J-128 たまには銃の手入れをしよう
「やはり興味本位というところだろう。我等に対して害になるとも思えないな」
「父さんは、隣国に知られるほど名が高かったのですか? そちらの方にちょっとびっくりしました」
「『鷹の目』は半ば伝説だからなぁ。襲撃時に亡くなったと聞いているが、砲撃を受けたらしいぞ。さすがに銃撃戦では倒せないと考えたんだろう」
ファイネルさんの言葉に、リトネンさんがじっとお茶のカップを持って考えている。最後まで父さんと一緒に行動していたらしいから、当時を思い出しているのかもしれないな。
「だけど、最後に年齢を聞いたのが気になるの。あの場で聞かなくても良いように思えるんだけど……」
「予想より若いと思ったんじゃないか? 若くしてその腕を持つなら、自分の王国でも……、と考えたんだろうな」
「いや、もう1つ考えられるぞ。リーディルに妻を娶らせて、アデレイ王国の戦力に加えようと考えたのかもしれん」
今まで黙って話を聞いていたハンズさんの言葉に、砲塔区画にいた皆が一斉に俺に視線を向ける。
思わずドキリとしてしまったけど、まさかだよなぁ。
「考えられるわね……。その辺りはどうなの? エミーならそれなりの地位にいるんだから前例も知ってるんじゃなくて」
エミリさんの問いに、今度はエミーさんに視線が移る。
しばらく考えていたけど、何か思いついたのかな? 俺に視線を向けた後にエミリさんに顔を向けた。
「貴族の派閥維持にそのような事例は多くあるのですが、王族が絡むとなれば継承権の低い王女の嫁ぎ先になります。
貴族以外への降嫁の例は私が知る限り1度だけ、それも相思相愛であったと聞いていますから、ハンズさんの心配はそれほど高くないと思います」
王族が平民に降嫁するということはほとんどないってことだな。
心配する必要はなさそうだ。
となるとあの問いは、年齢に合った何らかの贈り物を考えているということかもしれないな。楽しみに待っていよう。
「ファイネル、点検で以上は無かったのかにゃ?」
「まったく異常なし。弾薬と燃料補給を終えているし、屋根のアンテナも張り替えてある。アンテナは軸線に沿って2本のアンテナを3ユーデ離して取り付けてあるんだが、3割ほど遠くに電波を飛ばせるらしいぞ。それだけ軸射角が鋭くなっているらしいが、少し楕円になったぐらいだと教えてくれた」
「通信方向を考えないといけなくなるわね。楕円ならあまり気にしなくても良さそうだわ」
エミリさんがミザリーと顔を見合わせて頷いている。
謎の存在を特定出来そうだと考えてるんだろうな。
「明日にも出かけられそうね」
「指揮所次第にゃ。例の町に対する攻撃を問題視してるにゃ。せっかく作った拠点を破壊される可能性もあるにゃ」
敵の敵は、見方とは限らない……。
帝国領内での活動計画を練りなおすということかな?
爆撃用の大型飛行船は目立つからなぁ。
「帝国軍の無線の傍受は問題ないんでしょう? 今は西を向いてるけど、船首を北に向けるぐらいなら構わないと思うんだけど……」
「それぐらいなら、今からでも良いぞ。周囲に誰もいないならだけどな」
「俺が見て来よう!」
ハンズさんが飛び出して行った。ファイネルさんもブリッジに出掛けたから、直ぐに動き出すだろう。
ミザリー達には退屈しのぎが出来そうだけど、俺は何をして過ごそうかな?
翌日。
朝食を終えると、エミリさん達が飛空艇に帰っていく。
無線傍受を行うんだろうけど、上手く傍受できるかな?
「それで、リーディルは何をするんだ?」
「俺ですか? リボルバーを分解清掃しようと考えてます。たまに油を差さないといけない、と教えてくれたのはファイネルさんですよ」
「そうだったか? まあ、やっておいた方が間違いないな。俺もやっておくか」
「拳銃だけでなく、ゴブリンも清掃しておくにゃ。使う機会が無い銃ほど、分解して注油しておいた方が良いにゃ」
リトネンさんがそう言ってイオニアさんと顔を見合わせている。
ため息をつきながらリトネンさんが立ち上がったのは、これからエミーさんと指揮所に向かうからなんだろうな。
いつもはエミルさんが一緒なんだけど、今日はミザリーと一緒に無線機を眺めているからね。
さて、俺達も飛空艇に向かうか。
5人いるから、ゴブリンの方も今日中には終わるだろう。
飛空艇に戻ると、砲塔区画にあるテーブル代わりの木箱の上に布を広げて、ゴブリンから始めることにした。
分解と言っても簡易点検だから、ボルトを取り外してボルト部分の点検と銃身内部の清掃ということになる。
イオニアさんがボルトを取り外してくれたゴブリンの銃身を工具の中にあったチェーンに清掃用のブラシを取り付けて往復させる。
これで十分だということなんだが、今までは工房の職人任せで自分でやるのは初めてなんだよね。
「さすがはドワーフ族だな。清掃の必要もないぐらいだ」
ハンズさんが清掃後の部品を受け取って組み立ててくれる。
最後に使用済みの薬莢を3個ほどゴブリンに装填して、動きが不自然で無いことを確認している。
「とは言っても、使う前に調べておくのは大切なことだ。できれば射撃訓練をしたいところだな」
「数発でも良いから、撃ってみたいね。射撃は練習次第だからなぁ」
イオニアさんの呟きに、ファイネルさんが追従している。
俺も賛成だな。偵察時に周囲に誰もいないようなら、射撃訓練をしても良いように思えるんだけどなぁ。
「さて、これで終わりだな。拳銃の方は各自でやるんだぞ」
「皆、ばらばらだからなぁ。リボルバーなら簡単なんだが、自動拳銃の方は面倒だぞ」
確かに面倒だろう。部品の点数だって倍ではきかないはずだ。
リボルバーなら、バレルやシリンダーの清掃と、稼働部分に注油するぐらいで十分だからなぁ。
「さて、次はフェンリルだな。半自動だけあって面倒なんだが……」
「弾幕を張ってくれるのだ。射程は短いが、我等には都合が良い」
イオニアさんの言葉に苦笑いを浮かべながら、ハンズさんがフェンリルを分解し始めた。
フェンリルはテレーザさんとリトネンさんの使用する銃だが、当人達には整備できないのだろう。
3丁あるから、場合によってはミザリーも使えるんじゃないかな。
自分の拳銃が終わったところで、ブリッジに向かいミザリーとエミリさんの拳銃を預かってきた。
どちらも自動拳銃なんだよなぁ。ミザリーは小型の護身銃まで渡してくれたけど、これって分解清掃しなくても良さそうに思えるな。
「ほう、珍しい拳銃だな。かつて女性士官が護身用に持っていた拳銃だ。2発撃つと再装填しなければいけないから、今では使う者はいないのだが」
「たぶん、母さんが持たしてくれたんだと思います。それにしても簡単な作りですね」
イオニアさんが俺の言葉に頷きながら、さっそく拳銃から銃弾を抜き取って整備を始めた。
慣れているところを見ると、かつて自分でも持っていたんじゃないかな。
現在は、俺と同じようにごついリボルバーなんだけどね。
どうにか昼前に銃の整備を終えたんだが、リトネンさん達はまだ帰ってこないようだ。リトネンさんにとっては苦行の時間ということなんだろうけどね。
ファイネルさん達と外に出て、タバコを楽しむ。
タバコを咥えながら、飛空艇の周りを一回りしてみると、あちこちに銃弾を受けた痕跡が残っていた。
ファイネルさんが飛空艇の船底は装甲が厚いと言っていたけど、確かにその価値はあったということなんだろうな。
数えただけでも20発を超えてるんだからね。
塗装が剥がれたらしく、同色に近い塗料が塗られていた。
「だいぶ銃撃を受けましたね」
「見たのか? まあ、向こうにしてみれば敵ということだからな。必死で撃ってくるさ。だが銃弾で飛空艇を落とすのは、無理だろうな」
一回りしたところで、木箱の上でチェスをしていた2人に話しかけると、得意そうな表情でファイネルさんが答えてくれた。
「ヒドラⅡなら、どうなんだ?」
「船底は無理だろうな。側面や銃座の防弾ガラスは場合によっては貫通するだろう。だが、1発貫通したぐらいでは落ちることはない。重要な部分は二重化してある」
当たり所が悪ければ、その銃弾に当たって戦死しかねない。
今のところは上空から襲い掛かる攻撃だから、装甲板の塗装が剥がれるぐらいで済んでいるようだ。でも、銃座の防弾ガラスは何か所かヒビが入ってる。2重のガラスだから、まだ交換する必要はないとファイネルさんが言ってはくれるんだけど、ちょっと心配だな。
「やっと、帰ってきたようだぞ。リトネンが疲れた顔をしているのは、想定内ってことだな」
「さて! そうなると昼食だ。リーディル、中の連中に知らせてこい」
「了解です!」と答えると、艇内に駆け込んだ。
砲塔区画と、ブリッジの4人に知らせると、飛空艇の外で待っていたリトネンさん達と一緒に食堂に向かう。
「明日の朝食後に出掛けるにゃ。偵察範囲は変更なしにゃ」
サンドイッチに野菜スープという簡単な昼食を終えたところで、コーヒーやお茶を飲みながら次の作戦をリトネンさんが説明してくれた。
「それにしては、長かったな。アデレイ王国側で大幅な戦略の変更でもあったのか?」
飛行船があちこち爆撃をしているし、俺達だって帝国の飛行船や空中軍艦を撃沈している。それに、帝国に対する謎の敵対組織、町1つを破壊する兵器といろいろあったからね。
俺達の故郷であるイグリアン大陸の戦だって変化したはずだ。
「どうやら、帝国は海中を進む輸送船を作ったようです。橋頭保を確保したらしく、依然として戦は継続しています……」
エミーさんの話では、海中軍艦の劣化版を作ったらしい。
同じような大きさだが、武装を撤去すればかなりの荷物を搭載できるとのことだ。
反乱軍の潜水艇部隊は全滅しているから、新たに編成中だと聞いたことがある。すぐに戦線に投入はできないだろうし、航続距離があまり無いらしいからなぁ。
アデレイ王国の海軍に期待するしかなさそうだ。
「まったく恐れ入る話だ。軍港を叩いてもダメだというんだからなぁ。となると、潜水輸送艦の基地を見付けて叩く必要が出てくるな」
「小型飛行船が、新たに1機増えました。その1機を使って北の海を調べるとのことです。リトネン様の部隊は計画通り空中軍艦の拠点を探して欲しいと……」
小型飛行船は結構使えるってことかな?
帝国内の輸送手段である鉄道の破壊や道路の破壊も行っているんだから、一番活躍しているんじゃないかな。
「それだけじゃないにゃ。王女様が飛空艇に乗り込んでくるにゃ!」
リトネンさんの言葉に、全員がリトネンさんに顔を向けてしまった。
いったいどういうことなんだ?




