J-106 飛空艇で荷を運ぶ
「昼食は、各自のテントということらしいわ。食堂にエミーがいたから連れてきたわよ」
エミーさんは、エミルさん達と一緒にブリッジで昼食を取るらしい。
バターを塗ったパンにハムが挟んである。握りこぶし2つ分ほどのパンだけど、それほどおなかも空いていないからこれで十分だ。
コーヒーを飲みながら、俺達男性は砲塔区画で食事を取る。
「午後は荷役だな。この窓は開けられるんだよな?」
「開けられるぞ。だが、合図は前部の球形窓で見るつもりだ。窓から顔を出すぐらいは問題ないが……、ここのロックを外すと全開になる。普段はタバコの煙を出すぐらいにしか使わないからなぁ」
「なるほど……、頭しか出せないな」
ハンズさんが舷側窓から頭を出して確認している。
単に外を見るだけなら、銃座の窓でも良いように思えるけどねぇ。
「床下のハッチもあるが、あれは 装弾ようだからなぁ。すぐ下に装填口が来るようになっているんだ。下を見るようには出来てないんだよなぁ」
飛空艇の下部は燃料貯槽があるからなぁ。下に窓を作るのは難しいのだろう。
ブリッジには、何本か潜望鏡のような仕掛けがあるんだが、あれはリトネンさんとエミルさん専用だからなぁ。
「これなら、船尾銃座の方がマシだな。この窓を付けた意味が分からんぞ?」
「換気目的じゃないのか? 後はゴミを捨てるとか……」
ファイネルさんが取って付けたような言い訳をしてるけど、知らないとは言わないんだな。それにしても、ごみを捨てるのはどうかと思うな。
食事が終わると、一服を楽しむ。
やはり換気目的というのが正しいようだ。
そんな俺達のところに、イオニアさんがやってくる。立ったままで俺達にもうすぐ荷物を自動車が運んでくると教えてくれた。
「ドワーフ族が4人に、荷物の梱包が8つらしい。1度に運ぶのは4つで、重さは400スパンほどになるらしいが、大丈夫なんだろう?」
「それぐらいなら問題ないぞ。どちらを先に運ぶんだ?」
「そこまでは連絡が来てないようだ。多分同じものが2式ということなんだろう。浮かんでから連絡が来るんじゃないか?」
「なら、外で待ってるか。ハンズ、手伝ってくれ!」
2人が外に出て行ったから、俺もブリッジに戻ってみるか。
ハンズさんではないけれど、銃座の眺めは一番だからね。
ブリッジに入ると、どうやらブリッジ後方のベンチ付近で女子会でもしてたみたいだな。
ベンチ近くのカップホルダーには飲みかけのお茶が残っているし、お菓子を入れたカゴもベンチの上に乗せたままだ。
出発前には片付けるんだろうか? ちょっと気になってしまうな。
「ファイネル達は外にいるのかにゃ?」
「荷物を吊り下げるための確認をするんでしょう。ハンズさんと一緒です」
俺の報告を聞いて、リトネンさんが頷いている。
エミーさんはミザリーの傍に折り畳み椅子を持ってきて座っていた。
通信を確認するのかな?
通信機が、ツーツーと音を立て始めた。
すぐにミザリーが通信文をメモにしている。
「『荷役は、谷の北側を1番。南側を2番とする』以上です!」
「『了解! 準備出来次第荷を運ぶ』と返信して欲しいにゃ」
「了解です!」
ミザリーが電鍵を叩き始めた。
感心したような表情でエミーさんがミザリーの手元を見ている。通信機が使えると言っていたから電文の内容を確認しているのかもしれないな。
20分ほど過ぎたころ、ファイネルさんがブリッジに入ってきた。
「荷を積み込んだぞ。いつでも出発できる」
「周囲に人はいないにゃ? なら、早く届けるにゃ」
「発進するぞ! 『ジュピテル』機関起動。前翼エンジン起動……、続いて後翼補助エンジン起動……。エンジンの暖機運転開始!」
静かだった飛空艇内にエンジンの振動が伝わってくる。
「エミーは、そこで良いのかにゃ?」
「一番眺めがよい場所ですから。話に聞く機動戦闘ではないのでしょう? リーディルさんのシートをしっかりと掴んでいますから大丈夫です」
俺の後ろから、声が聞こえてきた。
たまにエミルさんが俺の肩越しに前を見てる時があるんだけど、そのポジションに着いたということかな?
「冷却水温度上昇、エンジンオイル温度正常値……。リトネン、何時でも飛べるぞ!」
「なら出発にゃ!」
「飛空艇上昇!」
ファイネルさんの鋭い声とともに、飛空艇がゆっくりと上昇を始めた。
20ユーデほど上昇すると、ちょっと上昇具合が変化した。何かに引っ張られる感じだ。思わず振り返って、ファイネルさんに視線を向ける。
すぐ隣に、エミーさんの顔があったのには驚いたけど、俺に笑みを向けてくれるから顔が赤くなるのが自分でもわかる。
「そんな心配そうな顔をするな。飛空艇はいたって正常だ。先ほどのショックは荷を吊り上げた衝撃が伝わったんだ。400スパンでもそれなりに感じるようだな」
「何かあった方思いました。ここでは修理は難しそうですからね」
「飛行船の修理程度であれば、王国の工房から来ているドワーフ族で可能ですよ。飛空艇の修理も互いの協力協定の範疇です」
「それなら、空中軍艦相手の戦闘も余裕ができるな。……そろそろ、谷の上に出るぞ」
谷の上の監視所に1個分隊を派遣したようだけど、あの崖を登り切ったというんだからすごい連中だ。
さて、どの辺りに監視所を作ろうとしてるんだろう?
谷の上から200ユーデほど上昇したところで、ゆっくりと飛空艇を回頭させて北の尾根を確認する。
んっ! あれか?
「監視部隊を発見。回頭を停止してください!」
「あれだな! 確認した。直上に移動するぞ」
飛空艇が、手を振っている兵士達に向かってゆっくりと移動を始めた。
兵士の1人がライトを点滅させている。
「『白の十字に荷を下ろせ』と言っています」
「了解にゃ。ファイネル頼んだにゃ。エミーは発光信号機が使えるのかにゃ?」
「もちろんです! 準備してきました」
腰のバッグから、小型のライトを取り出して、俺の足元に移動すると地上に向かってライトをチカチカと点滅させている。
「『了解。荷を下ろす位置から距離を取れ』と連絡しました。下からの了解を確認!」
「あの白い十字だな? 布を張ったのか……」
兵士達の大きさと比較すると、横幅1フールほどの白い布だろう。5ユーデほどの長さで十字を作っている。
十字の直上に移動すると、今度はゆっくりと飛空艇が下降を始めた。
「着地はせずに、荷をロープから切り離したら再び荷を取りに戻るぞ」
「着地せずに、荷を下ろすと連絡します!」
再びエミーさんが足元でライトを使い始める。
こちらにライトを向けた兵士が信号を送ってくる。どうやら理解してくれたのかな?
「『ロープを切り離したら、再び合図を送る』と返事がきました」
「了解! リーディル、状況をよく見といてくれよ。エミーさんも相手の合図を確認してくれ」
とは言われても、ここから荷を吊ったロープは見えないんだよなぁ。
「ファイネル、もうすぐ荷が着地するにゃ。降下速度をもっと緩めるにゃ」
「了解!」
「荷が着地したにゃ。このままもう少し下げるにゃ!」
「地上まで15ユーデ……、12ユーデ……、10ユーデだ。飛空艇降下停止。この場で滞空する」
再びエミーさんがライトを使うと、兵士達が荷のもとに集まってくる。
5分ほど過ぎると、見守っていた兵士の一団から、発光信号が送られてきた。
「『荷の受け取りを完了。感謝する』以上です。『後を頼む』と送信しました」
「ご苦労にゃ。ファイネル、次は南にゃ!」
「了解! 2時間も掛からずに終わりそうだな」
飛空艇が十字の目印から少しずつ上昇を始めた。
目標に爆弾を落とせるぐらいだから、これぐらいの操船はファイネルさんにとっては簡単なんだろうな。
今度はテリーザさんが操船するらしい。隣でファイネルさんがフォローしてくれるなら問題はなさそうだ。
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2時間ほどで、谷の南北の上に荷物を送り届けた。
仕事が終わったところでドワーフ族がロープの回収をしにやってきたけど、飛空艇の下部に取り付けた吊り具はそのままにしておくらしい。
3日後には、再び荷を送るということだから俺達の仕事が1つできた感じだな。
「これで、谷の監視体制が構築できました。敵の爆撃もあるでしょうから、いくつか退避壕を作るつもりです」
「やってくるかな? もっとも、そう考えておいた方が、いざというときに慌てずに済むだろうし、士気を保てるだろうな」
俺達は飛空艇で応戦することもできるけど、一般兵士にそんなことはできないからなぁ。爆撃が終わるのを壕の中で息をひそめて待つしかない。
テントは案外目立つと思ったけど、谷に広がる緑の中に少し濃いめの緑が点在している感じに見えた。
500ユーデほど上空から眺めただけなら見逃してしまいそうだ。
テントの色まで考えていたんだろう。
「テントは表が緑ですけど、冬は裏地の白を表にして張り替えると言ってました。あのテントは、中にもう1つのテントがあるんです」
「二重に張ってるってことか! それなら冬も過ごしやすいだろうな」
エミーさんの話に、ファイネルさんが感心している。
二重なら寒さもかなり低減するに違いない。さすがにテントの中では炭火を使うことはできないようだけど、寝袋に包まればそれほど寒さを感じないと教えてくれた。
俺達は夏至には帰ることになっているけど、案外秋分には再びこの地を訪れることになりそうな気がしてきたな。
「飛空艇の防寒対策は、行動期間中だけにゃ。エンジンを停止したら、ただの金属の箱になってしまうにゃ」
リトネンさんの話も、冬を想定してるってことなんだろう。
冬にも作戦行動はしていたけど、さすがに屋外に停めた飛空艇内で夜を明かしたことはないからなぁ。
「案外、ストーブを搭載するかもしれないぞ。砲塔区画は砲弾があるからさすがに危ないだろうが、ブリッジなら小さいのを設置できるんじゃないか?」
「急に作戦行動を取るときに問題にならない?」
「その辺りはドワーフ族の技術に期待したいところだな。難題を持ち掛けると、途端にやる気を出す連中だからなぁ」
わかる気がする。
今までにもいろいろと便宜を図ってくれたからなぁ。
簡単に消火できるストーブの需要は案外高いかもしれないな。




