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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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J-095 王都で騒ぎ起こすためには


 前方に見えていた山並みが、夕日の赤から紫に替わりそれが闇の中に溶け始める。

 通信機は、ずっと『R1』を送信し、俺の座る銃座のすぐ下にあるらしい赤色灯が通信機の発する信号に連動して点滅してるようだ。

 味方識別信号を出しているから監視所から発砲されることはないけど、尾根沿いにたくさんのヒドラⅡが展開しているからなぁ。

 砦に下りるまでは安心できそうにない。


「すっかり暗くなってきたな。夕暮れ前には砦に戻ってくる計画だったんだけどなぁ」


「予定は未定、と言う言葉もあるぐらいですから、無理をすることはないですよ。一応作戦成功ですからね」


「そうは言ってもなぁ……。出来れば無傷で帰りたかったな」


 ファイネルさんは嘆いているようだけど、運が良かったのも確かだろう。

 船体にはかなりの傷があるんじゃないかな? 3基のエンジンは何事もないように動いているけど、エンジンを上部の砲塔から確認しただけだったからね。

 リトネンさんとエミルさんも潜望鏡のようなもので見ていたようだが、小さな損傷なら見過ごしてしまいそうだ。


 20時に近付く頃に、砦の明かりが見えてくる。

 ゆっくりと速度が落とされ、徐々に高度が落ちていく。

 ミザリーの連絡で、北の広場に明かりが灯される。

 広場に中心に向かって、飛空艇がゆっくりと下りて、……着地した。

 

 バッグと防寒服を持って飛行艇を下りる。やはり揺れない大地は安心ができる。

 無事に帰って来れたと、実感がじわじわと込み上げてくるんだよなぁ。


「部屋に荷物を置いたら解散にゃ。明日はのんびりと部屋に来ればいいにゃ」


「「了解!」」


 俺達の部屋の戸棚にバッグと防寒服を置くと、先ずは食堂に向かう。

 俺達の帰りが遅くなることを知っていたんだろう。食堂の小母さんが笑みを浮かべて夕食のトレイを渡してくれた。

 簡単なスープに焼き立てのパン。たぶん明日の為に焼いていたに違いない。

 ハムを挟んで頂いていると、カップ1杯のワインを小母さんが届けてくれた。

 笑みを浮かべて礼を言う。


「やはり砦は良いなぁ。そういえば、今回の作戦では途中でお弁当を食べただけだったぞ」


「緊張してたから、お腹が空いてたのも忘れてたにゃ。でも、下りた途端にお腹が鳴ったにゃ」


 確かに俺もそうだった。やはり砦の安心感を体も感じていたんだろう。

 ワインを飲み終えるとミザリーと一緒に部屋に帰る。

 まだ母さんは起きていたようだ。俺達に着替えを出してくれたのでシャワーを浴びに出掛ける。

 先に戻ってきたのは俺だったから、母さんに顛末を教えてあげた。


「無茶はしないでね。父さんなら、しっかりと弱点を狙ったんじゃないかしら?」


 弱点なんて……。と言いかけて、ふと気が付いた。

 あると言えばある。見た感じではあの窓の厚みはそれほどないみたいだ。

 窓を狙って撃ち込んでは見たが、ブリッジのどこに当たったのかも分からないほど、次の砲弾を打つことだけを考えていたんだよなぁ……。

 俺は 元猟師の狙撃兵だ。

 1発の銃弾の重みが分かるんじゃなかったのか?

 それを考えると、もっと慎重に狙ってもよかったように思える。少なくとも、窓越しのどこに当てるかを考えて撃たないと、狙撃兵失格ってことになりかねない。


「もう、母さんに話してたの? 私が教えようと思ってたのに!」


「リーディルは貴方じゃないわ。ミザリーはどんな活躍をしたの?」


「それはね……」


 笑みを浮かべて、ミザリーが話を始めた。

 ミザリーの通信を受け取った母さんなら、電信の信号を聞いただけでも緊迫した様子が分かっていたに違いない。

 

 翌日の昼過ぎに、俺達の部屋へ行く。

 待機していたのはテレーザさんとイオニアさんの2人だけだ。ミザリーが増えたから、テーブルでスゴロクを始めたけど……、良いのかなぁ?


「ハンズさん達は?」


「車庫に行ったわよ。やはり、かなりの損傷があったみたい。増加装甲板にも亀裂があったらしいわ」


「至近距離で爆発しましたからねぇ。前部の銃座も装甲シャッターを閉めておくべきでした」


「次に忘れなければ十分よ。リトネンも少しは反省したんじゃないかしら」


 だが、これでしばらくは足止めだ。

 船尾の翼は新たに作ることになってしまうし、破損した増加装甲板も交換することになるだろう。


 15時過ぎに皆が戻って来たんだけど、クラウスさんも一緒だった。

 俺達からも状況を聞きたいとのことだったが、双眼鏡を使っても空中軍艦の貫通した穴の詳細は分からなかったんだよなぁ。

 

「よくも空中軍艦を大破させたものだ。これでしばらく帝国軍は防戦に向かうしかないだろうな」


 とはいえ帝国軍の国力は、俺達の数十倍はありそうだからなぁ。

 次はどんな形で物資輸送をするんだろう。


「アデレイ王国が飛行船を建造中と聞いたんですが?」


「既に噂になっているようだが、飛空艇に搭載した『ジュピテル』の劣化版を供与した。重力軽減能力はおよそ百分の一だから飛行船との併用となったようだな。直径50ユーデ、全長は250ユーデを越える巨大飛行船だ」


「ひょっとして……、帝国本土への直接攻撃ですか?」


「十分に可能だろうな。高度5000ユーデの飛行が可能というから、与圧構造を取っているに違いない。問題は搭載する爆弾と、空中軍艦対応だろう。もっとも空中軍艦の姿を見たなら上空に逃げるということで飛行厳戒高度を高めているのかもしれん」


 爆弾は口径8イルム(20cm)重砲の砲弾を使うということだが、1発3ブロス(60kg)近いんじゃないかな。それが30発も積めるというんだからとんでもない飛行船だということは間違いない。


「数回帝都を爆撃すれば、この大陸から引き上げるかもしれないにゃ」


「気になるのは、帝国軍の空中軍艦の数ですね。それに同じ飛行船なら、つぶし合うこともできそうに思えるんですけど……」


「たぶん1度目は成功するだろう。だが2度目はリーディルの言う通りかもしれん。

 その辺りはアデレイ王国も考えてはいるんだろうな」


 それだけ大きいなら、飛行機を吊り下げていけそうだな。

 数機も搭載したら、空中空母になりそうだ。

 飛行船の最大速度と飛行機が失速しない最低速度が上手く嚙み合えば、案外うまくいくんじゃないかな?


 さて俺達の飛空艇なんだが……。どうやら修理に1か月はかかるらしい。

 その間は、また狙撃訓練になるんだろうか?


「それで、皆に相談なんだが、かなり前に試作した小型の飛行船が1隻ある。これを使って、王都で騒ぎを起こせないか?」


 クラウスさんの提案に俺達が顔を見合わせる。

 騒ぎを起こすということだから、武装はほとんど無いってことなんだろう。

 そうなると……。


「私とリーディルを王都の屋根に下ろすぐらいはできるのかにゃ?」

「それぐらいはできそうだ。乗員は数人と聞いている。俺が話を聞いた時には上空から手榴弾でも落とそうかと考えたんだが……」


「もっと、良い方法があるにゃ。上手く行けば施政官を葬れるにゃ」

「狙撃ってことか。だが、王宮内の執務室からあまり出ないようだぞ。旧王都の連絡員からも施政官の情報は余り無いんだ」


 リトネンさんとクラウスさんが顔を見合わていたが、2人の表情がだんだんと緩んでくる。

 上手く行くと良いんだが、本当に狙撃なんて出来るんだろうか?


「後は任せた。試作飛行船はファイネルが東の砦に取りに行ってこい!」


 クラウスさんとオルバンが部屋を出て行くと、直ぐにエミルさんが王都の地図をテーブルに広げる。


「作戦はリトネンに任せるよ。俺は東に行ってくる」

「なら俺も付き合おう。2人で向えば今夜中には着けるだろう」


 2人が出て行くと、男は俺だけになってしまう。

 だが、狙撃となれば俺も残ってどんな方法をとるかよく考えないといけないんだよなぁ。


「王都の王宮はここにゃ。かつて王様が執務していた部屋はこの辺りにゃ。リーディルがドラゴニルを使うなら必中距離は300ユーデを越えるにゃ。そうなると……」


 エミルさんが定規で寸法を確認すると、コンパスで丸い円を地図に描いた。


「この円内なら、確実ね。でも、もう少し離れてもだいじょうぶなんでしょう?」

「500は越えたくないにゃ。たぶんヘッドショットはできないにゃ」

「胴体なら何とかなりそうですよ」


「なら、おもしろい銃弾を作って貰うにゃ。数発なら作ってくれそうにゃ」


 どんな銃弾なんだろう?

 30口径弾だから、あまり変な銃弾にはならないと思うんだけどねぇ……。


「狙撃地点は貴族舘になるのかしら? 屋根に下りるんでしょうけど、見つからないの?」

「王宮を狙うなら、ここが1番にゃ」


 リトネンさんが指差したのは王都に4つある神殿の1つだった。

 風の神殿と書かれている。


「鐘楼からの狙撃ですか?」


 イオニアさんの問いにリトネンさんが首を振る。


「礼拝堂からにゃ。鐘楼だと、いかにもって感じにゃ。まさかそんなところから、と思わせるべきにゃ」


 それはそうだろうけど……。

 下りるのは何とかなりそうだ。俺達の回収も、縄梯子を使えば何とかなるだろう。だが屋根の上からちゃんと狙撃できるだろうか?

 神殿の屋根というからには、かなり傾斜がきついんじゃないかな。


「このシンボルの基台なら3ユーデほどの広さがあるにゃ。昔上ったことがあるから任せるにゃ」


 さすがは元義賊ってことかな?

 それにしても、どうしてこんな場所に登ろうとしたんだろう?


「あれって金メッキなんでしょう?」

「本当かどうか、確かめたにゃ」


 エミルさんの問いに、リトネンさんが答えているけど、もしも金そのものだったら盗んでいたってことかな?

 とはいえ、かつてリトネンさんが登ったというなら、問題は無さそうだ。それにしても、どこから登ったんだろう?


 翌日から、500ユーデ離れた的を相手に狙撃訓練を始めた。

 ファイネルさん達が受け取ってきた飛行船は、確かに小さい。大きな葉巻型の気球の下部に付いたゴンドラは6輪駆動車ほどの大きさだ。確かに数人になってしまうな。


「最高速度が時速30ミラルだからなぁ。巡航ともなれば時速20ミラルというところだろう。王都まで6時間程掛かりそうだ」

「往復に問題はないのかにゃ?」


「十分に可能だ。戦場の偵察にも何度か使たらしいが、空中軍艦が出てきたのでそれっきりらしい。『ジュピテル』を搭載すればもう少しマシな使い方もできそうだが、そうなると2人ぐらいしか乗れないんじゃないか」


「船体を真黒に塗装するにゃ。ついでに30ユーデほどの縄梯子を作って貰って、同じように黒く塗って欲しいにゃ」


「夜に攻撃するってことだな。ドワーフ族に頼んでくるよ。縄梯子もしっかりとゴンドラに取り付けて貰う」


 3日もあれば十分だろうと言っていたけど、今は下弦の月だったはずだ。5日もしない内に出撃することになりそうだぞ。


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