J-098 大型爆弾を試してみよう
神殿の上からの狙撃と、グレネードランチャーから射出した焼夷弾の効果がどの程度であったのかが分かったのは、砦に帰ってから数日後のことだった。
「施政官の1人と、治安維持の長官が亡くなったにゃ。他にも4人が亡くなったから、王都内は戒厳令が出ているにゃ。火事は貴族舘が8棟炎上して、港の倉庫も1つ焼失したにゃ。あの飛行船を使って王都内の同志に支援が出来そうだとクラウスが話していたにゃ」
リトネンさんの話では、クラウスさんの思惑を超えた結果ということになりそうだ。
「貰って来たにゃ!」と言いながらワインを取り出したぐらいだからね。
皆のカップにエミルさんが注いでくれた。
まだ昼前だし、次の作戦は聞いてないからねぇ。ゆっくりと味わうことにしよう。
「ということは、あの飛行船は取り上げられるってことか?」
「私達には飛空艇があるにゃ。大型爆弾も搭載できたんだから、諦めるにゃ。まだ修理に時間が掛かりそうにゃ。のんびり待っていれば良いにゃ」
飛行艇に口径8イルム重砲の砲弾を使った爆弾が1発だけ搭載される。だけどそれを搭載すると、前翼に吊り下げた爆弾を10発から6発に減らさないといけないようだ。
それにしても、かなり物騒な爆弾だ。直撃すれば空中軍艦も大破するんじゃないかな。
「それで、燃料貯槽を増加することは出来たのかな?」
「全長を3ユーデ長くしたらしいにゃ。外部増槽4個分相当にゃ」
ファイネルさんが、うんうんと頷いている。内外の貯槽を合わせると800ミラル以上航続距離を伸ばせそうだ。
西の大陸からやって来る輸送船団を広く索敵しながら攻撃することを考えているんだろう。
あの爆弾だったら、戦艦でも大きな被害を与えられそうだ。
「場合によっては海を渡るかもしれないにゃ」
リトネンさんの言葉に、全員がリトネンさんに視線を向ける。
飛空艇の航続距離では、ギリギリ大陸に到着できるかどうかだ。どうやって帰るつもりなんだろう?
「テレーザ、大きな地図を持って来るにゃ!」
何時ものように棚から地図を持って来た。テーブルに広げた地図は3つの大陸が描かれた地図だ。
東にも大陸があるようだけど、大陸というよりは大きな島に見えるな。
王国も1つしかないぐらいだからね。
「私達の住んでるのはこのイグリアン大陸にゃ。帝国は西のグラウド大陸にあって、その間の海はダレツ海にゃ。大陸間の距離はおよそ2500ミラル。船でしか渡れないと言われてるけど、帝国の飛行船と空中軍艦は渡って来たにゃ」
「それは、曲がりなりにもエンデリアン王国を版図に加えたからだろう? 燃料は片道でやってきているはずだぞ」
「アデレイ王国が作った大型飛行船なら往復することができるにゃ。そろそろ出発すると聞いてるにゃ。
渡航爆撃の目標は帝都だけど、それ以外にもう1つの目的があるにゃ」
「帝国の軍事基地を捜索する……。ということでしょうか?」
イオニアさんの言葉に、リトネンさんが笑みを浮かべて頷いた。
帝都と大きな港なら直ぐにでも見付けられそうだし、その位置は地図にも記載されているからなぁ。
狙いは帝国の軍需工場ということになるんだろうが、そう簡単に見つけられるとは思えない。
かなり時間が掛かるんじゃないか?
「敵の軍事基地を見付けても、俺達の飛空艇では攻撃に行けないぞ。燃料を帝国軍の基地から調達しようなんてのは、問題外だと思うんだが?」
「そこまで無茶な作戦はしないにゃ。アデレイ王国がさらに2隻の飛行船を作ってるにゃ。その内の1隻には、爆弾の代わりに巨大な燃料貯槽を設けるという話にゃ。
その飛行船を利用するなら、グラウド大陸に行けるにゃ」
飛行船を補給船として使うということか!
それなら反復攻撃もできそうな気がするな。
「アデレイ王国と共同してグラウド大陸に攻撃拠点を作る計画が持ち上がっているにゃ。飛空艇で広範囲に攻撃を仕掛けられるにゃ」
とは言っても、どこに拠点を作るかはこれからの検討事項なんだろうな。
補給が可能で、かつ帝国軍の脅威を受け難い場所なんて早々見つからないと思うんだけどなぁ……。
「そうなると、グラウド大陸東岸にある山脈のどこか……、ということになりそうですね。3000ユーデを越える峰があるようですから、谷間を上手く使えば飛空艇を隠すぐらいはできそうです。
何カ所か拠点を偽装することも可能ではないでしょうか?」
イオニアさんの案にエミルさんが頷いている。
「荒れ地に作るよりは現実的ね。脅威は飛行船と空中軍艦だけだもの。イオニアの言う通り偽装工作もし易いんじゃないかしら?」
「そうなると輸送船を使いたくなるなぁ。エンデリアン王国の輸送艦は全て供出されてしまったが、物資輸送なら飛行船よりも輸送艦の方が多く荷を積めるからなぁ」
残念そうな表情をしたファイネルさんが呟いた。
だが、拠点化とまでは行かなくとも、燃料と弾薬さえ補給できれば、帝国内を荒らすことは可能だろう。
攻撃後の帰還方向を一定にしなければ、帝国軍は広範囲に拠点探しを行うことをよぎなくされるに違いない。それだけ捜索隊の人数を必要とすることになる。
「2隻とも飛行船と飛空艇の合いの子にゃ。かなりの輸送ができると聞いてるにゃ」
武装や装甲を削減することで、積み荷の積載量を上げるということなんだろう。
案外、4輪駆動車辺りも運べるかもしれないな。
帝国内で騒ぎを起こすというよりも、侵攻に繋げようとしているのかもしれない。
とりあえず俺達は状況を見ていれば良いのだろう。
帝国の大陸に出掛けるのは、まだまだ先になりそうだ。
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飛空艇の修理と改造が終わったのは、初冬に入ってからだった。
美味い具合に、空中軍艦が戦線に現れないとのことだから、帝国軍の空中軍艦の数は案外少ないのかもしれない。
相変わらず戦線は膠着状態だが、どうやら兵士の数が足りないようだ。
徴募を掛けて、新兵を訓練しても直ぐに前線には出せないだろうから、来春まではこのままの状態が続くに違いない。
「修理後の初任務は、東西の前線に爆弾を落としてくるだけにゃ」
詰まらなそうな口調で、リトネンさんが俺達に作戦の内容を離してくれた。
何時ものようにテーブルに乗せた地図で、作戦概要の説明が行われる。
「早速、大型爆弾を落とすってことか!」
「1度落としておかないと、使いたい時に使えないかもしれないにゃ。高度500、時速80で照準器を調整したと言ってたにゃ。誤差がどの程度か確認するのは大事にゃ」
言ってることは間違いがないんだけど、前線のどこに落とそうというんだろう?
こんな任務なら、前翼の爆弾の数を増やした方が良いように思えるんだけどなぁ。
「艦砲射撃をするべく待機している軍船ってことか……。艦尾方向から軸線に沿って飛行すれば、高度誤差は軍艦の長さで相殺されそうだな。大型艦なら横幅も30ユーデを越えるはずだ」
「やはり大物を狙いたいにゃ。戦艦クラスに打撃を与えられるなら、空中軍艦は容易いと思うにゃ」
狙うなら、明け方の方が見つかり難いだろうと、話は弾んでいく。
大型の軍船がいない時には、帝国軍の陣地のど真ん中に落とせば済むことだ。
「それで何時出掛けるんですか?」
「夕食後にゃ。20時に出掛ければ、明日の薄明時には海上に出られるにゃ」
現在の時刻は14時過ぎだ。
直ぐに皆が準備に取り掛かる。クラウスさんへの説明は、リトネンさんとエミルさんが向かうらしい。
リトネンさんだけだと心配だが、エミルさんが作戦内容を詳しく説明してくれるだろう。
ファイネルさんは駐車場に向かって行ったが、残った俺達は持ていくバッグの中身を確認するだけになる。
それほど重くはならないが、今回は少し着こむ必要がありそうだ。
前回貰ったツナギの下に、ウールの下着を着こみ、その上に厚手のウールのシャツを着る。革の防寒着は出掛ける時に羽織れば良いだろう。
革の防寒帽子にゴーグルを入れて、サングラスはツナギのポケットに差し込んでおく。戦闘時はゴーグルが良いだろうけど、周辺監視を行うならサングラスで十分だ。
「私も、これを手に入れたの」
テレーザさんが取り出したのはシガレットケースのような代物だった。
「ここを押すと……。ほら、双眼鏡になるのよ」
「観劇用のオペラグラスだな。倍率は3倍ほどか。軽いから便利に使えるだろうし、邪魔にもならないだろう」
イオニアさんは俺の双眼鏡よりも大きな双眼鏡を持ってるんだよなぁ。ハンズさんは、双眼鏡ではなく照準器のスコープを使っている。
「広い範囲を見る時には使わない方が良いんだが、海上では重宝する。私も小型のものを手に入れて来るか」
やはり大型の双眼鏡は重いのが難点なんだろう。
イオニアさんが、サロンの売店に出掛けようとしていると、ミザリーが慌てて一緒に出掛けて行った。
ミザリーは双眼鏡ではなくお菓子を買いこんでくるに違いない。結構退屈な空の旅だからねぇ。
夕暮れ時に一端解散したので、母さんと一緒に夕食を頂く。
これから出掛けることを告げると、少し驚いているようだった。
「前線に爆弾を落としてくるの。大きいのを積んだから、威力と照準を確認したいとリトネンさんが言ってたよ」
「そう、大変ねぇ。飛空艇はかなり上空に上がると聞いたことがあるわ。ちゃんとセーターを着ていくのよ」
セーターは用意してなかったな。食事が終わると自室に戻り、ミザリーと一緒にセーターを持って俺達の部屋に向かった。
まだセーターを着る必要は無さそうだから、とりあえずバッグに入れておこう。
ミザリーと2人で待っていると、少しずつ皆が集まってくる。
眠気覚ましに少し濃いめのコーヒーをテレーザさんが淹れてくれたけど、砂糖を3杯入れてもまだ苦く感じる。
ハンズさんが美味そうに飲んで要るんだけど、俺の方は半分ほど飲んだところでお湯割りにして飲む始末だ。
何時も通りに祭儀に部屋に入って来たのはリトネンさんだった。コーヒーを受け取り一口飲んだら、首が横に向いて行く。
リトネンさんにとっても、かなり濃いコーヒーだったようだな。俺と同じようにお湯割りにしているぐらいだ。
「さて、出掛けるにゃ! クラウスの話では戦艦が1隻岸近くにいるらしいにゃ」
リトネンさんの言葉に、俺達は笑みを浮かべながら席を立つ。
ゆっくりと歩いているつもりが、段々と小走りになるのは仕方がないな。
早く出発しないと獲物が逃げてしまう、そんな気持になっているに違いない。




