J-090 損傷は与えたようだけど
相対速度は毎時100ミラルを越えているんじゃないかな。急速に空中軍艦の姿が大きくなる。
距離勘が上手く分からないが、空中軍艦の前部に設けられたガラスの大窓の上部に照準を合わせて砲弾を放つ。
着弾を確認する間を惜しんで右足で装填レバーを蹴りつけ、再び照準器に空中軍艦を捉えると、今度は目の前を通り過ぎようとしているブリッジに向けて砲弾を放った。
もう1発行けるか?
急いで装填レバーを蹴りつけると、3弾目は船尾を狙う。
ほとんど限界までヒドラⅡ改を下に向けての砲撃だが、何とか当たったんじゃないかな。
これで俺の戦闘は終了になるが、船尾のハンズさんの方はもう1撃はできるだろう。
「よくわからないにゃ……」
「噴進弾の1発は確実に当たったぞ。リーディル達の砲撃も10発近くは当たったはずだが?」
「打たれ強いのが軍艦の特徴でしょう? そういう意味では確かに空中軍艦ね」
テレーザさんの言葉に、リトネンさんが腕を組んで考え込んでいる。
伝声管でイオニアさんに攻撃判定を確認しているようだから、少し待てば詳しい状況も分かるんじゃないかな。
それにしても、輸送船とはまるで違う。
3イルム噴進弾やヒドラⅡ改の1.5イルム砲弾を受けても悠然と飛んでいるんだからなぁ。
しばらくして、後方にいた3人が帰ってきた。
このまま西の砦に帰投する予定だったからからだろう。 エミルさんがミザリーを手招きしているのは飲み物を用意してくれるのかな?
「船尾の銃座から確認した結果だが、あまり有効ではなかったようだ。数カ所からの発煙を確認しているが最初の攻撃より増えたとも思えないな」
「炸裂焼夷弾では装甲板を撃ち抜けなかったという事にゃ……。後方からの攻撃ではそれなりに効果があったように思えたんだけど……」
「装甲の厚さを部位によって変えてるんじゃないか? それに2重装甲を施しているかもしれんぞ」
2重装甲とは、メインの装甲板から1イルムほど離して4分の1イルムほどの装甲板を張るらしい。
榴弾などは表面の装甲板で炸裂して、次の装甲板を抜くことができないそうだ。
「飛行機の爆弾で1隻落とされてるにゃ。その対策が出来てるってことにゃ。そうなると、徹甲弾を噴進弾にしないといけないにゃ」
「簡単に言うけど、かなり難しいかもよ。徹甲弾を放つ大砲は装薬が3割増しなの。野砲で徹甲弾を多用できないのは砲身寿命を著しく低減させるからなのよ」
「だが後方の上空から攻撃するのであれば、少なくとも上部装甲板を抜けるのは分かった。上階の床を抜けるようにするだけなら噴進弾の速度を上げて、砲弾先端部を厚くすれば良いんじゃないか?
炸裂焼夷弾ではなく炸裂弾でも十分に思えるな」
噴進弾の方は改良できそうだけど、ヒドラⅡ改の砲弾は砲弾が小さいから改良の余地が少なそうだ。だが、装薬を1割増しにすることぐらいはできるだろう。至近距離なら空中軍艦にたくさんある窓を狙っても良さそうだ。
「ミザリー、砦に連絡にゃ。空中軍艦との一戦を終えて帰投する。『R1』コードを発信すると伝えて欲しいにゃ」
「了解しました」
通信機の前で、俺達の話を聞いていたミザリーが直ぐに電鍵を打ち始める。
さて、とりあえずはこれでお終いなんだろうな。
席を立ったファイネルさんが手招きしてくれてるから、俺も席を立つとコーヒーの入ったカップを持ってブリッジを出ることにした。
砲塔区画の窓を開けて、ベンチに腰を下ろす。
タバコに火を点けていると、ハンズさんも入ってきた。
飛空艇の搭乗員である3人の男が揃った感じだ。
一服しながら、フェイネルさんが防寒服から取り出したスキットルのワインを回し飲みするのも何となく仲間同志という感じがする。
「それにしても空中軍艦は別格だな。都合3発、いや4発は噴進弾が当たったはずだがあの通りだからなぁ」
「ヒドラⅡ改の砲弾を受けても大きな損傷にはならなかったようだ。だが表面装甲板には穴が空いたぞ。全部を二重装甲にはできなかったんだろうな。上部甲板の穴からは2度目の攻撃時にも煙が出ていた」
反省とも驚嘆とも付かない話だけど、それだけあの空中軍艦は手強い相手になるのだろう。
「問題は次の会戦ですね。たぶん俺達への対策も考えて来るんじゃないですか?」
「そうなるだろうな。軽傷よりも傷は深かったに違いない。それに、最後の攻撃時にはかなり銃弾を受けたぞ。飛空艇のほうにも少しは被害があったかもしれん。少なくとも後部銃座の防弾ガラスの1枚は交換だ。銃痕が付いてしまったからな」
「貫通しなかったのか?」
「1イルムもある防弾ガラスだ。表面を削ったに過ぎないが視界が悪くなってしまった。弾痕を見る限りゴブリン相当の銃弾に違いない。10人程が甲板で銃撃してきた」
そういえば舷側上部からも発砲炎が見えた。
舷側中部や全面ではそういうことが無かったから、その辺りにある窓は開けることができないってことなのかな?
「どうした急に笑みを浮かべて?」
「今の話で空中軍艦の構造が少し分かったんです。俺も小銃の発砲炎を見ました。位置は……」
バッグからメモ帳を取り出して簡単な絵を描く。
ハンズさんの話と、俺が見た発砲炎の位置を側面と前面で描いてみた。
「舷側と前面からは発砲炎が確認できなかったのか!」
「たぶん、底も発砲箇所は無いんじゃないでしょうか。ブリッジで二重装甲の話がありましたが、この範囲がそれにあたるんじゃないかと」
「もう1つあるぞ、このブリッジの後方だ。ここに穴が空いたぐらいだからな」
「上部甲板なら装甲板を追加するのも容易だろう。さすがにブリッジ後方はどんな形であれ追加は確実だな。だが、側面上部となれば話は別だ。曲線を作ることになるから、装甲板の加工が面倒になるはず。次はここだな」
弱点が見えたけど、果たしてその位置にあるのは何だろう?
できれば燃えやすいものがたくさんあると良いんだけどね。
「枢要区域を狙うには、武装が貧弱です。でも追い返すぐらいなら出来そうですね」
「案外、次の作戦時には『これを試せ!』なんてことになりかねないけどなぁ。だが、確かに悪くない。
この位置に当てるなら上空から空中軍艦に斜めに攻撃することになるな。今回は舷側砲の砲撃が無かったが、空中軍艦の下に抜けるようなことになれば撃って来るに違いないぞ」
攻撃は空中軍艦の上空に限るってことになるんだろう。
その辺りは、すでにリトネンさんも知ってるんじゃないかな。本能に近いように思えるほど危機管理能力が高いからね。
さて、そろそろブリッジに戻ろう。
いつまでもここにいると、さぼっていると思われそうだ。
ブリッジの扉を開けると、眩しい朝日が俺達を射る。朝日が昇ってきたようだ。
「砦まで、3間程掛かるわよ。のんびりしていても良かったのに」
「操縦を替わるよ。今度はテレーザ達が休むといい」
そんな会話を聞きながら、前方に目を向ける。
やはり朝の光景は格別だ。緑のグラディ―ションが絶妙だ。絵心があるならこの光景を残せるんだけど……。
「ゴーグルを忘れたの? これを上げるわ」
エミルさんから頂いたのはサングラスだった。
ゴーグルよりもこっちの方が遥かに具合が良い。ありがたく礼を言うと、「お揃いよ!」と言って同じ形のサングラスを取り出した。
「上空は結構明るいの。乗船する時には常に持っているのよ。戦闘時にはゴーグルを掛けた方が間違いは無さそうね。一応、防弾ガラスだけど撃ち抜かれる可能性だってあるんだから」
「そうします。それにしても綺麗な光景ですね……」
「母さんに見せてあげたいな。絵にかいてみたいけど、ここで止まるってことはできないよね」
いつの間にか足元にミザリーが座っていた。
俺達の識別信号はどうなってるんだ?
通信機のデスクを振り返ると、緑のライトと共に見覚えのある周期で小さな赤色灯が瞬いていた。
自動で識別信号を送ってるのか?
立った2文字だから出来るんだろうが、どんな仕組みなんだろうな。
いつの間にかリトネンさんもやって来た。銃座を下りるように言われたので退いたら、すぐに銃座に座り込んでしまった。
一番眺めが良い場所だからなぁ。
しょうがないので、ファイネルさんの隣のテレーザさんの席に座る。
「追い出されたのか? まあ、そこに座ってるんだな」
笑みを浮かべてファイネルさんが慰めてくれたけど、目の前の金属製の箱の中に前方が映し出されている。
「潜望鏡を大きくしたようなものだ。前方限定だが、ガラスに方位目盛が描かれているから、軸線をああせることができる。隣はコンパスだ。その隣が傾斜計になる」
結構色々と計器が付いている。これを見ながら2人で操縦して、噴進弾の発射も行うんだから戦闘時は忙しいだろうな。
「操縦してみるか?」
笑みを浮かべてファイネルさんが問い掛けてきた。
「良いんですか?」
「真っ直ぐ飛ぶだけだからなぁ。高度はこのままで良いからそれほど難しくはないぞ」
言われるままに操縦桿を握る。
「肩の力を抜いて、少しハンドルを左に傾けて見ろ……。ほら進路が左の尾根に向いたぞ。ゆっくりと戻せば……。ああ、それでいい。進路が元に戻った。今度は少し引いてみろ……」
言われるままに操縦桿を動かすと、飛空艇が前を上げて上昇を始める。
何度か繰り返していると、銃座の女性達がこっちを見てるんだよなぁ。少し乱暴だったのかな?
20分ほど楽しませてもらって、操縦をファイネルさんに渡す。
操縦桿を握っていた手がじっとりと汗ばんでいるからね。緊張していたことは確かだが予想以上だったようだ。
「長時間の操縦を替わって貰えるぐらいには腕を上げてくれよ。俺とテレーザの休憩時間が長く取れるからなぁ」
俺一人では無理だけど、隣にどちらかが座ってくれるなら何とかなるかもしれないな。万が一の時には替わって貰えるだろう。
でも、前方の監視は誰になるんだろう?
案外リトネンさんが自ら行うかもしれない。ずっと銃座に座ったままだからなぁ。




