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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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J-136 イグリアン大陸が見えた


 広い海原を北東に向かって、俺達の乗る飛空艇は進んでいる。

 帝国領の拠点を出発した翌日の昼過ぎに、飛空艇のエンジンを止めて空中に留まる。

 ファイネルさんの指示の元、俺とハンズさんで飛空艇の上部甲板にマストを立てて、帆を張る。

 上部甲板といっても、丸みを帯びた鉄板だからなぁ。周囲に鉄柵も無いから、安全帯を腰に巻いて、命綱を上部銃座の鉄枠に結わえての作業だ。

 それに結構風もあるようだ。

 飛空艇は北東に軸線を合わせていたはずだが、ゆっくりと右に向きが変わってきている。

 北西の風が吹いているってことだな。これなら風に上手く乗れば俺達の大陸に戻れそうだ。

 

 飛空艇のブリッジ後方近くから後方に倒れているマストを、先ずは3人掛かりで立ち上げることにした。

 俺が前方からマスト上方に取り付けたロープをクランクで巻き取り、ハンズさんとファイネルさんがマストを持ち上げる。

 鉄製のマストだから結構重いな。汗だくになってどうにか立ち上げると、ハンズさんがマストを固定する「L」字型の金具をマストの前後に取り付けてボルトで固定する。

 帆桁は後方に向いている。ロープでぐるぐる巻きになっているから、俺とハンズさんでロープを解く。 

 その間に、ファイネルさんが帆桁の先端付けられた滑車にロープを通している。

 あのロープの長さを変えることで、帆の向きを変えることができるらしい。

 かかなりロープが重くなると言っていたから、マストを立ちあげる時に使った、クランク機構のようなもので長さを変えるんだろうな。


「終わったぞ! 帆を張ってみるか?」


「帆桁の向きを固定するから、ちょっと待ってくれ……。良いぞ。上げてくれ!」


 ファイネルさんの指示で、俺とハンズさんで帆を引き上げる。

 マスト先端部分にある滑車を使って引き上げるんだが、帆の先端部にも滑車が付いている。引く力が半分になるとのことだが、その代わり引く長さが2倍になるらしい。

 とりあえず帆を張ってみると、何となく立派に思えてきた。

 真っ白な帆だけど、横に3.6m高さは4.5mほどになるそうだ。

 

「小さくとも立派な帆だな。風を受けて飛空艇が南東を向いているぞ」


「このまま進むのか?」


 ハンズさんの問いにファイネルさんが首を振った。


「まだ増槽に三分の一ほど燃料が残っている。増槽が空になってからで良いだろう。それに度々進路を変えると、エミルが現在位置を見失ってしまいそうだ」


 俺とハンズさんが顔を見合わせて頷いた。

 確かに余分な作業は少ないほど誤差が少ないだろう。

 引き上げた帆を下ろして、再びロープで帆桁に丸めておいた。


 砲塔区画に戻ると、イオニアさんがコーヒーのカップを俺達に手渡してくれた。

 たまに上部銃座から顔を出して俺達の作業を見ていたんだよね。


「ありがとう。まぁ、何とかなりそうだな。あまり帆は大きくはないが、それでも風を受ければ前に進める」


「私には大きな帆に見えたんだが?」


「帆船の帆はかなり大きいぞ。マストだって3階建ての建物ほどの高さがあるからな。戦が始まる前には、帝都の港にいくつか停泊してたんだ。いつか乗ってみたいと思っていたんだがなぁ……」


 海上ではなく空を飛ぶけど、これも帆船の一種になるんじゃないかな?

 ファイネルさんの望みは叶えられたことになると思うんだけどね。


 一服を終えたところで、ブリッジに向かう。

 ファイネルさんがリトネンさん達に状況報告をしてくれたから、俺は前部銃座に座って監視を始めた。


「燃料が切れてからで十分にゃ。今夜から帆走にゃ」


「軍港の北80ミラルから北東に向かって16時間……。結構北に寄っているわね。ところで、風速はどの程度あったのかしら?」


「悪い……。忘れてた!」


 そういえば、風向と風速を測って欲しいと言われたんだよなぁ。

 俺も忘れていたぐらいだから、ファイネルさんを攻めるのも気の毒に思える。


「しょうがないわね。帆走する前にお願いするわよ」


 今言われても、ファイネルさんの話では数時間は燃料が持つらしいから忘れてしまいそうだ。

 だけど2回も忘れたらエミルさんが怒るだろうな? 今でも、冷たい笑みを浮かべてファイネルさんを見ているんだよなぁ。

 ファイネルさんは冷たい汗をかいているに違いない。

 

「エミルさん。急に、帝国の通信が途絶えたよ!」


 エミルさんがミザリーのところに向った。

 リトネンさんが首を傾げているけど、帝国軍の新たな動きということになるのだろうか?


「まだこっちの波は、交信しているみたいね。でもこれは平文だし、何かの取引みたい……」


「取引を装った暗号?」


「あの時は、暗号を使っていたでしょう? さすがにそれはないと思うわ。穀物輸送に関わるみたいだけど、送り先は帝都ではなさそうね……」


 かなり弱い信号らしく、途切れ途切れで聞こえる信号を、メモにしてミザリーと意見を交わしている。

 軍の情報でなくとも、結構いろいろと分かるらしい。

 俺には無理だから、そっちはミザリー達に任せておこう。


「数日は、何もない海を眺めることになるんでしょうか?」


「そうだな。だが、退屈とは限らないぞ。風向きや強風の時には帆の操作が必要だからな。帆を操作できるように、銃座の柵に2つクランク機構が付いているから、場合によってはその操作をしないといけないだろう」


 帆の角度と帆の上げ下ろしの2つらしい。

 緊急時には、ストッパーを解除することで帆を下ろせるらしい。

 休憩時にもう1度、その辺りを見ておくか。


 帝国領内の拠点を出て2日目の夜。22時をすぎたころ、増槽の燃料が無くなった。

 ハンズさんとファイネルさんが砲塔区画で増槽を切り離すと、いよいよ帆走が始まる。

 ランタンの明かりの下で、命綱を付けた俺とハンズさんが帆桁に巻いた帆を広げると、左手に帆桁を向ける。

 帆桁の先端に付けたロープがしっかりと帆桁を固定すると、大きく帆が膨らんだ。


 急いで飛空艇内に戻ったが、少し左に傾いているように思える。

 ハンズさんが砲塔区画の左右にあるベンチ下の噴進弾を右手に移動させて釣り合いを取ろうとしたけど、それぐらいではもとに戻らない。

 3人で右手のベンチに座ったけど、やはり傾いているよなぁ……。


「まぁ、仕方がない。極端に傾いてないんだから、我慢するしかなさそうだ」


「そうですね。お茶やコーヒーだって飲めますし、木箱の上に置いておく時には、なみなみと注がない限り問題はなさそうです」


「これを直すとなれば、面倒なことになるんだろうな。まぁ、これで帰れるんだから我慢は仕方がないだろう」


 今度はしっかりと上空で停止した時に風向と風速を測っておいた。

 西北西の風、風速は毎時22ミラルほどだ。とはいえ、この速度で飛空艇が進むわけでは無いんだろう。イオニアさんの話では、半分ほどの速度が出るなら十分だと言っていた。毎時10ミラルとしても1日で240ミラル進むことができるから、10日もすれば大海原を渡ることが出来そうだ。


 数日がすぎとところで、イオニアさんが六分儀を使って天測を行う。

 結果を計算して地図に落とすと、エンジンを動かして北東方向に飛空艇を進ませる。

 数時間の飛行を終えると再び帆走が始まった。

 帆を張り終えたところで、砲塔区画で休息を取る。

 イオニアさんの話では、調度中間地点を過ぎたあたりらしい。


「食料と水はたっぷりあるからなぁ。それでもまだ半分とはね」


「やはり帆走は速度が出ないようだな。もっと大きな帆を付ければ少しは速くなりそうだが?」


「さらに傾きそうだ。これで十分だろう。さすがに再度帝国に向かう時には増槽を2つ搭載しないといけないだろうけど」


「砲塔区画の倉庫に燃料缶が3つあるんですよね。いつ補給するんですか?」


「艇内の燃料タンクは2つあるんだ。その内の1つが半分になったら補給するよ。補助エンジンを動かすだけなら3つで1日は飛べるぞ」


 第一巡航速度以下での飛行になるのだろう。それでも帆走するよりは速く進めそうだ。

 まだ2割ほどしか減っていないということだが、次の進路の補正を行った後なら補給できそうだな。


 前後の銃座で周囲を見張っているんだが、帝国軍の輸送船すら見ることがない。

 大陸間を渡る最短コースから外れているのが原因だとエミルさんが教えてくれたけど、少しは変化が欲しいところだ。

 高度1500ユーデには北西方向からの風が一定に吹いているから、ほとんど帆を操作することもない。

 3度目のエンジンによる北東方向への進路変更が終わると、エミルさんの計算では明日には俺達の大陸が見えてくるとのことだった。

 すでに11日が過ぎている。さすがに水が残り少なくなくなってきたようだ。

 

「明日に大陸が見えるなら、明後日には俺達の砦に到着できそうだな。水は3日は持つだろう。大切に飲めば問題ない」


「だからと言って、ワインを飲むのも……」


「まぁ、カップに半分なら、問題はあるまい。俺もボトルを2つ持っているぞ。休憩の度に飲めそうだな」


 砲塔区画での休憩でワインを飲むのもなぁ……。

 リトネンさん達も飲んでるみたいだ。さすがにミザリーは3人分ほどのお茶を用意して飲んでいるみたいだけどね。


帝国の拠点を出て12日目の昼過ぎのことだった。

進行方向に黒い線が見える。

雲のように盛り上がっているわけでもなく、南北にずっと続いている。


「エミルさん……。あれは、イグリアン大陸なんでしょうか?」


「ええっ! ちょっと待ってね……」


 航法担当のエミルさんが双眼鏡を片手にやってきて、俺の背中越しに前方を眺めている。


「やっと見えてきたわ! 着いたのよ。長かったわねぇ」


 エミルさんのちょっとはしゃいだ声に、皆が集まってくる。

 皆の顔に笑みが浮かぶのは仕方がないことだろう。俺だって自然に笑みが浮かんでくるぐらいだ。


「問題は、どの辺りかということだな。北にも伸びているところを見ると、かなり南かもしれんぞ」


「燃料はどのぐらい残ってるにゃ?」


「前部貯槽は満杯だ。後部貯槽は三分の一というところだな。1日半は飛べるぞ」


 リトネンさんの問いにファイネルさんがちょっと考え込んで答えている。

 陸地までは100ミラルもないだろう。第一巡航速度を出すなら2時間程度で海から抜け出せそうだ。


「なら帆走を止めて、第一巡航速度で北東に進むにゃ。私等の王国は大陸の北端にゃ」


「了解だ。リーディル、手伝ってくれよ!」


 ファイネルさんの言葉で、銃座を下りてブリッジを出ていく。

先に向かったファイネルさんはハンズさんに教えているのだろう。長い帆走だったけど、これで明日には砦に到着できそうだな。

 


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