J-010 東の切通し
洞窟を抜けて、谷に出る。
今度は森の尾根を越えて、森と荒れ地の境界をなぞるように東へと進む。
道がないから俺達の歩みはそれほど早くないし、斜面の上り下りも結構ある。
ファイネルさんの話では、行軍は1日10ミラル(16km)程度になるそうだ。
これで4日進むんだからかなり遠くだよなぁ。
「最後尾にはもう1つ部隊が付いてきてるんだぞ。ドワーフ族の若者達なんだが、彼等は戦闘に参加しないんだ。もちろん自衛用の武器は持ってるけど、俺達の攻撃の後に彼等の仕事が始まるんだよ」
その仕事というのは、帝国軍が残した物資を頂くということらしい。
持てるだけの弾薬や食料を確保することになるのだそうだ。
「早い話が略奪ですよね」
「俺達の国で作ったものを俺達が使うんだから、略奪とは言えないんじゃないのかな?」
「それじゃあ、貰ってくるということで納得します」
荷物が下がった棒を2人で前後に持ちながら進んでいく。
俺達のくだらない話を聞いて、クラウスさんとリトネンさんがたまに笑い声を上げているんだよなぁ。
50分ほど歩いて、10分間の休憩を取るのが行軍らしい。
12時を過ぎると、今度は1時間の休憩を取る。
ドワーフ族のお姉さんが、俺達にバター付きのパンと冷めたお茶を配ってくれた。
カップ半分ぐらいのお茶だけど、パンを食べると喉が渇くんだよね。
「温かいスープは夕食まで待つにゃ」
黙ってパンを食べている俺達にリトネンさんがそう言ってくれたけど、山では水は貴重品だ。足りないお茶は水筒から出して飲んでおく。
日が傾くと、野営の場所を探すことになる。俺達が一番前になるから、クラウスさんとリトネンさんがあちこち眺めているようだ。
どうにか見付けた野営地は、東西がやや高くなった窪地だった。
頭上に木が枝を伸ばしている。
空から見つかるということにはならないだろうが、明かりを漏らしたくないんだろうな。
適当な木の下に背嚢を下ろして、銃を立て掛ける。
背嚢からツエルトとブランケットを取り出せば野営の準備は終わりになる。
「飯盒を出しとけよ。スープは飯盒に入れて貰えるんだ」
ファイネルさんの忠告通りに、飯盒を取り出してスプーンを無くさないように中に入れておいた。昼食時に取り出したカップも必要だろう。同じように飯盒に入れておく。
「夜間は真っ暗だ。背嚢の一番上にあるポケットにランプが入ってるぞ。新品だからしばらく使えるだろう。電池式だから、予備の電池が同じポケットに入ってるはずだ」
「ありました。これですね」
「電池の交換は後で教えてやるよ。使う時は先端を回すんだ……。点いたな。元に戻せば消えるぞ」
言われるままに動かしてみた。
荷物を下げた棒よりも細いし、手の平よりも短い長さだからこれもポケットに入れておこう。
ファイネルさんはどうするのかと思ったら、ベルトに付けた小さなポーチに入れていた。
革製のポーチだから丈夫そうに見える。俺も1つ手に入れておこう。食堂にあるという売店を、戻ったら覗いてみようかな。
「夕食だぞ!」という声で、ファイネルさんと一緒に焚き火に向かう。
それほど大きな焚き火ではないが、南側には黒い布が張ってあった。直接焚き火を見られないようにとのことなんだろう。
大きめのオタマで1杯が1人の分量らしい。刻んだ野菜と干し肉を煮込んだみたいだな。大きめのパンを受け取ってポケットに押し込み、反対側には干し杏子を入れる。最後にお茶をカップに入れて貰い、皆と一緒に食事を取る。
スープの味が濃いから、パンを一緒に食べると丁度良い感じだ。
「水は貴重だから、飯盒にお茶の半分を入れて良くかき混ぜて飲むんだ。ほら、綺麗になっただろう?」
言われるままにやってみたけど、なるほど綺麗になる。
スプーンもお茶で洗っておいた。
お茶を飲み終えると、これを飲めとカップにワインを少し注がれてしまった。
どうやら、俺がどんな奴なのかを知りたいらしい。
猟暮らしの話をすると、皆が頷いたり笑ったりしながら聞いてくれる。
「妹さんじゃなくて、姉さんだったら良かったんだがなぁ」
「お前じゃ、誰も来ないぞ。少なくとも3日おきにシャワーを使うんだな」
そんな話で盛り上がってしまった。
遅い月が登って来たところでブランケットに包まり目を閉じる。
明日も1日中、行軍になるんだろうな。
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拠点を出てから4日目。初めて線路を見ることができた。2本の鉄の棒が並行して南東からやって来て、今俺達が潜んでいる尾根の手前で東へと無機を変えて伸びている。
南に延びる尾根を、線路より少し広い幅で『V』字型に削ったのは、大工事だったに違いない。
東の穀倉地帯までいくつもの切通しが作られているそうだ。
「あの切通の上で俺達は襲撃することになる。先ずはそこまで行って、作戦を再度説明するぞ」
尾根を下り再び上る。
野営が可能な場所に着いた時には日が傾き始めていた。
切通のある尾根の窪地に野営地を作り、ドワーフ族が低い場所を掘り始めた。
ファイネルさんの話では、あれでカマドができるらしい。少しでも火が見えないようにとの工夫なんだろう。
切通のある方向には、黒い布が二重に張ってある。用心に用心を重ねるということかな。
「夕食作りは日が落ちてからだ。今日は少し風もあるから煙は拡散してしまうだろう」
「日中は焚き火も作らないと?」
「ここに潜んでいることが遠くからでも分かってしまうだろう? いくら高所からの襲撃だと言っても、相手の数は俺達の10倍以上だからな」
クラウスさんから再度作戦を確認してきたリトネンさんが、明日は俺達3人だけで移動すると教えてくれた。
「私達の先に第3分隊が向かうにゃ。2つ目の切通を崩して機関車を脱線させるにゃ。尾根の上から手榴弾を投げるらしいから、東に逃げ出すと言ってたにゃ。
もしも、私達に気が付いて攻撃してきたら、これを投げるにゃ」
俺とファイネルさんに手榴弾を1発ずつ分けてくれた。
使い方が良く分からないから、ファネルさんが投げ終えたら渡してあげよう。
遅い夕食が終わると、直ぐに寝ることにした。
明日はここから少し離れるらしいが、それ程先に行くことは無いだろう。
翌日は、少し温くなったお茶を水筒に入れて貰った。
明後日まではこれで我慢と言うことになるのだろうが、背嚢にある水は一度沸かしてあるから腐ることはないだろう。それを使うことになりそうだな。
第三分隊が出発したところで、俺達も少し遅れて東に進む。たまにリトネンさんが切通付近まで足を延ばして様子を確認していたが、出発してから1時間もしないところで俺達の足を止めた。
「ここで良いにゃ。あの繁みの中なら分からないにゃ」
ファイネルさんと一緒に、その繁みに近付くと青々とした葉を茂らせている。低木の中には冬でも葉を落とさない種類があるのだが、これもその一種らしい。
伏射の態勢で繁みに潜り込んでゴブリンを構える。照準器の邪魔になる枝を少し折り取ってファイネンさんに確認して貰った。
「まるで銃口が見えませんね。音はどうしようも無いですが、ここなら見つかる心配はなさそうです」
「隣に私も潜むにゃ。どうにゃ?」
「だいじょうぶです。見えません」
リトネンさんの指示した相手を狙撃するらしい。ファイネルさんは俺達に背を向けて周囲を監視しる役目になるそうだ。
「最初は2人だけだったらしいにゃ。でも、発砲点が分かると後ろから襲われてしまうにゃ。何度かそういう目に合って、後ろに1人付けることにしたらしいにゃ」
「かなり大事な役目ですね。近付いてきたら撃っても良いんですか?」
「確実に敵だと分かって50ユーデ(45m)まで近付いたら、発砲しても良いにゃ。私達も応戦するにゃ」
だけど3人だからなぁ。タダではやられないってことなんだろうけどね。
場所が決まったところで、ファイネルさんが隠れることができるよう、近くから枝を切り取って陣地を作る。
地面を掘って土を積み上げ、その後ろにファイネルさんは身を隠すようだ。土塁ってことなんだろうが、ある程度の厚みを持たせないと貫通してしまうとリトネンさんが教えてくれた。
少し大きな石を2つ運んで銃が保持できるようにしておく。父さんのツアルトを畳んで石の家に乗せたから、小銃を傷つけることなないだろうし、手で持っただけよりも正確に狙える。
「準備は完了かにゃ?」
「ええ、いつでも行けますよ」
「こっちも終わったぞ。後は脱線を待つだけだな」
俺達が待機した場所は、切通しを少し下った場所だ。下から見上げれば、先ずは尾根に目が向けられる。
多くの兵士の目が向けられると、いくら巧妙に隠れても発見されてしまうに違いない。
だが、尾根からちょっと離れるだけで注意力が削がれてしまうらしい。
クラウスさん達も、尾根を少し下りた場所に布陣するとリトネンさんが教えてくれた。
「でも、何人かは尾根に上がってくるにゃ。そしたら尾根から手榴弾を投げるにゃ」
牽制と陽動ということかな?
切通しの高さは線路から数十ユーデはありそうだ。Ⅴ字形に削ってはあるけど尾根の上から手榴弾を投げれば貨車の両側に十分届く。その反対に、下から手榴弾投げても届かないだろうから一方的な戦いになりそうだ。
適当に投げるだけで、下の線路には届くのだから、敵からの銃撃を気にせずに投げられるだろう。
「とはいえ少し離れてますから、銃声で気が付く兵士も出て来るかもしれません」
「だいじょうぶにゃ。切通の中だから銃声が反響して分からなくなるにゃ」
そういうことか。
それなら安心して射撃に専念できるだろう。
切通から離れて森の中で待機する。
俺達が運んできた荷物は手榴弾と食料品だったらしい。
今は背嚢だけだけど、ファネルさんが小さな組み立て式のコンロを持って来ていた。 折りたたんだ鉄板を広げるだけで簡単なコンロができる。枯枝で炭に火を点ければ、煙も出ない優れものだ。
「炭は袋に一杯貰って来たから、お茶は飲めるんだけどねぇ」
「ちょっとなら、ワインも飲んで良いにゃ。私達3人だけにゃ」
とは言っても、昼間から飲むのもねぇ……。
第3分隊は切通しを崩すために、今頃は溝掘りを始めた頃だろう。クラウスさん達も敵が迫ってこないように地雷を埋めると言っていた。
昼を過ぎたばかりだけど、俺達はのんびりと昼寝を楽しむことにしよう。




