ラーダ人の姉弟
ラーダ人の少年は少し離れた場所からシンノスケのことを睨んでいる。
「私達に何か用か?」
案内の兵士が少年を追い払おうとするのを制したシンノスケは少年に近づく。
「あんた等が持ってきた機械、持って帰ってくれよ!でないと父ちゃん達が・・・」
ラーダ人の少年がシンノスケに食って掛かろうとした時、その様子を遠巻きに見ていた人々の中から1人の少女が飛び出してきた。
「タック、止めなさい!すみませんっ」
少年と同じラーダ人の少女は少年に駆け寄って抱き上げるとその場から離れようとする。
「姉ちゃん。だってこいつ等が持ってきた機械で父ちゃん達は・・・」
少年の姉なのだろうか、なおも何かを訴えようとする少年の口を塞ぎながら少女は頭を下げた。
「すみません、本当にすみません」
必死に頭を下げる少女。
仕事で荷物を運んできたところに突然少年に呼び止められて文句を言われ、理由も分からないまま少女に謝られているシンノスケ。
その様子を端から見ればシンノスケの方が悪者のようだ。
ただでさえ好意的でない雰囲気の住民達の視線が更に冷たい。
「いや、別に構わないが、何か事情でも・・・」
「すみません、すみませんっ!」
シンノスケが声を掛けようとしても取り付く島もなく、少年を抱えた少女は後退りしながら逃げ出してしまった。
「・・・何なんだ?」
呆気にとられるシンノスケ。
シンノスケの横に立つミリーナも首を傾げた。
「ポルークス侯国の国民はリムリア銀河帝国と似たような人種の筈ですわ。他の人種が居ないわけではありませんが、封建的なこの国でラーダ人とは、珍しいですわね」
そんなことを話していると案内役の兵士が声を掛けてきた。
「移民労働者達ですよ。尤も今の2人はまだ子供ですから、移民労働者の家族でしょうね」
「移民、労働者ですか?」
「ええ、この国は小さな国ですからね、小国であるがゆえに色々と課題があるのですよ・・・」
困ったような表情の兵士はそれ以上は語ず、シンノスケ達を案内して歩き出す。
目的地の外務・貿易管理事務所は目の前だ。
事務所に到着したシンノスケは窓口で手続きを済ませてしまうことにする。
「アクネリア銀河連邦サリウス恒星州から採掘用重機、ケリン・ヘビー製BK-882が8台。引き渡し先がポルークス国の資源局、侯王様からの直接のご依頼ですね。遠い所からご苦労さまです」
侯王自ら発注した依頼のせいか、手続きを進める職員の態度は非常に好意的だ。
「荷物の引き渡しはいつ頃になりますか?」
確認するシンノスケに職員は端末を確認しながら答える。
「そうですね、資源局も速やかに受領したいようなのですが、今日は移送用車両の手配が間に合いませんので、明朝1番になりますね」
確かに間もなく日も暮れる。
50トンもある重機を8台も降ろすにはある程度は時間も掛かるのだから仕方ないだろう。
「でも、作業は最優先でやらせていただきますよ。リムリアとダムラの戦争のおかげで今まで使用していたリムリア製の重機の部品供給が滞りまして、使用不能になってしまったのが何台もあるんですよ。我が国は鉱物資源の輸出が主産業の小国でして、採掘作業が出来ないと国が破綻してしまいます。侯王様もそれを危惧しておりまして、今回の依頼となったのです。これで作業を再開できますので、現場の労働者達も一安心ですよ」
そんなことを言いながら笑う職員の様子を見たシンノスケは違和感を覚えた。
シンノスケとて人の心の中を見通せる筈もないのだが、目の前の職員の言動に裏を感じない。
この職員は『移民労働者が一安心』だと、本当にそう思っているのだろう。
その証拠にシンノスケと同じ違和感を感じたであろうミリーナが額の目を開いてシンノスケを見ながら頷いている。
「現場の労働者達っていうのは移民の人達ですか?ここに来る前にラーダ人を見かけましたが」
試しに聞いてみるシンノスケに職員は頷く。
「はい、ラーダ人もそうですが、ポルークスはリムリア帝国の仲介で多くの移民労働者を受け入れています。ただ、我が国は小国ですが、元々は労働力が不足していたわけではないんですよ・・・」
元々帝国の援助のもとで辛うじて独立を保っていたポルークスだが、国民の殆どが3つの惑星上で生活して農業や畜産等の産業で生計を立てており、加えてレアメタルではないにせよ鉱物資源の輸出等で国としての経済が成り立っていた。
しかし、数十年前からリムリア銀河帝国の支援の名目で移民労働者を受け入れるようになって国の事情が一変したということだ。
移民を受け入れるということは人口が増えるということで、人口が増えればその分の食料等や労働者たる彼等の働き口が必要になる。
そこで労働者の彼等に充てがわれたのが鉱物資源の採掘だった。
帝国製の採掘用重機を購入し、多くの移民労働者を採掘業に就かせることで彼等を養うだけの経済を確保したが、それは徐々にポルークス侯国の経済を蝕んでいったのである。
帝国の仲介で次々と送られてくる移民労働者を養うために鉱物採掘を拡大し、そのために帝国製の重機を購入するという悪循環に陥っていた矢先にリムリア銀河帝国とダムラ星団公国の戦争により、立ち行かなくなりつつあったようだ。
どうやら国と移民労働者との間に認識の違いがあるようだが、シンノスケが関わることではない。
手続きを済ませると明朝の引き渡しのため、早々に引き上げることにした。
港への道すがら、相変わらずシンノスケ達を遠巻きに睨む住民が多いが、彼等が移民労働者やその家族達なのだろう。
事務所に向かうときに案内に付いていた兵士だが、本当に案内だけだったようで帰りには姿を見せない。
「あのっ、やっぱり私達、歓迎されていないみたいですね。移民の人達ってこの国で迫害されているのでしょうか?」
多くの人々から敵意に満ちた視線を向けられて不安そうなセイラ。
余程怖いのか、シンノスケの袖を掴んでいるその手は小刻みに震えている。
「・・・どうだろうな?まあ、歓迎されていないのは事実のようだけどな」
「大丈夫ですわ、セラ。彼等は私達に手出しするつもりは無いようです。・・・なんというか、怒りや憎しみというよりは、困惑?しているのでしょうか?」
ミリーナの言うとおり、シンノスケ達を睨む人々は危害を加えてくるつもりはなさそうだ。
本来なら夕食は街にでも繰り出して英気を養いたいところだが、余計なトラブルを避けるためにも控えたほうがいいだろう。
そんなことを考えながら港へと急いでいたシンノスケ達の前に先程のラーダ人の少女が姿を見せた。
「先程は弟が失礼しました」
シンノスケに対して深々と頭を下げる少女はセイラと同じか、少しばかり歳下だろうか。
その身なりを観察してみれば、質素で古臭い服装だが、清潔は保たれている。
無造作に結ばれた長い髪や肌も最低限の手入れをしているのか、汚れているようには見えない。
「何か用があるのかい?」
努めて優しく声を掛けたつもりのシンノスケだが、少女はラーダ人特有の猫のような耳をペタリと倒して後退ってしまう。
どうやら怖がらせてしまったようだが、それでも何かを決意したようにシンノスケを見上げた。
「私、先程皆さんに失礼なことを言った弟、タックの姉のココナっていいます。本当に、本当に失礼なお願いなんですが、お話を聞いていただきたくて・・・」
ココナと名乗った少女が何を言おうとしているのか、おおよその予想はつくが、遠巻きに見ている人々はココナを制止したり、逆に加勢しようともしないようだ。
とはいえ、この場でココナのお願いとやらを聞くわけにはいかない。
「話があるなら聞いてみよう。私の船に来なさい、お茶位はご馳走しよう」
シンノスケはココナをフブキに招待することにした。




