07:幼女は料理人
食堂の閉館後、私たちは食堂の厨房にやって来た。
もちろん護衛の騎士たちもついてきたが、厨房に入り切れないということで、厨房の外で待ってもらうことになった。
メイドのメイアちゃんはさりげなく厨房に入って来たのを、私の目が見逃さない。
「ようこそお出でくださいました」
厨房に入るとコック長のラッセルさんが、酵母菌容器と思われる器を並べて待っていた。
確かラッセルさんはこの酵母菌の製作が上手くいかなくて悩んでいたね。
「ラッセルさん。これが酵母菌を作っている器ですね?」
「はい、そうです」
記憶を思い返すと酵母菌を作るときの失敗原因が、リンゴの洗いすぎ、種や皮や芯を捨てる、オイルコーティングしたリンゴの使用とかだったと思う。
失敗すると、腐ったり、何日経っても変化がなかったりする。
ラッセルさんの場合を見てみる。
ラッセルさんの酵母菌作りに使ったリンゴを見てみると、綺麗にサイコロ状に切ってあり、皮も種も芯も捨ててしまっていた。
見た目は綺麗だが、これでは失敗しても仕方ないかもしれないな。
そして10個の器のうちしゅわしゅわ泡が出て、成功しているのはわずか1個だった。
「ラッセルさん。失敗しやすい原因がわかりました」
「ほお!? いったい何が原因だったのでしょうか?」
私はラッセルさんに、もしかしてリンゴを洗いすぎていないか?
種や皮や芯にも酵母菌がいて捨ててはいけないことと・・・・。
ついでに収納袋での運搬も駄目だということを伝えた。
「なるほど。リンゴはよく洗わせていましたし、弟子の練習になるかと思い、綺麗にサイコロ状にしておりました。
失敗の原因がまさかそのようなところにあったとは・・・」
ラッセルさんは納得したように頷いた。
ふと厨房の隅を見ると、何個か丸めたパンのタネが置かれているのが目に入った。
あれは黒パンではないよね。
おそらく酵母菌を入れたパンのタネだ。ふっくらして見える。
「あれは酵母菌を入れたパンのタネですよね? ロールパンをお作りなんですか?」
私は丸いパンのタネを指さしてラッセルさんに尋ねる。
「ロールパン? 聞いたことのない名前ですが・・・」
「あ、すいません。以前丸いパンをロールパンとよんでいまして、つい・・・」
前世で丸いパンといえば、ロールパンだった。
なのでつい癖で、あのパンのタネをロールパンとよんでしまった。
「つまりリンネ嬢すでにこのパンを、完成させておられたと?」
「そういえばリンネ殿のアンパンにも形が似ておりますな」
クリフォードくんがその丸いパンを見て、アンパンの存在を暴露する。
「アンパン? アンパンとはどのようなパンでありましょうか?」
ラッセルさんが食いついてきたよ。
「嬢ちゃんの新作パンで、確か天使のパンの二作目にするんだよな?」
ついでにクマさんが、まだ未発表な情報まで暴露する。
「あ! クマさん言わないでくださいよ。それはまだ秘密なんですから!」
そう、アンパンは天使のパン第二弾として孤児院から売り出す予定なのだ。
「天使のパン製作者の新作パンですか!? そちらを見せていただくことは!?」
「見せるのは構いませんが秘密にしておいてくださいね」
私は収納魔法でアンパンを出して、ラッセルさんに渡した。
すると何故か次々と手が出て来て渡すはめに・・・
「甘い匂いがしますな」
ラッセルさんはパンを色々調べ出した。
「このゴマは、香ばしさを増すためですな? こちらはいただいても?」
「すでに皆食べているし、遠慮なくどうぞ」
そう、すでに周囲はアンパンに夢中だった。
ラッセルさんはまずアンパンを割って中身を確認する。
「この黒いのは何でしょう?」
そして鼻を近づけ、香りを確かめる。
「これは色と匂いからすると・・すり潰したレッドビーンですな?」
この異世界では小豆をレッドビーンとよぶのだ。
「ご名答ですラッセルさん」
そしてラッセルさんがアンパンにかぶり付く。パク!
「ん!! 甘い!! そしてしっとり柔らかい!!
地味でいて懐かしい感じのこのレッドビーンの風味がたまりません!! このゴマの香ばしさもまた良い!!
いやはや、天使のパンは奥が深いですなあ。まだ見ぬ先に、こんな未来があったとは・・・」
ラッセルさんは涙ぐみながらそう言った。
アンパンがすごいのは認めますが、大げさすぎやしませんかねえ?
「嬢ちゃんの実力はこんなものじゃないぜ?
嬢ちゃん・・・まだあるだろう? 世に出ちゃいけねえあの白いのが?」
それじゃあまるで危ない薬ですよクマさん。ショートケーキのことですよね。
「今回はパンのお話ですし、あれの話はよしましょう?」
「いいや。オイラあれこそパンの一種の究極形態だと思っているぜ」
「パンの究極形態ですと?
リンネ嬢はその年で、すでにそのような領域にまで行きついておられるのですか?」
クマさんの紛らわしい発言に、ラッセルさんは戦慄する。
「リンネ殿。その白いのというのは何でしょう? 見せていただくことはできませんか?」
クリフォードくんまで、気にしだしたじゃないか。エイリーン嬢までソワソワしだしたぞ。
「リンネのケーキか? あれは美味かったな」
そして皆が見たいという目で私を見る。
「仕方ありません。
明日の野宿先のデザートになる予定だったのですが、今披露いたしましょう。
それと護衛の方には、安全な魔法を使うとお伝えください。今から魔法を使います」
するとメイドのメイアちゃんが外に出ていき護衛達に伝えたようだ。
それではということで、安全確認のためにも護衛の目の行き届く、広い食堂を使って行うことになった。
なぜか護衛以外にもギャラリーが増えたが、全員分はないのでご容赦いただきたい。
私は収納魔法で丸いスポンジケーキをいくつか出し、スポンジケーキに含まれる水分を支配して、空中に浮かせる。
「「おぉぉぉ・・・」」
これだけでもギャラリーはざわめく。
そして次にクリーム、蜂蜜を収納魔法で出して、浮遊させ、白い竜巻に変える。
クリームはあらかじめ濃厚牛乳を水魔法の水操作で、牛乳とクリームに分離したものを使っている。
護衛が一瞬警戒したが、しばらくして無害な魔法と判断したようだ。
「美しい。リンネ殿・・・この魔法は?」
クリフォードくんがその様子を見ながら尋ねてくる。
「単なる水魔法ですよ。本番はここからです」
クリームと蜂蜜がよく混ぜ合わされ、空気が入り徐々に冷えたことで、白いホイップクリームが出来上がる。
頃合いを見てホイップクリームを水操作でスポンジケーキにコーティングしていき、花の模様を上部につける。
最後に厨房でもらった切り分けたメロンをさして、メロンのショートケーキの完成だ。
出来上がったメロンのショートケーキを、私の目の前に用意された複数の皿の上に、次々と置いていく。
「ハ、ハハ。これは伝説の食物、マナでしょうか?」
ラッセルさんが、恍惚の表情で尋ねてくる。
「いえ。ショートケーキです」
そこははっきりと否定しておく。
この世界でのマナは、神が飢えた人々のために天上より降らせた食物だとか?
ショートケーキは追加のギャラリーの人数分はないので、残念ながら切り分けたメロンを飾り付けた、丸いソフトクリームで我慢していただこう。
私の魔術ショーが終わると、給仕の方がギャラリーへ、身内にはメイアちゃんがケーキやアイスを配膳していく。
ラッセルさんは手が震えているけど、ケーキを落とさないでね?
「天才料理人は神がかっていると聞きましたが、正にこのことですな?」
違うと思います。魔法ですし。
「嬢ちゃん。この前のショートケーキとは少し違うな?」
フォークでショートケーキをちまちま食べながら、クマさんが尋ねてくる。
「はい。今回はさり気なくクリームにメロンの果汁を入れていますから」
「なるほど。言われてみるとメロン味だな。美味い」
「このメロンの糖度は格段に増しているようですが、いったいどのようにされたのですか?」
ラッセルさんは気づいたか? 実はメロンには水操作で蜂蜜がしみこませてある。
水魔法ならではの芸当。さり気ない小細工・・・。
「しゃくしゃく。本当だ甘いな。おかわり」
さり気なく言ったつもりなんでしょうが、ありませんよクマさん。
「このミルクの濃厚な感じと、甘さがたまりませんな」
クリフォードくんも満足したようだ。
アルフォンスくんは夢中な様子で、終始無言で食べている。
エイリーン嬢とメイアちゃんも恍惚の表情で、幸せそうに食べているので気に入ってくれたのだろう。
オーブリーさんや護衛の方々は、甘さの好みもあって反応は様々だった。
ギャラリーも反応にばらつきはあったものの評価は上々かな?
え? 私? 私は裏で準備中に実食済みだ。メロン味で美味しかったよ。
【★クマさん重大事件です!】↓
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「面白い!!」
「続きが読みたい!」
「クマさん!」
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