J-138 不思議な能力を持つ人がいるらしい
久ぶりにベッドで朝寝を楽しんでいると、ミザリーに叩き起こされた。
ミザリーはお母さんに遠征の顛末を遅くまで話していたようだけど、ちゃんと眠れたんだろうか?
「着替えたらすぐに食堂に向かうよ。お兄さん次第なんだからね!」
「分かったよ。すぐに支度をするさ。待っててくれ」
急かされながら着替えをする。砦内だから装備ベルトにはリボルバーを納めたホルスターだけで良いだろう。
小さな革製のバッグにタバコとハンカチを入れておく。
帽子を被れば、寝ぐせはそのうちに直ってくれるはずだ。
部屋を出ると、リビングには母さんとミザリーが待っていてくれた。
3人で部屋を出ると、母さんがカギを掛ける。
母さんも通信室で働いているからなぁ。ブンカーの中だから爆弾が直撃することはない。砦の中よりも安全なはずだ。
食堂の混雑している時間帯をすぎているから、十数個並んでいるテーブルは半分以上空いている。
トレイに朝食を乗せて貰い、開いたテーブルに着いた。
「それでね。暗号が祈祷書だったんだよ。3桁の数字だけど、祈祷書のページと行左からの文字数に直すと解読できたの」
「ミザリーは昔から謎解きが大好きだったわね。エミルさんがさぞかし驚いたでしょう……」
まだ話足りないようだ。女性はいつでもおしゃべりなんだな。
イオニアさんは寡黙な性格だけど、テレーザさんやリトネンさんは結構話好きだ。
「2つの暗号解読方法は、私達にも嬉しい限りよ。コード表があるのだろうとは思っていたけど……」
母さん達も散々暗号には苦労しているみたいだな。
エミルさんとミザリーの2人で、そのコード表を作ったんだからとんでもない評価が付きそうだ。
「それじゃあ、頑張るのよ!」
まだお茶を飲んでいる俺達を残して、母さんが食堂を後にした。
母さん達の仕事場は昼夜の区別なく働いているようだ。そんな部局の士官待遇なんだから、母さんもかなりの能力を持っているということなんだろう。
「あら! 今朝は案外早いんじゃない?」
俺達に声を掛けてきたのは、眠そうにトレイを持って足を運ぶリトネンさんを連れたエミルさんだった。
寝ていたリトネンさんを強引に起こしてきたみたいだな。リトネンさんの髪の毛があちこち飛び跳ねている。
顔を洗うのがやっとだったらしい。まぁ、俺も人のことは言えないんだけどね。
テーブル越しに腰を下ろした2人を見て、ミザリーが改めてお茶を運んできてくれた。
渡してくれたカップにはコーヒーが入っている。
やはり、朝はこれが一番だ。
「10時にクラウスさん達がやってくるはずよ。今9時半だから、朝食を終えたらすぐに私達の部屋に向えば間に合うわ」
「やはり詳しい報告を聞きたいということなんでしょうね。ミザリーが母さんに暗号解読方法を詳しく説明いしていましたから、その辺りは簡単に報告しても問題ないでしょう」
「ありがたいわ。そうなると、アドレイ王国との作戦行動を中心に話を勧めれば良いわけね」
「ファイネルは参加しないと言ってたにゃ。ドワーフ族の工房長と話をしないといけないそうにゃ」
「呆れた! 多分飛空艇の改造を検討するんでしょうね。まぁ、私達からすれば長距離飛行について少し考慮して欲しいぐらいかな? でもそれはファイネルも分かってるはずよね」
とは言っても、飛空艇は大陸横断を考慮して作ったわけでは無いだろうからなぁ。
燃料の搭載量を増やせば、それだけ軽快な動きを犠牲にしなければならないだろう。
リトネンさん達の食事が終わるのを待って、4人で俺達の部屋へと向かう。
10時にやってくると言ってたからね。まだ10分ほど時間があるから、窓際で一服できそうだな。
2階の南端にある俺達の部屋は、窓のガラスが無かった。夏に向かう時期だから良いようなものの、冬だったら凍えてしまいそうだ。
風通しが良い窓辺のベンチに腰を下ろして、ハンズさんと一緒にエミルさん達が報告用のメモを用意している姿を眺める。
「我等が隊長は、今朝も個性的な髪型だな」
「どうやら、熟睡しているところをエミルさんに叩き起こされたらしいです。まぁ、俺もミザリーに叩き起こされた口ですけどね」
「緊張から解放されたんだ。俺も似たようなものだ。いつもより2時間は寝ていたからなぁ。おかげで朝の鍛錬はできなかった」
思わずハンズさんに顔を向ける。
確かに筋肉質でいかにも戦士という姿だ。トラ族だからかと思っていたんだが、ちゃんとした鍛錬で作り上げた体だったんだ。
今度、一緒にどうだ? と誘われたけど俺には続きそうもないからなぁ。とはいえ昔から比べれば少しは筋肉が付いてきてると思うんだけど……。
部屋の扉を叩く音が聞こえた。
クラウスさん達がやってきたようだ。時間通りだから、大きなテーブルに移動することにした。
クラウスさんと副官2人が俺達の前に座る。
クラウスさんの正面はリトネンさんだけど、右手にはエミルさんが佐生割左には俺が据わる。
いつもならミザリーは俺の隣なんだけど、今朝はエミルさんの横に座っている。
帝国の暗号解読で分かったことを報告するとなればエミルさんの隣が一番だな。
オルバンも副官姿が板についてきた感じだ。もう1人の副官は筆記用具を出したから、書記役ということなんだろう。
オルバンも小さな手帳を取り出している。気になるところをモメするのかな?
「全員が無事に帰ってくれて、先ずは安心した。昨夜報告を聞いたんだが、再度聞かせて欲しい。エミル……、報告を聞かせてくれ」
「アデレイ王国と会合して、大陸を渡ったことは特に問題はないと思います。帝国のある大陸の東に連なる大山脈の谷に拠点を築いて……、場所は、ここです。標高は2000ユーデほどありましたから、夜は結構冷え込みました。作戦行動はこの谷を抜けて、山裾に沿って北に向かい、道路や町を確認しながら帝都や軍港の攻撃を実施しました。大きな作戦は、実施期間と攻撃目標、攻撃の成果を1枚にまとめてあります……」
長い報告だから、途中でテレーザさんがお茶を淹れてくれた。
一服を楽しみながら、その間の報告で気になった部分をクラウスさんが問いかけてくる。
「すると、飛行船と空中軍艦を1隻ずつ沈めたわけだな。やはりあの大きな爆弾は役立ったか……」
「大陸の反乱軍という存在も気になりますね。でも、無差別攻撃をするような相手では、俺達と連携を取ることは出来ないと思いますか?」
「そうでもないぞ。案外同盟化を検討する可能性もあり得る。それだけ、徹底的な反乱を企てたということだ。その裏には俺達が想像もできないような恨みがあるのかもしれん」
オルバンの問い掛けに、クラウスさんが俺達とは別の思惑があるように言葉を濁した。
使えるものは使おうということなんだろうか?
だけど、一般民衆を根こそぎにするような連中だからなぁ。単なる恨みだけではなさそうな気もする。
「無差別攻撃をする行為は褒められたものではないが、結果として我等の土地から帝国軍が撤退してくれるならありがたいと思わねばならんだろうな。
我等の工業力は帝国と比べて百分の一もあるかどうかだ。このまま戦を続けるようでは、子供達の未来を閉じてしまいかねない」
「だけど、あれはやり過ぎにゃ。町を破壊するなら、事前警告ぐらいはできたはずにゃ。それをしないで一瞬に住民を根絶やしにするのはいくら何でも……」
「でもそんな兵器ができるんでしょうか? 皆さんの話を聞く限り、使われた兵器は1つのようです。重砲の砲弾がいくら大きくても艦砲よりは小さいですし、艦砲を使ったとしても町を1発で破壊することなどできないでしょう。
考えられるのは大型爆弾ということになりそうですが、エミルさんの話では偵察用の飛行船を目撃しただけだということでした」
それが一番不思議なんだよなぁ。
確かに、あの爆炎を俺達はみた。今まで見たことも無いような閃光だったが、1度限りで継続は無かった。
爆炎を上げない爆弾なんてないだろうから、間違いなくあの攻撃は1つの兵器がもたらしたものだろう。
「西の大陸の反乱組織か……。様子を探ることも出来そうにないが、今後の戦に影響を与えることは確かだろう。
ところで話は変わるが、飛空艇に御姫様を搭乗させたアデレイ王国の意図が分からんな」
「ミザリーといろいろ話していましたね。ミザリーは何か感じたことがあるかしら?」
急にエミルさんから話を振られたから、ミザリーが慌ててお茶を喉に詰まらせたようで、コンコンと咳き込んでいる。
あまり関係がないと思っていたのかな?
ハンカチで口元を拭くと、少し首を傾げて考えている。
クラウスさんが笑みを浮かべて話を始めるのを待っているようだけど、『お友達になりました!』ぐらいの返事になりかねないな。
「たぶん……、王女様は、情報を扱う部署にいたのではないかと……。一緒に搭乗していたエミーさんは情報士官でしたよね。エミルさんも交えて4人で帝国の暗号解読を行いながら、その意味するところを皆で考えるのが多かったんです」
「ほう、情報参謀の候補かもしれないな。エミリとミザリーで帝国の数字暗号を解いたんだ。旧コードが変わってしまって、帝国の通信内容が分からなくなっていたところだから、ミザリー達の功績は大きいものがある。それでか……」
クラウスさんは納得したようだけど、俺達には全くだ。
リトネンさんに皆が目を向けると、小さな咳ばらいをしてクラウスさんに聞いてくれた。
「1人で納得しないで教えて欲しいにゃ!」
「いや、納得というよりもだ……」
クラウスさんの話では、世の中には特殊な能力を持っている人間がいるらしい。
それは、相手の歩く姿を見るだけで次の十字路をどちらに向かうかが分かったり、袋から掴みだした硬貨の数と金額が分かるという不思議な能力だ。
今まで分からなかった帝国の暗号を解読し、さらには反乱組織の暗号まで解読したとなると、ミザリーをその種の能力を持つ人物だと思って確認にやってきたということのようだ。
だけど、それならエミーさんが判断したと思うんだけどなぁ。
「エミーの判断だけでは、確実ではないと感じたということかしら?」
「たぶん、そんなところだろう。アデレイ王国の御姫様が直接出向いたとなれば、そんな能力の有無を確認できる能力があるのかもしれないな」
勘ということではないらしい。その通りになるというんだから、恐ろしくもある。
アデレイ王国は、そんな能力を持った人物を探しているんだろうか?
不思議な能力を持った人物を揃えれば、確かに作戦立案は容易にはなるんだろうけどねぇ……。




