32 八分の一の先
ゲーム時代のクローディアの必殺コンボというのは最初期の段階で、五段階のステップを踏む、必殺技だ。
雷歩による接近、影踏みによる相手の移動制限で二段階。
そして三段階目が二者択一の一つ目の綱渡り。
まずはそのギャンブルに勝ったと考える暇もない。
左腕を犠牲にしたセンサー、激痛とともに発見したクローディアの放った右の掌底。
雷を纏い相手の動きを完全に止めるためだけの攻撃。
雷掌波。
胴体に、もっと正確に言えば心臓めがけて打ち込まれれば、俺はただの木偶の坊と化す。
だけど。
「!?」
マジックエッジにはこういう使い方もある。
雷属性の攻撃は当たった際に自動的に放電されるようになっている。
その特性上、こうやってわずかでも触れてやればその場で放電が起きてマジックエッジを伝わせることができる。
マジックエッジはありとあらゆる場所に魔力の刃を形成する無属性スキルだ。
雷の魔力と、無属性の魔力、この場合の相性は良いとも悪いとも言える。
素直に防御しようとすれば、雷が無属性の魔力の刃を伝いその勢いのまま防御スキルの使用者を感電させるので、この場合防御できないという相性の悪さを見せる。
だが攻撃スキルとして魔力の刃に雷の魔力を這わせれば。
「んぐぅ!?」
その勢いを利用して、相手を攻撃するための手段と化す。
左手のマジックエッジで上段受けをして掌底を上に流す。
だけど綺麗に受けることなどできない。
わかっていてなお、完全にいなすことなどできない。
左手から背中を経由し右手に伸びる滑車のように形成したマジックエッジの上を雷がほとばしり、腕と背中を焼くような痛みが走る。
歯を食いしばってなお、涙がこぼれそうだけど、直撃を受けるような痛みよりはマシ。
そしてこれは次に来る攻撃、四段階目の攻撃のための一手。
次もまた二者択一。
右の掌底の次、左の攻撃は拳か蹴りか。
本来であれば、三段階目で完全に俺の動きを封じて、四段階目で防御力を削る技を使い、最後の五段階目でとどめの大技という流れだ。
だが、雷の掌底を防いで、踏み込みすぎているクローディアにめがけて雷の迸る俺の右手のマジックエッジが打ち上げるように放たれた。
これを防がねば、クローディアのコンボは止まる。
だからこそ、これを防ぐためにここで蹴りを使わないといけないんだ。
相手の動きの誘導、それによって四段階目が封じられた。
代償は、防御力を削るという効果を込めた右の蹴り。
「っ!?」
崩系の足技、崩蹴撃を受けたことによる右手首の骨折。
マジックエッジを崩して、生身の状態で蹴りを受けたのだから相応のダメージが入る。
それを覚悟していたが、わかっていてもゲームでは感じたことのない痛みに脳が支配されそうになって、コンマ数秒でも遅れるわけにはいかないと、必死に歯を食いしばって痛みに耐え最後の二択に備える。
武器を吹き飛ばされ、両腕を壊されて、足も固定されている。
今度の二択は、上か、前かの二択。
涙で視界がぼやける。
だけど瞬きをする暇もない。
そのぼやけた輪郭で、クローディアの動きを予測しないといけない。
ここまでの行動パターンから予測できる動きからして、前の方が確率は高い。
上からの攻撃はそもそも、威力は高いが動きを封じるための雷掌波が決まることが前提の技だ。
上から攻撃するために影踏みを解除しないといけないのだから拘束されている状態を維持したいのならそっちの可能性は低い。
だけど、負けが確定するのは正面からの技、咆竜双打掌だ。
フレーバーテキストで竜の咆哮を彷彿とさせる一撃と称される大技。
両手に膨大な魔力を込め両手の掌底で打ち込む際にとんでもない衝撃を生み出す、やばい威力を出す格闘系のスキルの中でも上位の火力スキル。
両腕を封じられて、足も固定されている状況じゃ、どうあがいても今のスキル構成じゃ防ぐことができない。
飛び上がれば、勝ちの可能性が残る。
腰を落とせば負けが確定。
どっちだ!?
運命のショウダウン。
どっちにしろ、勝ち筋のある方向の対策をしないといけない俺はその動きに入る。
見てから反応するようじゃ、まず間に合わない。
足が解放される瞬間、それに合わせろ。
「ダメェエエエエエエエエエエエエ!!」
そう思っていた瞬間、ぼやける視界の外からネルの叫び声が聞こえ、ビタっと俺の胸元の前で何かが止まった。
いや、何かじゃない。
ああ、俺は賭けには負けたか。
足が解放され、その瞬間体中から痛みが思い出すかのように湧き上がってくる。
「リベルタ!!」
その痛みに耐えきれず膝をつき、そしてそのまま前のめりで倒れ込もうとしたとき何かに受け止められる。
ネルじゃない。
これは。
「見事でした」
クローディアだ。
そして暖かい何かを感じる。
そういえば、這竜のときもこんな感じの暖かさを感じたような。
痛まないように、優しく施されている回復魔法。
ゆっくりと、その場にあおむけで寝転がらせられると、その暖かさは全身に広がる。
痛みがじわりじわりと引き、涙が引き、瞬きした後に見えたのは心配そうにのぞき込むネルと、回復魔法を施すクローディア。
そしてそのサポートをしている神官たち。
その手厚い治療に俺の体は徐々に回復していくのがわかる。
「いかがですか?」
「すごい、もう痛くない」
俺の体は、五分もしないうちに完全回復した。
擦り傷や、打ち身だけじゃない、折れた両腕もあっという間に治った。
「バカァ!!!」
そんな傷が治ったのを確認するために両腕を動かしていると、ネルが怒鳴った。
「戦うって言っても、あんなに無茶する必要ないじゃない!!なんで途中であきらめなかったの!!槍も飛ばされて、片腕が使えなくなったときにもう勝てないって思わなかったの!!あそこでなんでやめなかったの!?」
彼女の顔を見れば、目元に涙を必死にこらえ俺を見つめていた。
両手は服の裾を皺になるくらいに握りしめている。
彼女が想像していたのは、もっと穏やかな戦いだったのだろう。
死んでもおかしくないような、激しい戦いになるとは彼女は想像もしていなかった。
「ごめん」
だから、ネルにとって俺が負けると確定したのは左手を折られた瞬間だった。
誰がそのあとも戦うと思うか。
「だけど、あそこはまだ勝てる可能性があると思ったから続けたんだ」
「なかったじゃない!!ずっとクローディア様の攻撃を防ぐだけで精一杯だったじゃない!!」
感情的になっているが、言っていることは正論だ。
左腕が折れてからの最後の攻防は、ひたすら身を削ってクローディアの攻撃を防いでいただけで、結局最後は賭けに負けて、勝負にも負けた。
「それは違いますよ」
「なんで!?クローディア様だって途中でやめても良かったよね!?リベルタが勝てないのはわかってたはず!」
「そこが違うのです、ネル。彼は間違いなく最後の攻防で私が判断を誤っていたら勝っていたかもしれないのです」
その結末を見たらネルのいい分は至極真っ当なモノだ。
「え」
しかし、戦い、圧倒していたクローディアの言葉にネルの勢いが止まる。
一方的に攻め立てていたはずの強者のクローディアが俺に勝つ可能性があったと言ったからだ。
戸惑い、なんでと疑問をぶつけるようにネルはクローディアを見る。
「リベルタ、正直に答えてください。あなたは私の攻撃で何が来るかわかっていましたね?」
「……はい」
そしてその戸惑いを解消するために俺に聞いてくるよね。
悉く、読み切って対応していればそりゃ事前にクローディアの戦い方を知っていると思われていてもおかしくはない。
「本来でしたら、初手で気絶させそれで戦いを終わらせるつもりでした。ですがあなたは私の動きに対応してみせた。最初は偶然かと思いました。ですが、距離を取り気弾をかいくぐり、再度接近戦を仕掛けた際に放ったあの投げ技。完全に私の呼吸と合わせないと成し遂げられないタイミングでした」
格下の相手に、こうも対応され続けたら疑問は出てくる。
実際に俺はゲーム時代に戦った時の経験をもとに、行動パターンを予測して対応していた。
「それはまるで未来が見えているかのような対応でした」
そんなことが未来視と思われるほどか。
「なので、最後は確認するためにあの技を使いました。見せた相手は全て確実に倒してきた私の奥義と言える技を。ですが、あなたはそれにも対応してみせた。初手の歩法も、影踏みもわかっていたかのように驚かず、怪我を負った腕でそのまま三つ目の技を受け流して逆に次の攻撃に利用してみせた」
いや、普通に考えれば初対面の子供が悉く攻撃をさばいていればそんなことも思うよな。
「そして四つ目の技を防ぎました。この時にはあなたの両腕は使えなくなり、そこで諦めると私は思いましたが、あなたの目は涙を浮かべながらも諦めていなかった」
淡々と戦った感想を言われているのはわかっているが、どんどん追い詰められているような気もしなくはない。
「リベルタ、答えてください。あなたはあの時どうやって勝とうとしてましたか?」
そしてここまで確信を持って聞かれてしまえば、諦めて答えるしかない。
「クローディアさんが、咆竜双打掌を打たずに跳びあがって光陰流星を放ってくれていたら足にマジックエッジを作り出してカウンターを決めて串刺しを狙ってました」
光陰流星、それはクローディアの持っているスキルの中で、光属性と闇属性という相反する属性を兼ね備えた一撃だ。
モーションとしては上空にジャンプして、スキルによって重力加速度の何倍もの加速で飛び蹴りを放つというシンプルな技だけど、火力はかなりやばい。
跳び蹴りモーションのなかでダメージ判定があるのは足先とそれを中心に螺旋状に回る光と闇の帯。
光と闇の帯の隙間は狭く、一歩間違えれば足が切断されかねないほどの一撃だが、何千と繰り返した経験は完全にタイミングを覚えていた。
「やはり私の切り札のスキルも知っていましたか。それに元から咆竜双打掌で決めるつもりでしたが直前まで光陰流星も選択肢にはありました。ですが一瞬嫌な予感がしたのです」
放ってくれれば確実に合わせられる自信があった。
開脚しての上空への蹴り、足の先にマジックエッジを生やしてのカウンター。
「私はこの直感によって何度も命の危機を回避してきました。今回も間違っていなかったようですね」
上空から加速して飛んでくるクローディアを狙い撃つ、最後の賭け。
成功させた経験もあるからこそ、そこに勝機を見出していたが、ゲームでのNPCでは考えられない挙動、勘によって俺の博打は敗北に終わったということか。
「元から、薄い可能性でしたけどね」
勘を信じず、自身の意志でスキルを選んでくれていたらまだ可能性があったが、そういう段階まで持っていけなかった時点でだめだったか。
「でも、やっぱりあそこまで無茶する必要なかったじゃない!!」
「そうですね。戦い、傷つけた私が言うのもなんですが、あなたは何故私に挑んだのでしょうか?最初は私の名声から挑んでくる挑戦者たちと同じだと思いましたが、その方たちとはあなたは違うように思います」
ずたずたのボロボロ、結局は技術だけではステータスの差を埋めきれず負けたというわけだ。
「答えてください。神の落とし子よ」
「「え?」」
完敗としか言えない結末のあとに何故クローディアに挑んだかの目的の説明をしようとしたが、なぜか俺に変な称号がついてしまった。
「なぜあなたが首をかしげるのですか?ネルもです。これだけの知恵、行動力、そして経験。普通の子供が得られるわけがありません」
神の落とし子。
はて、そんな称号、ゲーム時代にあったか?
いや、記憶の中にはそんなものはなかった。
「小人族の年長者でもなさそうですので、そうなれば、あなたは神からの寵愛を受けし落とし子ということになりますが、まさか、自覚がなかったのですか?」
「神様になんて会ったことないですし」
「当たり前です。神は人の前に姿を現しません。ただ与える。それだけです」
「ええー」
転生者という自覚はあった。
だが、こういうお約束を知っている俺からしたら、いきなり孤児の餓死寸前スタートの段階で神様に何かを与えられた記憶などない。
「うーん」
「おそらくですが、あなたに力を与えたのは知恵の神ケフェリ様ではないでしょうか」
「知恵の神・・・・・うーん、何か特別な知識を貰ったかな?」
だから、こういっちゃなんだがいきなり神の寵愛と言われても心当たりがなくて、困る。
「ネル、何その納得したような顔・・・・・」
だけど、その困惑している当人を無視し、クローディアは何を悩んでいるのかと首を傾げ、ネルはあーと納得して、周りにいた神官たちは驚いている。
あれ、これ、ヤバイタイミングで爆弾投下されてない?
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