海賊航路3
フブキからの一方的な攻撃により撃沈1隻、大破2隻の損害を被った海賊だが、それでも諦めようとせず、距離を取りながら様子を窺っている。
シンノスケが言うとおり、退き際をわきまえておらず、諦めが悪い。
こうなると、最早脅威にもなり得ないが、このまま付き纏われても厄介だ。
特にツキカゲが対応している敵船Aに至っては未だにツキカゲの射程ギリギリで挑発行動を続けており、例えそれがまぐれ当たりであってもツキカゲやビック・ベアが損傷を受けるようなことがあっては目も当てられない。
「長引かせるのも時間の無駄だ。セラ、ツキカゲに沈めちまえ、と伝達!」
「了解しました。ツキカゲにそのまま伝えます。・・・フブキからツキカゲ、沈めちまえ!とのこと」
セイラはシンノスケからの命令をそっくりそのままツキカゲに伝えた。
そして、セイラからの通信を傍受したエレンもその内容をそのままアンディに伝える。
「ツキカゲ了解。アンディ、シンノスケさんからの伝達、沈めちまえ!ですって」
エレンの報告を聞いたアンディは肩を竦めた。
「ざっくりした命令だなぁ。シンノスケさん、面倒くさくなったな。まあ、了解。敵船Aを撃沈する!」
敵船を近づけないための牽制攻撃に専念していたアンディは敵船Aに狙いを定めて速射砲を連続発射する。
しかし、射程ギリギリのラインを高速で機動する敵船Aはツキカゲからの砲撃を易々と躱す。
「アンディ、当たっていないわよ!」
「これでいいんだ!もう少し!」
アンディは速射砲を連続発射しながら敵船Aを追い込んでいく。
敵船Aがツキカゲの艦首速射砲の死角に入った。
「敵船Aが後方に回り込んだ!狙われているわよっ!艦尾速射砲で・・間に合わないっ」
背後に回り込んでツキカゲに狙いを定める敵船Aに対してアンディは艦尾のミサイルランチャーを向ける。
「だから、これでいいんだよ!2番ミサイルランチャー」
「2番ランチャーって、アンディ!」
「1番から3番発射!」
アンディは敵船Aに対して3発のミサイルを発射した。
ツキカゲの2番ミサイルランチャーに装填されているミサイルは一直線に目標に向かう標準的な高速型ミサイルではなく、不規則な機動で、迎撃を躱しながら目標を追う高性能な機動型ミサイルだ。
「アンディ、3発も!もったいない!」
当然ながら通常のミサイルよりも高価で、フブキのミサイルランチャーにも装填されていないツキカゲの虎の子の装備だ。
敵船Aに向かって飛翔する3発のミサイルは不規則な機動で対空機銃を躱しながら3方向から敵船Aに命中した。
高速型のミサイルに比べてその威力は低く、軍用艦だと1発では駆逐艦はおろかフリゲート艦すらも撃沈させることは困難だが、民間船を改造した程度の海賊船なら1発で十分だ。
それが3発命中したとなればひとたまりもない。
海賊船は爆散し、文字通り宇宙の塵と化した。
「敵船A撃沈。でも、もったいない・・・。アンディ、いくら費用はシンノスケさん持ちだからって・・・」
海賊船相手に高価なミサイルを大盤振る舞いしたアンディをジト目で見るエレン。
「エレンさん、問題ありませんよ。アンディさんはマスターの意図を理解した上での適切な判断でした。ほら、敵船Aを撃沈したので残りの海賊船は逃げて行きます」
マークスの言うとおり、ツキカゲが海賊Aを撃沈すると、他の海賊船が急速に離脱してゆく。
「あれ?なんで?」
エレンは首を傾げる。
「俺達が対峙していたあの海賊船こそが海賊集団の首領だったんだよ。自ら危険な囮役を買って出ているように見えて、結局は自分が1番安全な位置で他の6隻を危険に曝していたんだ」
「えっ?」
アンディの説明にエレンが唖然とする。
エレン自身、アンディと共に護衛艦乗りとして多少の経験を積んできたが、いくら高性能ミサイルを使用したとしてもアンディが撃沈したあの船が7隻もの海賊船団を率いる首領の船だとは思えなかったのだ。
「俺も半信半疑だったけどね。シンノスケさんが他の海賊船を沈めても諦める様子がなかっただろう?あれは安全な場所にいる首領が撤退を指示しなかったからなんだよ。シンノスケさんはマニュアル照準射撃で敵船を沈めていたけど、あれは狙われる側にとっては恐怖でしかない。火器管制レーダーの警報のないまま、いきなり攻撃されるんだからね。並の海賊ならば仲間が沈められただけで逃げ出す筈だよ」
「あっ、そういうことか。だからシンノスケさんは私達に『沈めちまえ!』って・・・」
「そういうことだよ。無茶な命令をする首領がいなくなったから残りの連中は一目散ってことさ」
アンディとエレンの会話を聞いているメリーサ。
ツキカゲに乗船した当初はアンディに対してどこか頼りなさそうな印象を抱いていたが、実際に戦闘が始まってみれば、極めてスムーズにことが運び、アリーサとの間に繋いだ専用回線を使用する必要もなかった。
「マークスさん、私は彼等の実力を見誤っていました。彼等も優秀な護衛艦乗りなんですね」
「まあ、優秀かというと、疑問符がつきますが、誠実で堅実な護衛艦乗りであることは間違いありません。私達は彼等が独立した頃から縁がありますが、マスターも彼等のことを高く評価しています」
ツキカゲの各システムをチェックしながらメリーサに答えるマークス。
「ツキカゲでの初めての護衛任務ということで万全を期すべく私が乗り込みましたが、私の出番はありませんでしたね」
「・・・マークスさん、何だか嬉しそうですね」
「そう見えますか?」
「いえ、見えませんが、そう感じます」
メリーサの言葉にマークスは表情を変えることはない。
ビック・ベアのブリッジではグレンが安堵のため息をついていた。
「ふぅ、7隻も出てきた時にはどうなるかと思ってビビったが、流石はシンノスケだ。ビビるような状況ではなかったな」
「あら、グレン、貴方恐怖を感じていたの?端から見ていたら堂々としていたけど?」
カレンに茶化されて肩を竦めるグレン。
「ビビって当たり前だ。俺は仲間達の命を背負っているんだぜ?仕事の時はいつもビビりっぱなしだ。しかも、採掘作業と海賊の襲撃では危険の質が違うってもんだ。まあ、俺がビビってる様子がクルーに伝わっちまったら示しがつかないから虚勢を張っているがな」
現在ビック・ベアのブリッジにはグレンとカレンしかいない。
他のクルーであるランディ、アレン、マイキー、トッドの4人は万が一に備えて対空機銃の砲座に着いているがそれも杞憂だったようだ。
「でも、シンノスケには何も言わないのね」
「戦闘に関しては俺達は素人だし、シンノスケなら信用して全てを任せられる。シンノスケから何か指示が出ればそれに従うし、指示が無いなら俺はチビりそうになりながらも船の進路を維持するだけだ」
「いくらなんでもその席で漏らさないでね。操縦席は私も座るんですからね」
「おう、任せておけ。まあ、今回の仕事はシンノスケ抜きでは考えられなかったな」
グレンとカレンは互いに顔を見合わせて笑う。
その頃、フブキでもシンノスケ達が戦闘の後のチェックを済ませていた。
「船体及び各システム異常ありません。ツキカゲ、ビック・ベア共に異常ありません」
「了解。それでは改めてシーグル神聖国に向かうとするか」
今回の戦闘では3隻共に何の損害も受けてはいない。
セイラの報告を受けたシンノスケは航行不能に陥って置き去りにされた海賊船にマーカーを撃ち込むとシーグル神聖国への航行を再開させた。
因みに、シンノスケ達も航行不能の海賊船を置き去りにしているが、これは何の問題もない。
シンノスケが海賊船に撃ち込んだマーカーは船体外装に突き刺さり、その位置を示す信号を発信し続ける。
取り外すには船外作業が必要になるが、そう簡単に外せる代物ではなく、並の海賊程度では取り外すこと自体が困難だ。
しかも、モタモタとそんなことをしている間に沿岸警備隊なりが到着し、逮捕されてしまう。
仲間の海賊が引き返してきて救い出すことも考えられなくもないが、仲間意識の希薄な宇宙海賊がそんな危険を冒してまで仲間を救おうとする可能性自体が無いに等しい。
そんな事情もあり、そもそも沿岸警備隊が到着するまで待つ時間も無いシンノスケ達は安心して2隻の海賊船を残して航行を再開した。




