に、副官が慌てて双眼鏡を覗く。

 次の瞬間、森が爆発したかのように白い煙が吹き上がると、黒々とした何かが姿を現した。

 先端の尖った太い柱が伸びているようにも見えたのだが、だんだんと伸びる速度が増してきた。

 空中軍艦の目の前を、戦艦のマストより太い円筒形の物体が上空に向かって飛んで行ったのは、森に異変を確認してから10秒にも満たない時間だっただろう。


「至急通信を送れ!『ロゲルトの発射を確認。数は10発以上』大至急だぞ!」


 双眼鏡を手に呆然とした表情で立っていた副官が、私の声で我に返ったようだ。私に騎士の礼を取るとブリッジから駆けだして行った。


「予定通り爆撃を行う。爆弾槽を開け!」


 少し外乱があったが、指令は守らねばならん。

 ロゲルトがどこに向かって飛んで行ったかは分からんが、それは別の部局が対処するだろう。

 先ずは、目の前の島に爆弾の雨を降らせねばなるまい。



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