J-134 霊廟も重要施設には違いない
「高度500ユーデ、噴進弾発射用意! 発射後に全爆弾を投下するにゃ!」
「了解。高度を下げる。速度は第1巡航速度を維持、軸線を合わせてくれよ」
ゆっくりと飛空艇の高度が下がっていく。
リトネンさんが俺のすぐ下で目標を眺めているけど、あの大きな穴は本当に霊廟と関係があるんだろうか?
垂直に切り立った崖のようだから、あの穴から霊廟に侵入するのは不可能だろう。どう見ても100ユーデ以上の深さを持っているからね。
あの中で焚火でもして先祖を供養するんだろうか? 直径200ユーデほどもある穴だからなぁ。
「噴進弾発射!」
ファイネルさんの声と共に、足元から3条の炎の帯が前方に伸びていく。
やや間があって、穴の底で炸裂したようだ。穴が爆炎で満ちてしまったから、底が見えなくなってしまった。
「爆弾投下! 急速上昇」
ガクンと投下のショックが伝わると、今度は坂を駆け上るかのように上昇が始まった。地上の風景がまるで見えなくなり、前部銃座の踞尾敬の窓は、全て大空に変わる。
「高度1500。水平飛行に移行……。このまま北上で良いのか?」
「帝都の東を飛んで欲しいにゃ。その後、北東に向かって飛行、軍港を確認するにゃ。後はのんびりにゃ」
あらかじめ航路を作っておいたのだろう。エミルさんが地図を手にファイネルさんと話を始めた。
ファイネルさんが頷きながら聞いているところを見ると、航路に納得しているのだろう。
アデレイ王国の爆撃結果を確認する航路を選んだに違いない。
アデレイ王国としても結果を見ずに帰投しているはずだから、今夜あたり結果を知らせるつもりなのだろう。
「爆弾は投下したから、残った武装は噴進弾とヒドラⅡだけだぞ。空中軍艦を相手にするのは荷が重いし、なんといっても燃料が問題だ」
「見えたら、直ぐに速度を上げて逃げれば良いにゃ。こっちの方が足が速いにゃ」
まあ、それも言えるんだけど、主エンジンを最大に動かしたら俺達の大陸に戻れなくなりそうだ。
飛空艇の上部に帆を上げられるようにしてあるけど、あれで大陸を渡ることができるというのは、どうも信じられないんだよなぁ。
使うのは、この大陸が見えなくなってからなんだろうけどね。
「リーディル、休憩だ。テレーザ、後を頼むぞ」
「ゆっくりしてきて良いわよ。このまま進むだけだし、高度1500で低速だから下から見たなら自分達の飛行船だと思ってくれるんじゃないかしら? でも、飛行船や空中軍艦が見えたら呼び出すからね」
とはいえ、そんな事態は早々起こるものではない。
ファイネルさんが笑みを浮かべてテレ-ザさんの肩を叩き、操縦席を下りる。
銃座を下りると、直ぐにリトネンさんが銃座に上がったから、下界の眺めを楽しむつもりのようだ。
ブリッジを出る時、ミザリーの頭をぐりぐりすると、ほっぺを膨らまして抗議してくる。
まだまだ俺の良い妹だ。相手が見つかったなら俺に構うことなど無くなってしまうんだろうな……。
砲塔区画のベンチに座ると、一服していたイオニアさんが席を立って船尾のハンズさんに声を掛けている。
やがて奥から出てきたハンズさんと入れ替わって後部銃座に向かったから、俺達と一緒に休憩できるようにとのイオニアさんの気遣いのようだ。
「前段穴に命中したな。まるで噴火のように盛大な炸裂が見えたぞ」
ベンチに腰を下ろしたハンズさんが結果を報告してくれた。
ファイネルさんが俺達にカップを出すように言うと、腰のバッグからスキットルを取り出し、ワインをカップに注いでくれる。
「あまり飲むとリトネンに叱られるからなぁ。これで、結果に乾杯しようぜ」
アデレイ王国の指令に対するちょっとした反抗にも思えるが、帝国の重要施設の爆撃を行ったことは確かなはずだ。
苦笑いを浮かべて俺達はカップを合わせる。
「問題は、この後だ。帆走がどれほどの効果を得られるか分からないからな。だが、上空の風は高さによってだいぶ異なっていることも確かなんだ。帆走が上手く行かなければ、高度を変えながら西風を探すことになる」
「現在は外部増槽の燃料を使っているのだろう? どれぐらい持つのだ」
「帝都近くから軍港を離れるまでは第1巡航速度に上げるはずだから……、明日の昼過ぎまでだろうな。そしたら帆走ってことになる。手伝ってくれよ!」
「「良いとも(いいですよ)」」
ちょっと面白そうなんだよね。だけど、俺達の中で誰もヨットなど動かしたという話を聞いたことが無いんだよなぁ。
試行錯誤の航海になりそうだ。
どうやって帆を張るかとか、その後帆の角度をどのようにして維持するのかをファイネルさんが教えてくれたけど、本人も誰かから聞いた話なんだろう。
なんとなく自信がない話し方だから直ぐに分かってしまう。
ワインを飲みながらだから、結構そんな話で盛り上がっているとブザーが鳴りだした。
思わず互いの顔を見てしまった。すぐにファイネルさんが伝声管を取り上げて、ブリッジからの連絡を聞いている。
「了解! すぐに向かう。ハンズ達にも知らせるよ。イオニアには……、分かった」
ファイネルさんが伝声管を置くと、俺達に顔を向ける。
「飛行物体を確認したそうだ。距離があるから船種は分からんらしいが、警戒態勢に移行するとの指示だ」
「帝国の飛行船かもしれんな。分かった。後方は任せておけ!」
ハンズさんが残ったワインを飲みほして後部銃座へと向かう。
イオニアさんと交代するのだろう。俺達もブリッジに急いだ。全部銃座は開いていたから直ぐに席に着いて、ヒドラⅡの点検を簡単に行う。
セーフティレバー位置、弾倉に銃弾が入っていることを確認したところで双眼鏡を手にする。
「どの辺りですか?」
「方位270、上下角上10度にゃ」
リトネンさんが教えてくれた位置を双眼鏡で見てみると、確かに浮いているなぁ。距離がかなり離れている。50ミラルはありそうだ。晴れているから、青空に黒い点のように見えるんだが、時折光って見えるのは太陽を反射しているのだろう。
それを考えると、飛行船の船殻に見えなくもない。
「リーディル、やはり飛行船か?」
「距離が遠すぎます。飛行船だと思いますが、最悪も考慮すべきでしょう」
「休憩している時に、再装填をしておくべきだったな。イオニアに頼んでみるか、ゆっくりやればイオニアだけでも可能だろう」
伝声管で話を始めたから、イオニアさんに頼んでいるのかな?
それより……。
「ミザリー、相手の通信を傍受できた?」
「周波数は合わせてるんだけど、何も反応はないよ。少し波を変えた方が良いのかな?」
「ちょっと待って! 私も手伝うわ。無線機が2つあるから、アデレイ王国軍との通信に使っている無線機を使えば他の周波数も調べられるんじゃないかしら」
エミイさんが自分の席を離れてミザリーの席に向かう。
いつの間にか、ミザリーの席がベンチのようになっているから、2人で座ることができるようだな。
「リトネン、やはり他の周波数帯でも通信が行われていないわ。アデレイ王国軍の攻撃でかなり帝国軍は混乱してると思うんだけど……」
「もう1つの反乱軍の可能性が出てきたにゃ。でも、今回はこのまま進むにゃ。あまり欲をだすと捕まってしまうにゃ」
元盗賊の状況判断ということらしい。
思わずファイネルさんに顔を向けると、俺に笑みを浮かべて小さく頷いてくれた。
こんな状況判断をしっかりと行ってくれるから、リトネンさんを皆が頼りにしてるんだよなぁ。
ミザリーが運んでくれた、コーヒーを飲みながら周囲の偵察を続ける。
たまに、問題の飛行物体を見るのだが、いまだに距離が縮まらないようだ。相変わらず外形が分かるほどの大きさになってくれない。
だけど1時間ほど経過しても同じ位置に見えるということは向こうも俺達と同じ方向に向かって進んでいるということになるのかな?
「そろそろ回頭するぞ。リトネン、帝都の東数ミラルを飛ぶことになるが、高度はこのままで良いのか?」
「2000に上げるにゃ。その方が遠くまで見えるにゃ」
進路が北西に変わった。飛空艇が速度を上げながらゆっくりと上昇を始める。
すぐに水平飛行に移ったが、確かに見通し距離が広がった感じだ。
それより、このまま進めば問題の飛行物体との距離が縮まりそうだな。1時間もしない内に正体が分かりそうだ。
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「帝国軍の通信を傍受! 平文です……。『帝都空襲……』繰り返しています」
「まだ1時間以上飛ばないと帝都に接近しないぞ。このままで良いのか?」
ミザリーの声に、ファイネルさんがリトネンさんに問いかけている。
「都合が良いにゃ。救援の飛行船と思ってくれるにゃ。……それより、リーディル。あれが何か分かったかにゃ?」
「まだ詳細は分かりませんが、空中軍艦ではなさそうです」
俺の返事に、ブリッジ内の緊張が少し減った感じだ。
「とはいえ、帝国軍の爆撃用大型飛行船でもなさそうです。偵察用の小型飛行船に思えるんですが、まだ明確ではありません」
「大型よりも飛行速度が出るようだが、武装はそれほどでもなさそうだ。あまり近づくようなら、ヒドラⅡで十分対応できるだろう」
「油断は禁物ですよ。帝国軍も噴進弾ぐらいは持っているでしょうから、やはりその時には逃げるのが一番だと思います」
「相変わらずだなぁ。だが、向かって来るなら戦闘になるぞ」
「その時は、しっかりと銃弾を贈りますよ。
「おう、その意気だ。頼んだぞ!」
ふと後ろを振り返ると、エミルさんが笑みを浮かべている。俺とファイネルさんの会話を聞いていたんだろうな。
次々と、ミザリーが帝国軍の通信を傍受して俺達に知らせてくれる。
やはり混乱しているようだ。他の軍に対しての応援要請だけでなく、貴族達への協力要請も多くなっている。
帝都近くの有力な貴族相手ということになるんだろうが、貴族の名前だけでは、どの辺りの貴族なのか皆目見当がつかない。
ミザリーがしっかりとメモを残しているようだから、帰投してその貴族の領地を確認することも出来るだろう。
帝都の異変に対応できる貴族となれば、次の爆撃目標になりえるからね。
「報告します。方位340度に黒煙を確認。規模がかなり大きいです。それと、例の飛行船ですが、かなり小型です。飛空艇と同じく小さな翼の両端にプロペラがあります」
「もう1つの反乱軍にゃ……。帝都偵察にしては、ちょっとおかしいにゃ」
「私達の通信を傍受しての偵察でしょうか?」
「アドレイ王国軍は無線通信を封鎖しているにゃ。たまたまかもしれないにゃ。そうでないなら……」
「小型飛行船の速度が上がりました。真っ直ぐに黒煙の上がる方向に進んでいきます」
リトネンさんの話を止めるように、大声で報告を行った。
急に速度が上がった。あれなら毎時50ミラルを超えていそうだ。
「帝都を攻撃する気にゃ! ファイネル、少し帝都に近寄るにゃ。かすめるぐらいで良いにゃ」
「了解! だが、アドレイ軍が大規模な空爆を行っているはずだ。あの小さな飛行船なら、小型爆弾を10個も運べないぞ」
「どこに落とすかが問題にゃ。小型でもそれなりに使えるにゃ」
リトネンさんだったら、どこに落とすんだろうな。
このまま進めば、小型飛行船が爆撃した直ぐ後に状況を掴めそうだ。




