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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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J-105 アデレイ王国軍の連絡員


 0830時に、皆で黄色の旗が翻ったテントに向かう。

 飛空艇の搭乗扉に、『食事中』と張り紙を出しているのはテレーザさんだ。

 間違ってはいないけど、ちょっと考えてしまうな。


 周囲を眺めると、小型の飛行船が昨夜の位置に無かった。すでに周辺偵察に出かけたということなんだろう。

 小回りが利くのは良いことだ。

 谷の上に監視所を作るには数日掛かるだろうから、その間の偵察を担っているのかもしれないな。


「賑わってるな。次は少し遅れてくるか」


 結構にぎやかに食事をしているなぁ。テーブルも半分以上埋まっている。

 右端に並んだ料理を真鍮のトレイを持って、軍属のおばさんからトレイに乗せてもらう。

 バター付きパンとスープのカップ,それにお茶のカップに干した杏子が数個が今日の朝食だ。

 空いたテーブルに皆で着くと、俺達の朝食が始まる。


「よろしいかしら?」


 肩の上から声が聞こえてきた。

 思わず振り返ると、俺より少し年上のお姉さんが立っていた。

 結構美人だけど、それよりも制服に目が行く。兵士の制服と違って明らかに偉い人が着るような制服だ。

 狙撃時には真っ先に狙うことになるだろう……。


「確か……、エミリア中尉だったかにゃ? 何かあったのかにゃ?」


「エミーとお呼びください。エンデリア王国軍のリトネンと言えば、アデレイ王国でも鷹の目の片腕として有名ですから。帰って父上に良い土産話をすることができます」


 やはり偉い人ってことだったか。それでなんの用事なんだろう?

 とりあえず、ベンチの隙間を開けて座る場所をイオニアさん達が作ってくれたんだけど、何も俺の隣でなくても良いように思えるんだけどなぁ。

 リトネンさんに憧れてるんだから、リトネンさんの隣に座らせてあげるべきじゃないのか?


「鷹の目はすでにこの世にはいないにゃ。とりあえず座って話をするにゃ。……エミーが座った隣の青年が新たな鷹の目にゃ」


 そんなことを言うから、俺に顔を向けてくるんだよなぁ。

 美人に睨まれるとちょっと怖くなってくる。

「この青年が?」という目で見ているんだよなぁ。


「鷹の目の忘れ形見にゃ。腕は親を超えてるにゃ。すでに2隻の飛行船を落として、真珠の門にたくさんの帝国士官を送り込んでいるにゃ」


「それほどの腕だと……」


「飛空艇でも良い銃手にゃ。空中軍艦の窓を何度も打ち抜いてるにゃ。……でも、空中軍艦は頑丈にゃ」


「飛空艇の下部に3連装の大砲がありましたから、てっきりあれを使っていると思っていたのですが?」


 できればそうしたいんだけど、砲弾が噴進弾だからねぇ……。それに空中軍艦を攻撃するには最終速度が少し足りないみたいだ。

 装甲の薄い部分を狙うしかないんだよなぁ。

 ファイネルさん達が大型の噴進弾を考えているらしいけど、あまり大きくすると今度は搭載段数に制約が出てきてしまう。

 ハンズさんでも、口径6イルム砲弾を1人で装填するのは難しいんじゃないかな。

 

「それで、挨拶だけではないと思うんだけどにゃ?」


「実は、ちょっとお願いがあってやってきました……」


 お願いは2つあった。

 1つは、谷の上の監視所を作る資材の荷役だったから、ファイネルさんとリトネンさんが相談して快諾している。

 飛空艇なら滞空できるからね。1度に500パイン(250kg)ほどを運ぶには何の問題もないらしい。

 もう1つは、連絡士官として飛空艇に乗せてほしいとのことだった。

 すでにリトネンさんは打診を受けていたのかもしれないが、性格が性格だからなぁ。案外忘れていたのかもしれないな。


「通信機を使えると言ってたにゃ。ミザリーの補佐ということで載せてあげるにゃ。でも、席が無いから普段はブリッジ後部のベンチになってしまうにゃ」


「ブリッジなら願ってもないことです。14時に飛空艇にお邪魔いたします」


 お茶を飲みながらの世間話をエミーさん達と始めたけど、その話を聞くとどうやら貴族のお嬢さんのようだ。

 貴族というのは若くして婚約をするらしいのだが、どうやら相手に恵まれていないようで未だにお相手がいないらしい。

 王国軍の士官なら良い相手がいくらでもいると思うんだけどねぇ……。


「俺達のお目付け役ってことか?」


「案外そんなところだろう。まぁ、俺達はいつも通りで良いはずだ。あまり気にすることもないだろう。案外補給要請が容易になるかもしれん」


 物事は考えようってことなんだろうな。補給がし易いなら嬉しんだけどね。

 

 食堂のテントから飛空艇に戻り、ハンズさんとファイネルさんのチェスを見ながら駒の動きを教えてもらう。

 駒の動きは単純なんだけど、結構奥が深そうだ。

 2人とも、いったい何手先を考えながら動かしているんだろう?

 敵兵の動きを予測する訓練にもなりそうに思えるんだよなぁ。


 2人にお茶を運びながら、ブリッジの様子を見てみると、床にスゴロク盤を広げて4人がゲームに興じている。

 4人の間でお菓子を入れた籠が動いているのを見てる方が面白いんだけど、さっき朝食を食べたばかりなんじゃないか?

 お菓子は別腹らしいけど、閉鎖的な生活をしてるんだから太ってしまうんじゃないかと心配になってくる。

 最も、そんなことを口に出さない分別は持っているから、早々にお茶のカップを持って砲塔区画に退散した。


「すまんな。ブリッジもそれなりか?」


「まぁ、いつもの通りですね。スゴロクで遊んでましたよ」


 3人で笑みを浮かべる。

 リトネンさんの部隊はそれなりに纏まっていると感じたんだろう。


「これで、チェックメイト! 3勝2敗だな」


「明日は、勝たせて貰うよ。時間は……、11時か。昼にはまだ間があるな」


「一服したら散歩でもしてみますか。結構綺麗な場所ですよ」


「ついでに、荷吊り用の金具を今の内につけておくか。噴進弾発射機の左右にボルトがある。増槽を取り付けるものだが、増槽よりは軽いはずだからな」


 ファイネルさんが備え付けの工具箱の中からU字型の鉄棒をナットに溶接したものを取り出した。

 砲塔区画の床を開けて、左右2つのハンドルをハンズさんと一緒に回し始めた。


「これで増槽取付用のボルトが、飛空艇の下部に飛び出すんだ。さて、外に出てみるか」


 飛空艇から降りて、船底に潜り飛び出しているボルトにU字の着いたナットを取り付ける。

 それにしても太いボルトだな。2本ずつ飛び出したボルトの太さは1イルムほどありそうだ。


「これで、ワイヤーをシャックルで止められるだろう。それはドワーフの連中に任せとけば安心だ」


「だいぶ太いな……。増槽はそんなに重いのか?」


「ハンズが5人分ってところじゃないか? 500パインほどの積み荷なら、なんの問題もないはずだ」


 辺りの見渡すと、忙しく荷を整理してる兵士もいれば、谷を散歩している兵士もいる。

 忙しそうな連中は、谷の上に監視所を作ろうと仕手いる連中なのかもしれない。大きなリュックを背負って、比較的なだらかな斜面を登ろうとしている。


「あれを登るのか? かなりきつい崖に見えるんだが……」


「結構きついだろうな。となると……、アデレイ王国の山岳猟兵ということになるんだろう。狙撃の腕は確からしいぞ」


 ほう……、という目でハンズさんが離れていく隊列を見送っている。

 今から出掛けるということだけど、4時間ほどであの崖を登り切れるということになるのかな。

 登山の専門家でもある狙撃兵というのは、なかなか考えた部隊じゃないかな。

 リトネンさんも元は猟兵部隊にいたらしいけど、その活躍の場は山ではなくて平地が主体だったに違いない。

 元義賊だからねぇ……。案外、市街戦では敵無しかもしれないな。

 

 再び飛空艇の中に入ると、冷えた体をコーヒーで温める。

 たっぷりと仕入れてきたらしいから、余ることはあっても切らすことはないだろう。


「荷役は1度というわけにはいかないだろうな。谷の上には水がない。水の容器だけでも4本以上は必要だろう」


 ハンズさんの言葉にファイネルさんが頷いている。

 30パイン(15ℓ)容器が2本で分隊1日分らしい。1日おきに輸送するというのも少し頻度が高いように思える。となると、水野容器だけで5本ぐらい持ち上げるってことになるのかな?


「飛空艇の水はまだ残っているのか?」


「三分の一は残っているぞ。少なくとも3日以上持つだろうから、安心するんだな」


 谷には小さな流れがあるようだ。

 まだ残っている山麓の雪解け水に違いない。生水だからそのまま飲めなくても、沸かせば問題ないだろう。

 そんな水汲み仕事は、軍属の小母さん達がやっているのかな?

 

「俺達の嗜好品も運んでくれると良いんだがなぁ」


「たぶん、アデレイ王国の兵士と待遇は同じじゃないのか? 食事も提供してくれてるんだから」


「無くても、それだけの用意はしてきたと思いますが?」


 俺の言葉に2人が笑みを浮かべる。

 少なくともタバコと酒は夏至まで十分に持つだろう。

 とは言っても、多い方が安心できるのが人情だ。貰えるなら貰っておくぐらいの気持ちでいれば良いだろう。


 再びファイネルさんたちがチェスを始めたのを眺めながら、のんびりとタバコを味わう。

 たまにシガレットケースにエミルさんがタバコを入れてくれるんだけど、取り出したタバコは柑橘系の香りがする。

 前に貰った時にはイチゴ味もあったんだよなぁ。

 エミルさんのタバコの好みがいまだに分からないんだよねぇ。


「ナイトをここに動かせば、9手先で詰みよ! ……エミーから呼び出しがあったの。食堂に出掛けてくるわ」


 エミルさんの言葉にチェス盤を前にした2人が固まっている。

 俺達に手を振って出掛けて行ったけど、ファイネルさんたちはため息をついているんだよなぁ。


「エミルが軍のチェス大会で優勝したと聞いてはいたが……」


「9手先を読んでるのか? 俺はどうにか5手先までだぞ」


「俺もそんなところだ。まったくどんな頭をしてるんだろうなぁ……」


 相手の駒の動きを見て、頭の中で次の駒の動きを考えるってことだな。それを互い違いに駒を移動させて何手先まで頭の中で再現するかがチェスの上手下手の違いに出るんだろう。

 かなり長い時間考えているのは、そんな理由があったんだ。

 のんびりした性格だと思っていたんだが、いつもの言動と異なるから、こっちが本物の性格だと思っていたんだけどなぁ。


「一度、2人で組んでエミルと対戦してみるか?」


「1人より2人ってことか! 良いな。時間はたっぷりとあるんだから、誘ってみよう」


 なんか返り討ちに逢いそうな相談を始めたぞ。

 2人とも5手先を読めるんなら、2人いれば10手先が読めるとは限らないようにも思えるんだけどねぇ……。


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