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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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★ 22 帝国の闇 【 帝國を維持するために 】


 帝都大空襲の大災害を受けてから10日が過ぎた。

 ここしばらく満足に眠ることさえ許されないほどの激務をこなし、どうにか一山を越えたところで、ワインを飲んでソファーに横になったのだが……。


 コツコツ……、と扉を叩く音で目が覚める。

 懐中時計を取り出して時刻を見ると、真夜中の2時過ぎだ。

 こんな遅くに誰だろう? と訝しげに「誰だ?」と声を掛ける。


「エバリンです。クリンゲン卿がお忍びでいらっしゃいました」


「通してくれ。エバリンは朝まで休んでくれ。卿ならお茶はいらんだろう」


 直ぐに、クリンゲン卿が執務室へと入ってきた。

 エバリンがブランディーのボトルとグラスをテーブルに運んでくると、私に頭を下げて部屋を出ていく。

 

 2つのグラスにブランディーを注ぐと、1つをクリンゲン卿に手渡す。

 先ずは1杯……。夜の訪問は凶事と相場が決まっているからな。軽く飲んでいた方が私の神経を鈍らせてくれるに違いない。


「少し手が空いたので、状況を確認しようとやってきた。卿の方も忙しそうだったからな。あまり寝ておらんようだが、大丈夫なのか?」


「どうにか、被災者住宅の建築が始まった。すぐに始められるかと思ったが、材料調達や職人の手配に手間取ってしまったよ。だが今日からは、1日に5棟を作ることができる。雑居ではあるが雨を凌げれば当座は問題なかろう」


「工兵を1個中隊貸してくれと言ってきた時には驚いたが、それは何よりだ。領地を持つ貴族もどうにか倉庫の食料供出を了承してくれたから、1年以上被災者を食べさせて行けるぞ」


 軍隊を派遣しての交渉では、相手も折れるしかなかったに違いない。

 だがこの惨状を前にして、今まで通りの貴族らしい暮らしを続けようという輩は貴族の身分を剥奪して野に放った方が帝国にとっては良いのかもしれん。

 民衆合っての貴族であることを忘れてはなるまい。


「こちらの方の調査結果は、卿に知らせたはずだが?」


「中々に興味深い過去をケニーは持っていたようだ。かつては貴族であったとはなぁ。政争に敗れて野に下る貴族は今でもいるようだ。そこから再び浮き上がることは無いだろうが、ケニーの場合はブランケル博士の叙勲を我等は考えていたぐらいだ。事態が変わってきたのは、あの一件だな」


 貴族間の政争が大きくなり、結果的に皇帝陛下が巻き込まれて亡くなってしまった。

 皇帝陛下が無事であったなら、今頃は男爵夫人として社交界に出ていたかもしれん。

 さすがに帝国の暗部を知った人物を長く生かしておくのは危険すぎると我等は考えっていたのだが……。我等の話に聞き耳を立てていたのかもしれん。


「起こってしまったことは、元に戻すことは出来ん。今必要なことは、それをどのような手段で乗り越えるかにある。

 卿の方で離宮の生存者は全て始末してくれたようだから、事実を知るのは5人もいないだろう。近衛兵は彼らの懇願で東の大陸で戦っているはずだ。交代した兵士は卿の私兵だから、これ以上軍が関わることはないはずだ」


「近衛兵が部隊間でいがみ合っていたとは知らなかったよ。残った2つの中隊は、王宮警備を任せている。とは言っても、警備の交代は必要だろう。館を執事に任せて、長男夫婦の子供達を連れて侍女達を向かわせるつもりだ。

 幼子だから、近衛兵が直接出会うことはない。中門の扉をしっかり閉めておくよう侍女頭に念を押しておくぞ」


 これで帝国が直ぐに瓦解することは無いだろう。

 問題はそれをいつまで続けるかだ……。


「ところで、私の案に賛成ではないようだね?」


「私では民衆は付いて来んよ。できれば卿にお願いしたいところだが……」


 私では、帝国軍が付いては来ないだろう。

 役割分担が極端だったせいなのかもしれん。それを狙って初代皇帝は武官貴族と文官貴族を明確にしたのだろうか?

 確かに、反乱を起こしても影響を与える存在が帝国内の一部の勢力になるだろうから鎮圧は容易だろうな。

 それはさておき、今後を考えねばならん。


「私でも卿でも問題があるとなれば、他の者に託すことも出来んだろうな……」


「託せば我等は極刑であろうな。帝国の為とは言え、幼帝を離宮に避難させたのは我等だからなぁ」


「なら、幼帝が惨殺されたことを素直に公表して、最高会議で国政を行うしか方法が無さそうに思えるのだが?」


「2つ課題があるぞ。離宮で幼帝が惨殺されたことをどのように報告するか。もう1つは最高会議での国政運営は貴族連中が邪魔になるだけだ」


 クリンゲン卿も再興会議を使おうと考えてはいるようだな。最高会議に参加する貴族はだいぶ顔ぶれが変わったが、その後ろには貴族会議に参加資格のある貴族達が蠢いている。自分達の派閥の利権をいかにして増やそうかと考えるばかりで、本来の貴族らしい振る舞いをどこかに置き忘れてきたような輩ばかりだからなぁ。


「思い切って貴族を半減するか……。そもそも帝国あっての貴族なのだ。帝国の継承者がいないとなれば貴族は必要なくなるだろう」


「ここだけの話にするのだぞ。さもないと、かつての王族を担ぎだす輩も出てこないとは限らない」


「東の大陸の連中に1つだけ感謝することがあるとすれば、あの町を焼き払ってくれたことだな。徹底的に破壊したらしい。周囲を城壁で囲っていたから、逃げ出せた連中に元王族はいないと調べが付いているよ」


 立派な城壁で囲んであったからに違いない。上空からの偵察で、軍の秘密工房に見えたのだろう。

 となると、新たな皇帝を担ぎだしてくる者もいないはずだ。

 有力貴族に降嫁した姫君も多いが、王族と縁を切ることで降嫁しているから子供を皇帝にと言い出す輩もいないだろう。


「やはり卿の言うように、最高会議を名実ともに新な帝国の最高政務部局にすることは賛成だ。卿も忙しいことは重々承知しているが、この場合に最高会議に参加する者を検討してくれないか?

 貴族でなくとも構わん。要は、新たな国政を進める上で有能な人物かどうかだ。貴族は……、将来的になくす方向で考えてみてくれ」


「とんでもない検討だな……。だが、選択の余地はあまりにも少ない。10日ほど待ってくれないか。先ずは概要を考えてみたい」


「了解だ……。話を変えるが、ブランケル夫妻の方については、全盛時代の領地を偵察中だ。不審な物があれば爆撃を許可している。その内に、炙り出せるだろう」


「できれば、ブランケルに幼帝暗殺の責を取らせたいのだが?」


「死人に口無し……。今度こそ確実に死亡を確認するよう努力するよ。ロゲルトによる幼帝暗殺は、確かに都合が良いだろうな……」


 上手く行けば我等の責任を回避できそうだ。

 最悪でも、職を辞して子供に後を託すことも出来よう。我等は表に出ずに領地で子供達に助言を与えれば良い。

 

「政務の方法については私が検討するが、ブランケルの件については卿に託すが良いかな?」


「互いに特異な分野で対応するのが一番だろう。それでは10日後の夜に訪れるよ。寝ているところを済まんな」


「お互い様だ。卿の顔にもクマが出来ているぞ。早く戻って横になれ。部下がやってくるまで数時間は寝られるはずだ」


 に苦笑いを浮かべてブランディーをグラスに満たし、互いにグラスを合わせる。

 カチン! という音がやけに大きく聞こえる。

 宮殿もかなり破損したからなぁ……。夏だから良いようなものの、冬場なら凍るような寒さだろう。


 クリンゲン卿を扉で見送ると、上着を脱いでソファーに体を横たえる。

 すっかり目が覚めてしまった。

 このまま新たな仕事を始めようかとも考えたが、だいぶ地彼も溜まっているようだ。

 頭は冴えているのだが、瞼が重くなる……。

              ・

              ・

              ・

 ロゲルトの液体燃料を合成したところで、今日の仕事を終えることにした。

 島の地下洞窟に作られた研究所は、盛夏であってもそれほど熱くはない。風も無いから研究作業にはちょうど良い。

 軍の地下研究所もそれなりに良かったが、やはり自然の洞窟の方が優れているようだ。

 小さな桟橋に停泊している海底軍艦を見ながら、一服するのが一番だな。

 洞窟の天井に空いた小さな穴から差し込む光が海面に反射して洞窟内を踊っているようにも見える。

 さすがに昼間は外に出ることは出来ないが、ケニーと一緒に矢空を見上げながら島を散策するのは何よりの楽しみだ。


「あら、ここにいたんですね?」


「ああ、今日の仕事は終わったからね。ロゲルトは期待以上に命中率が良いようだ。最初に作った3本を全て使ってしまったからね。次のロゲルト用の燃料を作り終えたところだよ」


 ケニーがバスケットを持ってきたのは、私と一緒にお茶を楽しみたかったからに違いない。

 桟橋の一角に置いてあるテーブルセットに腰を下ろし、ケニーが淹れてくれたお茶を楽しむ。

 皿に乗ったビスケットはケニーが焼いたのだろう。甘さを抑えた上品な味に仕上がっている。


「私達の帝国への攻撃の後に、反乱軍の爆撃があったそうですよ。しかも爆撃されたのが帝都そのものだったと連絡がありました」


「私でも帝都は狙わなかったが……。さすがに連中は驚いたんじゃないか?」


「反乱軍は帝国内ということではないようです。大型の飛行船を使っているとのことです。空中軍艦も1隻沈められたようですし、かなり高性能の飛行船のようですね」


 思わずケニーの顔を見つめてしまった。

 飛行船で空中軍艦をどうやって落としたんだ?

 いくら考えても、方法が思い浮かばない。空中軍艦を向こうも作ったのなら少しは理解できるのだが……。


「間違いなく飛行船だったということかな?」


「さすがに空中軍艦と飛行船を取り違えることはないでしょう。高度差を利用して爆弾でも投下したんでしょうか?」


 それも考えられそうだな。乗組員の多い空中軍艦は空気の薄い上空高く飛ぶことができない。その点、飛行船なら与圧室を設けることも出来るだろう。乗員の数が十分の一ほどに低減できる。

 まだ空中軍艦は作っていないが、偵察用飛行船の高速化も検討しておいた方が良いのかもしれない。

 帝国軍以外の飛行船を見たなら、急いで離脱すれば良いことだ。

 自分の戦ができないなら、逃げるのも作戦の一つであろう。


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