J-104 拠点作り
「『現状高度で待機せよ』とのことです」
「了解にゃ。ファイネル、旗艦との距離に注意して滞空するにゃ。ミザリー、『旗艦との位置を保ち停船する』と伝えて欲しいにゃ」
眼下に横幅1ミラルを越える谷底が広がっている。
岩場のようだが、双眼鏡で眺めると所々に大きな岩があるんだよなぁ。ポツンと誰かが置き忘れたように見えるのがいかにもおもしろい。
「先導していた飛行船が降下を始めました。ここが拠点ということになるんですね」
「東西が高い崖になってるにゃ。近付かないと分からないにゃ」
リトネンさんが感心したようにうんうんと頷いている。
見つかり難いなら結構なことだ。
「このまま、ずっと待機ということにはならないだろうな? 早いところ硬い大地を踏みたいぞ」
「4隻の飛行船がきたんだ。それなりに荷物も多いんじゃないか? それに、何かあれば直ぐに対応できるのは我等だけだぞ」
4隻の飛行船は1隻は爆撃特化、2隻は輸送特化、小型飛行船は汎用なんだろうけど、見た感じでは武装は無いようだ。
必要に応じて小型爆弾を携行できるぐらいじゃないかな?
となると、帝国の飛行船や空中軍艦に対抗できるのは、イオニアさんの言う通り俺達だけになりそうだ。
下りるのは最後になってしまうかもしれない。
ゆっくりと下りて行った飛行船が着底すると、直ぐに兵士達が下りて飛行船を固定するために杭を打ったり、ロープを岩に結び付け始めた。
荷物を下ろすと飛行船が軽くなって、強風に煽られたりするらしい。
荷物を下ろす前にしっかりと固定しておくんだろうな。
「へぇ~、小さな4輪駆動車を運んできたようだぞ。あれなら荷役も少しは楽になるんじゃないか?」
後ろに小さな荷車を曳いている。
1ユーデ四方の木箱を2つ乗せているから、確かに人が運ぶよりも楽になるんじゃないかな。
2時間程かけて資材を運び出すと、兵士達が飛行船のロープを解き始めた。
ゆっくりと飛行船が上空に上がっていくと、隣の旗艦が先ほどまで飛行船が停泊していた場所に下りて行った。
「俺達が下りられるのは、かなり先になりそうだな。リーディル、一服して来ようぜ!」
ファイネルさんの言葉に銃座を下りると、待っていたかのようにリトネンさんが銃座に座って双眼鏡を覗き始めた。
おもしろいのかな?
とりあえずは、砲塔区画に向かおう。
砲塔区画では、ハンズさんが既にワインを飲んでいた。
俺達がコップを差し出すと、ボトルを取って注いでくれる。
「このままだと夕暮れか、夜になってしまいそうだ。まあ、一応着いたんだからのんびり待つしかないだろうな」
「だいぶ運んできたようだな。さすがは正規軍ということになる。明日は拠点の整備をして……、早ければ明後日は出撃ということもあり得るだろうな」
「一応、作戦を練ってからではないんですか?」
「6日も飛んでいたんだ。王子達の取り巻きが既に詳細な作戦計画を立てているに違いない。そうでなければ無能の集団だぞ?」
時間を無駄に過ごした……、ということなんだろうか?
だけど、飛んでいるだけでも緊張していたことは確かだ。1日ぐらい休息が必要になるんじゃないかな。
俺達の飛空艇に着陸指示が送られてきたのは、翌日の2時過ぎだった。
2隻の輸送目的で作られた飛行船にそれだけ多くの物資が搭載されていたということなんだろうな。
広い谷底にポツンと置かれた大きな岩の影に、大きなテントが作られ、その周囲にいくつもの小さなテントが作られた。
そんなテントから200ユーデほど離れた場所に、物資が積み上げられている。
とりあえず、シートを掛けてあるから、雨が降っても濡れることは無いだろう。
「あの点滅するところだな? 十字が描かれているぞ」
「隣は小型の飛行船にゃ。飛行船2隻は荷物を下ろして飛び立ってしまったにゃ」
飛空艇がゆっくりと、指定位置に着地する。
隣の小型飛行船とは50ユーデほど離れているけど、飛行船だからしっかりとロープで固定されているようだ。
その点、飛空艇は固定する必要はない。谷底ではあるけど斜度もきつくないから車輪を大きな石で車輪止めにするぐらいで十分だろう。
ガクン! と着地の衝撃が伝わる。少し沈んで直ぐに浮かぶ感じがするのは、バネでも仕込んであるのかもしれないな。
「着地! 車輪の固定終了。尾翼補助エンジン停止……。『ジュピテル』作動停止……。飛空艇動力停止。船内電灯は蓄電池を使ってるから、半分を消灯する」
「ご苦労様だったにゃ。これで、しばらくは固い大地を歩けるにゃ」
「ミザリー、あれって、光通信じゃないか?」
俺の声に、ミザリーが前部銃座にやって来て、俺の腕を伸ばした先に視線を向ける。
「本当だ! 『責任者は、このテントに来られたし……』 リトネンさん、どうやら出頭指示みたいです」
「あのテントにゃ? エミル一緒に来て欲しいにゃ」
艇長席から降りて来て、リトネンさんがチカチカと瞬いている信号を見ると後ろにいたエミルさんに顔向けている。
「しょうがないわね。行きましょう。しばらくはこの飛空艇で暮らすことになるから、皆もあまり外を出歩かないで」
ブリッジを出て行く2人に軽く手を振って、了解を伝える。
とりあえず下りてみるぐらいは、構わないってことだろうな。
ファイネルさんとリトネンさんが出て行った扉から、外に出る。
深夜だから、外は冷え冷えとしているな。
風も冷たいけど、星空が綺麗だ。
飛空艇の風下に行くと、タバコに火を点ける。
飛行船から降りた兵士達も、あちこちでタバコに火を点けているようだ。賑やかな声が聞こえてきた方向に目を向けると、小さな焚き火を兵士達が囲んでいる。
到着したお祝いでお酒を飲んでいるのかな?
確かにずっと空の上だったからなぁ……。少し分かる気もしないではない。
ファイネルさんとハンズさんが下りてきた。俺を手招きしているので近付くと、ハンズさんがワインのカップを渡してくれた。
「皆も同じだな。やはり気が滅入っていたに違いない」
「2隻が戻ったとなると、半月後には再び物資を運んでくる。その間に、3回は攻撃ができるぞ」
「明日、いや今日は休みたいですね」
俺の呟きに、2人が小さく頷いた。
「彼等は、テントでねむるのか?」
上から見たらたくさんテントが作られていたからなぁ。分隊に2つということらしいから1個中隊半というところかな。
「南北の谷の上に監視所を作るんだろうな。それに2個分隊とするなら、攻撃部隊の規模は2個分隊を越えないだろう。となると、狙いは何だ?」
「案外、あの飛行船の中にもう2台ほど自動車が入っいたかもしれませんよ。小型飛行船の方はかなり厳重にロープで固定していますけど、向こうの大型飛行船の方はそうではありません」
俺が腕を伸ばした先を見て、2人が驚いている。
「言われてみれば確かにそうだな。まさか……」
「『ジュピテル』を搭載してるってことか!」
飛空艇の『ジュピテル』ほどの性能は無いようだ。量産するために複雑なジュピテルの構造体を簡略化したに違いない。
それでもかなりの重量をキャンセルできたということになるんだろうな。
リトネンさん達が大きなテントの方から帰ってくるのが見えた。
さて、そろそろ戻るとするか。
どんな話を聞いてきたんだろう?
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「……と言う訳にゃ。明日から、谷の両側に監視所を作って、それができるまでは、動かないという事にゃ」
「俺達の役目は?」
「何かあれば迎撃ということにゃ。燃料補給を6時から行うと言ってたにゃ。その前に増槽を下ろさないといけないにゃ」
「燃料補給はドワーフ族が来るんだろう? その時に手伝ってもらうよ。ハンズも手伝ってくれないか?」
ファイネルさんの問いに、ハンズさんが片手を上げて了承を伝えている。
俺も手伝ったほうが良いのかな? 一緒に行ってみよう。
「出撃の指示は、第2王子から?」
「名目上の総指揮官にゃ。通信もしくは伝令を送ると言ってたにゃ」
即応ができるのは飛空艇だけってことだな。
まだ対空迎撃用の武装が整わないのだろう。ヒドラⅡの汎用品を回してあげれば喜ばれるんじゃないかな。
「燃料補給が済んだら、のんびりしていればいいにゃ。食事はまとめて作るそうだから、今朝の食事が楽しみにゃ。大きなテントをそれまでに作るそうにゃ。目印に黄色の旗を掲げると言ってたにゃ」
食事は1日3回になるそうだ。8時に12時、夕食は18時からそれぞれ1時間半が食堂の開く時間らしい。
寝坊してると朝食抜きになりそうだから、気を付けないといけないだろう。
女性達は朝まで一眠りするようだから、俺達はコーヒーを作って燃料補給が始まるのを待つことにした。
適当に転寝をしていたから、朝食を食べてから一眠りさせてもらおう。
「どれぐらい補給してもらえるのだろう?」
「小さな4輪車が曳いてくるタンク車1台分ってとこだろうな。それでも艇内3つの燃料槽の2つは満タンになるだろうし、3つ目にどれだけ入るかだな……」
「やってきますかね?」
「9割方来ないんじゃないか? だが、準備しとくのは賛成だ。それに急に出撃指示が来ないとも限らないからな」
俺の問いにファイネルさんが即答してくれた。ハンズさんも頷いているから同じ思いのようだ。
2本目のたばこを吸い終わったころに、俺達に向かってライトをつけた自動車が近づいてきた。
後ろに大きな燃料タンクを曳いている。
「やってきたぞ。燃料補給をしている間に、増槽の取り外しを依頼してくるよ。待っててくれ」
ファイネルさんがライトの前に出て、手を振っている。
さてどうなるのかな。ハンズさんと少し離れた場所で見ていることにした。
ドワーフ族の若者3人が、手際よく燃料の補給をファイネルさんと一緒に始めたところで、増槽の取り外しが始まる。
ドワーフ族の3人とハンズさんと俺で増槽を抑えたところで、飛空艇の取り外しボルトをファイネルさんが艇内で緩めると簡単に外すことができた。
案外軽いのは、木製だからだそうだ。
ドワーフ族の若者が、曳いてきたタンク車の両側にしっかりと結わえている。
帰るときには必要になるからなぁ。
ファイネルさんの話では、途中で投棄してきた増槽を新たに付けなくても帰れるらしい。
低速で飛行すると、かなりの燃費の節約ができると喜んでいた。




