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彼の真実 中編

 その日から私は、少しだけ悪い子になった。父に秘密ができた。


 父は私が少女として振る舞うようになっても、何も言わなかったな。

 私に独立性を与えているように見せかけて、まあ、どうでもよかったんだろう。

 母をつなぎ止める私という存在が大事なのであって、私が何をなすかには興味が湧かなかったんだ。

 一応、王と王子という枠組みに沿った模範的な関係は築こうとしていたけどね。


 籠の鳥の番人達は私の些細な変化を気の毒がって、優しくしてくれた。

 そう、あの、母の世話係や老人達の事だ。

 彼らだけはいつだって私を哀れんでくれたけど、私は彼らを頼りすぎてはいけないことを知っていた。

 だって皆老いているだろう? 昔、私が一番懐いていた老婆は私が八つになる前に倒れて二度と目を覚まさなかった。

 だから私は彼らの事も信じない。


 ずっと一緒にいるなんて言葉、信じない。



 秘密の話の続きをしよう。

 私は母と会っている間、父がいないことを、他に告げ口する相手がいないことを注意深く観察してはこっそり母に聞き出すことにした。


 何を?

 もちろん、母の事を。

 母が、気が狂う前の事を。

 あの人はおおむね夢の中をたゆたっていたけれど、時折水面に顔をのぞかせて、まどろむように過去を語ったり、怖い夢の話をするように現在を語ったりしてくれた。


 そこで、私は母がいかにして幸せに暮らし、鳥籠にとらわれたのかを知った。


 アルトゥルース――それが父がこの世で最も憎む男の名前であることも、理解した。


 目の前で振り下ろされた斧。

 告げられた長女の死。

 私の誕生は母の幸せの崩壊と共にやってきた。


 私は理解した。

 ああ、これならば、彼女にまともに愛してもらえなくても仕方ない。

 ならば私はこのまま彼女の娘として振る舞い続け、奪われた時間を取り戻す幻想ごっこに付き合ってあげよう。

 そんな風に感じた。


 母は柔らかく甘い匂いのする人で、優しかった。私たちは皆彼女が大好きだった。たとえその目に私本人を映してもらえないのだとしても、どうしてあの美しく愛らしくかわいそうな人を憎むことができただろう?


 レィンも、イライアスも、良い人格だったから、そうやって私は私を納得させた。




 キリエ。私は扉を開けている。鍵をかけようとも思わない。出て行くなら今のうちだ。どうしてそこで座っている?


 ……お前に八つ当たりしても仕方ないか。

 何度か言ったが、私は私自身を信用していないし、私自身の事をすべて把握し御せているわけではない。


 わからないんだ。

 本当は聞いてほしいのか。

 それとも自分の物だけにしてしまいたいのか。



 お前は本当に愚かな女だね、キリエ。

 いいよ、いいよ。そんなに聞きたいなら……仕方ない。

 そうだ、お前のせいにしてしまおう。

 お前がしつこいから私も話さなければならないのだ。




 くどいようだけど、聞き苦しくなったらいつでも出て行って。

 ……思い出すだけでも不愉快な出来事なんだ。君の淡く切ない気持ちもきっとすぐにぶちこわしになる。



 それでも、続きを待つというの?

 なら、教えてあげる。



 私が九歳の時、母が病気で死に、父はショックで廃人になった。

 これは前にも言ったし、お前も既に知っていることだね。



 あれね、違うんだ。

 いや、表向きはそうなっているし、皆そう信じているし、私もレィンとしてイライアスとしてそういう他ないのだけど、本当は違うんだよ。




 私なんだ、キリエ。

 わからない? 

 九歳の時、とてもショックなことがあって、私たちは今の私たちにならざるを得なかった。

 耐えられなかったんだ、レィンにもイライアスにも、そして漠然といやなことを押しつけていた当時の三人目にすら、真実は忌まわしすぎて蓋をしなければならないものだった。


 私なんだ。どういう意味かまだわからない?


 私なんだよ。私がやった。




 私が、二人を殺したんだ、キリエ。殺しちゃったんだ、二人とも。そうだ、私がやってやったんだ。




 ねえ、まだ君はそこにいるの? それともとても信じられないってこと?


 君は本当に馬鹿だなあ。だったらぼくは全部喋ってしまうよ? ああ、元からそういう約束だったんだっけ……。




 あのね。聞いてくれる?

 九歳の時のことだった。




 私たちはただ、愛して、愛されたかっただけだったんだよ。

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