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シンノスケ覚醒

 アリシア・エストネイヤの所作は気品高い帝国貴族でありながら、全く嫌味が感じられない柔和なものだった。

 ミリーナが額の目を開いて牽制しているせいか、覚醒者であるアリシアは額の目を開いていない。


 シンノスケに対して形式的な挨拶を済ませたアリシアはミリーナと2人で話に花を咲かせている。

 その間にシンノスケは船長達に今後の予定や艦内における保安上の注意事項を告げるとブリッジに戻ることにした。


 その後は順調に航行を続け、無事にリムリア銀河帝国領に進入することができた。


「セラ、艦の識別信号と遭難救助活動信号を最大出力で発信してくれ」

「了解しました」


 帝国領の自由航行宙域とはいえ、帝国と緊張関係にあるアクネリア銀河連邦籍の護衛艦が航行するからには帝国軍や沿岸警備隊等の部隊にあらぬ疑惑を持たれる可能性があるため、航行目的を明確にしておく必要がある。


 それでもまだ広大な帝国領の外縁で付近には居住惑星やコロニーもない宙域だ。

 フブキ1隻では未だ帝国の哨戒網に引っかからず、帝国側から接触の様子もない。


 それが起きたのは帝国領に入って2日目のことだ。

 セイラがレーダー上の異変を確認した。


「広域レーダーに反応。本艦に急速接近する艦船あり。数は5隻、本艦を包囲するように近づいてきます。・・・該船から信号、停船を求めています」

「所属は分かるか?」

「照合中・・・確認しました。リムリア銀河帝国の沿岸警備隊です」

「了解、指示に従おう。その旨を先方に回答してくれ」

「了解しました」


 セイラが停船指示に従う旨の通信を送ったのを確認したシンノスケが艦を停止させるとシンノスケの傍らにミリーナが近づいてきた。


「シンノスケ様、気をつけてください」

「どういうことだ?」

「この周辺宙域を担当する沿岸警備隊は帝国第1皇子の直轄隊です。第1皇子の直轄隊が担当しているだけあってこの宙域は元から比較的治安の良い宙域ですの。しかも、第1皇子は自分の宇宙艦隊の増強にばかり目を向けていて、治安組織である沿岸警備隊にはあまり興味がありません。そんな沿岸警備隊ですが、宙域の平穏を自分達の功績だと勘違いしていて、あまり行儀がよろしくありませんの」


 つまり、この宙域を担当する沿岸警備隊は第1皇子の威光を笠に着て非常に権威的なのだそうだ。


「まあ、こんなところで余計なトラブルは御免だ。余程のことがない限りは大人しく従っておこう」


 そんなことを言っている間にフブキは5隻の巡視船に囲まれた。


「・・・なんというか、余計な突起物が多い船だな」


 フブキを包囲する巡視船を見たシンノスケが思わず呟く。

 というのも、フブキを取り囲む沿岸警備隊の巡視船は非常に目立つ白銀の装甲に華美な外観で、実用的で実戦的な帝国の軍艦とはまるで違う。

 まるで権威主義の象徴のような船だ。


『こちらはリムリア銀河帝国沿岸警備隊、第24巡視船隊の司令船シューティングスター。本宙域はリムリア銀河帝国領である。貴官の官職氏名、航行目的を明らかにせよ!』


 帝国領とはいえ、自由航行宙域を航行し、国際法で定められた救難活動信号に加えて識別信号まで発信しているのにこの言いようである。

 シンノスケはため息をつきながらも自ら返信することにした。


「こちらはアクネリア銀河連邦、サリウス恒星州自由商船組合所属の護衛艦フブキの艦長、カシムラ・シンノスケです。国際宙域において遭難、漂流していた貴国の民間船ブルー・ドルフィンの乗員乗客を救助しましたので本宙域まで来ました。救助した人達の引き受けを要請します」

『それは承知している』

(承知しているんかい。だったら何故聞いた)


 どうやらミリーナの言ったとおりのようだ。

 沿岸警備隊の隊長は威張りくさった様子だ。


「それでは繰り返し要請します。救助した人達を速やかに受け入れてください。本艦も速やかに帝国領を出てアクネリアに帰還したいのです」

『それは出来ない』

「はっ?」

『貴船はこのまま我々に同行してもらい、我々の基地で取り調べを受けてもらう』


 無茶苦茶である。

 何等の犯罪の嫌疑もなく、挙げ句に帝国民を救助して来た他国の船に対してあまりにも無礼な対応だ。


「本艦が貴国の基地に同行することも、取り調べを受ける必要性も認められない。速やかに要救助者の受け入れに応じられたい」

『要救助者の受け入れには応じるが、それは我々の基地に入港してからのことだ』


 全くもって埒が明かない。

 シンノスケは傍らのミリーナを見た。


「これは我々を基地に連れていって難癖をつけて袖の下でも要求するつもりか?」

「まあ、そんなところですわね。全くもって嘆かわしい限りですわ」


 こんなくだらない茶番に付き合っていられない。


「繰り返して申し入れる。我々は貴国内において何等の法令違反もしていない。国際法に従って貴国の遭難船救助をしただけだ。貴官等にも法令遵守を要求する」

『情報によれば貴船には我が国からの亡命者がクルーとして乗り込んでいる筈だ。よって貴官には犯人隠避の容疑がある』


 シンノスケは呆れ果てた。

 言い掛かりも甚だしい。


「確かに本艦には貴国からの亡命者がクルーとして乗艦しているが、彼女の亡命を含め、全て法をクリアしてのことだ。よって犯人隠避には当たらない。これは国際法に明記してあることだ。・・・だが、仕方ない。いわれなきことだとしても我々を疑っているのならば、基地への同行は拒否するが、本艦への臨検は認めよう。臨検と同時に要救助者の受け入れも願いたい」

『ふん、まあいい。それで妥協してやろう。今から乗り込むから我々の指示に従え』


 どこまでも無礼で救いようがない。

 シンノスケは下手に出ることを止めた。


「通告しておく。他国の法的機関の隊長である貴官に言うまでもないことだが、本艦の艦内は国際法に則りアクネリア銀河連邦領とみなされている。本艦に乗り込んだ以上はアクネリア銀河連邦法と本艦の規則に従ってもらう。よって我々は自衛のために武装した状態で臨検を受ける。なに、心配はいらない。艦内では貴官等が私の指示に従う限りは武器を使用するつもりはない」

『それは認められない。臨検を拒否するならば実力をもって貴船を拿捕することになる』

「はっ?拿捕?」


 いくら自国領で好き勝手をしているにしてもこれはやり過ぎだ。

 一部隊の隊長如きが判断できる問題ではないし、もしもそれを実行したら間違いなく国際問題になる。


『無駄な抵抗をせずにこちらの命令に従え。その方が身のためだぞ』


 もはや面子が暴走しているとしか思えない。

 

 プツン・・・

「「えっ?」」


 その時、セイラとミリーナに聞こえる筈の無い、何かが切れる音が聞こえた(ような気がした)。


「あーっ、ごせやけるな!オメーらがデレモサしてっから俺らがこんな明後日の方まで来る羽目になったんだんべな!こっちはうらに乗ってる人達をさっさと引き渡してーんだよ。あーだこーだ言ってもしゃーなかんべな!さっさと受け入れろな!」

【銀河標準語訳:あーっ、私は頭にきました!貴方達がもたもたしてるから我々がこんな予定外の遠くまで来る羽目になったんですよ!我々は後方の貨物室に乗っている人達を速やかに引き渡したいのです。あれこれ言っていても仕方ないでしょう!速やかに受け入れてください】


 突然奇っ怪な言葉を話し出すシンノスケにセイラもミリーナも唖然とする。


「えっ?シンノスケ様?何を言って・・・えっ?」

「なに?えっ?怖い怖い・・・。マークスさんっ!」


 恐怖を感じたセイラが艦内無線でマークスに助けを求めた。


『ああ、マスターのそれは生まれ育ったイルーク恒星州のトーチギ地方の訛りですよ。マスターは特に危機的状況でない中でイライラした時に素の言葉になってしまうんです。放っておいても特に害はありませんよ』


 実はシンノスケは元々トーチギの訛りが強いらしく、士官学校に入ってからは他人との意思疎通をスムーズにするために訛を消した言葉を使うように意識していたのだ。

 その結果、普段でも堅苦しい言葉遣いになってしまっていたのだが、イライラして我慢の限界を超えると素の言葉が飛び出してしまうらしい。

 ただ、戦闘中等における真の意味での危機に陥った場合にはシンノスケは冷静さを失わないため、訛りが出ることはなく、どちらかというと今のように交渉とも言えない不毛な言い争い、所謂口喧嘩のような時にトーチギ訛りが炸裂するとのことだ。


「ごじゃっペばかり言ってねーで、さっさと受け入れろっつってんだよ、このデレスケ!」

【銀河標準語訳:いい加減なことばかり言っていないで、速やかに受け入れすることを要請します、低能共!】


 早口で独特のイントネーションでまくし立てるシンノスケだが、何を言ってるのか分からないトーチギ訛りとはいえ、銀河標準語から発生した訛りなので帝国の船にはシンノスケのトーチギ訛りの声と同時通訳された音声が流され、シンノスケの言っていることは正しく伝わっている。

 最後の言葉は翻訳されても悪意のある言葉なのだが、早口でまくし立てるシンノスケの気迫に帝国の隊長は思わず気圧されてしまう。


『りょ、了解しました。直ちに要救助者を受け入れます』


 帝国の沿岸警備隊はようやく要救助者の受け入れを認めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 〉シンノスケ覚醒 タイトル詐欺だ! [一言] 〉放っておいても特に害はありませんよ マークスの安定の塩対応
[一言] 覚醒って言うかブチ切れやんけww
[良い点] 沿岸警備隊ざまあ(笑) [一言] シンノスケが誰に対しても妙に堅苦しい言葉で話すのは、性格のせいだけでなく、そういう理由があったんですね。 納得がいきました。
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