30:幼女の鶏肉研究
私が市場から帰宅すると、すでに魔法で弱い風を吹かせながら走り回っているアリスちゃんと、芝生に大の字に寝転がる、アルフォンスくんの姿が見えた。
クマさんはアルフォンスくんに何か言いながら、走り回るアリスちゃんを目で追っている。
はたから見ると遊んでいるようにも見えなくもない。
まあいい、私はこれから料理研究で忙しいのだ。
「おう! 嬢ちゃん帰ったのか!」
料理研究所に入ろうとすると、クマさんに気づかれる。
「はい。今戻りました。皆さん魔法の訓練は上手くいきましたか?」
「アリスは才能があるな。すぐに弱い風を吹かせ始めた。あと回復魔法の才能もあるようだが、これは成功していない」
へ~。アリスちゃんは2属性持ちなのか。
この世界でそれはすごい事なのだろう。まあアリスちゃんは王族が抱える特殊な子だしね。
「アルフォンスには水の適性があったが、全然駄目だな。また魔力を集中する瞑想からやり直しだ」
そうか、頑張れアルフォンスくん。私は心の中で声援を送っておく。
「リンネおねえちゃんみてみて!」
ぶわ~!
アリスちゃんが私の顔にそよ風をぶつけてくる。
「あ~。すごいね~。でも人に向けて魔法を放っちゃ駄目だよ」
「きゃははは! は~い。ごめんなさ~い」
「あ~。リンネお帰り」
アルフォンスくんは、寝ながらヒラヒラと手を振っている。アレクシア夫人に見られたら叱られるぞ。
私はさっそく料理研究所に入ると、調理台に切り分けられた鶏皮を出す。
なぜ鶏皮を先に出したかというと、私にとって一番未知の食材が、この鶏皮だからだ。
「おぃぃ!! アル!! 立て!! もう一回水魔法を見せるから! 今からイメージしとけ!」
「は~い・・・」
「きゃははは!!」
アルフォンスくんはクマさんに活を入れられて立ち上がる。
何が可笑しいのか笑い出すアリスちゃん。
私は構わず鶏皮を切り分ける作業を開始する。
市場で購入した肉切り包丁を出して、鶏皮を一口サイズに切り分けていく。
幼女は非力なのでなかなか皮が切れない。なので身体強化を微妙に使う。
なんとか切り分けた鶏皮を、まずは焼いてみる。
ジュ~・・・
土魔法で作った網にのせて焼き上げる。
しばらくして、少し焦げたころに味見してみる。
「ふ~ふ~」
熱そうなので息を吹きかけて、冷ましてから食べる。
口に入れて初めに、臭みが口の中に広がる、若干焦げた皮がカリカリして歯ごたえは良い。
だがこれは駄目だ! 不味い!!
「リンネおねえちゃんなにたべてるの」
「まっず~いものです。臭いです」
アリスちゃんは首をかしげながら、そんな様子の私を見ている。
私は収納魔法で水を出すと、口に含んで臭みを洗い流す。
ん~。いったい何がいけなかったのか?
臭みを消すのはアルコールに、灰汁取りくらいの知識しかない。
ならばとエールのついでに買っておいたワインを取り出して、鶏皮をワインにつけておく。
つける時間はどれくらいだっただろうか?
覚えていないのでそのまま放置して、次は鶏もも肉を収納魔法で取り出す。
「わ~!! おにくだ!!」
アリスちゃんが鶏もも肉を見て騒ぎ出す。
構わず私は鶏もも肉を、一口サイズに切り分けていく。
「アリスもやりた~い!」
「アリスちゃんは小さいからもう少し大きくなってからね」
「え~! なんで? アリスおねえちゃんとおおきさそんなにかわらないよ!」
大きさのことを言われると何も言えないな。
ならばと魔法のことで説得してみる。
「お姉ちゃんは身体強化が使えるからね。アリスちゃんは使えないでしょ。力持ちでないと包丁は使えないんだよ?」
「え~。そうなんだ。ならアリスやめとく・・・」
なんとかアリスちゃんを説得できた。
一口サイズに切った鶏肉をまずは網で焼いてみる。
ジュ~・・・
なんか鶏皮と違って香りが良いな? これは焼くだけでもいけるか?
「おいぃ!! アリス~!! まだ授業は終わっていないぞ!!」
授業をサボって、私の料理を見学するアリスちゃんを、クマさんが叱りつける。
「だってリンネおねえちゃんばっかり、なにかたべてずるいもん!!」
現在五の鐘が鳴り終わり、少し経ったぐらいだ。時間で言えば午後3時に差し掛かるころだろう。
前世であればこの時間は、丁度おやつの時間だった。
この国におやつの習慣ってあるのかな? アリスちゃんお腹が空いたのかな?
私はストックしてある、スコーピオンの尻尾肉の細切れを、8本ほど取り出す。
そして手早く串にさして、小麦粉、卵、パン粉につけて油を用意して揚げた。
ジュ~バチバチバチ・・・
「あ~! それおいしいのだ!!」
「待っててね。今揚がるから」
その合間に箸で一つまみ、少し焦げた鶏もも肉を口に含む。
「むにゃむにゃ」
うん。味がないね。なぜなら下味をつけていないからだ。でも大体わかった。
「あ~!! またなにかたべてる~!!」
頬を膨らませるアリスちゃん。
「ごめんね~。これは料理研究のための味見だから、美味しくはないんだよ」
「ふ~ん・・・」
つまらなそうに返事するアリスちゃん。
上手く揚がったスコーピオンのフライに、ケチャップをつけてアリスちゃんに渡す。
「あかいね?」
「トマトの色だよ。熱いからふ~ふ~して食べてね」
アリスちゃんはさっそくスコーピオンのフライを頬張り始めた。
「これまえのやつとちがうやつだ!! おいし~!!」
「はぁ~。嬢ちゃんあまりアリスを甘やかすなよ?」
「まあまあ。クマさんもどうぞ。ケチャップ味ですよ」
クマさんもスコーピオンのフライには目がない。文句を言いながらも食べ始める。
「相変わらず美味いな~。酒が欲しくなる」
「お酒なら夕食のときに出しますから、もう少し待ってください」
「あ~ずり~!! 何お前たちばっかりで食っているんだ!!」
「アルフォンス坊ちゃま! お言葉が乱れていますよ!!」
とりあえずそんなアルフォンスくんの口調を、注意しておく。
「坊ちゃまはよせって。それと僕にもそれをよこせ」
「仕方ありませんね。ふ~ふ~して食べるんですよ?」
「子供あつかいするなよリンネ~」
そしてスコーピオンフライにかぶり付くアルフォンスくん。
「美味!! 何だこれ!? もっとよこせよ!」
「はいはい。一人二本ずつですよ」
そして2人が魔法の授業に戻ると、再び料理研究を再開する。
まずはワインにつけた鶏皮を鍋に入れて煮立つ。
コトコトコト・・・
そして水面に浮かんできた灰汁を取り除いていく。
煮立つこと20分。今度は鶏皮に、オリーブオイル、塩、すりおろしニンニク、胡椒で下味をつけていく。
ついでに同じように鶏もも肉にも、下味をつける。
下味をつけたら網の上にのせて、鶏皮と鶏もも肉を焼いていく。
焼き上がった鶏皮をまず食べてみる。
口に含んで臭みを確認するのだ。
「カリカリ・・・」
どうやら臭みはあらかた消せたようだ。
次に食感だが、カリカリとした歯ごたえが良い。
塩コショウだけでも美味しくはあるが、やはり醤油が恋しくなるね。
次に鶏もも肉を食べてみる。
「ぐにぐに・・・」
ん~。味は嫌いじゃないけど・・・今度はスカスカな感じが気になり始めた。
まあこれはこれでなしではない。要研究ではあるが・・・・。
そして最後に試すのは鶏のから揚げだ。
これは前世で一人暮らしだった私が、さんざん作ってきた得意料理でもあるのだ。なのでまず失敗はないだろう。
そしてまずは下味からつけていく。
塩、胡椒とすりおろしニンニクを器に入れて、そこに鶏もも肉を投入する。
もむように混ぜ込んで、よく鶏肉に下味をなじませる。
次にマヨネーズを入れて再び混ぜ込む。マヨネーズを入れると美味しく揚がるのだ。
鶏もも肉はそのまましばらく浸けたままにする。
次に粉を作っていく。
小麦と片栗粉を器に入れてよく混ぜ込む。
小麦と片栗粉の割合は1:1にした。
そして15分ほど浸け込んだ鶏もも肉に軽く粉を付けて、熱した油に投入する。
ジュ~バチバチバチ・・・
美味しそうな音だ。
そして揚がったらさっそく試食だ。
温度調整が上手くいかず少し焦げてしまったが、そこはこれから少しずつ慣れて行けば良い。
「はふはふ。むしゃむしゃ・・・」
熱いけど・・・美味しい! 久々のから揚げは少し焦げ味で、懐かしい味だった。
そしてその日の夕方。
「リンネちゃん! アリスちゃん! アルフォンス! 帰ったわよ!」
貴族にあるまじき、はしたない大声を上げつつ、アレクシア夫人が帰宅した。あといい加減クマさんもよんであげろ。
「リンネちゃんお風呂~」
「あ~はいはい。こっちですよ」
私は疲れ果ててすっかり幼児退行した、アレクシア夫人をお風呂へ連れて行く。
そしてアレクシア夫人を連れて行った後は、居酒屋の準備だ。
「え~。今日はクマジロウが洗うの? クマジロウは雑だから嫌だ~」
「贅沢言うな! 嬢ちゃんは今忙しいんだ」
そうなのだ。今日はわざわざ居酒屋もどきをやるために、クマさんにアレクシア夫人のお世話を頼んだのだ。
報酬はお酒と、焼き鳥だがな。
「も~。クマちゃんの意地悪~」
「クマちゃん言うな!」
ぷりぷり怒りながらお風呂から上がってくるアレクシア夫人。
「あ、二人ともそこに座ってください」
料理研究所の大きな窓の前にはカウンターが置かれ、椅子が並べられていた。
そして、アルフォンスくんとアリスちゃんがすでに着席済みだ。
「え? 何? いったい何が始まるの?」
「今日は屋台形式で食べていただきます」
そう、今夜は屋台の居酒屋形式で、皆をもてなすのだ。
【★クマさん重大事件です!】↓
お読みいただきありがとうございます!
ほんの少しでも・・・・
「面白い!!」
「続きが読みたい!」
「クマさん!」
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