J-130 近くで交戦しているようだ
装甲列車は飛空艇とそれほど速度に変わりがないようだ。
30分ほど過ぎても、10ミラルほど先の左手の線路を走行している。
「帝国軍の無線を傍受しました。平文です。『こちら第4機動部隊。現在南オブレイ線をポネル町に向けて走行中。至急、エイムズ市に向けてのポイント変更願う』以上です」
「あの装甲列車の事かにゃ?」
「たぶんそうかと……。かなり信号強度が強いです。……返信を傍受しました。『ポイント変更済。エイムズ下り線を貨物車が先行している。距離およそ30ミラル。オベル町で待避線に移動するよう指示を発した』以上です」
ミザリーの言葉にファイネルさんが頷きながら聞いている。
やはり装甲列車からの通信で間違いはないようだ。とはいえ、平文というのが気になるところかな。
「軍から民間への連絡だから、平文ということかしら?」
「そうだと思うにゃ。下りということは、王都から離れていくことになるにゃ。この先の町がポネルと言う名にゃ。東西にも線路があるにゃ。ポネル町から南に向かう線路の最初の町がオベルの町にゃ」
「帝国内は、不定期に装甲列車が走ってるのか? 住民には迷惑な話だな」
「そうとも限らないわよ。あの装甲列車の後ろは貨物車が3両あるわ。案外、飛行船で破壊した線路の復旧をしてるんじゃないかしら」
工兵隊を乗せているってことかな?
そうだとしたらかなり忙しいかもしれないな。小型飛行船を使ってあちこちの線路を破壊しているみたいだからね。
「ファイネル、速度を上げるにゃ。装甲列車の車列をピクトグラフで撮影するにゃ」
「了解。ゆっくり追い抜けるようにするぞ!」
ファイネルさんがエミーさんを呼び出して、飛空艇の速度を速める。
俺のすぐ下でピクトグラフを構えたエミーさんが、数枚の画像を撮ったところで速度をさらに上げて北へと進む。
夕暮れが始まったが、まだ海は見えない。
今日の偵察はもう少し掛かりそうだ。
海上に出たのは19時を過ぎていた。そのまま北上し、西に回頭を行う。
明日は南下すれば良いだけにするようだな。
夕食を交代で取ると、砲塔区画とブリッジに分かれてしばしの休息をとる。
ファイネルさんとハンズさんがいつものようにチェスを楽しみ、俺とイオニアさんがその勝敗を見守りながらカップに半分のワインを頂く。
高度を1000ユーデに下げているが、だいぶ暖かくなったようでそれほど寒さを感じない。
窓は開いているが、明かりが漏れないように遮光版を下ろしている。ただの板なんだが、風で動くことが無いから問題はないようだ。
「どれ、周囲を見てくるぞ。さすがにまったく監視をしないのでは問題だろう」
ワインを飲み切ったのだろう。イオニアさんがベンチから腰を上げて上部銃座への梯子を上がっていった。
飛空艇が南を向いて滞空しているから、ブリッジにいる連中が前部銃座でたまに周囲を見ているはずだ。北方向の監視はおろそかだから、たまにイオニアさんと俺が見張ることになる。
「次は俺達がするからな。お前達ばかりにやらせるわけにもいかないよ。……これで、チェックメイトだ。今夜は2勝1敗だな」
「……負けたか。このナイトが無ければなぁ……」
反省する点はあるようだ。
ハンズさんに笑みを浮かべたファイネルさんが、残ったワインを一口で飲み込んで、タバコに火を点ける。
「まったく、何もない1日だったな。明日は南下することになるが、やはり帝国軍の空中軍艦の拠点はかなり西にあるようだな」
「だがイグリアン大陸には3隻を送っていた。小さな島を拠点にしていたようだが、爆撃で拠点を破壊されている。そうなるとこの大陸の東に拠点を移したと考えるのは自然だと思うが?」
「イグリアンでは沈めることは出来なかったが、かなり痛手は負わせたはずだ。本国での修理となればかなり大きな拠点を持っているはずなんだが……」
2隻の飛行船がアデレイ王国と帝国の東の山麓に作った拠点を往復して物資を運んでいるのだが、まだ帝国の空中軍艦も飛行船も見たことが無いらしい。
遭遇しても戦闘にならないように高度を上げているらしいが、俺達の飛空艇でさえ短時間なら3000ユーデほどに上げることは出来るそうだ。
武装をほとんど持たない飛行船だから、監視員を何人も張り付けているらしいのだが……。
「元々空中軍艦の数は数隻しかなかったんじゃありませんか? あの巨大な船を何隻も作れるとは思えません。1隻で使う鉄の量は飛空艇の10倍を軽く超えてるみたいですし」
「空中軍艦の底は3イルムほどの厚みはありそうだ。舷側も居住区以外はかなり厚みがあるに違いない。噴進弾の直撃を受けても窓を敗れるだけだからなぁ」
「だが甲板やブリッジ後部はそうでもない。とはいえ、3階床を破れん。大型爆弾でどうにか破れたが、枢要区域の破壊までさらに噴進弾を撃ち込んでいる。リーディルは10倍と言ったが、20倍を超えているようにも思えるな。躯体を作る鉄だけでも駆逐艦並みの量になるのかもしれん」
「拠点に大掛かりな工房があるってことに違いない。鉄の加工はそれほど簡単ではないとドワーフ族から聞いたことがあるぞ。……それを考えると、田園地帯の真ん中にあるというのは考えてしまうな」
それに単独で作るというのも考えてしまう。他の艦船と一緒なら工作機械も共用できるだろう。
北の海に面した西の軍港が怪しいと思うんだけどなぁ。
急にブザーが鳴りだした。ファイネルさんが伝声管に飛びついて、ブリッジと話を始める。
「……本当か! すぐに向かわせる。イオニアとハンズにも伝えるから大丈夫だ」
イオニアさんも、ブザーの音に気が付いたんだろう。するすると梯子を下りてきた。
俺達がハンズさんに顔を向けると、直ぐに状況を話し始める。
「帝国軍の暗号を傍受したそうだ。その後すぐに、今度は例の暗号を傍受したらしい。信号強度が高いと言うから、それほど離れてはいないだろう。リトネンが準戦闘態勢を指示したぞ」
「了解だ。とりあえずは監視だな。何か分かったら教えてくれ!」
ハンズさんが船尾に向かうと、俺とファイネルさんはブリッジに向かう。
イオニアさんは側面監視だから、この場で良いことになる。ブリッジの扉が開かれ、エミーさんが現れた。イオニアさんと一緒に側面監視ということだな。
ブリッジ内はかなり暗かった。
それでも前面の球形窓があるから、真っ暗ということはない。
銃座に上がり周辺監視を始める。
「ファイネル。高度を2000に上げるにゃ。それで何も見えないなら、ここからかなり離れた場所にゃ」
「了解。高度2000に上昇!」
体が急に重くなる。いつもならゆっくりと上昇するんだが、準戦闘態勢ともなると操船が荒くなるんだな。
「電文を傍受しました! 傍受と解読を実施中」
「リトネン! 例の勢力よ。これは……、被害報告みたいね。ファイネル返電があるかもしれない。その時は飛空艇を動かして頂戴!」
ミザリーの声に続いて、エミリさんの大声が聞こえてきた。
王女様とミザリーが書いたメモを比べながら、エミーさんが経典をめくって電文の解析をしている。
「解読を終えたわ。『ジュピテル』に被害を受ける。現在交戦を来る返しながら帰還中」
「返電きました! ファイネルさんゆっくりと回頭してください」
「了解だ!」
忙しそうだな。俺に手伝えることは無いから、海上と上空を見守っていれば良いだろう。
「そこです!」
「軸線は250度だ。軸線を戻すぞ!」
これでまた1つ線が増えたな。西の山麓だと思っていたが、かなり海際なんじゃないか?
「リトネン! 自爆指示よ」
エミーさんの叫ぶ声とブザーの音が重なった。
急いでファイネルさんが伝声管を取る。
「……そうか。分かった。伝えるよ。引き続き監視を頼む。リトネン、東の海上で炸裂光をハンズが確認したそうだ。回頭途中ということで詳細な方向までは確認できなかったらしい」
「分かったにゃ。どこの反乱軍か確認したいにゃ。ミザリー達は引き続き傍受をお願いするにゃ」
「よほど身元を明かしたくないみたいね。帝国軍の事だから、明日は海上一帯を捜索するんでしょうけど」
自爆を最初から考慮していたとするなら、有益な情報は何も得られないだろう。
俺達が狙撃に向かう際に手榴弾を携行するのは、相手に向かって投げるだけが目的ではない。
拠点に戻れないと悟った時に、自らの存在を消し去るためだ。
それと同じことを考えたんだろうな。
それにしても、帝国軍との交戦は彼らの任務を遂行する前だったのか、それとも任務を終えて帰投する最中だったのか……。それが一番大事だと思うんだけどなぁ。
「電文を受信……。帝国軍のようです」
「結構長いわね。リトネン少し待って頂戴!」
「たぶん、結果の報告にゃ。ゆっくりやればいいにゃ。ファイネルとリーディルは休んでいても大丈夫にゃ。準戦闘態勢を解除するにゃ」
リトネンさんが俺のところにやってきた。銃座を譲れと言うことなんだろう。銃座から降りて、ファイネルさんと砲塔区画に移動する。先に行って貰って、給湯室でコーヒーを温めて、ポット毎持って行った。
給湯室にはハンズさんも銃座から戻っていた。それぞれが取り出したカップにコーヒーを注ぐと、エミーさんがポットを持って砲塔区画を出ていく。
ブリッジで詳細を確認したいのだろう。
「びっくりしたぞ。突然の炸裂光だったからなぁ。だが音が聞こえなかったからかなり遠くであったことは間違いない。回頭途中でのことだったが、海上であることは間違いないだろう」
「自爆したようだ。その判断を艦長が下なら理解も出来る。だが、ハンズの報告があったのは、反乱軍の司令部からの自爆指示の後だった」
「状況判断での自爆ではなかったということか! やはりこっちの反乱軍は少し問題がありそうだな。仲間を簡単に自爆させるのは俺には理解できん」
ハンズさんとファイネルさんの話をイオニアさんがジッと聞いている。
何か思うところがあるのだろうか?
せっかく砲塔区画に来たんだから一服を楽しもう。
コーヒーにはタバコが一番だからね。




