宇宙クジラを救え3
シンノスケは慎重に内火艇を進める。
至近まで接近しても小惑星に擬態している子クジラは微動だにしないし、様子を窺っている親クジラも一定の距離を保ちながら近づいてくる様子もない。
「我々が助けようとしているのを理解しているのかな?」
シンノスケの呟きにヤンが答える。
「そう考えるのが普通です。我々に助けを求めた親クジラは宇宙船が生物ではない、自分とは別の知的生命体が操る物体であることを知っているのでしょう。そして、子供のクジラにミサイルを撃ち込んだのと同類であることも理解していると思います」
「だとすると、何故俺達、フブキに助けを求めたりしたんだろう・・・」
「あくまでも推測ですが、宇宙クジラは非常に高度な知能を有しており、宇宙を行き交う宇宙船には友好的なものと、そうでないものがいることを知っているのでしょう。好奇心が旺盛で自ら宇宙船に近づいて一緒に泳いだ経験等から学んだのではないかと思います」
「帝国軍の船にミサイルで撃たれ、この宙域まで逃げてきて、子供を安全な場所に隠した上で航行する船に助けを求めていた。これがこの宙域で宇宙クジラの目撃事例が増えた真相か」
「そう考えると全て説明がつきますね」
「確かに、ミサイルを撃ったのが宇宙船を操る人類ならば、ミサイルを処理できるのも人類だと・・・。その最中に航路を外れて調査をしていたフブキに接触したというわけか。確かに頭がいいな。だとしたら、万が一にも失敗したらお母さんクジラに怒られるぞマークス」
シンノスケは隣の席のマークスを見た。
「お任せください。私が操作する限り万に一つの失敗もありません」
「だから、そういう台詞を吐くな。失敗への布石になるだろうが!」
「大丈夫です。十万に一つ失敗したとしたら、その時はこの内火艇も巻き込まれて宇宙の塵ですから、母クジラに怒られることもないでしょう」
「まあ、それもそうか・・・」
危険な作業を前に軽口をたたき合うシンノスケとマークスの様子をヤンは唖然とした様子で見ている。
いよいよ作業開始。
先ずは不発弾となっている2発の対艦ミサイルを無力化するところからだ。
「マスター、ミサイルAを右方6度にキープしながら相対位置2.5メートルまで接近してください」
「了解」
シンノスケは内火艇の姿勢を制御しつつ、スラスターを噴射しながらゆっくりと近づいていく。
「そのままです。・・5・4・3、ここです。この位置をキープしてください」
「了解。このまま相対位置を維持する。・・・って、結構流されるな。アンカーを打ち込めると楽なんだがな」
「絶対に止めてください。本当に母クジラに怒られますよ」
「分かっているよ!さっさと済ませてくれ」
「了解。15秒で完了させます」
マークスは精密作業用のアームをミサイルの後部に向けて伸ばすと、ターゲットであるスイッチを一発で掴んだ。
そして、アームを回転させてスイッチを切り替える。
「ミサイルA、無力化完了。続いてミサイルBに取り掛かります。ミサイルBを下方8度、距離2メートルの位置へ」
「下方8度、距離2メートル了解」
「・・4・3・キープ」
「この位置をキープ」
マークスは2発目のスイッチも一発で無力化することに成功した。
「ミサイルB、無力化完了。一旦離脱してください」
「了解。離脱する」
シンノスケは内火艇を後退させて子クジラから距離を取る。
これで作戦の第一段階は完了だ。
続いて子クジラの身体に食い込んだミサイルの除去作業に移行する。
「ミサイルにワイヤーを掛けて引き抜くが、すんなり抜けるといいな」
シンノスケは再び内火艇を接近させるとマークスが一方のミサイルにワイヤーを掛けた。
「こちらのミサイルは本体に歪みもありません。真っ直ぐきれいに着弾したのでしょう。このまま引き抜けると思います」
マークスの判断にヤンが懸念を示す。
「問題があるとすれば子クジラの身体の方ですね。宇宙クジラが生物であることは疑いありませんが、それならばこれだけ深くミサイルが突き刺さっているのですから、身体組織に何らかのダメージを受けていることは間違いありません。だとすると、ミサイルを引き抜いた途端に血液やそれに類するものが噴き出す可能性があります」
ヤンの懸念にシンノスケも頷く。
「やはり、当初の予定どおり、ミサイルの引き抜きと治療を同時に進める必要があるな。マークス、ワイヤー巻き上げの操作は俺がやる。マークスはタイミングを合わせて治療作業を頼む」
「了解」
「ヤンさんは子クジラの状態を監視、小さな異変も見逃さずに報告して下さい」
「分かりました」
シンノスケは内火艇をミサイルに正対させるとワイヤーの巻き上げを始めた。
ワイヤー巻き上げで逆に内火艇が引き寄せられないようにスラスターを噴射しながら位置を固定することは非常に困難だが、シンノスケは内火艇の姿勢と位置をしっかりと固定しながらワイヤーを巻き上げる。
ワイヤーに引っ張られてゆっくりとミサイルが引き抜かれてゆく。
「カシムラさん、ストップ!」
50センチ程引き抜いた時点でヤンが声を上げ、シンノスケは巻き上げを止める。
「どうしましたか?」
「ミサイルと外皮の隙間に異変が認められます。隙間から何かが漏れ出ています」
シンノスケはモニターを拡大してみた。
「外観からでは分からないな?血液等の液体ではなさそうだが」
「はい、多分ガスか何かの気体かと思います」
ヤンはシンノスケのモニターに熱源カメラ映像を送信した。
確かにミサイルと外皮の隙間から高温の何かが漏れ出ている。
宇宙空間に放出され、直ぐに温度が下がると同時に飛散しているので何らかの気体であることは間違いなさそうだ。
「マークス、手順どおりに進めるぞ」
「了解」
マークスは気体が漏れ出ている箇所に向かってノズルを伸ばした。
ノズルから噴射されるのは主に宇宙船の外装補修の第一段階で使用される補修剤だ。
破損箇所の内部にまで流れ込まないように高粘度、速乾性のもので、船体補修の際にはこの補修剤で損傷箇所を塞ぎ、更にその上から外装を補修するのである。
マークスはシンノスケがワイヤーを巻き上げるのに合わせてノズルを操作してミサイルと外皮の隙間に補修剤を流し込む。
慎重に作業を続けること1時間程、子クジラの身体から1発目のミサイルを抜き取った。
「よし、1発目処理完了」
「傷口を補修剤の皮膜で覆うことに成功」
「ガスの噴出も止まりました」
マークスとヤンの報告を聞いたシンノスケは子クジラから一旦離れる。
子クジラから十分に距離を取ってからミサイルごとワイヤーを切り離して宇宙空間にミサイルを放出した。
「後で爆破処理するが、今は2発目のミサイルを除去するのが優先だ」
内火艇は再び宇宙クジラに接近してゆく。




