手記6
アルトゥルースの真摯な情熱に、リテリアはすぐほだされていきました。
バスティトー二世の子ども達は、もともと誰もが親の愛の足りていない幼子です。
雛鳥のように底がなく貪欲に求めますが、その分親鳥には懐く。魂の片割れのように。
簡単だったんですよ。
愛しているとささやいて、日々を共に過ごして、語り合って、触れ合って、同じ物を二人で分かち合う。
それだけのことでした。たぶんそれだけで、彼女を手に入れることができた。
ゆえに、いっそう、にくしみはふかく。
リテリアにもう黙ってはいまいと決意したアルトゥルースは、それはもう行動的だったそうです。公の場でもリテリアを気にかける様子を隠さなくなりましたし、私的な場面でも彼女に言葉を贈り続けました。一つ一つに、惜しげもなく、好きだの愛しているだの、鬱陶しいぐらいに感情をまじえながら。
男が女に好意を示すと贈り物をし出すのは世の常ですが、アルトゥルースは高価な物を贈るよりは経験を共有したがる傾向にあったそうです。
たとえば、夜いきなり部屋にやってきたかと思うと丘の上まで連れ出されて星を見たとか、刺繍をしていたらいきなり馬に乗っけられて満開の花畑まで連れて行かれたとか、とにかく彼女を部屋からさらっていっては「どうだ!」と得意そうな顔で反応を待っていたとか。
人によっては彼の愛情表現の仕方ははなはだ迷惑なものだったでしょうが、リテリアにとってそれは快く感じられる範囲のものだったそうです。
内向的で、ともすれば家に籠もって塞ぎがちな気質のリテリアに、アルトゥルースの前向きな明るさは新鮮だったのでしょう。
それにアルトゥルースはかなり強引ではありましたが、リテリアが嫌がる様子を示せばすぐに譲歩や改善の姿勢を見せました。
時には彼女が無意識な状態でも敏感に察知し、今どんな気持ちなのか、何が悪かったのか、どうしてほしかったのか聞いてくる。
するとリテリアも自然と、自分の事を語る言葉を紡げるようになる。
彼は強引でしたが、リテリアの手を引いて歩いては、定期的に立ち止まり、彼女の顔をのぞき込んで待ってくれる――そんな、とても模範的で優しい、男の人でした。
「それで、あんたはどうしたいんだ」
時には痛さも覚えさせるその鋭い言葉は、けれど大人になっていく人にとって必ず必要なもののはずでした。
リテリアは抑圧され続けてきた子どもです。バスティトー二世は彼女を甘やかしていたようで、その実いつも選択肢を取り上げていました。
オディロンは二人目の妻の自立性も尊重しましたし、とにかく優しかったようですが、慎み深く奥ゆかしい者同士、お互いに遠慮のある関係で深く入れ込むには至らなかったのでしょう。
彼女は自分で選ぶことを知らず、その間は子どもであり続けました。
アルトゥルースは彼女の先を歩く者でありながら、彼女を共にそこに連れ出そうとする男でもあった。
彼は時にリテリアを怒らせ、泣かせ――けれど、とてもよく笑わせてくれる、そんな人でした。
空に焦がれる籠の鳥が、どうしてこの金糸雀を好きにならずにいられるでしょう?
少女はいつか女になる。ゆるやかに、でも確実に。
青年の猛攻に最初は戸惑って目を伏せてばかりだった彼女の頬が、いつの間にか赤みがかるようになり、瞳に熱がともり、彼が彼女を追うように彼女の目もまた彼を追う――ほんのすぐのこと、当然のこと。
周囲もまた、そんな彼らを祝福しました。
アルトゥルースが少年の頃合いから年下の領主夫人を気にしていたのは、大人達には一目でわかることでした。彼の実らぬ恋の悩みは、少年が苦悩しつつもけして一線を踏み越えず夫婦を見守り続けたこともあって、いけないことだととがめるよりは、事情が事情ゆえに――思春期の少年に、年下の母などとうてい受けいれられるはずもないのだから――無理もない、と同情していた者が多数だったのです。
オディロンは高齢の自分に何かあったらリテリアを頼むと周囲に、特に跡継ぎである領主子息に常々言っていました。
ですからそれが、このような形で成就されることを、歓迎する者はあれど、非難する者はほとんどありませんでした。
むしろ二人が一緒に過ごす機会が増えると、きっとこうなると思っていたと、嬉しそうに人々はささやきかわし合うのです。
リテリアが兄の手紙に、控えめに、けれどきっぱりと、宮殿には戻らない、ここで暮らしていきたい、という意思を込めて返事をしたためてから、季節が一つ変わる頃。
領主夫人は、元夫とその前の妻の女性の墓前に、再婚の報告をしました。
その隣には、墓前の両親が愛情をかけて実の子同様に育てた、立派な若者の姿がありました。
結婚式は、最低限の関係者だけを呼んで簡素に質素に行われました。
けれど、王都で派手に行われた時のものより、ずっと温かみがあって心に残るものだった、とリテリアは言っています。
何よりいつもはあちこち駆け回ってせわしないアルトゥルースが、その日は借りてきた猫のように大人しく、何をしてもかちんこちんだったかと思うと、周囲から冷やかされる度に腕まくりをして出て行きそうになるので、袖を引っ張って止めるのに忙しくて――そんな風に、彼女は楽しい思い出を語ってくれました。
それから、式の日の、夜のこと。
床を共にするの意味をリテリアに最初に教えたのは、二度目の夫の方でした。
驚いて、慌てて、少し大変だったけど――でも、一つになる幸せを知ったのよ。
すべて覚えていますとも。
私に教えてくれた彼女の愛らしくあでやかな微笑み。
耳の奥にしんと渡る快い声。
ああ、愛しき籠の鳥。
私はあなたの雛になりたかっただけなのに。
さて、愚かな読み手の方。もうおわかりですね? ここで話が終わるなら私は何もせずに済んだのです。
このような至高の幸福を、一体誰が壊そうというのか?
おわかりでしょう、親しき愚者よ。
私の実の父親は、イライアス一世その人なのですよ。
時々、思うことがあります。
リテリアの初めての男がアルトゥルースでなかったのなら、あの人は耐えたのでしょうか。もう少しまともでいられたでしょうか。
いいえ、いいえ。嫉妬は甘い毒の蜜。
皆様、疑問には思いませんでしたか?
オディロンは老齢だったとは言え、特に目立った持病を抱えることもなく、比較的健康に暮らしていたと言っていい男でした。あと十年程度は生きられたはずなのです。
皆様、おかしいとは思いませんでしたか?
何かを待ちかねていたようにやってきた手紙でした。
その割に、リテリアが拒絶の言葉を返したら、ふいとまた音沙汰がなくなったのです。
妹の方はそれを、兄が自分を理解してくれたのだと解釈してほっとしていたようです。
――可愛くて馬鹿な小鳥。
彼女の新たな夫の方は、少々警戒はしていましたが、目立った動きがなかったのでたぶんそこでやっぱり安心していたのでしょう。
――愚かで素直な金糸雀。
……籠は男。
鳥は女。
私は腐った醜い卵。
だれか きいてください。とても かなしいことが あったのです。
これだけ かのじょを あいしていても、かのじょは ぜったいに ぼくを あいさないんですよ。




