03:夕食騒動
「貴族の方々には焼きうどんとデザートと、もう一品追加しましょう。クリフォード様は何がいいですか?」
ホテルクマちゃんの厨房に到着した私は、クリフォードくんの要望を聞く。
「で、では厚かましいお願いだが、トンカツをお願いできないかな? もちろんお金は報酬に上乗せするし・・・あの味が忘れられなくてな。当家で揚げるとどうしても肉が硬くなるのだ」
それって肉を叩いていないからじゃないかな?
「面目ありません坊ちゃま。リンネ様。何か揚げる際のコツなどありましたら、教授していただきたいのですが」
この世界では揚げ物が浸透していないのだ。出来ないのは仕方がない。
「わかりました。肉の下処理をお見せしましょう」
ジュ~~バチバチバチ・・・
「おお! いい匂いがしておるな!」
私たちがトンカツを揚げるころになると、エインズワース侯爵がアナベル夫人を連れ立って、一階の食堂に降りて来た。
「旦那様。今日こそは納得できるトンカツがお出し出来そうです」
「ほう。それは楽しみだな」
今日の夕食は、トンカツにスコーピオンのフライ。オム焼きうどんにビッグオストリッチのサラダだ。
私は初めの肉の下処理を見せただけで、あとはドルフさんと、メイドのお姉さんに任せたのだが、さすがは本職。手際よくやってくれた。
そして余裕があったので、スコーピオンのフライとビッグオストリッチのサラダを追加したのだ。私? 私はデザートを頑張ったよ。
「いただきます!」
全員が席について、食前のお祈りを済ますと、さっそく食事に取り掛かる。
私の食前の挨拶が少し注目を集めたが、いつものことだ。
ドルフさんとメイドのお姉さんは、厨房からトンカツを食べるエインズワース侯爵を見守る。トンカツの評価が気になるようだ。
「お! 今日のトンカツはずいぶんと柔らかいな。それにいつもより美味く感じるな」
そんなエインズワース侯爵の様子に、ドルフさんとメイドのお姉さんはほっと胸をなでおろす。
「うん! この味だ。美味い!!」
クリフォードくんも大喜びだ。
では私も失礼してトンカツを・・・。
サクサク・・・
私が叩くより柔らかく仕上がっている気がする。
それにこのソースはエインズワース侯爵家の特製ソースかな? トンカツに良く合う。
「う! 美味い! これはスコーピオンか!? リンネ嬢! この白いソースはまさか?」
あ~。確かにスコーピオンのフライを追加したね。
「はい。そちらはビッグオストリッチの卵を使いましたタルタルソースになります。作り方はドルフさんに伝えてありますよ」
「か~! このスコーピオンの揚げ物が、一本しかないのがまた悔しい!」
クリフォードくんが、あっという間にスコーピオンのフライを食べ終わって、悔しがっている。
今度はクマさんのように、少しづつ味わうといいよ。サクサク。
「それでこのパスタが、陛下がいただいたと言っておられた焼きうどんか? 今日は卵焼きものっているな」
たしか王都を出る数日前に、国王に焼きうどんをご馳走したね。
「今日のはオム焼きうどんです」
私はエインズワース侯爵の質問に答える。
「ほう。また新メニューか?」
エインズワース侯爵は、丁寧にフォークにうどんを巻いて、野菜とお肉を絡めて食べ始めた。
「うん。美味いな。野営でこの味なら、外が騒がしくなるかもしれんな」
外が騒がしくなる? いったいどういうことだろう?
「リンネお嬢様! 大変です! 小麦が足りません!!」
はて? 小麦はけっこうな量を進呈したはずだが、まだ足りぬと?
「皆さんおかわりが欲しいと言って、止まらないのです!!」
なるほど。外が騒がしくなるとはこういうことか。
「すまんなリンネ嬢。騎士団には大飯食らいが多くてな。野営では遠慮するように言ってあるのだがな。
私が行って鎮めて来よう」
「面倒をおかけします。エインズワース侯爵閣下。こうなることが予期できず、申し訳ありません」
私は招いた事態を、エインズワース侯爵に謝罪する。
「いや。かまわんよ。野営でこれほどのものをいただけたのだ。こちらがお礼を言いたいくらいだ」
「まだデザートがありますので、エインズワース侯爵閣下がお帰りになるころに、お出しします。あ! あと野営の方々にもありますので、ぜひお声をおかけください」
「なに!? デザートまであるのか!? リンネ嬢。まったく君は・・・」
「贅沢製造幼女だろ?」
クマさんが、エインズワース侯爵の言葉に追加する。
そして苦笑いで見つめ合う、クマさんとエインズワース侯爵。仲良しか!!
「あ~~!! 皆の者聞け!!」
エインズワース侯爵が、騒いでいる騎士や使用人から、大声で注目を集める。
どうやら騎士だけでなく、使用人まで詰めかけていたようだ。
私は外の様子を窺うために、今後の勉強にとエインズワース侯爵について行った、クリフォードくんの後を追ったのだ。
「野営での食材は限りがあると、君らは知っているはずだ!! これはリンネ・イーテ・ドラゴンスレイヤー殿がわざわざ進呈してくれた、貴重な小麦だったのだ!! それを皆で食いつくすとは、何たることだ!!」
そのエインズワース侯爵の剣幕に、騒いでいた騎士や使用人は静まり返る。
そして説教は続き、やがて終わりを迎える。
「だがしかしこれ以上の説教は、食事中の君らに対して無粋だな。説教はここまでとしておく。
あとリンネ・イーテ・ドラゴンスレイヤー殿が、君らにデザートを進呈してくれるそうだ。良く味わって食したまえ」
「「うおぉぉぉぉぉおお!!!」」
エインズワース侯爵の、最後のデザート発言に、騎士や使用人が歓喜の声援を上げる。
それは飴と鞭を使い分けた、見事な演説だった。
「お見事でした父上」
クリフォードくんが、エインズワース侯爵の演説を称賛する。
「ハハハ。お前も精進せよ。クリフォード」
「はい! 頑張ります!」
その二人の様子はとても微笑ましくて、私には眩しくも感じた。
「おお! これがプリンか! これはまた不思議な感じのデザートだな?」
エインズワース侯爵が、プリンを見て感想を述べる。
私はホテルクマちゃんの厨房に戻ると、デザートのプリンを二人に出した。
アリスちゃんとクマさんは、すでにまったりと食べていたからね。
「父上! これは面白い食感ですよ! 口の中でとろけるようです!」
プリンを食べたクリフォードくんが、騒ぎ出す。
「リンネ嬢!! このデザートのレシピは!?」
エインズワース侯爵が私に尋ねる。
「すでにドルフさんが覚えておられますよ。今度はもっとすごいプリンを、出してくれるかもしれませんね」
「おぉ~!! それは楽しみだ」
先ほど厨房を覗いたら、ドルフさんは自分でプリンを作って、果物や、付け合わせのナッツで、飾り付けしながらうなっていたからね。すでにプリンを研究中なんだろうね。
翌朝早起きした私は、宿敵黒パンを集めて、作り置きしておいたコーンポタージュスープに漬け込んでおいた。
「おや? リンネ様お早いですね。こちらのスープは?」
ドルフさんも朝は早いようだ。私のスープが気になるようで、覗き込んでいる。
「朝ごはんの邪悪な黒パンを、やっつけている最中です」
しまった。つい本音が出てしまった。
「え~!? ちょっ! リンネ様!?」
鍋のスープに沈められた、大量の黒パンを見て、ドルフさんが焦りだす。
「冗談ですよ。その黒パンをあとでこんがり焼いて、チーズをのせると絶品なんですよ」
そう。私が作っているのは、コーンポタージュのフレンチトーストだ。
これがあの黒パンでやると、外はサクサクで中はしっとりして、美味しいのだ。あえてこの黒パンをエインズワース侯爵にも出して、度肝をぬくのもいいかもしれない。
それを察したのか、ドルフさんは私の顔を見て、笑って頷く。
「今日の朝は皆と同じ、黒パンなのだな?」
朝食の黒パンを見て、少し不満そうにエインズワース侯爵が尋ねてくる。
「はい。リンネ様が料理された黒パンです」
ドルフさんが、エインズワース侯爵の質問に答える。
「はあ~。またなのか? あのノーセンクの菓子の件といい君は・・・」
それを聞いたエインズワース侯爵は、ドルフさんの横に並ぶ私の顔を見て、何かを納得したようにため息をついた。
「それでは父上。この黒パンは?」
「ああ。ただの黒パンではなさそうだ。このナイフとフォークで食べるのか?」
サク!
エインズワース侯爵が、黒パンにナイフを入れると、ナイフは簡単に黒パンに入った。
「柔らかいな。それに表面がサクサクしている」
そして切り分けた黒パンを、フォークで口に運んだ。
「ほう! これはまるで別の食べ物だな!? 外はサクサク、中はしっとり、このコーンとチーズの風味がまたいい」
エインズワース侯爵には、気に入っていただけたようだ。まるで瞑想しているように、目を閉じて味わっている。
「本当だ! 美味いですね父上! この黒パンなら毎日でも食べられます!」
クリフォードくんも、気に入ったようだね。
アナベル夫人も口元を隠して、目を見開いているので、美味しかったのだろう。
アリスちゃんとクマさんは実は以前、料理研究所で食べていたりする。美味しそうにしてはいるが、終始無言で食べていた。
野営の人たちには、チーズがのっていないフレンチ黒パンを出した。チーズの数には限りがあるからね。
自前の黒パンを持ってきて、このパンも魔法で変えてくれと、私に頼んで来た人も数人いたが、昨日の今日だ。エインズワース侯爵が一睨みすると、黙って去って行った。
ピッ! ピッ! ピッ! ピッ・・・・
「はいそこ! ゆっくり降ろして!!」
そして朝食後は、エインズワース侯爵が見守る中、馬車の構造に詳しい使用人を交えて、バネの取り付け作業だ。
私は巨大ゴーレムゴックさん4号を使って、馬車のボディの取り外しをしている。
もちろん安全ヘルメットに、ホイッスルの完全装備だ。
その様子を唖然とした様子で見つめる、エインズワース侯爵一家と使用人の方々。
「あ~!! またリンネおねえちゃんそれであそんでる!! アリスにもかしてよ!!」
そして私の様子を見て、ごねるアリスちゃん。今日はUFO型ゴーレムまるちゃんに乗っての登場だ。
その様子を一変して微笑ましく見ている、エインズワース侯爵一家がいる。
「お姉ちゃんは遊んでいるんじゃなくて、お仕事中ですよ? それにアリスちゃん。エインズワース侯爵家の方々の前ですよ。控えましょうね?」
「そのぴ~てなるやつアリスもやりたいの!」
「仕方ありませんね。すみません。エインズワース侯爵家の皆さま」
私はエインズワース侯爵家の方々に、お詫びをすると、土魔法の操土で、あっという間にホイッスルを作り上げる。
そして紐を付けて、アリスちゃんの首にかけて上げた。
「わ~い! ありがとうリンネおねえちゃん!!」
アリスちゃんは楽しそうに、再びUFO型ゴーレムまるちゃんで爆走して行く。
「あ! 嬢ちゃんがまたアリスに珍妙な武器を与えやがったな!!」
その様子を見て、何かのたまうクマさん。
ホイッスルは武器ではないですよ。それに珍妙とは失敬な。
「こんどこそつかまえるから。まっててねクマちゃん!!」
ピ~~~! ピ~~~!
ホイッスルを吹きつつ、クマさんを追いかけるアリスちゃん。
「うお! 五月蠅!! 音攻撃は狡いぞアリス!!」
子供にあげてはいけない玩具だったかな?
そしてあの追いかけっこは、実は遊びに見えて、クマさんの英才教育だったりする。
私は気を取り直して、再び作業に戻る。
そして程なくして無事に馬車には、揺れを抑えるためのバネが取り付けられた。
まあこの後も、色々試行錯誤は必要だと思うけどね。
そしてさっそくバネを取り付けた、馬車に試乗する。
「揺れはあまり感じなくなったな。前よりはましといった感じか?」
エインズワース侯爵の反応も、悪くはないね。
まあ初めはこんなものでしょう。後の試行錯誤は、使用人の方々にお任せしよう。
そして私たちは昼前には、野営地を出発したのだった。
【★クマさん重大事件です!】↓
お読みいただきありがとうございます!
ほんの少しでも・・・・
「面白い!!」
「続きが読みたい!」
「クマさん!」
と思っていただけたなら・・・
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