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脱兎の如く

 リムリア銀河帝国がダムラ星団公国への侵攻を開始し、双方の宇宙艦隊が交戦状態に突入した。

 この情報は各銀河国家へと衝撃をもって伝えられたが、その渦中となったダムラ星団公国に滞在していたシンノスケは直ちに公国を離れる算段をする。


「リムリア銀河帝国がこのダムラ星団公国に侵攻した真意は分からないが、そんなことは我々には関係ない。戦火に巻き込まれたり、宙域を封鎖される前にこの国を離れる必要がある。マークスは帰路の航行計画を立案」

「了解」

「セラは港湾局に出港許可を要請してくれ」 

「分かりました」

「ミリーナは2人を手伝って出港準備を進めておいてくれ」


 そう言うとシンノスケは拳銃に弾倉を装填しながら立ち上がった。


「ちょっとお待ち下さい。シンノスケ様、どちらに行こうとしているのですか?」


 ミリーナの問いにシンノスケは振り返る。


「情報収集と今後のことについて意思疎通をするためレイヤード商会に行ってくる」

「お1人でですか?」

「ああ、まだ市民に混乱はないだろうが、ついでに様子を見てくる」

「危険ですわ!私もお供します。こう見えても剣の嗜みがありますの。銃を持ったごろつきの2、3人なら問題ありません」

「いや、そこまで深刻な事態じゃないぞ?むしろ、面倒なのは携帯端末の使用が制限されていて商会に連絡が取れないし車も呼べないことだ。そう遠くはないが、レイヤード商会まで自力で行く必要がある。そのドレス姿では・・・」


 まだ制服を作っていないミリーナは普段着のドレス姿でケルベロスに乗り込んでいたのだが、シンノスケの言葉にミリーナは胸を張った。


「お任せください。私、体力には自信がありますの。たとえドレス姿であっても問題ありません。レイヤード商会まで駆けますわよ」

 

 自信ありげなミリーナ。

 シンノスケは頷くとマークスを見た。


「マークス、スキッパー1号と2号を準備してくれ」

「分かりました」


 シンノスケの命を受けたマークスはケルベロス内の格納庫に向かう。


「シンノスケ様、スキッパーって何ですの?」


 首を傾げるミリーナだが、セイラを見ても同じように首を傾げている。


「ケルベロスに搭載している陸上移動用装備だ。近距離ならば断然役に立つ」

「そんな便利なものがありますの?」

「ああ、緊急用に2台だけ装備してある」


 そんな会話をしているとマークスがスキッパー1号と2号を搬出してきた。


「シンノスケ様・・・」

「これって・・・」


 目の前のスキッパーを見て呆気にとられるミリーナとセイラ。


「これがスキッパーだ。ペダルを踏み込むことによりクランクが回転し、それの回転運動がベルトを介して車輪に伝わって推進力となる。運転者の体力が続く限り際限なく前進することが可能だ。正に理想的なパーソナルモビリティ・・・」

「自転車ですわよね?」


 ミリーナの前に並ぶのは、太古の昔にその機能が確立し、大きく姿を変えることなく現代まで受け継がれてきた移動用機械、いわゆる自転車だ。

 惑星上やコロニーにおいて各種交通システムが整備されている現在ではレクリエーションやスポーツの目的で使用されることが殆どだが、非常時には極めて役に立つ。


「ああ、自転車だ。ミリーナは自転車に乗れるか?」


 シンノスケに問われたミリーナはムッとした表情で『ドレス姿』で自転車、スキッパー2号に跨がった。


「馬鹿にしないでください。私、剣技だけに飽き足らず、自転車も嗜んでいますの!さあ、シンノスケ様、行きますわよ!」


 シンノスケとミリーナは自転車、スキッパー1号、2号を駆ってレイヤード商会に向けて走り出した。



 車なら10分程度の距離を自転車で激走したシンノスケとミリーナ。


「何をしているのですか、カシムラ様。ご用があるなら連絡いただければよかったものを・・・」


 自転車で突然やってきたシンノスケとミリーナをレイヤードは呆れ顔で出迎えた。


「いや、携帯端末も使えないし、車も捕まらなかったので」

「ああ、そうでしたね。リムリア銀河帝国が侵攻してきたことに伴って一般用の回線に制限が掛けられていましたね。しかし、それで2人で自転車ですか?・・・まあ、どうでもいいですが。ところでご用件はなんですか?」


 自国が攻められているのにまるで意に介していないような様子のレイヤード。


「リムリア銀河帝国が侵攻してきたということですが、何か役に立つ情報があれば『売って』もらえないかと思います。あと、今後の取引についても話し合いが必要かと思いまして」


 シンノスケの言葉にレイヤードはつまらなそうにため息をつく。


「なんだ、そんなことですか」

「そんなこと?」

「はい。私は軍人でも役人でもない商人です。国が攻められようが、戦争に負けようが何も変わりませんよ。たとえ国が攻め滅ぼされても商人は滅びません。国中が焦土と化そうが、その地に人が存在している以上は人の営みがあり、そこに商機はあります。むしろ、戦時中の方が儲け話はそこかしこに転がっています。つまり、今こそが商機ですよ。とはいえ、今はまだ始まったばかりで機を見ている状況です。また用入りの物があればこちらから連絡しますよ」

「しかし、万が一にもダムラ星団公国がリムリア銀河帝国に併合されるようなことがあれば私では取引の資格が・・・」


 シンノスケの業務資格ではリムリア銀河帝国内での取引は認められていない。

 つまり、ダムラ星団公国がリムリア銀河帝国に吸収されればレイヤード商会との取引が出来なくなるのだ。


「それも問題ありません。やりようは幾らでもあります。私共といたしましても、このような些末なことで大切な取引相手を失うつもりはありません」


 自国が戦争状態になっているのに動じていないどころか、商売の好機とまで言ってのけるレイヤード。

 慌てて来たシンノスケも馬鹿らしくなってきた。


「いらぬ心配だったようですね。大変失礼しました」

「いえ、今後も変わらぬお付き合いをお願いしますよ。それから、情報と申しましても、ろくな商品はありませんね。今のところは、ダムラ星団公国軍が劣勢であることと、戦火はアクネリア方面の宙域までは及んでいないこと位ですね。まあ、戦火は及んでいないといっても帝国軍の艦船がうろついているかもしれませんので、お帰りの際はお気を付けください。大した情報ではありませんのでお代は結構です。サービスしておきますよ」

「そうですか。ありがとうございます。では、私達は引き上げます」


 半ば徒労に終わったが、情報を得られただけでも上出来だ。

 シンノスケとミリーナは再びスキッパー1号、2号で宇宙港に戻ろうとしたところ、レイヤードに呼び止められた。


「宇宙港までお送りしますよ。あと2、3時間で宇宙港が閉鎖されるようですので、急いだ方がいいでしょう」

「はっ?宇宙港が閉鎖?」

「はい。我が国の首都星はリムリア銀河帝国に隣接していますからね。つまり、このコロニーは前線に最も近いコロニーです。先の知らせを聞いて脱出しようとする人や船が激増するでしょうから。宇宙港の閉鎖も時間の問題ですよ」


 最後にとんでもない情報をぶっ込んでくるレイヤード。

 宇宙船が行き交う大宇宙時代、レイヤード商会の社用車の屋根に自転車2台をくくり付け、シンノスケは慌ててケルベロスに戻ることになったのである。



 シンノスケとミリーナがケルベロスに戻ると、マークスとセイラが出港の準備を整えて待っていた。


「マスター、直ちに出港を。コロニーから脱出しようとする船舶で宇宙港が混乱しています」


 レイヤードに教えてもらったとおりだ。

 モニターを確認しても宇宙港から出港していく多数の船舶が見える。


「あの、本艦は出港許可を受けていますが、あと15分で出港できないならば順番が後回しになるそうです。そうなると、次は何時になるか分からないそうです」


 想定よりも事態は切迫している。

 シンノスケは操縦席に飛び乗り、急いでシステムチェックを済ます。


「了解、直ちに出港する。セラ、港湾局管理センターに出港を通知してくれ」

「了解。・・・受理されました。各種ケーブルの離脱、ロックの解除及び係留索の切り離しを確認。出港してください」

「了解、出港する。戦争に巻き込まれる前にさっさと逃げるぞ」


 シンノスケはケルベロスをドッキングベイから離脱させるとアクネリア銀河連邦へ向けて舵を切った。

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― 新着の感想 ―
スキッパ―快速艇種の一種で、陸上移動用装備?エアバギーかエアバイクか?…じ、自転車の落ちは 健康器具のステッパーに掛けたんじゃなかろうかと,疑いましたよ足踏みだし(殴
[良い点] 自転車にやられました。陸上移動用装備と言い張り、スキッパーと名付けるシンノスケさんと嗜みで乗れるミリーナさんがいいキャラしていますね! [一言] スぺオペのお手本のような作品で楽しく読ませ…
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