J-088 爆撃前の一時
今度の改造でエミルさんのところにも、下を眺める潜望鏡が取り付けられたようだ。
リトネンさんのお立ち台にある潜望鏡と違って、少し大きいのは同じ視野内に対象物との方位角を読み取れる構造になっているからだそうだ。
おかげで飛空艇の現在地を、かなり正確に地図上に描くことが出来るらしい。
夜間飛行では目標物が限定されてしまうらしいけど、今夜は満月だからなぁ。かなり正確に飛空艇の位置を把握しているに違いない。
「このまま進めば、2時間程で帝国軍の陣地の上を通過するわ」
「高度を落とさずに通過するにゃ。爆弾の投下は2回に分けられるのかにゃ?」
「左右の翼に下げてる爆弾は、全部で10発。2回に分けるなら、最初が6発で次が4発だ」
「投下タイミングを2秒ずらすにゃ。少し被害半径が広がるにゃ」
「次弾投下は2秒後! 了解」
フェイネルさんが復唱する。爆弾の照準と投下レバーはかつての爆弾区画からブリッジに移された。
ファイネルさんとテレーザさんの仕事が増えたけど、元々2人で操縦していたからね。
テレーザさんもいつの間にか操縦が上手くなったのだろう。フェイネルさんが指導する声がほとんどなくなった。
今のところ暇だから、ハンズさんと砲塔区画に移動して一服を楽しむ。
舷側にある小窓を3つ開けると、煙が流れていくからなぁ。
安心して休憩できる場所があるのは良いことだ。
「今度はかなり大きく床が開くんですね?」
床の中央付近に大きなハッチがある。スライド式のようだ。
「落ちたら大変だから、命綱を付けるんだ。俺達の装備ベルトに『D』型の金具が付いてるだろう? その金具にあのロープのフックを取り付ければ、落ちても這い上がることは出来る。一応3組あるんだが、2組で十分だと思うんだがなぁ」
予備と言う事かもしれない。ヒドラⅡの射撃時にも使うと言っていたから、窓を破られても外に飛び出すことは無いだろう。
俺のところにも付いてるんだろうか? 帰ったら確認してみよう。
「側面はイオニアに任せて、俺は船尾の銃座に付くつもりだ。攻撃判定も出来るからな」
「前部と同じ半球の窓になっているようでしたが?」
「直径は半分ほどだが、眺めは問題ない。1人用ということなんだろう。ブリッジは人が多いし、ファイネル達もあの窓から前を見て操縦するんだから大きくないと困るだろう」
「眺めは良いんですけどねぇ……。足元から下が見えるのが何とも……」
俺も言葉に、ハンズさんが笑い声を上げて、俺の肩を叩く。
トラ族だからなぁ。軽く叩いているつもりなんだろうが、かなり痛いぞ。それに叩かれるたびに体が前に動いてしまう。
「俺もそうだからなぁ。だが足元は鉄板の上だから、そこまで酷くはない。俺達が地面を歩く種族だからに違いない。鳥が先祖ならば全く動じないんだろうがなぁ」
鳥族っているんだろうか?
聞いたことがないから、ハンズさんの冗談なんだろう。
だけど、立派な体格をしているハンズさんにとっても、空の上は勝手が違う様だ。同類がいるということ知るだけでも、少し不安が減ったように感じるな。
「何を笑ってるんだ?」
顔を上げると、コーヒーカップを3つ纏めて持っているファイネルさんの姿があった。
俺達にカップを配り終えると、近くの箱の上に腰を下ろしたけど、あの箱の中身は砲弾なんだよなぁ。
「やはり俺達は地上で暮らす種族だと確認してたところだ。飛空艇の凄さは理解できるが、やはり空の上となるとなぁ……」
「そういうことか! 納得だ。俺もそうだからなぁ。少なくともリーディルの席には俺は座れないよ。座ったとしても、再び地上に降りるまでは緊張して奥歯を鳴らしてると思うぞ。操縦席は足元が見えないからね。それでも、下降時には今でも体が硬くなるよ」
俺達でさえそうなんだから、飛行機に乗る連中はさぞかし度胸があるに違いない。
ほとんど墜落するような感じで下降するのを見たことがある。
「飛行船にしても空中軍艦にしても、かなりの大型だ。あれは大型化することで空の上だという乗員の恐怖を軽減させているのかもしれないな」
「乗員が多いというのも安心できる要因になるはずだ。だが、そうであるなら攻撃に対しては新兵並みの動きをするかもしれんな」
「恐怖の伝染って奴か? 新兵が必ず罹るとまで言われてるぞ。俺も最初の戦闘はそうだったからなぁ。リーディルが罹らなかったのが不思議に思えるぐらいだ」
「まさか、反乱軍に入る前に人殺しをしたわけではあるまいな?」
2人の視線が俺に向けられたけど、かなり真剣な表情だ。先ほどの笑みがすっかり消えている。
「たぶん猟師暮らしをしていたせいかもしれません。獲物を解体して運んできましたからね。それに、母さんから強く言われたことを今でも守っていますよ。
『かの者に天国の門が開かれんことを……』
祈りを終えて、何時もトリガーを引いてます」
「鬼畜ではあっても、人間であるということを自覚して倒しているのか……。今の言葉を聞けば従軍神官が涙を流すに違いない。
狙撃の名手を『死神』という仲間もいることは確かだが、そいつらがリーディルよりも相手を思いやるとは思えないな。
俺も、見習おう。祈りを捧げることで心の乱れも取れるかもしれん」
急場では後で祈ることもあったけど、祈るという行為が俺の心を安定させてくれることは分かっている。
今では、トリガーを引く前の儀式に近いように思えるほどだ。
「さてそろそろ、切り上げるか。あまり長く休んでいると、文句を言われそうだ」
「爆撃予定時刻まで1時間もあるぞ。俺はここで待機するよ。横になれるからなぁ。何かあれば、ブザーで呼んでくれ」
「了解だ。爆撃だけなら俺達で出来るからな。爆撃判定はよろしく頼んだぞ!」
俺とファイネルさんがブリッジに戻ると、ブリッジ内では銃座の後ろに皆が集まって前方を眺めていた。
全員が飲み物を入れた専用のカップを持っているから、何かあったわけではないようだ。
昼間なら眺めが良いんだろうけどね。
俺達の姿を見て自分の席に戻って行ったけど、なんか悪いことをした感じだな。
「何か見付けたのか?」
「何もないけど、今夜は満月でしょう。結構眺めが良いのよ」
気になったんだろう、ファイネルさんが隣のテレーザさんに確認している。
そんなに眺めが良いのかな?
下を見ると、満月に照らされた地上がちょっと幻想的に見える。
なるほどね……。季節と時間がこの光景を見せてくれるのか。
海上ならもっと幻想的に見えるかもしれないな。
砦を出発して約4時間。前方に点滅する光が見えてきた。
小さな閃光が広範囲に広がっている。
双眼鏡で確認して見ると、どうやら砲弾が炸裂する爆炎らしい。あの辺りが前線になるんだろうか?
「軸線の左15度方向に、砲弾の炸裂光が見えます。距離はおよそ30ミラル!」
「了解にゃ! ファイネル、速度を毎時40ミラルに落とすにゃ。リーディル、敵軍の位置が確認出来たら教えて欲しいにゃ」
「「了解!」」
砲弾が炸裂している位置に帝国軍はいないってことかな? それとも、指揮している陣を潰そうと考えてるんだろうか?
炸裂光の右手に注意して双眼鏡を眺めていると、蒸気自動車の牽引する大砲がずらりと並んでいる場所を見付けた。
「軸線より左5度に2段の砲列を確認。数は30門を越えています!」
「ファイネル、目標が確認できたかにゃ?」
「……待ってくれ! ……確認できたぞ。なるほど並んでるな。これを狙うのか?」
「大砲が減るのは良いことにゃ」
確かに良いことには違いない。
地上の光景が右に移動して行く。大砲の列に飛空艇の軸線を合わせているようだ。
「ハンズ! 聞こえるか? 帝国軍の砲列を叩く。船尾に向かって爆撃判定を頼む!」
フェイネルさんが伝声管でハンズさんに伝えると、ハンズさんの了解を告げる声が小さく聞こえてきた。
「船内の明かりを消すにゃ。このまま接近して爆撃をするにゃ。タイミングはファイネルに任せるにゃ」
「了解! 爆撃照準に切替えるぞ。テレーザに操縦は任せる。俺は爆撃に専念するよ」
「軸線を保てばいいわね。ちゃんと当てるのよ!」
さて、どうなるんだろう? だいぶ近付いてきてるな。大砲の準備でもしているのだろうか?
まだ反乱軍の砲撃は続いているようだ。遠くに発射炎も見えるから、その発射炎を目標に砲弾を撃ち込もうと考えているのかもしれない。
「発射準備をしているようにも見えますね。大砲の回りに数人がいるようです」
「良いタイミングで攻撃できるにゃ。近くに砲弾もあるはずだから、誘爆も期待できそうにゃ」
俺の報告を聞いて、リトネンさんが笑みを浮かべている。
全く俺達の存在に気が付いていないようだ。エンジンの音は砲弾の炸裂に紛れてしまっているのだろう。
兵士の多くが西を眺めているのは、反乱軍の砲撃が予想を超えているからかもしれないな。
「爆撃照準圏内に目標が入った。軸線に問題なし、投下まで残り1分……」
俺の席からは、双眼鏡を使用しなくとも地上の砲列がはっきりと見える。
そろそろ落としても良いように思えるんだが、まだ少距離があるらしい。
「爆弾投下! 1……2、続けて次弾投下! ……ハンズ!投下したぞ」
ファイネルさんの最後の言葉は伝声管に向けて怒鳴るような勢いだ。
高度があるからなぁ……。
10秒ほどの間を置いて後方に炎が上がった。
遅れて爆弾の炸裂音が聞こえてくる。
「上手く命中したみたいにゃ。少なくとも数門は大砲が減ったはずにゃ」
「広くばら撒きたいところですねぇ……。そうなると爆撃機になってしまうなぁ」
多目的は避けたんじゃなかったか?
だけど結果を見ると、欲が出てしまうんだよなぁ。もう10発ほど落としたかったのは全員の思いだろう。
「次は、補給船ね。進路は東南東にして頂戴。2時間はかからない筈よ」
今度は砲撃で輸送船を攻撃することになる。
時刻は24時に近いから、薄明時に攻撃できそうだ。
海上だからなぁ。広く見渡せるから早く見つけたいところだけどね。




