J-115 北に向かう飛行船
朝食を早めに取ると、飛空艇で北に向かって飛び立った。
高度を取りたいところだけど、飛空艇は与圧が無いからなぁ。尾根から距離をとって高度2200ユーデを保っての飛行だ。
第1巡航速度よりやや遅い毎時40ミラル程度の速度だから、俺達は各銃座でそれぞれ監視をすることにした。
ミザリーも通信機の傍の窓から、オペラグラスで眺めているぐらいだからなぁ。
見落としは無いんじゃないか?
「監視は3人もいれば十分にゃ。それより東の尾根だけでなく西もたまに見て欲しいにゃ」
「イオニアがやってくれますよ。現在、例の村まで300ミラルほどです。このまま進むと、夜になってしまいますが?」
「それも問題にゃ……。途中の尾根に停泊できる場所を探すにゃ」
一泊するということなんだろうな。
飛空艇の中なら、それほど危険はないだろう。
周辺の監視は、飛空艇の中からでもできそうだ。というより、高度2000ユーデほどの山に登るような酔狂な連中は、いるとしても数は少ないに違いない。
「ファイネル、ミザリー達と休憩してくるにゃ」
「サンドイッチは残しておいてくれよ!」
ミザリーが嬉しそうにエミルさんに付いていった。
食事休憩というところか。時計を見ると昼を過ぎているようだ。
それにしても、大陸が違うと時間も違うのに驚いてしまった。6時間ほど太陽の動きと時計に差があったので、帝国内で使われる時間に調整したんだよな。
帝国軍の電文に時刻が入っているから、それを使ったのだが誤差が数分程度なら問題はないだろう。
「やはり北ではなく南だと思うんだよなぁ。少なくとも尾根の東で飛行船に出会わなかったからな」
「たまたまかもしれませんよ。帝国軍の飛行船や空中軍艦の数は分からないんですからね」
もし北に拠点があったなら、数は少ないということになるんだろう。飛行船を建造するには莫大な資材が必要だ。
アデレイ王国でさえ、大型の飛行船は3隻が限度なのかもしれない。とはいえ、帝国の国力はアデレイ王国とは比べ物にならないほど強大だ。
10隻を超えている可能性だってあり得る。空中軍艦にしてもそうだ。さすがに飛行船より数は少ないだろうが、5隻以上は確実だと思うんだけどなぁ。
「だけど、地図で見る限りはおかしな場所にある村だったよなぁ」
「あれほど尾根に近いというのも考えてしまいますね。来る途中にあった村も、山麓よりは離れてました」
猟師村というのもおかしな話だ。それなら似た村もあるに違いない。
だけどあの村は、その先にある町を守るような位置に作られている。そんなことから帝国軍の駐屯地だと思われるんだろう。
となると、その先の町は帝国軍の軍需工廟でもあるということになるのかな?
「猟師の村というんだったら、それほど大きくはないだろうな。集落のような感じじゃないか? 先ほどのリトネンの話では、夜では良く見えないから今夜はどこか降りられる場所を探すことになるんだが……」
「暗くならない内に探さないといけませんよ。さすがに野原の真ん中というのは、大胆過ぎますからね」
「それも選択肢の1つだぞ。左手を見てみろ。広大な平野が広がっているんだからなぁ」
帝国内の農園は川に沿って広がっているようだ。
一部に水路が作られて、新たな開墾が始まっている場所もある。
この広さなら、いくらでも開拓を進められそうだ。
自分の領地で十分満足できると思うんだけど、上に立つ連中の考えは俺には理解し難いところだ。
「山裾には湖もあるんですね。それほど大きくはありませんが……」
「人工的な物かもしれんぞ。西側が一直線になっているだろう? あれは堤防なんだろうな。そこから水路が西に延びているし、周辺に畑も広がっている。
貴族領に違いないが、かなり土地開発に力を入れていたんだろうな」
領民が農作物を増産できるなら、領民の暮らしも上がるし税収も増えると考えたんだろう。
短期で考えずに、子孫を富増すことを選択したということかな?
綺麗に区画された農園を空から眺めると、その思いは十分に実っているように思えるなぁ。
「こうしてみると平和だよなぁ。侵略国家とは思えないぞ」
「どこの王国も、領民が戦を望むとは思えません。やはり帝国の上層部に問題があるんでしょうねw」
「だよなぁ……。これだけ土地が余っているんだし、わざわざ他の王国を攻め取らなくても十分に思えるんだけどなぁ」
自分達が相手よりも上だということを知らしめたいのかな?
まったく困った性癖だな。対等だと思えば腹も立たないと思うんだけどね。
突然ブザーが鳴り、慌ててファイネルさんが伝声管を手にする。
すぐにブリッジの扉が開き、リトネンさん達が駆け込んできた。
「帝国の飛行船にゃ! 西からやってくるにゃ。戦闘準備を急ぐにゃ!」
なんだと! とりあえず座席のベルトを締めておく。ファイネルさん達の飛空艇の操縦は、だんだんと機動性が上がっているからね。座席から放り出されでもしたら、たんこぶでは済まないかもしれない。
「前部銃座、準備完了です!」
「ハンズと、イオニアも何時でも行けると言ってるぞ!」
「了解にゃ。 私等が本命なのかもしれないにゃ。ファイネル、もっと山に近づけるにゃ」
「適当な谷間に隠れるか? 飛行船は目立つが、飛空艇は小型だからなぁ。山が後ろにあるからそれほど目立つとは思えないんだが」
「ファイネルの言う通りかもしれないわよ。速度を上げた様子もないし、回頭を始めたようにも見えるわ」
「たまたまこっちに向かってきたということかにゃ? 高い峰がいくつもあるから、良い目印になっているのかもしれないにゃ」
ファイネルさんがゆっくりと飛空艇の高度を下げる。森林限界線に近いから、山麓は低木だけだ。その低木に飛空艇の船底がこするんじゃないかと思うぐらいに高度を下げる。
「やはりこっちには気が付いてないみたいにゃ。回頭を終えてきたに進んでいるにゃ」
「西から来たんだよな……。そうなると、やはり西に拠点があるってことかもしれないぞ」
「拠点からとは限らないわよ。西にもかつては王国があったらしいわ。帝国に滅ぼされたらしいけど、帝国は再び王国を作った話を聞いたわ。案外、反乱でもあったのかもね」
ファイネルさんの話にエミルさんが付け加える。
いろいろと考えられるなぁ。ミザリーが飛行船の通信を傍受しようとしているけど、通信は行われていないらしい。
高度を上げるのは飛行船が見えなくなってからということで、戦闘配備だけは解除になった。
休憩してくるか。
ビスケットとコーヒーの昼食を取ってこよう。
「休憩してきます!」とリトネンさんに告げると、給湯室でコーヒーをカップに入れて砲塔区画へと移動する。
砲塔区画には先客のハンズさんがいた。
戦闘配備が解除されたので、直ぐに休憩に入ったんだろう。
すぐに、ファイネルさんもやってきたから、男性3人が揃ったことになる。
すぐにおしゃべりが始まったけど、話題は先ほどの飛行船になるのは仕方がない。
ハンズさんはエミルさんと同じ考えらしい。
「王国ができたとは言っても、傀儡だろうからな。反乱を未然に防ぐ目的で王国を巡ってきたのかもしれん。高度は飛空艇と同じに見えたな。やはり高度を取れないのかもしれん」
「それとも、輸送船の代わりに荷を運ぶのかもしれんぞ。この間かなり派手に軍港を攻撃したからなぁ」
それは代替措置としては、最悪の決定だろう。
輸送船が運ぶ量と、飛行船ではそもそも比べようがないぐらいの開きがある。
俺達は輸送能力に特化した飛行船をピストン輸送して荷を運んでいるけど、大所帯で無いからそれでも十分にやっていけるだろう。
だけど戦場の兵站を飛行船任せにするとなったら、銃弾だけでも足りなくなってしまうんじゃないかな。
それなら、巡洋艦の甲板にでも搭載した方がはるかに荷を運べるに違いない。
「リトネンの事だ。軍港の復興状況ぐらいは見てくるつもりだろう。予定のコースは外れるが、尾根が尽きた先だからなぁ。大きく回頭をしたと言えば言い訳もできるだろう」
「軍港の倉庫で荷を積むなら、明日の朝には分かるだろう。上手くタイミングが合うなら飛行船を1隻沈められそうだな」
「帝国軍の飛行船なら、焼夷弾で十分だ。明日が楽しみだな」
かなり都合よく考えているけど、飛行船が北上した行先も気にあるところだ。
軍港に行くとなれば、それなりの係留施設があるように思えるけどね。
この間の攻撃時に軍港の全体像を上空から眺めることができたけど、倉庫群に隣接した広場に飛行船を下ろすには少し狭すぎると思うんだけどなぁ。
タバコを1本楽しんだところで、ブリッジに戻る。
今度は女性達が休憩をする番だ。
「だいぶ日が落ちてきたな……。リーディル、手ごろな空き地を見つけてくれよ」
「了解です。あまり低木がないところで平らな場所ってことですよね……。上から眺めると結構平らに見えるんですけど、低木の茂みは避けた方が良いですよねぇ」
「小さい奴なら押しつぶせるぞ。飛空艇の見掛け重量は結構あるんだからな。それに底は半イルムの装甲板だ。足ほどの太さなら簡単に潰せるだろう」
そうはいっても、前翼には爆弾も下げてるんだよなぁ……。
あまり危険は冒したくないところだ。
夕暮れが迫る中、どうにか見つけた場所は笹が広がる荒地だった。
ゆっくりと飛空艇が着地をする。
これでは、外で焚火を作ることも出来ないな。
エンジンを切ると、飛空艇は蓄電池による赤い小さな明かりだけになる。
小さな光源だから、遠くからでは見えないかもしれないな。
砲塔区画は銃座と窓に分厚い布の覆いをかけて明かりが漏れないようにした。さすがに1か所ぐらいは明るくしておきたい。
「今夜は2交代で寝ることにするにゃ。起きている時は、1人を上部銃座に上げとくにゃ。飛行船がやってくるかもしれないにゃ」
こんな開放的な場所に着地しているんだから、確かに見張りは必要だろう。
夜はけっこう冷えるから、防寒服は必要だろうな。
夕食ができるまで、俺が見張りを買って出た。
上部銃座はハッチの周囲にあるリング状のレールを使って単装のヒドラⅡ改を全方向に向けることができる。上部に付いたマガジンのすぐ前方に防弾のための鋼板が広がっているから、ヒドラⅡ改を西に向かって固定しておく。
今夜は上限の半月のようだ。
すでに中天付近にまで昇っているから、月が沈んだら見張りを交代すればいいだろう。
それにしても、かなり遠くまで明かりが見えない。
北西方向の空が少し明るいのは、あの方向に大きな町でもあるのだろう。
帝国軍の宮中軍艦や飛行船は舷側の窓の明かりを抑えようとしないようだ。
山の拠点にいた時も、爆撃にやってきた飛行船をはっきりと見ることができたぐらいだからね。
大陸内を運航しているなら、昼より夜の方が見つけやすいと思うのだが……。やはり絶対数が少ないんだろうか?
明るい光源が空を行く姿は、しばらく待っても全く見ることができなかった。




