手記5
穏やかに、ゆるやかに、格別優れた成果を上げるでもなく、けれどいかなる不測の事態においても壊滅的被害を出すこともなく――そんな領主であったオディロン=ネィメンの葬儀は、ひっそりと、けれど皆で心を込めて行われたそうです。
領地の内と外、あちらこちらから我も我もと人がやってくるので、見送りの列は一日中続き、棺桶に収めきれないほどの花が手向けられ、墓地までの道すら飾ったと聞きます。
上は寝たきりの老人から、下は乳飲み子まで、男女手に手を取り涙を流し、嘆きの声は隣の領地に届くほどだったとか。
葬儀にはどこから聞きつけてきたのか、バスティトー二世の配下の者もそっと紛れていて、白い花を山ほど手向けていったとか。
ところで、私がふと興味を持ってもう少し調べたところ、女王がこのただひたすらに優しく愚直で不器用な男にささげた花の種類は、ゼラニウムだったそうです。
祖母は確か、八年持たせろと言ったはずですから――いかにも、彼女らしいと言えば、そうなのでしょう。
多少誇張表現が入ってるのかもしれませんが、オディロンがありとあらゆる人々から慕われていたというのは、疑いようもない真実です。
事実、この人を評する言葉に、人柄の悪口を見かけません(ただし口の悪い私の祖母を除いて)。
私の父――イライアス一世ですら、内心どんなにかねたみそねみに荒れ狂い、忌々しいと思っていたことでしょうに、口にも書にも一度も、オディロン=ネィメンを呪う言葉だけは出さなかったのです。
彼は生前の希望通り、領主館の裏の丘の上、最初の妻の隣に埋葬されました。
私も叶うなら、死ぬ前に一度はこの偉大な祖父とその妻の墓参りをし、終の棲家の安否を確認したかったのですが、残念ながら時間がない。
イライアス二世は予定通り、このまま何も叶えず叶わず果てていくことでしょう。
ただ、もし、誰かが私の代わりに、あの場所を見に行ってくれたら……そして騒乱に巻き込まれそうだったなら、私の敬愛するもう一人の祖父を、うるさいことのない、けれど寂しくないような、そんな場所まで連れ出してほしいと思います。
あの人が静かな眠りについていることは、私にも、リテリアにも、きっと福音なのです。
あるいは、希望なのです。
絶えてしまえば、きっととても悲しくなると思います。
――私はいつだって、こうして思うだけ。
生涯望みを口にすることあたわず。
この手記を見る人は、とっくの昔に死んだ私を知らない。
この文字だって、その頃には読まれなくなっているかもしれない。
だから、私のしていることなんて、何一つ、すべてが、無意味なことなのだろう――だけれど。
きっと誰かが、いつか、私を見つけて、すくい上げてくれることを、夢見て。
私ではない人に起きた出来事を回想し、こうして考えているだけでも、なんとも言えないむなしさに苛まれます。
オディロン=ネィメンの死は、私のきっかけでした。
彼がもう数年間生きていれば、それこそ八年以上持たせていたのなら。
リテリアが、アルトゥルースが、大人になるまで生きていたのなら。
ひょっとすると、私が生まれることは、なかったのかもしれません。
あるいはぼくも、うぶごえをあげることはなかったのでしょう。
けれど後に起きた事を思えば、この優しい年寄りがここで退場してくれたことに、私は安堵と救いすらを覚えてしまうのです。
リテリアは語りました。
オディロンは、優しすぎて――だから、清らかな夫だったのだ、と。
ならばこそ、イライアス一世とて彼を徹底的に無視すれど、その死を冒涜し、汚すこともなかったのです。
聞いてください、見知らぬ人よ。頭がいいはずのくせに、本当に馬鹿な人だと思うでしょう?
でもね、彼はただ。ただただ、純粋に、彼女に愛されたかっただけなのですよ。
父は母を、この世で一番愛していたのですから。
――続けます。続けましょう。忌まわしき誕生の物語を。語らねばなるまい。私たちの真実を。
若い新領主に滞りなく引き継ぎが行われ、そして一年半後、前領主への喪も明けた春の頃のことです。
未亡人となったリテリアに、一通の手紙が――ようやく喪失から立ち直り、穏やかな日常を、余生を取り戻そうかという彼女を恐怖のどん底に突き落とす手紙が、送られてきたのでした。




