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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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★ 18 帝国の闇 【 敵の敵は味方とは限らない 】


「帝都が何度か攻撃を受けたそうですよ」


 研究室のソファーで寝ていた私にワインのグラスを渡すと、片手のワインを大事そうに持って私の隣に腰を下ろす。

 だいぶ研究が実を結んできている。これもケニーがいたからこそのことだ。

 

 それほど大きくはないこの島の地下施設を拡張して、私達の戦力を増強しているのだが、もうすぐ大隊規模になりそうだ。

 さすがに限界になってきた感もしないではない。

 新型の空中軍艦は、既存の空中軍艦と飛行船の中間を狙ったものだ。

 大きな気嚢を使わなくとも、爆弾や兵士を多数搭載することができる。空中軍艦と対峙した場合は武装で劣ることになりそうだが、その分速度を稼いでいるから逃げだすことは容易だろう。

 4隻作り上げたから、2隻に2個中隊の強化兵を載せ、もう2隻は爆撃に特化してある。

 口径4イルム野砲の砲弾を爆弾にしたものだ。炸薬量は2倍を超えている。1つの空中軍艦に80発を搭載できるのだから、1度の出撃で1つの町を破壊できるに違いない。

 炸薬の代わりに毒ガスを封じた爆弾も100発を超えているはずだ。

 

「さて、そろそろ動こうかと思うのだがね?」


「2つの海賊が協力を申し込んできてますが?」


「海賊の取り締まりが激しくなってきたのだろう? 彼らに海中軍艦を渡せば活躍してくれるに違いない。

 まだまだ、麻薬は売れるようだ。私達にも必要な資材はあるのだからね」


「これまで通りの海賊ということですか?」


「協力を申し込んでいるなら、協力してもらえばいい。その対価に船を渡すぐらいは安いものだ。それに、海中軍艦の燃料は特殊だから、他で手には入らない。便利に使えることが分かっても、我等の手元を離れることはできないよ」

「彼らの取り分が半分以上ですからねぇ。他の頭目では3割も出すことがないと言っておりました。それに、1回の交易での利益が莫大ですから、掴まれば極刑という状態でも、新たな参加者が多いと聞きました」


 ケニーは、今では海賊の女首領という立場にあるようだ。

 銃を持った侍女を数人何時でも従えているし、海賊達と会う必要が生じた時には、強化兵も4隅に立たせているらしい。

 私のかけがえのない理解者であり妻でもある。海賊との会合の場所にはさらに強化兵を配置しておく方が良いかもしれないな。


「先ほど、帝都が攻撃されたと聞いたが、そんな輩がまだ存在しているのかね?」


「大型の飛行船によるものらしいです。帝国の施策で帝国領の周辺に王国を5つほど興したらしいのですが、どうやらさっそく始めたということでしょうね」


 帝国領が広大になったことから、自治をある程度認めた傀儡王国を作るのは理解できなくもない。

 要は、帝国に反旗を翻さぬこと、それに毎年の税をきちんと帝国へと納めることができればの話だ。

 最初は、言われた通りにするとしても、王国であるという自覚を国王が持ったとなれば、帝国への反旗、うまくいけば帝国の簒奪を考えぬはずがない。

 だが、そんな施策は近々の事に違いない。

 世代を交代することなく、さっそく帝国を攻撃するのは無謀とも取れるのだが……。


「帝国軍の様子を探る必要がありそうだね。ネズミを何匹か飼ってるんだろう?」


「中枢に潜らせることはできませんでしたが、地方や兵站部隊には潜らせています。帝都の状況と、攻撃した相手ということですね」


「ああ、それで良い。場合によっては援助も考えねばなるまい」


 私の言葉が面白かったのか、ケニーが私に顔を向けて笑みを浮かべながら頷いた。

 敵の敵は味方ともいう話もあるぐらいだ。

 直接的な援助は無理でも、両社の動きが分かればそれなりに手助けもできるだろう。

 結果的に私の兵力不足を補えればそれで良い。

               ・

               ・

               ・

 帝都の爆撃を知って、1か月ほど過ぎた日の事だった。

 研究疲れを紛らわすように、島の散歩から帰った私をケニーがリビングで出迎えてくれた。

 侍女の運んでくれた紅茶を飲みながら、ケニーの報告を受けたのだが……。


「イグリアン大陸の連中だと! どこで我等の秘密を知ったのだ」


 『ジュピテル機関』は私のかつての恩師が若い頃に理論を具現化したものだ。試作品は数十年前に各国の学者立ち合いの元で浮上したと聞いたことがある。

 私以外にも、『ジュピテル機関』の改良に成功した者がいるということなのだろうか……。

 いやいや、イグリアン大陸で何隻か飛行船が落とされている。

 飛行船にも、小型の『ジュピテル機関』を搭載していたはずだ。それを見付けて大型化したというのが現実的だ。

 となると、かなりの大きさに違いないな。

 だが、それなら空中軍艦で撃墜することは容易なはずだ。

 私達が帝国から姿を消す前に、すでに飛行船や空中軍艦の量産化の目途は付いていたはずなのだが……。


「分からんな。そもそも帝国軍は、かの大陸に征服拠点を設けていると聞いたぞ。イグリアンの連中が私の発明品をコピーしたとしても、それほどの数を作れるとも思えん。

 なぜ、空中軍艦で落とせないのだ?」


「船の性能、それを動かす乗組員……。そのどちらかに原因があるのかもしれませんね。それで、彼らに協力するのですか?」


 1杯目の紅茶を飲み終えた私達に、侍女が新たな紅茶をカップに注いでくれた。

 さて、微妙なところだな。

 彼らに協力したとしても将来的な利が無いように思えるのだが……。


「私達の攻撃を、イグリアンの攻撃と思わせることも出来そうですね」


 ん! その言葉を聞いて、思わずケニーの顔を見てしまった。

 確かにその方法は使えそうだ。


「狙いは、学校や病院というところかな?」


「耕作地を焼夷弾で焼き払うのもおもしろそうです」


 なるほどね。農作物は盲点だったな。食料事情がひっ迫するなら各地で暴動も起こりそうだ。

 確か、枯葉剤という薬品もあった気がする。

 焼き払うよりも効果が持続するんじゃないかな。

        

「イグリアンの連中の爆弾の大きさが知りたいところだ。少なくとも同じ大きさ、炸裂規模にしなければ我等の存在が知られてしまいそうだ」


「ネズミ達の報告を待ちましょう。それほど時間はかからないと……」


 さすがは、文官筆頭のケイランド卿に仕えていただけのことはある。

 ケニーにその辺りは任せて、私は枯葉剤を合成してみるか。

               ・

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               ・

 離宮への幼帝のご移動はつつがなく行われたようだ。何度かの爆撃で被害による帝都の住民対策案の私案を纏めている私に、メリンダから無事に離宮に付いたとの報告を受けた。

 

「これでかなり安心できる。私はいくらでも替えが利くが、さすがに皇帝陛下はそうもいくまい。これで、エルザームを担ぎ出す輩も出てはこまい」


「紅茶をお持ちしましょうか?」


「そうだな……。一息入れるとするか。メリンダも付き合ってくれたまえ。帝都の様子を教えて欲しい」


 メリンダ嬢は、下級貴族の出身だが、自分の才覚で私の秘書が務まるまでの人物だ。

 今でも下級貴族同士が暮らす集合住宅で、老いた両親と学生の弟と一緒に暮らしているようだ。

 父親が準爵だから、今のままでは弟に貴族の地位を引き継ぐことができない。

 学院を優秀な成績で卒業できたなら、私の部署で働かせてみよう。いくつかの政策をそつなく纏めることができたなら、準爵の推薦を私の名で出すことは造作もないことだ。

 メリンダの献身には弟へ返すことで私の気持ちとしたい。


 配下の女性を1人付けて、紅茶のセットをメリンダが持ってきた。

 鳥かごのような盛り皿にお菓子が乗っているようだな。そういえば3時を過ぎている。

 昼食を抜いていたから、小腹が空いていたことも確かだ。

 甘いものを摘まんで夕食まで我慢……、ということらしい。


 トレイに乗せた紅茶セットソファーのテーブルに乗せ終えると、メリンダの部下は私に頭を下げて執務室を出て行った。

 ポットからカップに注がれる紅茶の良い香りが執務室に広がる。

 執務疲れが少しずつ和らぐ気分だ。

 香りで病状を和らげる治療があると聞いたことがあるが、紅茶もその中に入るのかもしれんな。


「身辺警護は近衛兵の中で特に優秀な人物を、クリンゲン卿が自ら選んでくれた。それだけで1個小隊にもなるが、そのほかに装甲機動歩兵を2個中隊とはなぁ……」


「閣下の指示の通り、女官長と相談して100人を同行させました。医師団を率いた宮廷医師、料理スタッフを2組送り届けております」


「あの離宮も急ににぎやかになって驚いているに違いない。息子達は少し遅れるらしいが、連絡を密にしてもらうつもりだ。多分、私にではなく君に連絡すると思う。あまり甘やかさんでくれよ」


「明後日には到着できると、先ほど連絡を受けております。連絡は暗号を使っておりますから、漏れても解読は困難かと」


「それで良い。表立っては、陛下は今でも宮殿の後宮においでになるのだからな」


 離宮の存在が貴族たちに知られていないことは幸いだった。

 離宮に向かう連中には、全て秘守義務の契約を行っている。

 給与の2倍は魅力だろう。この騒動が収まるまでは秘密を守ってくれるに違いない。


「一応、裏の者達10人に噂話に注意するよう言いつけておきました」


「結構……。噂の広がりは早いからな。対応方法も言ってあるな?」


 メリンダが笑みを浮かべて頷いてくれた。

 噂の出所を突き止めて、その本意を確かめる。審問の途中で死ぬことはあるまい。それはすべてを話終えてからの褒美ということになるはずだ。


「閣下は、このまま宮殿で執務を続けるおつもりなのでしょうか?」


「先ほども言ったろう? 私はいくらでも代替えが利く。すでに人生の半ばを過ぎているからね。いつでも息子に後を結弦ことはできるよ。

 それよりも、メリンダの家族の方が心配だ。私の領地に一時疎開して欲しい。

 メリンダも気が気ではないだろう。家族が安心なら、ここでの仕事もはかどるんじゃないかな?」


「よろしく、お願い致します」


 メリンダの言葉に笑みを返す。

 レイモンド宛の手紙を今日中に書いておこう。館にある離れのどれかで暮らせるなら、準爵位の貴族としては破格の扱いになるだろう。

 恩義に感じてくれるなら、息子ウエルダーの良き手足となってくれるに違いない。


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