J-125 町が焼失している
今日の任務は南方の偵察だ。
昨日と違って晴れているから、高度を2000ユーデに上げると、第1巡航速度で飛空艇は進んでいく。
だけど眼下に広がるのは、南北に延びる用水路と手入れされた畑に、村や町……。
とても、軍の施設があるようには見えないんだよなぁ。
「町や村は、結構通りに人が出てるな。畑に向かう連中もいるようだ」
「小さな集落までもが整然とした家並みでした。領主がきちんとしてるんでしょうね」
「貴族が多いとは聞いてたが、確かに領地持ちの貴族が多いのも頷ける。とはいえ10ミラル四方ぐらいの領地なんだろうなぁ」
10万人ちかい住民を配下に従えてるってことかな?
貴族の私兵も1個中隊規模でいるのかもしれないな。
ファイネルさんと話をしながら退屈を紛らわせる。
さっきまで銃座の下にいたエミルさんは帝国軍の通信を傍受したとのミザリーの知らせで、エミーさんを巻き込んで通信機の傍で何やら話し込んでいる。
リトネンさんは居眠りをしているんだけど、特に何も無いからなぁ。
昼時には、エミルさんが起こしてあげるに違いない。
「ちょっと、待ってくださいよ! あの煙は何でしょうね?」
前方に煙が上がっている。
焚火のような煙ではなく、広範囲に上がっている。野焼きの煙みたいに見えるけど、季節は春だからなぁ。
「あれか! ……エミル、リトネンを起こしてくれ。前方にかなりの範囲で煙が上がっているんだ」
ファイネルさんの言葉に、エミルさんが銃座にやってきて、俺の肩越しに前方を確認する。
「あれね……。確かにおかしいわね。昨日の爆発に関係あるのかしら?」
「方向的には合ってますね。でも御覧の通り、下は畑が広がっているだけですよ。いくらアデレイ王国軍でも、新兵器を何もないところで使いますかね?」
「アデレイ王国とは限らんぞ。滅ぼされた王国側が隠匿兵器を持ち出したのかもしれないな。アデレイ王国なら、俺達にも何らかの話をしてくるはずだからな」
エミルさんが首を傾げていたけど、とりあえずリトネンさんを起こすことに決めたようだ。
体を揺すられたんだろう。眠そうなリトネンさんの声が聞こえてきた。
「広い範囲の煙にゃ? あれにゃ! ファイネル、高度を上げて接近してみるにゃ」
ファイネルさんが飛空艇をゆっくりと上昇させていく。
2500ユーデというところかな? かなり広い範囲が見渡せる。
「今朝がたの焼夷弾ということなんでしょうね。でも、畑に落とすのもおかしな話です……」
エミーさんの呟きが、途中で止まった。
眼下に広がるのが焼けた町だったからだ。
1発で1つの町が焼けたということなのか? 結構離れた位置でも衝撃波で飛空艇が揺れたぐらいだ。かなりの炸薬量だったに違いない。
「大型爆弾ってことか? これだけの被害を与えるなら飛空艇の大型爆弾10発でも足りないぞ!」
「1発で町が全滅にゃ……。着発信管ではないみたいにゃ。どこにも炸裂孔が無いにゃ」
「家の倒壊の仕方から見れば、ほぼ町の中心付近で炸裂したと思いますが……」
エミーさんの声がしたから聞こえた。
下を覗くと、ガラス窓に寄り掛かるようにしてピクトグラフを使って撮影している姿が見えた。
「ファイネル、イオニアに連絡にゃ。上部銃座で周辺監視をするよう伝えるにゃ。ハンズにも後方の確認をしただけでなく上空もするように伝えるにゃ」
「飛行船が来ると?」
「結果を確認しないと、新兵器の威力が分からないにゃ」
そういうことか。俺もしただけでなく、周囲もよく見るようにしよう。
監視を強化しながら南進を続ける。
夕暮れ前に海が見えたところで、海上上空で今夜は夜を明かすようだ。
2000ユーデ上空で停止すると、交代しながら夕食を取る。
その後は3人ずつ交代して寝ることになったのだが、本当に飛行船はやってくるのだろうか?
ファイネルさん達と監視を引き継いでいる最中に、通信機が無電を傍受したようだ。エミルさんの指示で、直ぐにファイネルさんが飛空艇をゆっくりと旋回させる。
「今よ! 飛空艇の向きは?」
「57度だな。発信源は直角方向だから……、327度になるぞ」
「返信があるかもしれないから、もう少し待ってて……。来た! 旋回させて」
今度は、飛空艇が12度方向に向いたときに信号が一番大きくなった。発信源は288度ということになる。
「ちょっと待って、発信源が動いてるみたいね。こっちが飛行船ってことかしら?」
エミルさんはエミーさんと一緒に通信機の置いてある机で解読を始めたようだ。
俺の肩をポン! と叩いてファイネルさんは一眠りしにブリッジを出て行った。
さて、監視を始めるか。
どんな通信だったのかは、明日にでも教えてくれるだろう。
明け方近くになってイオニアさん達に監視を交代すると、ブリッジ後方のベンチで横になる。
3時間近く眠れるだろう。明日は徐店に戻ってのんびりと眠れそうだが、作戦途中では浅い眠りになるのは仕方がないんだろうなぁ……。
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リトネンさん達の話声で目が覚めた。
体を起こして大きく体を伸ばすと、少しは眠気が抜ける。
いったい何の話をしてるんだ? 持ち場である前部銃座に向かうと、イオニアさんが座っていた。
半球状の窓から下界を見ると、かなり高度を上げている。何かあったのかな?
「いくら帝国軍であっても、自国の民を抹殺するでしょうか? あの飛行船は別の軍である可能性が高いです!」
「使っている暗号も帝国とは異なるという点でも、賛成だわ。だけど……、あの飛行船はかなり変わった存在よ」
話が見えないんだけどなぁ……。
エミルさん達の話を首を傾げて聞いている俺の肩がポン! と叩かれた。
振り返ると、ファイネルさんが笑みを浮かべて頷いている。
「リトネン。リーディル達と朝食を取ってくるぞ。まだ動かさなくても良いだろう?」
「そろそろ出かけたいけど、テレーザがいるから大丈夫にゃ。早めに帰って欲しいにゃ」
リトネンさんの言葉に、ファイネルさんが手を振って答えると、俺をブリッジから連れ出してくれた。
給湯室で,朝食のサンドイッチとコーヒーを手にすると砲塔区画に移動する。
電熱器で焼いたパンらしいが、時間が経っているのかあまり暖かくはないな。
とりあえずコーヒーで流し込むようにして食べている俺に、ファイネルさんが状況を説明してくれた。
それによると、朝方に所属不明の飛行船を見付けたらしい。
低空でやってきたらしく、俺達の存在に気が付いていないようなので急いで高度を上げたということだ。
「エミルの話では、例の経典暗号を使っていたらしい。それを考えると帝国軍とは思えないな。さらに帝国軍の飛行船とは少し形が違うんだ。エミーが双眼鏡をピクトグラフの前において何枚か写したらしいが、ちゃんと撮れているかは分からないな」
飛行船の形が異なり、さらに速度も飛空艇並みの速度を出していたらしい。
ファイネルさんの話では、偵察用の飛行船として開発されたのだろうということだったが、そんな飛行船が爆装したらちょっと脅威になる気がする。
移動する物体に銃弾を当てることは、銃弾の着弾位置と移動する物体の位置が合致しないといけない。
人間なら距離に応じて頭1つ程度を考えれば良いんだが、毎時50ミラルほどで移動する物体となるとちょっと問題だ。
まず当たるものではないだろう。当たるとすればマグレということになる。
空中軍艦を襲撃した時には、何発か飛空艇に敵の銃弾が当たったけど、銃の数が多かったし、かなり接近していたからなぁ。
1000ユーデほど距離があったなら、当たる銃弾は無かったんじゃないだろうか。
「厄介な存在ですね」
「一応は飛行船だ。『ジュピテル』機関は搭載していないだろう。飛空艇なら落とせるだろうが、よくわからない存在だから面倒ってことだな」
ブリッジ内の大声は、敵か味方かの議論だったというわけだな。
敵の敵は味方とは限らない、ということなんだろう。
確かに厄介な話だ。
カップに残ったコーヒーを飲みながら、タバコを1本楽しんだところでブリッジに戻ると、飛空艇は北に向かって進んでいた。
「休憩を終えたから、俺が操縦するよ。ゆっくり休んでくれ」
「なら、リーディルに変わってあげるわ。ミザリー、行きましょう!」
テレーザさんがミザリーを誘って休憩に向かう。
ミザリーの席に、エミーさんが付いて、銃座に着いているのはリトネンさんだった。
自分の席があるんだけどなぁ。返してくれとも言えないから、しばらくはそのままにしておこう。
エミルさんは自分の席で何やら書き物をしているみたいだ。多分報告書を作ってるんだろう。
「高度2500のままで北上するのか?」
「飛行船は北西に去ったけど、油断はできないにゃ。だけど、あの飛行船は高く上がれないのかにゃ?」
「たぶん与圧機構を持たないのよ。そういう意味ではこの飛空艇と同じなんでしょうね。与圧機構は複雑だし、なんといっても重くなってしまうわ」
「それなら、この飛空艇並みの高度までは上げられると思うんですけど?」
「おかしな話にゃ……」
確かにおかしい。高度を上げられない理由が別にあるってことなんだろう。
だけど俺達にとって都合が良いことは確かだ。
相手より上空にいる限り攻撃時には優位に立てるし、上空監視はあまりしないだろうからね。それだけ気付かれずに済みそうだ。
夕暮れ近くになって飛空艇が東に回頭する。
農村地帯の監視がやっと終わったということだろう。今度は山の谷間にある拠点を見付けるというちょっと面倒な仕事が始まるんだが、拠点の周囲の山並みも見慣れてきたからなぁ。
迷うことなく到着できそうだな。
夕焼けの残照が山の頂を染める中、2つの発光信号を目にした。
「右手10度方向に2つの発光信号! ファイネルさん少し右に舵を取ってください」
「俺にも見えたよ。あの距離なら、1時間後には食堂でワインが飲めるぞ」
ゆっくりと視界が左に流れ、高度が下がっていく。
どうやら、無事に最初の偵察任務を終えたみたいだ。




