J-089 空中軍艦を叩け
「海上に出て30分は経ちますけど、まだ船団らしきものは見当たりませんが?」
ブリッジ後方を振り返った俺が首を傾げるの見て、リトネンさんが笑みを浮かべている。
「これで良いにゃ。ファイネル、後30分も進んだら東に向かうにゃ。エミル、進路に問題はないにゃ?」
「予定の航路よ。問題なし。東に20分飛行して北に向かえば、正面に船団が見えるはずだわ」
「ひょっとして、南から攻撃すると?」
「当たりにゃ! 輸送船団の南は自分達の海だと思っているにゃ。見張りの多くは北と東西に向いてる筈にゃ」
さすがに南を見張る兵士がいないことは無いだろうけど、先入観もあるだろうからなぁ。あまり熱心に見張ることは無いってことか……。
「帝国軍は飛行船や空中軍艦を持っているからなぁ。奴らの拠点が南の島にあるなら、そこから飛んできたと思わせることもできる。それに飛空艇は小さいから距離を掴み難いだろう」
なるほど………。攻撃方向を変えるだけで、結構利点があるようだ。
しばらくして飛空艇が東に進路を変える。
リトネンさんの指示で、ミザリーが砦に海上の輸送艦隊を攻撃することを伝え始めた。
攻撃前の連絡は、クラウスさんが心待ちにしているんだろう。
カタカタという電鍵の音がしばらく続くと、ミザリーの前に設置された通信機のライトが返信で点滅を始めた。
んっ! 少し長いんじゃないか?
「返信です!」
ミザリーが大声を出しながら、リトネンさんにメモを手渡している。
「頑張れ!」という簡単なものではないようだ。だんだんとリトネンさんの顏の表情がこわばっている。
「皆、聞くにゃ! 敵の輸送船団の上空に空中戦艦がいるかもしれないにゃ!」
何だと! 後ろを振り返ったままで、視線をリトネンさんに固定する。
「やってみるにゃ。空中軍艦を確認出来たら空中戦艦が目標にゃ。確認できない場合は海上の輸送船にゃ!
ファイネル、2500まで飛空艇を上昇させるにゃ。上昇後に回頭して北に向かって巡航を維持するにゃ」
「了解! 高度2500。防寒服を着た方が良いぞ。結構寒いからな」
急いで座席に羽織らせていた防寒服を着て手袋を付ける。
薄手の手袋を付けていたが、これは分厚い革の手袋だ。装備ベルトのD形金具に座席に取り付けてあるロープを結ぶ。2ユーデほどの長さだから、銃座の金網から足を滑らせても下に落ちることは無いだろう。
他の連中も、座席のベルトを締め直している。機動が飛空艇の売りだからね。かなり乱暴な操縦になるに違いない。
確かに高度が上がると、気温が下がるようだ。
砦ならシャツを開けているぐらいだからなぁ。おかげでイオニアさん達が苦笑いして俺を見てるんだけど、それだけ健全な男ということになるんだろう。
そんな女性達だけど、さすがに今は真剣な表情で前方を睨んでいるに違いない。
何時ものように、俺の座席の後ろに立って俺の頭に体を預けながらエミルさんが双眼鏡で前方を眺めている。
頭に当たるふくらみが気になって、俺の監視が疎かになるんだよなぁ。
んっ! あの光は……。
「エミルさん。左下方30度付近に何か光が見えますよ……」
「確かに光ってるわね……。リトネン! 見付けたわ。左20度、下方30度。目分量だけど、距離25ミラル。高度差は1000ユーデほどありそうよ」
「了解にゃ。船内のライトは消してあるから、向こうからはまだ気が付いていないと思うにゃ。このまま接近して距離1ミラルで急降下。砲撃後は直ぐに上昇して北に向かうにゃ」
「進路変更、左20度……。ハンズ、聞いたか! 始まるぞ」
「私も砲塔に向かう! どちらかのヒドラⅡが使えるだろう」
リトネンさんの返事も待たずに、イオニアさんがブリッジを出て行った。
俺の肩を、ポン! と叩いて、エミルさんもイオニアさんの後を追う。
「あれか! こっちでも確認できたぞ。テレーザに操縦を任せる。俺は噴進弾の発射に専念するよ」
「軸線を外さないようにすれば良いわね。砲撃後は直ぐに上昇するわ」
「頼んだぞ。翼端プロペラの角度を30度に換えて、操縦桿を引けば急速上昇するはずだ」
だいぶ近付てきた。満月に照らされて、船体形状が良く見える。
上部に4つもプロペラを回しているし、推進用の船尾のプロペラは2つあるようだ。
「かなりはっきりと見えますが、空中軍艦の上部には砲塔はありません。ヒドラⅡのような突き出した小型砲も確認できません」
「了解にゃ。やはり地上攻撃特化と言う事にゃ。上部に柵が巡らしているから、搭乗兵の狙撃は覚悟するにゃ」
俺の直ぐ後ろからリトネンさんの声が聞こえてきた。先ほどまでエミルさんが立っていた場所に今度はリトネンさんが立っている。
ガラス窓が床から天井まであるからなぁ。一番よく見えるということでやって来たんだろう。
「もう少し近付くにゃ……」
かなり近いんじゃないかな? 角度にしたら40度ほど下に空中軍艦が見える。
上部の柵に囲まれた部分は平らなようだ空中軍艦のデッキとも言える場所かもしれない。船体中央より少し前にブリッジが上に張り出している。あれだけでも2階建ての高さがありそうだ。
何人かがデッキの上でタバコを楽しんでいるのが見える。
大きな図体だし装甲板を持っているから安心しているのだろう……。
「急速降下! 速度を上げて空中戦艦の上空300ユーデで急上昇にゃ!」
「了解!」
テレーザさんの言葉が届く前に、飛空艇が前のめりになると空中軍艦に向かって急降下を始めた。
既にヒドラⅡ改のセーフティは解除してある。
2つ並んだ銃身の間に設けた簡易照準器を空中軍艦に向ける。照準器の丸い枠内から空中軍艦がはみ出している。
さらに降下して、およそ500ユーデの距離でトリガーを引いた。
両肩に反動が伝わる中、右足で装填レバーを蹴飛ばすように操作すると次の砲弾が装填される。
直ぐに次弾を放ち、更に3弾目を装填していると、足元から3本の炎が空中軍艦に延びて行った。
着弾して広がる炎が俺を焦がすんじゃないかと思ったほどだ。3段目を放とうとすると今度は飛空艇の前部が上に向けられる。慌てて3弾目を放ったんだが、当たったかどうかはまるで分からない。
既に空中軍艦の姿はここからでは見えなくなってしまった。
後部から砲撃音がするのは、イオニアさん達がまだ射ち続けているのだろう。
さて、結果はどうだったんだ?
いつの間にかリトネンさんが自分のお立ち台に戻り、潜望鏡を覗いている。
後方の確認もできるんだったな。
「被害は与えたみたいにゃ。何カ所かから煙を出してるけど、どんな具合かまでは分からないにゃ」
「砲塔区画! 空中軍艦の被害は分からないか? ……了解。待ってるぞ!」
伝声管を元に戻して、ファイネルさんがリトネンさんに体を向ける。
「エミルが状況報告に来るそうです。ハンザのところで最終確認をしてくるそうですからしばらく掛かるかもしれません」
「了解にゃ。このまま2500まで上昇して南に向かうにゃ。油断したところを再度襲うにゃ」
ちょっと時間があるってことだな。3発撃ってるから、新たな砲弾をヒドラⅡ改の上部マガジンにセットしておく。
すっかり冷えてしまったカップのコーヒーを飲みながらエミルさんがやって来るのを待つことにした。
しばらく待っていると、エミルさんがブリッジに入ってくる。図番を持っているということは、着弾カ所の概要図を作ったってことかな。
「戻りました。かなり被害は与えたんでしょうけど、飛行高度に変化はないようです。空中軍艦の被弾個所は、上部のデッキとブリッジ後部です。
噴進弾の2発はブリッジで炸裂。被害は余り無さそうですが、ブリッジの後方は装甲板を破り内部柄炸裂した模様。
ヒドラの砲弾は多数貫通してますがそれほど煙を出してはいません。ブリッジ直下の床を破ることは無かったようです」
「やはり徹甲弾が必要にゃ。次の攻撃を行って早々に引き上げるにゃ」
諦めが良いのかな?
落とすことまでは考えていないようだ。
もっとも、多層構造で作られているようだから、枢要区域を破るのは現状では無理なのかもしれない。
もう1階層を破ることができるなら、何とかなるんじゃないかな。
「再攻撃ということですね? 砲塔区画には私が伝えます。次回も同じような攻撃機動を行いますか?」
「帰るだけだから、水平飛行で近付くにゃ。その方がヒドラⅡを沢山撃てそうにゃ」
「了解です!」と答えたエミルさんに笑みが浮かんでいた。
今回は余り撃てなかったに違いない。水平飛行なら、もっと砲弾を放てるだろう。
南に向かって30分ほど航行したところで、再び半時計回りに回頭を行う。
ミザリーが最初の攻撃結果を砦に送信すると、直ぐに返事が返ってきた。
「無理は厳禁!」ということだから、この攻撃が無事に終われば砦に戻っても指令違反とはならないだろう。
「見えてきたにゃ! 煙が何カ所かから出ているにゃ」
「会合はもう少し先の筈です。空中軍艦は帰島途中のようですね」
「動きが鈍ったとは思えないが、まだ中は延焼しているのかもしれんな。下に見えるが、高度はどうする?」
「軸線を合わせて、高度差を500にするにゃ。上に向けて銃弾を放つなら威力が落ちるにゃ」
周囲がガラスだからなぁ……。防弾ガラスとは聞いてるけど、ヒビが入るぐらいで済めば良いんだが……。
「準備は良いかにゃ!」
リトネンさんの声に片手を上げて、完了していることをアピールする。
伝声管からハンズさんの声も聞こえてきたから、噴進弾の装填も終えたんだろう。
「行くぞ! テレーザ、巡航で十分だ。向こうもこっちに向かってるからな。軸線は注意してくれよ!」
「だいじょうぶよ。ファイネルの方も、上手く発射するのよ。たぶんすれちがう時間は3秒にも満たないはずよ」
俺の方も3射はできないだろうな。
今度は空中軍艦の船首部分が目標だ。飛空艇のように前部の全体がガラス窓になっているわけではないけど、それなりの大きさの窓が付いている。あの窓を上手く撃ち抜ければ良いんだが……。
高度がどんどん落ちていく。
やがて水平飛行に移ったんだが、先ほどと違って空中軍艦の前が良く見える。
ヒドラⅡ改の狙いを付けようとしている時だった。
突然空中戦艦の下部の砲塔が火を噴く。
砲弾が当たることは無かったが、やはり高度差はもっとあった方が良いのかもしれない。
「榴弾を放ったみたいにゃ。当たらなければ問題ないにゃ」
リトネンさんが知らせてくれた。潜望鏡で前方を見てたのかな? 色々と付いてるようだから視界を拡大することができるのかもしれない。
既に空中軍艦まで1ミラルも無い。
ヒドラⅡ改の銃床をしっかりと肩に当てて、その時を待つ。




