29:王都の市場
この日クマさんは、アリスちゃんとアルフォンスくんに魔法の実技を教えるようで、朝から張り切っていた。
早朝の狩りも終わり、一仕事終えたクマさんと私は、それぞれの目的のために準備を始める。
「まほう♪ まほう♪」
アリスちゃんはこれから魔法を教えてもらえるとあって、鼻歌なんて歌って上機嫌だ。
アルフォンスくんは、朝から魔法学園に行くための座学の勉強などもあり、まだこちらの方には顔を見せていない。
「オイラはこれから魔法の指南だが、嬢ちゃんはどうするんだ?」
「私はもちろん鶏ですよ」
「何がしたいか言葉からは伝わらなかったが、なんとなくわかった」
こうしてクマさんと私は、それぞれの目的地に向かっていった。
「安いよ!! よってけ!!」
「ほらそこの人、見ていきな! 今日はオレンジが安いよ!」
今日も王都の市場は大勢の買い物客で、賑わいを見せている。
エテールの市場よりも規模が大きい分、人混みも多い。また獣人や、エルフなどの他種族の姿が多く見られる。
私もそんな買い物客に混ざり、市場の商品を色々と見て歩いている。
果物に野菜、それにお肉、その他色々な種類の食材が、市場に並べられているのだ。
もちろん一番の目的は、侯爵家のクリフォードくんから情報をもらった鶏の卵だ。
それ以外にも何か面白いものがあれば、購入するつもりでいる。
「おばさん。その野菜ください」
「お嬢ちゃん偉いね。お使いかい?」
見たこともない野菜などもあり、ついつい財布の紐も緩む。
売り子の反応も、エテールの市場とそう変わらないようだ。
そして歩くこと数分・・・面白いものが目に入った。
それは大きな円柱の黄色い塊だ。
それが私の求めているあれならば、ぜひとも購入せねばなるまい。
「いらっしゃい。あら小さなお嬢ちゃんだね? お母さんかお父さんは?」
小さな私が一人でいるのを見て、不思議に思った売り子のお姉さんが、心配して尋ねてくる。
「一人で来ました。そこの黄色いの見てもいいですか?」
「見てもいいけど、あまり触ったり、つついたりしないでね?」
お姉さんの許可が出たので、私は丸く黄色い円柱の物体に近づく。そして匂いを嗅いで確信する。
「これはチーズだ!!」
私の目の前には某アニメで見た、桶サイズのチーズがどん! と無数に積んであったのだ。
ペシペシペシ!
「お姉さんこれください!!」
「ちょっとやめなさい!! つつくどころか叩いているじゃない!!」
私はあまりの興奮に、積んであるチーズをペシペシと叩いてしまう。
「買います!! いくらですか!?」
そして収納魔法で大金貨を数枚出して、売り子のお姉さんに見せつける。
「ちょっとこんな大金! まったくどこのお嬢さんだい?」
「わたくし、エテール家のリンネと申します。チーズを買うように命ぜられてここへ来ましたのよ」
「なんだいお貴族様かい」
困った時や話が進まない時に、貴族の名前を出すと大体解決する。
「小金貨1枚でまるごと一個買えるけど、どれくらい買うんだい?」
「では小金貨3枚分お願いします」
私は、小金貨3枚を支払い、ポーチにしまうふりをして、桶サイズのチーズ3個を収納魔法でしまい込んだ。お姉さんは魔法のポーチは見慣れているようで、その不自然な光景に驚きもしなかった。
「また来ておくれ!」
まさかこんなところでチーズにお目にかかれるとは思わなかった。
これでチーズを使った料理も作れる。
ピザも良いけど、グラタンも良いね! トーストにそのままのせて焼くのも悪くない!
「ふんふんふん♪ ふんふんふん♪」
私はチーズを使った料理に、思いをはせながら鼻歌交じりに歩き出す。
さて、目的の鶏の卵はどのあたりで売っているのかな?
王都の市場はとても広い。人混みも多くて周囲を見渡すのは困難だ。
ここは鶏の卵のためにも、少し自重をやめなければならないだろう。
私は風魔法の大跳躍を使うと、天高く、一気に上空へと躍り出た。
大跳躍は自らを強い風で大きく吹き飛ばし、風魔法で真下から風を起こし、衝撃をやわらげつつ着地するという移動用の風魔法である。
「よ、幼女が空を飛んでいるぞ!」
誰かが私を指さして叫ぶ。
しかし私はそれに目もくれない。
空中で二度目の大跳躍を使うと、いっきに見通しの良さそうな建物の屋根へと飛び移る。
そして着地の衝撃を風でやわらげつつ、ふわっと建物の屋根に降り立つ。
そこから周囲を見渡すと、鶏肉らしき物体をいくつかぶら下げたお店が、北の方角に見えた。
その辺りは畜産関係の建物や、露店が集中していて、近くまで行けばわかるもしれない。
私はその畜産関係の建物がある辺りに、再び大跳躍で飛ぶ。
「あれを見ろ!!」
「すごい! どうやって飛んでいるんだあれ!?」
真下から何か聞こえるが気にしない。
さらに2度ほど大跳躍を使い、人混みのない区画にフワッと着地する。
幼女の歩行は鈍足なので、小さな土雲を靴に仕込んで、そこからローラースケートのように滑るように、スルスル走って行く。
そして狭い路地を通って、畜産売り場とみられる区画に出た。
お目当ての鶏の卵は、おそらくあの鶏肉がぶら下がっているであろうお店に、あるに違いない。
私は鶏肉をぶら下げて販売しているお店に向うことにした。
「何これ!? でっか!!」
近くで見た鶏肉は大きかった。
私の身の丈くらいあるであろう、毛をむしられた首のない鶏と思われる肉の塊が、3つほどぶらさげられていた。
この世界の鶏どんだけ大きいんだよ。
そして店の主人は、身長2メートル以上はあろうリザードマンだった。
「シュルシュルようこそ普人族のお嬢さん。シュルお使いかい?」
リザードマンは蛇のような舌を使い、上手くしゃべっている。
初めて会ったリザードマンだったが、これだけ大きなトカゲが二足歩行で話している様子は、失礼だが少し怖くも感じる。
そしてリザードマンは性別の区別がわかりにくい。
雰囲気からおじさんではないかと予想はできるが・・・?
「おじさん? 鳥の卵はありますか?」
「シュルシュルあるよ。シュル鳥の卵はあっちだ」
トカゲのおじさんが指さす先に、私の記憶にある、鶏の卵の3倍はあろう大きさの卵が、6個藁の上に置かれているのが見えた。
「あれ幾らですか?」
「シュル一個大銀貨1枚だよ」
え? あの大きさで大銀貨1枚? これは安いのか?
ビッグオストリッチの卵が一個大金貨1枚だから、大きさ的にいえば、ビッグオストリッチの卵はこの鶏の卵の2~3倍くらいだろうな。
そう考えると安いのか?
まあ安かろうが高かろうが買うんだけど。
「おじさん! これ全部ください!」
「シュルえ? シュルでもお嬢ちゃんお金はあるのかい?」
私は大銀貨6枚を支払うと。その特大な鶏の卵を、収納魔法で全て収納した。
「シュルまいどあり・・・」
私がそんな大金を持っていたのが不思議だったのか、トカゲのおじさんは首をかしげている。
その表情は全く読めないのだが・・・・。
「あのぶら下げている鶏はいくらですか?」
私が次に気になったのは、あのぶら下げられている巨大な鶏だ。
「シュルはい。あれでありますかお嬢様。シュルあちらでしたら一羽大銀貨10枚になります。シュル部位ごとに切り分けての販売ですが、どの部位になさいますか?」
急に敬語になるトカゲのおじさん。
私がお金を持っていることから、大商家の娘か、貴族かと思われているのかもしれない。
「あちらにぶら下がっているやつを2羽ください」
「シュルえ? シュルまるごとですか? シュルありがとうございます」
トカゲのおじさんは怪力で、一メートルはあろう鶏を足を掴んで軽々と持つと、解体場に持っていき、部位ごとに切りわけてくれた。
「ありがとうございます」
「シュルいえいえ! シュルまたいつでも来てください!」
トカゲおじさんにヒラヒラ手をふると、私はそのお店を後にした。
他にもお米や醤油を探してみたが、見つからなかった。
お米については今度、クリフォードくんにでも聞いてみるか。
そしてふと見ると、何やら人だかりが出来ている。
何だろうと思って、幼女の小さな体を使って、スルスルと人混みの間を抜けて、その中心に出てみる。
すると2人の衛兵と、複数の人たちが何やら揉めているではないか。
「本当にいたんだ!! 空飛ぶ幼女が!!」
「だから。そんなの幻覚だろ? 勘弁してくれよ」
なるほど。何やら聞き覚えのある内容だ。これは確実に私絡みだな。
というわけで、とりあえずフォローくらいはしておくことにする。
「あ~。君たち。これはいったい何の騒ぎかな?」
偉そうに胸を反らしながら登場する私。
「あ! 飛行幼女!!」
誰が叫んだかそう聞こえて来た。以前浮遊幼女とよばれていた私が、飛行幼女に昇格した瞬間であった。
「まだそんなことを言っているのかお前たち」
そんな人たちに、衛兵のおじさんは呆れた様子だ。
「お嬢ちゃんはいったい何の用かな? 迷子にでもなったのかな?」
「しちゅれいな!! 私を誰と心得る!! この胸の勲章を見よ!!」
私は胸につけたドラゴンスレイヤーの勲章を、衛兵のおじさんに見せつけるように胸をさらに反らした。
「こ・・・これはドラゴンスレイヤーの勲章!!」
「黒髪で幼女くらいの背丈の女! 間違いない・・・本物だ! まさか本当にこんなに幼いなんて!」
もう一人の衛兵のおじさんが、私の身体的特徴から、ドラゴンスレイヤー本人だと確信したようだ。
私はさらに、靴底に仕込んだ土雲を浮遊させると、衛兵のおじさんに目線が合うくらいの高さまで上昇した。
そして微妙に威嚇するように魔力を発散する。
「「失礼いたしました! 本人とは気づかず申し訳ありません!」」
衛兵のおじさん2人は、私に敬礼しながら謝罪する。
「いやいやかまわないよ。誰もまさか本当にこんな幼い少女がドラゴンスレイヤーだなんて思いもよらないからね。
ところで先ほどの件だが・・・何か揉めていたようだが?」
「は! 市民数人から、空飛ぶ幼女がいると通報があり、その所在を確認中であります」
衛兵のおじさんは、はっ! とした目で私を見る。どうやら空飛ぶ幼女を見つけてしまったようだ。
「それは私だな。空を飛んで買い物をして、何か不都合でもあったのかね?」
私は悪びれることなく衛兵2人に、芝居じみた口調で尋ねる。この芝居まだ続けないと駄目かな?
「こ、今後はあの・・・少し自重していただきたいのですが・・・」
「うむ。考えておこう」
私はさらに胸を反らしながら、偉そうに答えた。
「くすくす・・・」
「しっ! 聞こえたらどうする・・・!」
どこからか笑いをこらえるような声も、聞こえるが気にしない。このままさっさと人混みの中に入り、退場していくのだ。
そして私は先ほど見つけた居酒屋によって、エールを3樽ほど買っておく。
「おじさん。衛兵の詰所はどこですか?」
「それならこの先を右に曲がってだな・・・・」
私は先ほど迷惑をかけたお詫びもかねて、エールを1樽、衛兵の詰所に差し入れをした。
あとの2樽は私が飲むわけではないよ。
これはクマさんとアレクシア夫人へのお土産なのだ。
【★クマさん重大事件です!】↓
お読みいただきありがとうございます!
ほんの少しでも・・・・
「面白い!!」
「続きが読みたい!」
「クマさん!」
と思っていただけたなら・・・
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いつも誤字報告を下さる方、ありがとうございます!!




