29 強運
FBOのゲームの世界で神々を祀る神殿を管理するNPCたちは特別な存在だった。
なにせ実在する神々との接点である神殿を管理する存在だ。
重要じゃないということがまずありえない。
そんな神々に仕える聖職者である神官と呼ばれる存在は、政治的な権力は持ち合わせていないが、政治に影響を及ぼせるほどの力は持っている。
なにせ、世界を作り上げた神々だ。
人間など逆立ちしたって、敵わないような天上の存在。
その神々から地上の人間に施される力の一部を管理するという神官たちの発言力が弱いわけがない。
そんな力を持っている組織で、なおかつ中央大陸を除く全大陸の各所に神殿が設置され、その全てが神官によって管理されているということはすなわち、人の社会を支配する貴族であってもおいそれと敵に回すことができない存在なのだ。
仮に神殿の一つでも襲撃しようものなら、その情報は瞬く間に全大陸に周知され襲撃者は即座に神敵となる。
そうなれば、表立って生活することはまず不可能。
まず神殿が敵になることで神殿騎士という名の武力が襲い掛かり、逃げ回っても信者という目が逃亡を許さない。
一国の王であっても、神殿という組織は無下にできない組織なのだ。
ここまで聞くと、神殿は世界すら支配できる権力を持っているのではと思われるが、そんなことはまずできない。
まず第一に、この世界には生臭坊主と呼ばれるような、宗教を笠に着て好き放題するような奴らがいない。
いや、正確には存在できないと言い換えてもいい。
ファンタジー小説だと、宗教団体イコール腐敗の温床となるようなイメージがいろいろとあり、そして一部の正義感ある聖職者がどうにか体裁を保っているというのが物語のお約束だ。
そこから、腐敗を取り除き真の宗教団体として復興するというお約束な物語もセットになる。
しかし、この世界に関して言えばまず第一に神の言葉を偽ることは不可能だ。
よく悪徳教祖とかが、神は言っている美しい生娘を差し出せとか、我は神の代行者、私に貢物を出せば来世は安寧の暮らしを約束するとか、こんな欲望まみれの言葉で何も知らない信心深い教徒たちを騙して私腹を肥やすという展開がある。
まずこれができない。
神が言っていると、虚言を吐けば天罰が下る。
私は神のために正しきことをしていると神を大義名分にして戦争をすれば天罰が下る。
神が神殿と神官に求めているのはただ一つ、神が与えたシステムの保守点検だ。
それ以外の行為を拡大解釈して、好き勝手にやろうとすると正義感だろうが悪意だろうが関係なく神の意に背いているとして天罰が下る。
神の力を利用してやろうとか、神の意志を勝手に判断することがそもそも間違いであり、それが骨の髄までしみ込んでいるのだ。
だからこそ、神殿関連で腐敗がおきない。
起きた部位は隠し通すことなどできない神によって悉く切り捨てられて長い歴史を紡いできた。
そんな神殿であるが、神官が全員生真面目な存在で清廉潔白かと聞かれれば否と答える。
実際に絵に描いた聖女のようなネームドキャラもいれば、不真面目でやる気のないような神官のネームドも存在する。
神殿という組織の中で、重要なのは信仰ではなく仕事能力なのだ。
信仰心は後付けでも神が用意したシステムをしっかりと保全し、神を私利私欲で利用しなければ普通に神殿で働くことはできるのだ。
なんなら、冒険者や商人としてダブルワークで働く神殿に属するネームドもいるくらいだ。
そんな神殿の中でも、もちろん地位はある。
ゲームの中では神殿の神官の地位は、大司教、司教、大司祭、司祭、神官長、神官、神官見習いという七段階で区分されている。
大司教は各大陸に一人ずつ、司教は四人、大司祭が十六人そして司祭以降がたくさんといった感じだ。
そんな地位の序列の中で一時的とはいえ、トップになっていた存在に会えれば勝ち確なのだが。
「すぐに見つかるわけないよな」
「申し訳ありません。私の伝手を使っても彼の方を見つけることができません」
「いや、俺も彼女がすぐに見つかるとは思っていなかった」
保護者として、俺たちにとってある意味で最高の後ろ盾になってくれる可能性のある女性聖職者、クローディア。
彼女が信仰している神は、戦闘の神アカムだ。
すなわち、バリバリの戦闘タイプの神官ということだ。
しかも、彼女の戦闘スタイルは自身を回復スキルで保ちながら、その身一つで敵を屠るという格闘スタイル。
四肢のいたるところに傷が残り、顔にも傷があり、女性であることを捨てたと言わしめるほどの戦いにすべてを捧げている女性だ。
大司教に上り詰めたのも、その求道的な強さが要因となっている。
神のシステムを害する輩や、モンスターを悉くその拳で粉砕し、そして秩序と安寧を維持し続けたというこの世代では生きた伝説と呼ばれる人。
そんな人と一市民の俺がアポイントを取りたいと願うこと自体が土台無理な話だ。
けれど、彼女を仲間にするためのイベントクエストが存在する限り、可能性はゼロじゃないと俺は思う。
そんなクエストに挑んで神様の反感を買って、俺たちに天罰が下るのではとの心配があるかもしれないが、ネルたちにも神様のシステムに被害を及ぼすような風評被害や妨害行為をしなければ、神罰は下らないことを説明してあるから、その伝説と呼ばれるクローディアに接触することは了承している。
「そもそも、この大陸にいるかもわからないしな。可能性としては中央大陸にいる可能性が一番高い」
会えればワンチャンスあるというだけで、そもそも今もどこかで武者修行の旅を繰り返しているはずだから王都で会える可能性はゼロに近い。
「リベルタ、交代よ。はぁ、虹の箱ってこんなに出ない物かしら?」
「早々に出たらありがたみが無くなるだろ。それじゃ、次は俺の番だからちょっと行ってくる」
「はい、お気をつけて」
「モチ相手に今のステータスなら負ける方が難しいけどな」
公爵閣下との会合前に、クローディアと会うことができれば一番良かったのだが、明後日がその会合の日。
残り一日で会える気がしない。
イングリットに頼んで、情報収集してもらったけど会うことは叶わなかった。
そんな俺たちが今やっていることといえば、昇段のオーブ狙いのモチダンジョン周回だ。
なんで外で冒険をせずこんなことをしているかというと、デントさんの続報が入ってきたからだ。
レベリングポイントとして、使えそうな場所に軒並み西の大陸の冒険者が現れているという情報が入ってきて、南の大陸の冒険者とかなり険悪なムードになっているらしい。
貴族出身の冒険者とは仲良くしているらしいが、平民出身の冒険者とは軋轢が増すばかりで狩場の雰囲気がかなりピリピリしていて、絡まれると厄介だから対処方法がなければ自重しろとのこと。
高速周回ができる環境が整う方法を目下模索中の俺たちからしたら、肉体が成長して大人になるのを待つか、公爵閣下の庇護下に入るかしか方法が思いつかないので、仕方なく外での狩りは一時封印。
スキルを昇格させるためのアイテム収集に勤しみ、そのついでに米化粧水を大量生産して金策に走っているわけだ。
レベルがクラス2に突入し、ほとんどレベリングが終わっている状態ではモチなんて鎧袖一触だ。
ボスのカガミモチですら、瞬殺で終わる。
スキル熟練度も軒並みカンストしているから上がらず、かといってレベルも上げないように修練の腕輪を装備しているから完全にドロップ品狙いの周回作業と化している。
無意味な時間とは言わないが、無駄な時間だとは思っている。
黄金モチの鍵が出ればまだいいけど、ここ数日の成果ではネルのリアルラックも発揮されず、米化粧水が大量生産されるだけだ。
今も、カガミモチを倒したが出てきた箱は木箱、中身は最低保証の魔石のみ。
すぐに外に出て、複数本用意していたモチダンジョンの鍵を使ってシャトルランのように、次のモチダンジョンに突撃する。
一周辺り、二分弱。
三本もあれば十分に周回できる。
「アミナお疲れ」
「疲れたよー、来る日も来る日も錬金ばっかり、イングリットさんが瓶詰やってくれるからまだいいけど、同じ物ばかりだと飽きるよ」
「テレサさんからは、大いに喜ばれているけどな」
一日に大量の素材を確保することもできるおかげで、アミナの錬金術も見事にカンスト。
これ以上米化粧水を作るのは金策以外に理由はない。
「それじゃ、俺は明日のために配達をしておくよ。ゆっくり休んでくれ」
「私も行くわよ」
「僕は夕食作りのお手伝いするよ」
「それではアミナ様、よろしくお願いします」
今日も今日とて、不発に終わって最後の締めに夕暮れ前にネルの実家に米化粧水を届けに行く。
次はいつ作れるかはわからないのにもかかわらず、作った分が即完売になってしまうから、テレサさんはできた分をすべて買い取ってくれる。
箱詰めし、緩衝材を入れ、それを荷車に載せる。
周回速度もそうだが、アミナの錬金術のレベルがあがり設備も良いものに変わると生産速度も上がる。
そうなると荷車に載せる米化粧水の量もかなりの物になる。
それを子供二人で押すのはかなり大変なのだが、俺たちなら簡単に移動させることができる。
むしろ、箱を荷車に載せたり降ろすのが手間だと感じるくらいだ。
「ねぇ、リベルタ。いつまでこのままなの?」
「わからないとしか、言えない。ごめんな」
「リベルタが悪いわけじゃないわ」
ネルの実家までの道のり、その話題は決して明るいものではない。
これまでのように自由に行動ができるかできないか、そのことがネルの言葉に不安をにじませる。
何度か、同じ質問を受けているが、明確な答えを返せないことを申し訳なく思う。
「「……」」
そのあとも話が弾まず、黙ってネルの実家である商店まで進む。
「あ、リベルタ君!ネル!ちょうどいいところに!!」
「テレサさん?」
「お母さんどうしたの?そんなに慌てて」
そしていつもなら裏手に回って、そこで荷下ろしをするんだけど店の前でうろついていたテレサさんに捕まってそのまま荷物を引いて店の前にまで連れてこられてしまった。
「いやね、噂を聞きつけてうちの店にわざわざ米化粧水を買いに来てくれたお客さんがいてね。在庫がなかったから、あんたたちが来れば売れるって言って引き留めてたのよ」
「珍しいね。お母さん、いつもだったらそんな贔屓しないじゃない」
「あの人は特別だよ!!」
その理由が、お客さんを引き留めて俺たちが来るのを待っていたというのだから中々珍しい。
「店主さん、私はすでに後進に後を任せた身です。そこまでしてもらわなくても」
「いいや、あなた様には私たちみんな世話になったんだ。平和のために戦ってくれたあなた様のために、これくらいはさせておくれよ」
そんな会話が聞こえていたのか、店内から一人の女性が現れた。
片手に旅用の編み傘を携え、ゆったりとした紺色の道着のような衣服をまとった女性。
背は女性の中では高い。
百七十は超え、八十には届かないくらい。
灰色の髪を短く切りそろえ、温和な声とは裏腹に左目が隻眼で、残った右目は鷹のように鋭い。
左頬から首にかけての傷、鼻に横一文字で斬られたような傷を持っていた。
その女性を見て、俺は目を見開く。
もしかして、ネルのリアルラックがここまで不発だった理由はこれだったのか。
「クローディア様!?」
「あなたのような可愛らしい娘さんにも私の名は覚えられているのですね。可愛らしい狐族のお嬢さん、お名前をうかがっていいかしら?」
「ね、ネルです」
「ネル、良い名です」
自然とにじみ出てくる貫禄。
ネームドキャラの中でも雰囲気のあるキャラであるとはゲームの時から思っていたが、データ上の雰囲気とは段違いだ。
ネルに向けていた視線が、ゆっくりと俺を見る。
「そちらの少年も名を聞かせてくれませんか?」
「リベルタです」
何もかも見通すような眼、背筋が自然と伸び、体に力が入る。
クローディアに会ったらどうにかなると思っていた思考が一気に吹き飛び、何を言えばいいかわからなくなる。
「リベルタ、そこまで緊張しなくていいですよ。過去の地位は過去の物、大司教となり伝説と呼ばれておりますが、今の私は一介の司祭に過ぎません。そして、旅で疲れた肌を癒すためにこのような品を求めている人間なのですよ」
その緊張をほぐそうとしてくれているのがわかる。
だけど、こんな人がいるのかと思うくらいに貫禄のあるクローディアさんの身に纏う雰囲気に圧倒されている俺は、必死に頭を働かせ言葉を紡ごうとしているけど口が連動してくれない。
「ゆっくりでいいのです。あなたが言いたいことを私に伝えてください」
そして、その凛とした言葉が耳に入り、少しだけ冷静になった俺が彼女に向けて言った言葉は。
「俺と戦ってください!!」
考えていた言い回しがものの見事になくなり、何の飾り気もなく、まっすぐに挑戦する言葉であった。
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