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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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J-011 かの者に天国の門が開かれんことを


 ゴオォォ……、という轟音を聞いて目が覚めた。

 聞こえてきたのは切通しの方からだから恐る恐る藪から下を眺めると、西向って巨大な鉄の塊が走り過ぎていくのが見えた。

 あれが列車なのか! それにしても凄い音だった。

 昼寝をしていた場所に戻ると、2人が笑みを浮かべて俺を見ている。


「初めて見たのかにゃ?」

「凄いだろう。だけど戦で使う蒸気戦車はあんなもんじゃないらしい。音で驚くようでは先が思いやられるな」


「蒸気機関は凄いんですねぇ」

「蒸気機関だけではないらしいが、大型は未だに蒸気なんだろうな」


 あれを脱線させるんだから、かなりの土砂で切通しを埋めるのかと思ったらそうではないらしい。


「2本の線路が見えただろう? あれに石を乗せるだけでも脱線することがあるらしい。さすがにそんなことはしないだろうけどね」


 具体的には線路が見えなくなれば十分だと教えてくれた。

 でも、いくつか石を乗せておくらしい。

 軍用の列車が通る前には偵察の機関車を走らせて線路が安全であることと、途中で襲撃する部隊がいないことを確認するそうだ。


「線路に石が乗っていれば、偵察部隊も安心するだろうよ。全く妨害が無いとは思っていないだろうし、これぐらいしかできないと俺達を侮ってくれるだろうからね」


「この先に鉄橋があると行軍途中で聞きました。鉄橋を破壊した方が効果があるんじゃないですか?」


「守備隊が守っているにゃ。鉄橋爆破はかなり犠牲が出るにゃ」


「さすがに鉄橋となると火薬の量が必要だろうしねぇ……」


 それだけ頑丈で、守りも厚いってことなんだろう。

 切通しはたまに崩れることもあるらしいから、俺達が運んできた火薬の量でも十分ということなんだろうな。


 ん! 西に緑の光が見える……、瞬いてるようだ。


「リトネンさん。あそこに光が見えるんですが?」


「あれにゃ! 第3分隊の準備が終わったみたいにゃ。中継してあげるにゃ」


 リトネンさんがバッグから2本を束ねたような棒を出した。俺のポケットに入っているライトを2つ合わせたような代物だ。

 西にライトを向けると、手で前を何度も覆っている。

 しばらくすると尾根の上の方から赤い光が点滅してくる。

 どうやら、クラウスさん達の準備も終わったようだ。リトネンさんが東に向かって同じようにライトで信号を送っている。

 ライトの光で状況を伝えているんだろうけど、詳しいことは分からないんだよな。

 とりあえず全ての準備が終わったということらしい。


「情報だと、明日の9時に西の町を出発するらしいにゃ。この辺りに来るのは昼近くになりそうにゃ」

「寝坊してもだいじょうぶそうですね。リトネンさんの指示でリーヴェルが敵を倒し、俺は後方を監視する……」


「それで良いにゃ。私達は指揮官を倒す役目にゃ」


 輸送責任者が誰だか分からないし、指揮官がどれかも分からない。

 リトネンさんは、「偉そうにしてる奴にゃ」と言ってるだけだからなぁ。


 夕食は携帯食料だ。ビスケットにお茶、それと干し杏子でお腹を満たす。

 食事が終わると、よく眠れるようにと言いながらファイネルさんが背嚢からスキットルを取り出してワインをカップに注いでくれた。

 カップに三分の一も無い。一息に飲むと体が熱くなってくるのが分かる。

 ブランケットに包まると、直ぐに眠気が襲ってきた。

               ・

               ・

               ・

 襲撃の朝。簡単な朝食を食べて、東からの連絡を待った。

 緑の光を確認すると、直ぐにリトネンさんが中継をする。


「始まるぞ。射撃訓練と同じだ。距離は……」

「220としました。止まっているなら外すことは無いと思います」


 照準器の目盛りは

 予想できない動きをされると困るけど、2発続けて外すようなら、腹を狙えば良いだろう。


「中継を終えたにゃ。今度は西から送ってくるはずにゃ。偵察部隊だから隠れたままで良いにゃ」


 ゴブリンのレシーバーカバーを外して背嚢に入れておく。

 お茶を沸かした小さなポットも、リトネンさんが残りを俺達に注いでしまいこんだ。

 時間は9時を過ぎたばかりらしいから、まだまだ時間はありそうだ。


 しばらくすると、西から赤と緑を組み合わせた信号が見えた。再びリトネンさんが西の第3分隊に中継を始める。


「敵の偵察部隊がやってきにゃ。ここからでも見られるにゃ」


 切通しの東は空いているから、木の影に隠れて下藪から見ることにした。

 ゴオォォォ……と言う音が遠くから近付いてくる。

 一際高くなって、音が急に低くなった。

 俺達の視界に入って来たのは、無蓋貨車に乗った兵士だった。

 機関車の前に無蓋貨車が1台。機関車の後ろに小さな客車と無蓋貨車の変わった編成の機関車だ。

 無蓋貨車の周囲には土嚢を積んで、機関銃を構えた兵士がいた。兵士の数は20人もいないんじゃないかな?


「指揮官はあの客車の中にゃ。一般の兵士だけが貨車に乗ってたにゃ」


 俺達の前を過ぎた機関車がしばらくすると速度を緩めたのが分かった。線路に乗せた石を見付けたのかな?


「ちゃんと見付けたみたいにゃ。今頃は私達を笑っているに違いないにゃ」


「計画通りと言うことですね!」


「これから1時間後が勝負にゃ!」


 3人の背嚢を木の根元に置いて、装備ベルトだけを付ける。

 緊張で乾いた喉を水筒の水で潤していると、西をジッと見ていたリトネンさんが急に体を向けると東に向かって信号を送り始めた。

 東の藪から赤き光が何度か瞬くと、俺達に顔を見せる。


「やって来たにゃ。いよいよにゃ」


 屈みながら藪に入り、獣を前にして寝そべった。直ぐを隣にリトネンさんが銃を持って入ってきたが、銃を手放して双眼鏡を手にする。


「距離を何度か測ったから、私に任せるにゃ。照準器はいくつに合わせたにゃ?」


「220に設定してます」


 照準器の距離補正はユーデ単位で目盛ってある。単に数字だけ伝えるだけで良い。


「それぐらいなら丁度良いにゃ。たぶん150~250ぐらいにゃ」


「目標と距離をお願いいますね」


「任せるにゃ」


 屋外狙撃の練習は何度も行ったから、距離の違いによる弾着が変化することは分かっている。

 220に距離を合わせて150の目標を撃つと全ての弾丸が頭を跳び越えてしまうだろう。

 それを考慮したのか、照準メモリの垂直線には少し下に横棒が入っている。標準設定距離から30ユーデ手前の照準だと教えてくれた。

 その間隔が分かれば、30ユーデ先の狙いも付けられる。

 150ユーデとなれば、設定の差が70ユーデになるから、横棒の間隔を更に下にすれば良いわけだ。

 いくつも目盛りがあると混乱するだろうと言っていたけど、もう少し増やしても良いように思えるんだけどなぁ。

 旧王国軍の狙撃手は、歩兵部隊と一緒になって戦っていたらしいから、射撃距離があまり変化しなかったからかもしれないな。


「聞こえてきたにゃ……」


「さすがに、前の偵察部隊とは音が違いますね」


 2人には聞こえるらしいが、俺にはさっぱりだ。帽子から飛び出た猫耳が動いているから音源の方向を探っているのかもしれない。

 しばらくすると俺にも聞こえてきた。かすかな重低音と言う感じだな。

 その音がどんどん大きくなると、寝ていた体にも振動が伝わってきた。

 

 ゴオォォォ……、と俺達の下を通り過ぎる。

 ガタンガタンと線路の繋目を鉄の車輪が通過する音まではっきりと聞こえる。

 リトネンさんが通り過ぎる機関車の引く貨車の台数を呟いているのが聞こえてきた。

 

 最後尾の貨車で獣を持って周囲を警戒する兵士の姿が俺達から遠ざかって行く時だった。


 ドオォォン! という音が2度聞こえ、切通の壁が大きく崩れ落ちる。

 ガラガラと言う音が聞こえてきたのは機関車が脱線して貨車が次々と衝突していく音に違いない。土煙で良く見えないが、上空から人が落ちてきたのがはっきりと見えた。

 最後尾に乗っていた兵士が衝突時に放り上げられたのだろう。


 あれでは誰も助からないんじゃないか?

 そんな思いでじっと状況を見ていた時だった。

 ドォン! ドォン! と連続した爆発音が連続して聞こえてくる。

 

「手榴弾を投げてるにゃ。そろそろこっちに逃げてくるにゃ」


 猟師仲間に聞いた巻き狩りみたいだ。大声を上げたり銃を撃ったりして、獲物を1方向に集めて一気に狩る取る方法だと教えてくれた。

 もう少し大きくなったらお前も参加できるぞ、と言ってくれたんだよなぁ。


 切通しの上まで達する砂塵が、いまだに舞っている。

 その砂塵の中から兵士が次々と現れてきた。

 負傷して仲間に肩を借りている兵士もかなりいるようだ。


「来たにゃ……。クラウス達が発砲を開始してから狙っていくにゃ」


 脱線した場所は俺達が潜んでいる場所から300mほどの距離があるようだ。

 照準器で兵士達を見ると、砂塵で汚れた顔は放心したように虚ろな表情をしている。

 突然の脱線だからなぁ。歩く姿も元気がないが、それでも小銃だけは背負っているようだ。

 兵士達の列の先頭が俺達の下を通り過ぎて行った。

 西では、まだ手榴弾が断続的に炸裂している。

 兵士の列は途切れることがないようだ。


「まだ士官連中が現れないにゃ。客車で全員死んだのかもしれないにゃ」


「さすがにそれは無いでしょう。貨車を使っていた兵士がこれだけ無事だったんですからね」


 そんな話をしている時だった。東の方から激しい銃声が聞こえてきた。

 なるほど、これならここで撃っても誰も気が付かないだろうな。

 両者で撃ちあっているんだろうけど、敵兵は隠れる場所すらないところだからなぁ。適当に尾根に向かって銃撃しながら走り過ぎようとしているようだ。


「やって来たにゃ。あれが指揮官にゃ。取り巻きの士官もいるにゃ」


「あのぐるりと回りを兵士で囲んだ中にいる連中ですか?」


 兵士を盾代わりにしようとしてるんだから、どうしようも無い連中に違いない。


「万歳しながら壁面に倒れてる兵士が分かるかにゃ? あそこが180にゃ」


「ああ、彼ですね。確かに万歳してますね。なら、200に照準を変更しておきます」


 180付近から始めるようだ。

 照準器の上の目盛りを180に合わせると、万歳した兵士に指揮官達の一行が近付いてくるのを待った。


 ゆっくりとボルトを引いて初弾を薬室に送り込む。セーフティレバーを倒して、銃を構えた。


「まだ30ほど距離があるにゃ」


「了解です……」


 全神経を照準器のターゲットに集中していく。

 照準器の中の世界が俺の世界に変わろうとしている時、リトネンさんが10と距離を告げえる。

 照準器の端に彼等の姿が現れる。

 移動方向に銃を向けてその時を待った。


【かの者に天国の門が開かれんことを……】


 祈りを終えると同時にトリガーを引く。

 視野の中で指揮官がその場に倒れ込む。

 不思議と自分が放った銃声が聞こえなかった。


「集まってるにゃ。どんどん倒していくにゃ!」


 リトネンさんの声で、自分を取り戻す。

 再びボルトを引いて薬莢を排出し、次の弾丸を薬室に送り込んだ。


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