貧者の意地、富者の苦悩
「そもそも、ココナ達のお父さんはそんなことを望んでいないんじゃないか?」
「「・・・えっ?」」
シンノスケの言葉を聞いたココナとタックは呆気にとられたようにお互いの顔を見合わせた。
「そんなことあるもんかっ!父ちゃんだってこんな生活にはうんざりしている筈だ。誰が好き好んであんなキツい仕事なんかするもんかっ!」
タックの言葉にココナも同意するように頷く。
しかし、シンノスケは静かに言葉を続けた。
「確かに、過酷な仕事を強いられて、そんな仕事に進んで取り組んだり、続けたいと思う者はそうはいないだろう。ただ、それでも辞めたいとか、逃げ出したいというのは違うかもしれない」
2人は首を傾げる。
「すみません、言葉の意味が理解出来ません」
ココナの言葉にシンノスケはゆっくりと頷く。
「あくまでも私の推測だが、2人の姿を見ればなんとなく分かる。服装は草臥れているが清潔だし、2人とも痩せこけている様子もない。ココナは労働者用の食堂で働いているというが、贅沢ではないながらも、どうにか食べられているのではないか?住んでいる場所だって野宿というわけではないだろう。つまり、最低限の衣食住は確保されているんだと思うが、違うか?」
「それは、父が自分を犠牲にして必死に働いてくれているからです」
「そこだよ。厳しい労働だろうが、それに耐えれば少ないながらも賃金を得られて生きていける。家族3人で生活していける。この環境から脱出しようなんて考えていないんじゃないか?」
シンノスケの考えを聞いてココナとタックは言葉を失う。
そう言われてみれば思い当たる節があったのかもしれない。
「逆の立場から見れば、ポルークスにはポルークスの事情があるのかもしれない」
「「?」」
「支援国のリムリアから移民労働者を仲介すると言われればポルークスとしては断ることもできない。そうすると、移民者に仕事を与え、賃金を払わなければならないのだが、そのための苦肉の策が鉱物資源採掘事業の拡大なんじゃないか?」
「だからってあんなに厳しく働かせるなんて非道いじゃないか!」
「労働環境がどの程度厳しいのか、私は知らない。だが、少なくとも採掘用重機が壊れたら新しい重機を手配して、その間は工区を休業する程度の配慮はあった。人力で採掘を続けろとは強いられていないようだ。つまり、労使間で認識に大きな違いはあるのかもしれないが、互いにそれを受け入れているんだろう。だから2人のお父さんにしてみれば、この環境から逃げ出して路頭に迷うより、現状に意地でもかじり付いて家族3人で生きていくつもりなんじゃないかと思う」
つまり、労働者には逃げ出せない環境があり、労働者としての意地もある。
雇用者であるポルークス側には労働者を飢えさせず、最低限の生活を保証しなければならない苦悩があるということだ。
シンノスケの考えはあくまでもシンノスケの想像に過ぎないが、ポルークスの現状を鑑みれば現実と大きく乖離してはいないだろう。
ミリーナは最初から分かっていたようだし、ここまで聞けばセイラも理解できる。
そしてココナとタックも心では納得出来ないにしても、これ以上何も言えなかった。
おそらく、2人の父親に聞いてみればシンノスケと同じことを言う筈だ。
「そういうわけだから私は2人の希望を叶えることはできない」
シンノスケの結論にココナとタックはこれ以上何も言うことは出来ず、結局2人は出されたお茶にも菓子にも手を付けず、揃って肩を落として帰っていった。
「可哀想ですね・・・」
2人を見送るセイラが呟くが、シンノスケは何も答えない。
「仕方ないですわ。私達は私達の役目を果たすだけ。下手な施しは彼等のためになりませんわ。私達に彼等を支援する手立てはないのですから」
シンノスケに代わってミリーナがセイラを諭した。
そして翌日、予定どおり荷物の引き渡しを終えたシンノスケ達は直ちに帰還することにする。
出港するフブキとツキカゲは多くの人々の冷たい視線に見送られることになったが、見送る彼等も自分達の境遇は理解しているのだろう。
モニター越しに見送る人々を見てみれば、その中にココナとタックの姿がある。
ココナは寂しそうな眼差しで、タックはフブキに向かってアカンベーをしており、そんな2人の肩に手を置いた壮年のラーダ人の男性が深々と頭を下げていた。




