帰還後の騒動
レイヤードの情報を整理すると、リムリア銀河帝国によるダムラ星団公国への侵攻計画はかなり早い時期から極秘裏の内に進められていたということらしい。
帝国で不可解な皇帝崩御と帝位継承者達が次々と不審な死を遂げる中、帝位継承権1位を有する第1皇子を退けて第3皇子が新皇帝に即位したリムリア銀河帝国だが、皇帝の玉座を巡っての争いは未だに終結してはいない。
新皇帝即位後も帝位継承権第1位を有する第1皇子が玉座を狙っており、帝国内での立場を確固たるものにする目的のため、ダムラ星団公国を併合したという功績を欲して計画したということだが、実は新皇帝即位の以前から第1皇子主導によるダムラ星団公国侵攻は計画されていたということだ。
帝位を争う他の皇子に対してさらなるアドバンテージを欲しての第1皇子の計画だったが、皇帝崩御と新皇帝即位に伴ってその計画は崩れ去ってしまった。
しかし、皇帝の座を諦めていない第1皇子は計画を変更して、新皇帝に対抗し得る実績を得るためにダムラ星団公国侵攻を強行したということだ。
よしんばダムラ星団公国全域を制圧できなくても、その一部だけでも奪い取ることができれは、それは新皇帝の足元を崩すのに十分な成果になる。
これは第1皇子として宇宙軍の多くを掌握する立場だからこそ実行可能な策であった。
しかし、精強な宇宙艦隊を数多く保有する帝国の中で宇宙艦隊の多くを掌握する第1皇子だが、広大な領域の治安維持や、周辺国への警戒のため、出動できる艦隊は限られている上、皇帝や、他の帝位継承者である皇子や皇女が持つ私兵艦隊に睨みを利かせるためにもダムラ星団公国侵攻に投入できる艦隊は十分ではなかったのである。
それでも電撃的な侵攻で短期間で制圧するには事足りる程度の戦力であり、ダムラ星団公国軍のみを相手にするならば勝算は十分にあった。
しかし、そこで問題となったのは他国からの援軍の有無だ。
ダムラ星団公国はリムリア銀河帝国の他に、アクネリア銀河連邦、6325恒星連合国に隣接し、リムリア銀河帝国を除く2国との関係は良好であり、特にアクネリア銀河連邦とは強固な友好関係を築いている。
一方、6325恒星連合国はリムリア銀河帝国、ダムラ星団公国、アクネリア銀河連邦各国とある程度良好な関係を保っており、それぞれの国とあらゆる取引を交わす関係だ。
特に、官民を問わず各種艦艇の輸出には積極性で、各国に輸出された6325恒星連合国の軍用艦同士が小競り合いで対峙するという冗談にもならない事態が発生したこともあった。
6325恒星連合国はそれぞれの国と適度な距離を守っており、基本的には各国間の衝突には介入しない立場を貫いているから援軍を派遣することは無いだろう。
そうなると、懸案事項はアクネリア銀河連邦の援軍だが、こちらは何の工作もしなければ間違いなく軍事介入してくる筈だ。
そこで、水面下で行われたのがアクネリア宇宙軍高官との密約であり、リムリア銀河帝国がダムラ星団公国に侵攻した際に艦隊を派遣しない、若しくは派遣するにしても最小限の戦力で、且つ帝国の侵略開始から5ヶ月以上間を置いてから、ということになっていた。
しかし、侵攻開始の数ヶ月前になって、アクネリア銀河連邦宇宙軍第2艦隊内で発覚した数々の不祥事により予定外の艦隊司令官の交代と、その後に続く綱紀粛正の嵐や大幅な人事交代によって密約そのものが消滅してしまい、アクネリア銀河連邦宇宙軍の迅速な軍事介入が行われ、その結果、戦争の長期化に繋がったというわけだ。
レイヤードの情報はそのような戦争の背景であり、詳細までは判明していない。
しかし、その情報を買ったシンノスケにしてみれば、情報の欠落しているピースを埋めることは容易だ。
アクネリアへの帰路についたシンノスケは今後のことについて考えていた。
(帝国との密約と俺の抹殺計画。全く無関係だと考えていたが、これらを目論んでいたのがあの大佐、じゃなくて今は准将か・・だと仮定すれば全て説明がつくな。だとすると厄介な相手だ・・・)
モニターに映る星々の海を眺めながら自分が面倒な運命に絡まれていることに思いを廻らせる。
「マークス、どうやら『相手の出方を見る』なんて悠長なことは言っていられないようだ。サリウスに戻り次第行動を起こす必要がある。付き合ってもらうぞ」
「了解。お任せください」
シンノスケの言葉に総合オペレーター席のマークスは振り返ることなく答えた。
無事にサリウス恒星州中央コロニーに帰還したシンノスケとマークス。
ガーラ恒星州に向かったツキカゲは既に帰還しており、セイラやミリーナ達に出迎えられた。
「おかえりなさいシンノスケ様・・・あら、お仕事に行っていたと思ったら随分とエンジョイしてきたようですね!」
「えっ?」
「ホントだ・・・シンノスケさんもマークスさんも、ズルいです」
「えっ??」
何のことが分からずに非難めいたことを言われる2人。
「おい、マークス。どういうことだ?」
「惑星トームのビーチにおいて紫外線を浴びた事による皮膚の炎症反応、所謂日焼けが原因だと思われます。マスターはステラに進められるがままサンオイルなる物を皮膚に塗布し、日光浴に興じていましたので、良い色に焼けています」
言われてみればシンノスケはコンガリと日焼けしている。
「シンノスケ様だけではありませんわ。マークスもまた随分と色艶がいいのではありませんこと?」
こちらも言われてみればマークス金属製の身体もワックスを塗ったかのように艶々だ。
いや、実際に金属用ワックスを塗っていた。
「マークス、お前もだよ。調子に乗ってビーチでワックスなんか塗っていたじゃないか!」
「あれはボディのメンテナンスです。そもそも私には『マスターと違って』『余暇をエンジョイする』という概念はありません」
「おかしな強調表現を使うな!お前だって必要のない海パンなんか穿いてノリノリだったじゃないか!」
「人聞きの悪いことを言わないでください。あのレジャービーチはヌーディストビーチではありません。私はTPOを弁えただけだと申し上げた筈です。マスターの方こそビーチチェアで『女性型ドールのステラ達』とトロピカルドリンクを飲みながらお楽しみだったではありませんか」
「「なっ!!」」
マークスの言葉にセイラとミリーナがパチパチと帯電し始める。
明らかに怒っているようだ。
アンディとエレンは黙って後退して安全な距離を確保する。
せっかく制服を誂えてもらったのにお披露目の機会を失っている。
「だからおかしな強調表現を使うな!それに、お前の方こそ人聞きの悪いことを言うな!あれは商談の場だったし、飲んでいたのは合成フルーツ茶だ。しかも、何故ステラを前面に出す!『ステラ達』ではなく『レイヤードさん達』が正しい表現だろう!」
「同じことです。会話はレイヤード氏と行われていましたが、マスターの視線の32.8パーセントはステラに向けられていました。数値だけを見れば高くはないパーセンテージですが、レイヤード氏に10.5パーセント、海岸の景色に42.5パーセント、その他14.2パーセントに比べ、加えて当時のステラの服装を鑑みると・・・」
「おい、変に正確な分析をするな!」
見苦しい、低レベルの会話を続けるシンノスケとマークスにセイラとミリーナの堪忍袋の緒が切れた。
「「兎に角!」」
「シンノスケさん達は仕事のついでにバカンスを楽しんでいたんですね?」
「そうならば、私達にも福利厚生の機会を与えてくださいますわよね?」
最終的にシンノスケはこの騒動が収まったらクルー全員をバカンスに連れて行くことを約束させられたのである。




