★ 20 帝国の闇 【 まさか…… 】
「済まんな、押しかけてきてしまい……」
クリンゲン卿が副官2人連れて私を訪ねてきた。
予定は無かったはずだが、盟友であるならどんなに忙しくとも、卿の為に時間を割くのは問題ない。
案内してくれたメリンダを手招いてソファーの私の横に座らせた。
有能な秘書だから、会話の要点を上手く纏めてくれるだろう。
卿の副官の1人が筆記用具を取り出したところを見ると、彼も秘書的な役を負っているのかもしれない。
「町を1つ破壊された案件は軽くはない。最高会議の席上でイグリアンの焦土戦を行うことを提案し、了承された。
すでに派遣軍への指示は伝達されているから、2日後にはある程度の結果を報告できるだろう。
帰る場所が無くなる恐れがあるなら、イグリアンの飛行船も慌てて引き返すに違いない。国力は帝国と比べれば十分の一にもならん王国なら、次にこの大陸に足を延ばす恐れもなさそうだ……」
「住民虐殺をするような王国なら滅ぼすべきだろう。帝国史に彼らの非人道的な戦の結果を残せば十分に思える」
「私もそう考えて、上程させて貰ったのだが……」
卿が、言葉を濁して隣の副官に顔を向ける。
小さく頷いた副官が、足元に置いたバッグを手にして、ファイルを取り出し私の前にそっと置いた。
表題は、『クリュゲン町調査報告書』。破壊された町の詳細報告書ということか。被災者がいるなら私の方でも動かねばならない。だが、最初の報告では生存者無しとのことだったからなぁ。全て軍に任せてしまった。
「先ずは読んでくれ。話はそれからだ」
卿の言葉にファイルを開き、十数枚の報告書に素早く目を通す。
報告書の後ろに数枚の図があったが、どうやら地図のようだ。被害の程度が色分けされている。
半分ほど読んだところで、思わず顔が強張るのが自分でも分かる。
これは……。
最後まで読んだところで、溜息を吐いた。
「本当なのか?」
卿に顔を向けると、呟くような声で確認するのがやっとだった。
「間違いない。あの兵器は私としても使いどころが難しいと思い、軍の倉庫に厳重に保管している。厳重にだぞ! 3日おきに数を数えているぐらいだからな。
この報告書を目にした後に、直ぐに員数を確認させた。
数は減っていない……。ということは」
「新たに作られたか、それとも開発段階の兵器を誰かが隠匿したか……」
卿の話の途中で口を開いた私の無礼を気にせずに、卿が小さく頷いた。
急に静かになった。執務室の扉を叩く音がはっきりと聞こえる。「失礼します」と言って入ってきた職員はお茶を私達の前に置くと、直ぐに部屋を出て行った。
先ずはお茶を頂こう。
少し頭を切り替える必要がありそうだ。
卿達にも勧めると、豊かな香りが漂うお茶をしばし楽しむことにした。
「後者が一番可能性があるように思える。開発段階で試作品を作っているはずだ。全て、試験のために使ったのなら問題はないだろうが……。その辺りの状況は分からんのか?」
「協力した学者の調査を終えたところだ。彼らは白だよ。全体の一部について開発を手伝ったようだ。当時のノートを見せて貰ったが、噴進弾のノズル開発や、薬材などだ。
次に、組み立てた技術者達だが、設計図を基にロゲルトを組み立てただけらしい」
設計図を見れば、技術者なら組み立てられるということか……。
その設計図は組立後にはブランケルが持ち去ったということだ。
「複写を認めなかったそうだ。かなり複雑な代物らしく、部材が揃っていても設計図が無ければ組立は困難らしい」
「なら、試作品が一番怪しく思える。さすがにあれを他の学者が作れるとも思えん。誘導装置という代物を見せて貰ったが、あのコマの周辺だけでもかなり繊細な部品が使われていたのを思い出した……」
この世界の動物は、何らかの部品を体の中に持っている。
生体である我等が、機械の部品のようなものを作り出せるのか。未だに学者達の追及が行われている。
ドワーフ族の職人よりも精密な歯車を作る小動物は、その部品を何に使うのだろう?
神の気まぐれとも言われているようだが、近ごろその利用が進んでいることも確かだ。
とはいえ、この世界の動物界の覇者ともいえる我々人間の作り出すものは、金属製の小さなコマであることを考えれば、神の気まぐれ説も頷けるところがある。
ところが、ブランケルはそのコマを使って目標まで正確に飛んでいくロゲルトという兵器を作り出した。
天才とは神が与えた才能ではなく、神が我等に与える災いを招く者をいうのかもしれない。天災……、それがいつの間にか天才と言葉を変えたのかもしれん。
「聞くところによると我等の頭の中にあるコマは、死んでしまうと劣化が始まるらしい。ロゲルトに使われたコマは生体から取り出しものだそうだ。
重罪で死刑の判決を受けた者達だから、少しは帝国の為になって欲しかったがこんな結果になるなら、通常の爆弾の方がはるかに使いやすい」
軍としては、あまりに強力な兵器は、作っても持て余すということになるのだろう。
確かに、相手を見て戦うのが軍人に違いない。相手を見ずに相手を滅ぼすことができるなら、軍人の必要性が無くなってしまいそうだ。
卿の言葉は、それを憂いているかにも思える。
「生存者がいたとは、驚きだ。数人であっても状況報告の内容ではやはりロゲルトということになる」
「巻末の地図を見て欲しい。どう考えても、50ブロス(1t)以上の炸薬量の爆発だ。周囲をゲル状の可燃物で覆ってあるということは、完成品よりも進んでいるようにも思える」
新たにロゲルトを作った者がいるということなのだろうか?
いやいや、ブランケルほどの頭脳を持った者が、早々現れるとも思えない。
「証言によると、爆発の後で飛行船を見たものがいるようだな?」
「かなり小型のものらしい。軍の飛行船の図を見せたのだが、軍の飛行船とは少し形が違うようだった。それに軍の偵察飛行船が町に向かったのは知らせを受けた翌日だ」
ロゲルト、飛行船を持つ第3の勢力か……。そういえば、資金源を調査していたのだが、途中で止まってしまった。
飛行船やロゲルト、その外にも我等の知らぬ兵器を開発しているのだろうが、その資金は麻薬にほぼ間違いない。
新王国を疑ったが、各王国ともに財政難ではあるが闇資金を捻出しているわけではなさそうだ。
「やはり海賊の一派に違いない。だが、それらを開発できる者と結びついているようなら、直ぐにでも尻尾を抑えることができるのではないか?」
「秘密研究所で働いた者達、かつてブランケルと交流のあった者達、全ての存在を確認し、かつ尋問を終えている。何れも白だったよ。まったく、困ったことになったものだ」
「せっかくの監視網が役立たなかったか……」
「そう、気に病むこともない。監視網は良い体制だと思う。今回は夜間だったが、いずれは昼にもロゲルトを使うに違いない。あれは白煙を長く引くからなぁ。それで発射位置が特定できる」
それまでは攻撃を受けるしかないということなのか……。
次の攻撃目標はどこになるのだろう?
さすがに帝都には打ち込まんだろう。我等を困らせるために、次も内陸部の町を狙うのだろうなぁ。
「困ったな……」
「ああ、困った事態だ。場合によってはイグリアン大陸への派兵を戻すことになる矢もしれん」
先々代の皇帝の決断で、すでに1つの王国を滅ぼしている。
それを無にすることになれば、貴族会議が紛糾するに違いない。
「責任問題に発展しかねないぞ!」
「一時的な停戦だ。橋頭保を残しておけば何時でも派兵は出来よう。それに、しばらくイグリアン王国が手出しできぬようにすることは容易だからな」
「王都爆撃!」
私の大声に、卿が小さく頷いた。
確かに手ではある。王国貴族の被害が大きいなら、場合によってはそのまま白旗を上げるかもしれん。
だが、戦時にのんびりと王宮に集まっているような連中ではないだろう。
三分の一ほどの被害を与えたなら、確かにしばらくは戦どころではなくなりそうだ。
「少なくとも、最高会議には掛けるべきかもしれん。貴族会議は結果の報告で十分だろう」
笑みを浮かべて頷いたところを見ると、これが聞きたくてやってきたのかもしれんな。
「さすがに一方的な兵士の引き上げでは会議の席上で吊し上げになりかねん。帝国内に軍を分散させて、第3勢力のあぶり出し計画ぐらいは作るつもりだ」
「それにしても、千人を超える勢力であることは確かだろう。その存在がいまだに分からんのが理解できんのだが?」
「飛行船を使った偵察も、時間が掛かるよ。どうにか帝国領の半分を終えたところだ。西の山脈地帯が怪しいとは思っているのだが、そうなると海賊との麻薬取引が難しいだろう。西の小さな漁村を虱潰しにしているのだが、まだそれらしい情報が上がってこんな」
クリンゲン卿の一行が執務室を出るのを見送ると、メリンダがワインを注いだグラスを渡してくれた。
卿が残して行ったファイルを取り上げて、もう1度目を通す……。
やはり被害がかなり大きい。
数発で王都を破壊できると、ブランケルが言っていた言葉が頭の中で蘇る。
確か、あれは完成したロゲルトを前にして言った言葉ではなかったか?
突然、全身に震えが走った。
ソファーから立ちあがると、執務室の扉を開けて大声でメリンダを呼ぶ。
事務所の執務机から飛び上がるようにして立ち上がった、メリンダが執務室に走ってくる。
まさかとは思うが、確認は必要だろう。
ケニー達は、本当に死んだのだろうか……。




